百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第3回/全3回)

リアクション公開中!

イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第3回/全3回)

リアクション



●さあ解き放て! 己の力を、己の想いを!

「フリードリッヒさん、どこに行っちゃったんだろうね?」
「さてな。……栗、何か手掛かりは見つかったかの?」
 キメラとの一戦を終えた後、付いて行くという意思表示をした虎頭のキメラ、ファスセドと共にアジト内部の雑多スペースに潜入した鷹野 栗(たかの・まろん)が、羽入 綾香(はにゅう・あやか)とキメラ関係の施設捜索に当たっていた。
「ううん、まだ。……ファス、セド、どう?」
 栗の問いに、鼻をうごめかせていたファスが欠伸をする。「よくわからない」と言っているように栗には聞こえた。
「分からない、ってことは、ないというわけじゃないんだね。分かった、もう少し探してみよう」
 ファスの頭を撫でて、栗がある一つの部屋に入っていく。入口を綾香が警戒する中、呼び出した人工精霊の灯りを頼りに手掛かりがないかを探す。
 ふとある装置に目を止めたところで、セドがフンフン、と鼻を近づけて気になる素振りを見せる。その装置は円柱形で、上部から何かを受信するかのようなアンテナが突き出していた。
「セド、これがどうしたの?」
 やはりよく分からないが気になっている様子のセドを落ち着かせて、栗が装置を調べる。下部には半球状の窪みがあり、球体をそこに留めておけるようであった。
(何だろう、これ……やっぱりキメラ関係なのかな……窪み……カプセル、はまるかな……)
 取り出した、ディルから受け取ったファスとセドを収容するためのカプセルを、円柱形の装置の下部に置けば、それはほぼぴったりはまっていた。
 そこに、部屋を揺るがす振動が起こる。
「わわわ!」
 物が崩れてくるが、ファスとセドが栗を庇うように囲み、事なきを得る。
「栗、無事か!?」
 次いで部屋に入ってきた綾香に、立ち上がった栗が答える。
「うん、この子たちが守ってくれたから。羽入、何があったの?」
「よくは知らぬが、主に下から届いてきたようじゃ」
 下と聞いて、今頃戦っているであろう者たちを栗が思い浮かべる。キメラ戦から通しで疲れていたが、彼らもそれは同じこと。
「……とりあえず、出よっか。また揺れたら怖いし」
 栗の言葉に綾香が頷き、先に部屋を出て行く。次いでファスとセドが、そして最後に出口へ向かおうとした栗は、装置の上部に伸びていたアンテナを曲げ折り、使えなくしてしまう。多分よくないことに使っていたのだと思い、そして栗も部屋を出て行った。

 大講堂での戦いは、長き戦いに終止符が打たれようとしていた。
 両脇を抑えられた格好に陥った信者は、見る間にその数を減らしていく。数の差さえ埋まれば、これまで苦難を乗り越えてきた冒険者の方が戦力的に上回る。
 そしてついに、十数メートルにのぼる玉座、その前に漆黒の火花を放つ球体が目前に迫る。
「歌菜、右から回り込みましょう」
 周囲の動向を全神経を研ぎ澄ませて探り当てた譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が、球体まで近づけるルートを遠野 歌菜(とおの・かな)に伝える。
「うん、分かった! 付いてきてね大和、行くよっ」
 歌菜が頷いて、そして二人が行動を開始する。戦闘の余波で灯されていた灯りが消え、薄暗くなった大講堂内では、気配の消えた二人の行動を追える者はほとんどいなかった。それでも、まだまだ数を残す信者の視界に運悪く飛び込むことになれば、流石に二人の存在は確認されることになる。
「貴方達に構ってる暇はないの! 退いて貰いますっ」
 守刀を手に飛びかかってきた信者の一振りを槍で防ぎ、押し飛ばす。着地の時に出来た隙を見逃さず、無駄のない動きで歌菜が一撃を見舞い、信者を無力化させる。
「雷、風、俺に道を示してください!」
 大和は歌菜の後方で、使い魔を空に放ってルートの確認を行う。使い魔がもたらした情報を元に、今いる場所から最適なルートを再構築した大和が、それを歌菜に伝える。
「ありがと、大和! 大和がいるから、私は安心して進めるんだよっ」
 笑顔を向けた歌菜が、大和の手を取る。
「俺もですよ、歌菜。……この手は絶対、離しませんよ」
 そのまま二人、装置に向けて駆け出す。階段を駆け上がり、そして辿り着いた玉座は、遠くで見る以上に巨大で、そして例えようのない威圧感を与えてくるようであった。
(装置を破壊するには……あそこね)
 燭台のような物に載せられた球体を見つめて、歌菜が槍を握る手に力を込める。一撃で終わりにするべく、打ち所を定めた歌菜が踏み込んだ直後。
「! 歌菜、危ない!」
 歌菜に向けられた殺気を感知した大和が、身を挺して歌菜を庇う。上空から降り注がれる闇弾が二人を襲い、舞った粉塵が晴れた時には、大和のおかげで無傷の歌菜と、歌菜を庇って地面に伏せる大和の姿があった。
「! 大和、大和!」
 歌菜の呼び掛けに、しかし大和は答えない。

「仕留め損ねたか……我の予想を覆すとは、つくづく貴様らは脅威よ。
 こうなる前にその命、絶っておくべきであったかも知れぬな」


 響く声に振り向いた歌菜の視界に、黒衣をなびかせた男が空中から、ゆっくりと地上へ舞い降り、装置の傍らにつく。
「ここまでされては、もはや我らが目的、果たすのは容易ではない。これ以降のことは無駄な足掻きであろう。……それでも、ただ黙って見ているわけにはゆかぬのでな。……まずは貴様らの命、奪ってくれよう!」
 男が吐き捨て、掌に闇弾を浮かばせる。

「ツァンダー!
 イ・ナ・ズ・マ・キィィィィックッッ!!」」


 二人を狙って放たれた闇弾は、稲妻をその身に纏いながら飛んできた風森 巽(かぜもり・たつみ)……もとい、『仮面ツァンダーソークー1』の蹴りに打ち消される。
「遠野さん! 譲葉さんを連れて、ここは引くんだ!」
「巽師匠……はい! この恩、後で必ずお返しします!」
 大和を抱えて撤退する歌菜の気配が遠くなっていくのを確認して、巽が黒衣の男……アストリッドに向き直る。
「クックック……正義のヒーローとやらのお出ましか。それにしては随分と滑稽な風貌だな」
 アストリッドの指摘が正しいかはともかく、ヒーローマスクに赤いマフラー、しかし服はフリフリのメイド服という格好は、違和感を多分に含んでいた。
(ティア……これは持ってきておいて、どうして着替えを持ってこなかった……!)
 巽の脳裏に、「クライマックスなんだから、正装しなきゃ♪」と笑顔でマスクとマフラーを手渡してきたティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)の顔が浮かぶ。
(おまけに、思い切りぶっ叩いて……まだ、感覚が戻らない)
 キックを放つ際、「ユー! キャン! フライ!」とタイミングを取るようにハンマーをフルスウィングしたティアに打たれた影響で、足の裏の感覚が麻痺していた。無論、そのおかげで守ることが出来たものもあり、巽もあえて文句をいうつもりはないようであった。
 そう、そんなことより、彼が思うのはただ一つ。
(さっさと片付けて、さっさと戻って、さっさと着替える!)
 そして巽が、アストリッドに向かっていく。互いに相手の行動の先を読み合い、時に予想の上を行く攻防は、しかし徐々にアストリッドが優位に立っていく。
「ヒーローとは名ばかりの弱き者よ、これで終わりだ!」
 闇弾を防御の上から受けて吹き飛んだ巽へ、アストリッドが漆黒の刃を作り上げ、一刀のもとに切り捨てんと迫る。振り下ろされた刃はしかし、間に割り込んだ神代 明日香(かみしろ・あすか)のかざした刃に阻まれる。
(ちゃんと成功させて、無事に戻って、そして……エリザベートちゃんに抱きつく!)
 そんな想いに裏打ちされた身のこなしは、一時的にアストリッドを後手に回らせる。腕に装着したパワーアシストが実現する神速の太刀を後ろに下がって避けたアストリッドは、魔法の詠唱に入ったと見えた明日香の懐に入り込むべく飛ぶように前進する。
(これも乙女のたしなみ、です)
 しかし、アストリッドが魔法の行使だと思っていたその行動は、スカートの中に忍ばせていたハンドガンを構える行動だった。結果としてまんまと誘い込まれる形になったアストリッドを、弾丸が掠めていく。少しでも命中率を下げるため距離を取ったアストリッドが、弾の切れた様子を確認してその位置から、闇弾を放つ準備に入る。
(闇には光……たぶん、これで!)
 撃ち尽くしたハンドガンを仕舞い、代わりに明日香が取り出したのは、かつて存在したと伝えられている文明が残したとされる、水晶で出来たドクロ。何かといわくつきの品であり、本当に滅んだ文明の遺物であるか疑わしい面があるものの、今この時においてはオーパーツと呼んで差し支えない効果を発揮することとなる。
「消し飛べぃ!」
 放たれたそれまでのよりも大きな闇弾に向けて明日香がドクロをかざせば、その両の瞳から光が埋まれ、二条の光線となって闇弾と交錯し、一瞬の後に打ち消し合う。光が消え、もはやただの水晶ドクロとなったそれを仕舞い、片方の手にそれぞれ魔力で生み出した雷と機晶石のエネルギーで生み出した雷を浮かばせ、一つにして放つ。
「小賢しい!」
 走る電撃を、アストリッドが空に浮かび上がるように避け、そのまま攻撃には映らずに装置の方へと向かっていく。装置を背後に、かざした掌に障壁が生まれ、そこに狙いたがわず放たれた闘気が受け止められる。
「クックック……まるで『ニンジャ』の如き振る舞いよ。不意の一撃で装置を破壊、我でなければその目論見、果たせていただろうな!」
 反撃とばかりに小さな闇弾を、天井を駆けてきていたナナ・ノルデン(なな・のるでん)へ見舞う。周囲で爆発が生じ、集中を削がれたナナの足が天井から離れたその直後、伸びた氷のスロープがナナを受け止める。滑り降りるように地面へ無事生還したナナを見遣って、氷のスロープを発生させたズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が疲れ果てたように地面にへたり込む。
「も、もうダメ〜……今ので打ち止めだよ〜」
 ナナを装置のところまで向かわせるために、疲れを押して信者の注意を引きつけていたズィーベンを支えるナナにも、蓄積された疲労の色は濃い。
 そして、そんな二人を逃がすまいと、今や十数人に減った信者が「糧を! 糧を!」と呟きながら包囲網を狭めていく。
 退くにしても戦うにしても人数の差は致命的。一人だけなら跳躍で逃れられなくもないが、そんなことが出来るはずもない。
 覚悟を固めたナナが、表情の見えない信者に意思だけは負けるまいと、力の籠った視線を向ける――。

「ファイア・イクスプロージョン・ツヴァイ!」

 ナナの眼前で、巨大な刃と化した炎に断ち切られた信者が地に伏せる。包囲網に出来た大きな穴を見逃さず、ナナがズィーベンを背負って駆け、窮地を脱する。
「やっと追いついたよ!! ナナちゃん、後はリンネちゃんたちに任せて!」
 魔法を行使したリンネがナナに呼びかけ、態勢を整えるためにナナが後方、既に冒険者たちによって安全が確保されている領域へ向かっていく。
「やはり生きていたか、アストリッド!!」
 エル・ウィンド(える・うぃんど)の向けた声に、アストリッドがフン、と息を荒げて答える。
「我の演技を見抜くとはな。大人しく騙されておればよかったものを」
「勝手なことを言うな! 今度こそお前を滅してやる! 人と精霊の絆の力、その身に受けてみろ!」
 剣を抜き放ったエルがその剣を高々と掲げれば、剣が、そしてエルの全身が金色に光り輝く。
「イルミンスールの生徒は、たとえ良く言っても個人主義のならず者集団でしかない。……だがその集団を全力で敵に回せばどうなるか、とくと味わってもらおうか!」
 隣に立ったエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)がアストリッドに言い放ち、リンネと彼女に付き添う精霊に告げる。
「私があの装置の解析を行おう。それまで済まないが、援護を頼む。……必ずや装置を止め、ケイオースを止めるぞ!」
「任せて!! 何か美味しい場面で出てきちゃったアストリッドは、あたしがボッコボコにしちゃうよ!」
 エリオットの言葉にメリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)が、そしてリンネ一行が頷く。
「クックック……威勢はいいが貴様ら、我が捕らえた精霊のことはどうするつもりだ? もし万が一我が倒れるようなことがあれば、その者を放っておくわけがなかろう。精霊を喪うようなことがあれば貴様らと精霊の絆とやらも切り裂かれ、二度と交わることなど叶わぬのではないか?」
 アストリッドの言葉が、謀略と知りつつも冒険者に重くのしかかる。まだ見ぬセイランの姿はいずこか――。

「わたくしはここにおります!
 皆様、耳を貸してはなりません!」


 脇の階段の方から伸びてきた声に一同が振り向けば、まさに渦中の者、アストリッドに囚われの身となっていたセイランの姿があった。背後には彼女と行動を共にしたセシリアとイーオン、それに、二人のパートナーに支えられながらもリカインとキューの姿もあった。
「わたくしは今日まで、人間というものの真意を図りかねていました。彼者は何故にこの地に住まい、そして何を為さんとしているのか……それが分からずにおりました」
 背中に輝く羽を一杯に広げ、セイランが宙を舞う。冒険者の頭上に浮かんだセイランが、同じ位置に上がったアストリッドに向き合い、口を開く。
「人間と精霊とは決して等しいものではありません。そして、両者に確固たる絆が結ばれるまでは、相応の時間が必要となるでしょう。……ですか今この時は、わたくしとあなた方は目的を同じくする友であると、わたくしは確信しております」
 セイランの言葉にリンネが、周りに付き従う精霊、セリシア、サティナ、カヤノ、レライアと笑顔を浮かべ合う。

「友よ! 共に手を取り、絆を示せ!」

 セイランの言葉が力を生み、その力が傷ついた冒険者の傷を癒し、心に勇気をもたらす。
 互いに知り合ったのは僅か一日。だが、心と心を通わせ合えるものに、時間の縛りは意味を成さない。

「今日から精霊さんもアインスト!
 みんな、み〜んな、一緒だよっ!!」


 リンネの言葉をきっかけにして、冒険者が行動を起こす。
 友を救うための戦いを。そして、友と共に帰るための戦いを。

「大和を傷つけたこと、一生後悔してもらうから!」
 先陣を切って、歌菜がアストリッドの眼前に躍り出る。背後には意識を取り戻した大和の姿もあった。
(もう倒れはしない……皆のため、そして歌菜のために!)
 詠唱を終えた大和の掌から雷が放たれ、それは歌菜の振るう槍に纏いつき、雷迅の一撃となってアストリッドを貫く。
「ぐっ……!」
 ここに来て初めて狼狽を見せたアストリッドに、息つく間もなく攻撃が加えられる。
「今再びの!! イ・ナ・ズ・マ・キィィィィックッッ!!」
 電撃を纏ったハンマーに打たれた巽の、自らもまた電撃を行使しての飛び蹴りが、アストリッドを穿つ。
「二回目は外しませんよ!」
 明日香の電撃魔法と電気の放射が、今度はアストリッドを捉える。立て続けに攻撃を受けたアストリッドが気付くよりも早く、走る雷の如く懐に飛び込んだナナ、青い粒子に包まれ雷と化したメリエルがそれぞれ拳に闘気を纏わせ、腕のブースターを全開にし、アストリッドを下から上へ突き上げる。解放された闘気とブースターの余波で天井まで吹き飛ばされたアストリッドがそのまま、天井に埋め込まれる。
(考えろ、考えるんだ、エリオット・グライアス! お前の知識と力は何のためにある!)
 その間に装置に辿り着いたエリオットが、自らの持つ知識を総動員して装置の解析に当たる。施された魔術の仕掛けを見抜き、それを解除するための魔術を記憶から呼び起こし、解除を手助けする魔術も呼び起こして事に当たった結果、漆黒の球体から発されていた火花が収まり、装置はゆっくりと機能を停止していく。
「これで、仕掛けを破壊しても、ケイオースへの影響は起きないはずだ。後は壊すなり好きにして構わん」
 自らの為すべきことを完遂したエリオットが、どこか満足気に微笑んで装置から離れる。直後、天井から剥がれ落ちたアストリッドが、動かなくなった装置の上に落ちてきた。
「リンネ、力を貸すよ。一人より二人の方が効果的でしょ?」
 リンネの前に十六夜 泡(いざよい・うたかた)が進み出て、協力を申し出る。胸のポケットに潜んでいたリィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)も、小さな身体で力になることをアピールする。
「ありがとう! 一人よりも二人、二人よりもみんな、だよ! みんな、一緒に帰ろっ!!」
 リンネを中心に、右に人間、左に精霊が列を形成し、互いに手を取り合い、想いを一つにする。

「天界の聖なる炎よ、
 魔界の邪悪なる炎よ――

 
 リンネが得意の、『ファイア・イクスプロージョン』の詠唱に入る。
 すぐ背後に控えたセイランの伝える熱に温かみを感じながら、リンネが詠唱を続ける。

 人の内に秘めたる炎よ、
 そして精霊の内に秘めたる炎よ、
 今ここに手を取り合い、
 立ちはだかる敵を塵と化せ!」


 両の手に生み出された炎に、人間の想いと精霊の想いが込められていく。
「これが、人と精霊の絆の力だ!」
 エルの発した言葉が、一つに合わさった炎が放たれる瞬間、その場にいた全員のものとなって紡がれる。



『これが、人と精霊の絆の力!
ファイア・イクスプロージョン・フィアー!』




 リンネを中心に放射状に広がった炎が、装置を、玉座を、そしてアストリッドを言葉通り塵に帰す。

『フ……フフフ……我を葬ったところで、運命は止まらぬ……いずれ魔王は復活を遂げ、貴様らに絶望をもたらすだろう……それまでせいぜい興じるがいい、フフフ……ハハハハハハハ!!』

 今際にアストリッドが遺した言葉が、冒険者の耳に残る。
「そうだとしても……その時はまたみんなで立ち向かえばいいんだよ!」
 その言葉を振り払うように、リンネが声を発し、そして辺りは静寂に包まれる――。
 直後、装置のあった場所から、勢いよく真っ赤に熱されたマグマが吹き上がる。これまでの戦闘の余波が、地下を流れるマグマを刺激したようである。
「みんな、急いで出口に!」
 傷付いた者を助け合い、皆で一緒に帰るために出口を目指す。
「急げ! いつ崩れるか分からないぞ!」
 入口付近では、中の騒ぎを聞きつけた白砂 司(しらすな・つかさ)が入口の様子を注視しながら、冒険者を誘導する。他の冒険者は避難を終え、セイラン、セリシアにサティナ、カヤノにレライアが階段を昇り、最後にリンネとモップスが階段を昇る最中、リンネの足元の階段が崩れる。
「リンネ!」
「危ない!」
 咄嗟にモップスと司がリンネの片腕ずつを掴み、引き上げる。これがモップスだけだったら、二人もろともマグマの中に落ちていたかもしれない。
「た、助かったよ〜。ありがとう、司ちゃん!」
「こんなこともあろうかと対策をしておいたのが効いたみたいだな。行くぞ、またいつ崩れるか知れん」
 司が駆け出すのに続いて、リンネとモップスも後に続く。
「ボクにもたまには感謝してほしいんだな」
「モップスにはいつも感謝してるよ? それよりモップス、勝手にいなくなったりしないでよね? リンネちゃんすっごい困っちゃうんだから」
「…………すっごい調子狂うんだな。いきなりそんなこと言うの止めてほしいんだな」
 表情の変わらないモップス、おそらく心の中の人の姿をしたモップスは、真下を流れるマグマのように真っ赤であろう――。

 入口から続々と飛び出してくる冒険者を出迎えながら、立川 るる(たちかわ・るる)は先程自らが助けた信者の姿に視線をさ迷わせていた。
(……いた!)
 冒険者に気付かれないように駆け去っていく小さな背中を見つけて、るるがその後を追う。
「待って! これからどうするの?」
 声に立ち止まり、振り向く信者。次いで男のものと思しき声が、るるの耳に届く。
「私たちはあの男に騙されていた。『魔王が復活すれば、かつてお前たちの先祖が築いた栄光を再び取り戻せる』と。……だが、結果として君たちをこのような目に巻き込んでしまった。本来は私も、他の者と一緒にあの中に消えるべきなのかもしれない」
 そんな、と反論しかけたるるを制して、男が告げる。
「……だが、私は君に助けられた。そのことだけは忘れない。……さようなら」
 礼を告げて駆け去る男の背中を、るるがじっと見つめていた――。