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ホワイトバレンタイン

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ホワイトバレンタイン
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リアクション

 シフォン素材のワンピースに、黒のスキニーデニム。
 頭には服に合わせた色のキャスケットを被り、手にはふたが閉まらないタイプのバッグを持って。
 手首には大地の名前が入った銀の飾り鎖を、首には大地からもらったマフラーを巻き。
「うん、これでOKですね!」
 今日もティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)はとっても可愛く仕上がっていた。
 一方、その隣ではスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)がせっせと支度をしていた。
「あれ?」
 不思議に思ったティエリーティアが理由を尋ねる。
 すると、スヴェンはニコッと笑顔で言った。
「いつもティティと遊んで頂いているので、直接お礼を言いたくて♪」
「あ、そうなんですか。はい、わかりました」
 ニコッとティエリーティアも笑顔を返す。
 ティエリーティアはスヴェンの笑顔の裏に隠されている感情にまったく気づかず、今まで予定が合わないことが多かった大地にちゃんと会える上に、スヴェンも紹介できると上機嫌で支度を続けたのだった。
 
志位 大地(しい・だいち)はティエリーティアの名の刻まれた銀の飾り鎖を弄りながら、ティエリーティアを待った。
「どうしたら、もう少しティエルさんが俺を意識してくれますかね……」
 ティエリーティアは仲良くはしてくれるものの、どうも自分を友達としてみているように大地には思えた。
 一歩先に進みたい。
 大地にはそんな想いがあったのだ。
(今日はバレンタインだし、少し進めれば……)
 そんなことを考える大地の耳に愛しい人の声が聞こえてきた。
「お待たせいたしました〜!」
「あ、ティエルさ……」
 振り返って、大地はピタッと固まった。
 小さなティエリーティア・シュルツ(てぃえりーてぃあ・しゅるつ)の隣にスヴェン・ミュラー(すう゛ぇん・みゅらー)が立っていたからだ。
 そして、あまり友好的でない視線で自分を見ている。
「大地さん大地さん、改めて紹介しますね! これが僕の最初のパートナーのスヴェンです。剣の花嫁の男性って珍しいらしいですよ〜!」
 挨拶して、というようにティエリーティアがスヴェンのほうを向くと、スヴェンは微笑を見せた。
 先ほどの非友好的な視線が嘘かのように。
「ああ、貴方が大地さんでしたか。ちらちらお見掛けはしていましたが、きちんとご挨拶するのは初めてですね。『私の』ティティにいつも良くして下さっている様で有難う御座います」
 『私の』に力を込めて、スヴェンが握手を求める。
「あ、はい、志位大地です。いつもお世話になっております」
 大地が手を握ると、ぎゅううっとスヴェンが強く握った。
 大地からすると、さして強くない力だったが、スヴェンは宣戦布告という気持ちだった。
「そういえば先日はマフラーを頂いたそうで。お礼にマフラーを編んできましたよ」
 スヴェンはにこーーっと、そのマフラーに長い髪の毛くらい編みこんであるんじゃないかと思えるような怨念に満ちた態度で、大地にマフラーを渡した。
 既製品と間違えそうなくらい綺麗にできたマフラーを大地は受け取ったが、その見事な出来栄えが逆に怖かった。
「今日は公園が綺麗だそうですよ。みんなで行きましょう」
 にこにこっと楽しそうな笑顔でティエリーティアが二人を誘う。
 しかし、歩き出そうとしたティエリーティアのキャスケットが冬の風に飛ばされた。
「あっ……」
「あっと」
 大地がそれをキャッチし、ティエリーティアに渡してあげる。
「はい、ティエルさん。今日はたまに突風が吹くそうなので気をつけて」
「う、うん。ありがとうございます」
 ティエリーティアはそれを受け取ろうとし、大地は触れたティエリーティアの手の冷たさに気づいた。
「ずいぶん手が冷たいじゃないですか、ティエルさん」
「あ……手袋ないから……」
 その言葉を聞き、大地は持ってきていたプレゼントをティエリーティアに渡した。
「どうぞこれを」
 それは前にもらった山羊毛糸で編んだミトンだった。
 親指の部分以外、丸く覆われたその手袋はティエリーティアの可愛らしさによく似合っていた。
「ありがとうございます」
 うれしそうに笑顔を見せるティエリーティアを見て、大地にマフラーなんて編んでないで、ティエリーティアに手袋を用意してあげるんだった、とスヴェンは歯噛みしたのだった。

 しばらく公園を歩いた後、3人は公園の東屋に向かった。
「寒いですから、お茶でも入れましょうか?」
 スヴェンがそう提案し、四角いあるものをティエリーティアと大地に渡した。
「冷えますからね、どうぞ」
「ありがとう、あったか〜い」
 ふわふわっとした笑顔で、ティエリーティアがそのカイロを手に握る。
 暖まるティエリーティアだったが、その隣で大地はえもいわれぬ気分になっていた。
(……これ保冷剤じゃないですか)
 わざわざカイロに外見が似た保冷剤を用意してきたスヴェンを、大地はがんばりすぎだろうと思った。
「そうそう、今日はバレンタインデーですので、チョコを持って参りました」
 スヴェンはダージリンを2人に振る舞い、チョコレートを取り出した。
「わあ、楽しみ……わっ!」
 チョコレートの箱を覗こうとしたティエリーティアだったが、無理な体勢で乗り出したので、思い切り転んでしまった。
 鞄の中のものがテーブルの上にぶちまけられ、スヴェンが慌てて起こす。
「大丈夫ですか、ティティ」
「う、うん平気。それよりもスヴェンのチョコとか、大地さんの紅茶とか大丈夫?」
「そんなのは大丈夫ですから」
「俺も大丈夫ですよ。それよりティエルさんこそ擦りむいてませんか?」
 大地が腕を取ってあげると、ティエリーティアはこくこくと頷いた。
 スヴェンはティエリーティアの荷物を片付け、机の上を片付けると、改めてお茶を始めた。
「手作りですが、お口に合うとうれしいです」
 差し出されたチョコを、大地は礼を言いながら受け取る。
 パクッと食べたときは普通に甘く美味しいチョコだった。
 が。
(うっ!)
 舐めていくと中からわさびの味がした。
 わざわざスヴェンはチョコの中にわさびペーストを練りこんだのだ。
 大地は慌てて紅茶を飲んだ。
「はぁ……」
 甘い紅茶の味が、なんとか辛さを中和してくれる。
 しかし、大地が紅茶を飲むのを見て、スヴェンが青い顔をした。
「……大丈夫なのですか?」
「は?」
 大地は意味が分からなかったが、それには理由があった。
 実はスヴェンは大地に飲ませるために、塩で作った角砂糖もどきを用意しておいたのだ。
 しかし、大地は平気そうに紅茶を飲んでいる。
 ということは……。
「ティ、ティティ、ちょっとその紅茶は待ってください!」
「え?」
 ティエリーティアは驚いて手を止める。
 一瞬、零して熱い紅茶を手にかけかけたティエリーティアから慌ててカップを取り、スヴェンは自分の方のカップをティエリーティアに差し出した。
「ほ、ほこりがのってましたので。こちらをどうぞ」
 ティエリーティアを守るため、スヴェンは自ら塩入りの紅茶を飲む羽目になった。
 飲み物に何かを盛られかけたことに気づいた大地だったが、それでも、ティエリーティアのためなら自分を犠牲にするスヴェンにちょっと感心した。
 そして、スヴェンのほうもわさび入りのチョコを食べさせられても、雰囲気を壊さないために口にしない大地にほんの少しだけ感心していた。
「あ、そうでした!」
 美味しいダージリンを飲みながら、ティエリーティアがあることを思い出し、バッグから箱を取り出した。
「僕もお2人のためにチョコレートを作ってきたんです! お口に合うか分かりませんがどうぞ!」
 ハート型の箱に赤いリボンがつけられた可愛いラッピングのチョコだが、中身は……。
 自称小麦粉とか恐ろしいものだけは入ってませんようにと祈りながら、大地とスヴェンはティエリーティアのチョコを冬には合わない冷や汗をかきながら食べたのだった。