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嘆きの邂逅~闇組織編~(第3回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第3回/全6回)
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第2章 捜索

 神楽崎分校のホールでは、要職に就いている者、及びバレンタインで警備を担当した者達が集まり会議が行われていた。
「俺らも混ざるぜ! ヒャッハー!」
 時折、バイクで直接ホールの前に乗りつけるパラ実生もいた。
 そんなパラ実生達のことは宋子分(うんちょう タン(うんちょう・たん))が対応していた。
 残念なことだが、彼等の中に組織と繋がりのある者もいると思われるから。
「心配してくれる諸君の気持ちは嬉しいでござるが、中で分校長以下が会議中でござる。静かに待たれよ」
 信頼できる者しか中には入れることが出来ないのだ。
「待ってられっかよ!」
「そんじゃ、キマク中探し回るぞー!」
「ヒャッハー!」
 パラ実生達はバイクを走らせていく。
「うん……もとい、子分さん、ここの分校生って思った以上に情が濃いんですね」
 パラ実生達の後姿を見ながら、共に警備についてた宋襄公(そう・じょうこう)(劉 協(りゅう・きょう))が、子分にそう声をかける。
「……半分以上は野次馬根性かもしれませんけど」
 小さな声でそう続けると、子分が首を大きく縦に振る。
「それと、ゲーム感覚でござろう」
 深刻に捉えている者から、遊びの延長で捜索に出る者もいる。
「よそ者が誘拐なんかするのはかなり難しそうですけど、何か手口について思い当たる節はないんですか?」
 襄公が問い、子分が考え込む。
「ううむ……。誘拐未遂は陽動で、その隙に真のターゲットを誘拐したということでござろうか」
「それも報告した方がよさそうですね」
 襄公の言葉に頷いた後、子分はふと、ホールの側に佇んでいる女性に目を留めた。
「貴公は……入らぬのか?」
「わたくしは……ここで、結構ですわ」
 そう、微笑んだのはロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)だ。
 彼女は分校長の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)ととても親しくしている女性であり、信頼できる人物の1人――のはずだ。
 いつもの高笑いはせずに、ただ佇むその姿を子分は僅かに不思議に思う。
「ならば、近づく者を発見した際には報告を頼むでござる」
「……ええ」
 ロザリィヌは微笑んでそう答えて、すっと遠くに目を向ける。

 バレンタインパーティ時に、被害を受けた百合園生達も解毒魔法等で症状は治まり、大事に至りはしなかった。
 脅されたマリルに関しても、それ以来組織側からの接触はないとのことだ。
 神楽崎分校はしっかり警備体制を整えていたこともあり、追い返されたパラ実生達の腹いせ攻撃なども受けることはなかった。
 分校生達としても、薬が混入していた件に関しては悪戯だろうという認識で誰も気にしていない状態だ。彼等にとっては、ヘリウムガスを吸い込んで声が変わった程度のことのようだ。
「それが原因じゃなくてさ、逆に警備やら規制やらが厳しいってんで、来なくなった生徒が多いみたいだぜ」
 分校長の崩城亜璃珠に求められ、そう状況説明をしたのは生徒会長の補佐、もといパシリのブラヌ・ラスダーだ。
 説明を受けた亜璃珠は、目を閉じて軽く息をつく。
 分校から協力を申し出ることでゆっくり接近を図りたかったのだが、百合園の校長、桜井静香の行動は直球すぎた。
 覚悟を決めるのと、何も考えないのは違う。
 静香にももっと危機感を持ってもらわないと。
 ……そうは思うも、口には出さなかった。
 ラズィーヤと離れている今、静香の補佐として側につき、参謀として立ち回れる人材も必要そうだが、今のところ自分は神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の仕事の一つ、神楽崎分校の運営だけで精一杯だった。
「よろしいでしょうか」
 手を上げたのは分校長の顧問のキャラ・宋皇甫 伽羅(こうほ・きゃら))だ。
 この会議では書記を務めている。
「どうぞ」
 亜璃珠の許可を得て、キャラは語り始める。
「パーティの芳名録の照合が完了いたしました」
 キャラはパートナー達と共に受付を担当し、来場者に名前や所属、連絡先を記入させていた。
 更に、名簿にはその人物の外見的な特徴も略号で記入してあった。
 下宿先が判明している分校生や友人を除いた来場者1人1人に対して調べた結果、宿無しのパラ実生を除いて、記入されている事項に偽りがある者はいなかった。
「つまり、名前や身分を詐称している者は、あの場にはいませんでした(自分達以外は)」
 心の声は勿論言わない。でも、ここにいるメンバーは既にキャラが伽羅であることは解っているけれど。
「不審者は極力排除いたしました。また、記名を拒んだ者については参加させておりませぬ。複数の目とスキルでチェックしましたので、すり抜けた可能性は極めて低いかと」
 会場入り口に立つ宋清(皇甫 嵩(こうほ・すう))がそう補足をする。
「身元が確認できなかった分校生に関しては、個別聴取などの調査を続行した方が良いでしょうか? それとも分校離れを防ぐためにも、中断しますか?」
 キャラの言葉にメンバー達が考え込む。
「一旦捜査の進展を見てから、絞り込んだ上で行う方が効率的だと思いますが。人のことを言えた義理ではありませんが、根無し草も多いですし」
 そうキャラが提案すると、亜璃珠が首を縦に振った。
「そうね。それに、離れられるよりは泳がせた方がいいだろうし」
 亜璃珠がそう答えた。優子ならそう言うだろうとも思って。
 問題のある者が離れていったら、この分校を設立した意味が薄れてしまうから。
「本日は会場前、周辺の警備も慎重に行っております。会場内はご覧の通り協力的な者だけとなっており、場外は入り口だけではなく、声の届く範囲に不審者を近づけないよう宋子分、宋襄公が監視しています。またロザリィヌ・フォン・メルローゼ嬢もおられるようです」
 清がそう報告をする。
「ロザリィヌが? 入ってくればいいのに」
 亜璃珠はそう呟くも、会議を進行させなければいけない立場上、自ら呼びにいくことはしなかった。
「パーティ当日の警備状況だけど」
 続いて、アマーリエ・ホーエンハイム(あまーりえ・ほーえんはいむ)が分校用の悪びれた口調で報告を始める。
「引っかかったのは無許可侵入の他分校生と、パラ実にも入ってねぇ地元のガキレベルの連中ばかりでやんした。どいつもこいつも食い物目当てか百合園生とのキャッキャウフフが目当てのセツナ的な連中で、計画性は全く無し。かっさらって俺の女に、みてぇなのもいやしたが、これも後先考えず」
「健全なパラ実生らしい行動よね」
 と、亜璃珠は感想を漏らす。
 頷いて、アマーリエは言葉を続ける。
「念の為、腕の立ちそうな連中には『吸精幻夜』を掛けてみやしたが今回の件と関連のありそうな話はせいぜいパーティの噂を必要以上に流している奴等がいたようだってことぐらいやんす」
「なるほど、お決まりのパターンね」
 亜璃珠が苦笑する。そうしてパラ実生を扇動し、パーティの混乱を狙った者がいるということだ。
「以上が統括でやんす」
「一点補足しやす」
 アマーリエが報告を終え、代わってロドリーゴ・ボルジア(ろどりーご・ぼるじあ)が口を開く。
「当日の夜、確か、ブラヌの奴が大型の獣らしきもんを見たってぇ話を言っとりやした。そうだよな、ブラヌ」
「ん? お、おう」
「で、それはどんな獣だった?」
「いや、それがよくわかんなくて」
「せめて影はどんなだったか覚えてねぇか? 馬? 牛? 狼?」
「うーん」
 ブラヌは考え込むが、やはり首を左右に振る。
「ただ、馬とか牛なら、子供だと思うぜ。結構でかかったからな。けど、動物くらいよく見かけるしなー」
「アホか、獣人だって可能性もあるだろ!」
 ロドリーゴの言葉に、ブラヌはようやくその可能性に気付き、自分の落ち度を知った。
「わ、わるぃ……。これ以上のことはさっぱりわかんねぇです」
 適当な嘘をついて、バレた時に仕置きさせるよりはとブラヌは素直に謝罪する。
「搬入口から運ばれた食材その他全てに関しても、厳しくチェックさせてもらったぞよ」
 搬入口側で警戒に当たっていた青 野武(せい・やぶ)も皆に報告をする。
 隣で青 ノニ・十八号(せい・のにじゅうはちごう)が当日のことを思い出し、げっそりしている。
 黒 金烏(こく・きんう)シラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)も同席していた。
「怪しいモノは入れてはおらぬが、我輩らの鼻先で誘拐があったとは心外であーる!」
 野武がバーンと机を叩く。
「何奴の仕業じゃ! 実験サンプルにしてくれようぞ! ぬぉわ、ぬぉわははははははは!」
 そして狂ったような笑い声を上げるが、いつものことなのでもう誰も気にしない。
「……そういうわけで、大した痕跡は残っちゃいやせんし、一味らしきもんが当日の警戒に引っかかったって話もありやせん」
 ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)がやはり分校用口調で語り始める。
「してみると、こりゃ手慣れたもんが周到に準備した犯行かと。何の要求もねぇところから見て、営利や分校潰しの恫喝の線も薄い。するってぇと『ハーフフェアリー』と何か因縁があってもおかしかない『鏖殺寺院』の線か、人身売買組織と噂される通称『闇組織』この辺が最悪想定でやすかね」
 ミヒャエルの言葉に「人身売買組織?」と疑問の声を上げる者もいた。
「蛇の道はヘビで、ちょいと教導のツテから資料を調達してきやした。信頼できる筋でやすが、ルートは聞かねぇで下せぇ。宜しかったら使って下せぇ」
 ミヒャエルは持ってきた資料を亜璃珠に差し出す。
「そうそう、分校長も資料にちょいと顔を出してやすぜ」
 そう言って、亜璃珠に目配せをする。人身売買組織についての説明は控えてくれという意味だ。
 亜璃珠は目配せの意味を察し、頷いてから資料に目を通す。
 とある、人身売買を行っている組織に、神楽崎優子と共に、ミヒャエルも亜璃珠も関わったことがある。
 組織のメンバーを捕らえた優子は教導団に引き渡したはずだ。
 その資料、調書をミヒャエルは教導団に求めて、僅かながら説明を受けてきた。
 捕まったメンバーはあの拠点で雇われた者ばかりらしい。
 組織の本拠地は別にあり、指令は本拠地から下されていた。
 幹部と思われる人物が当時、あの施設の中にいたようだが、捕縛に失敗し逃げられてしまっていたようだ。
 ミヒャエルが得た情報はその程度であり、別件で奔走中であるため、教導団もそれ以上捜査を進めてはいないらしい。
「人身売買の組織ねぇ……それは、勘弁願いたいのだけど」
 亜璃珠は眉間に皺を寄せて目を閉じる。
 そして大きく吐息をついた後、今回の方針を決定していく。
・捜索は番長となったシアルを中心に、足で捜索を行う者と、近隣の人間から聞き込みをする者に分かれて行う。捜索の報告も行ってもらう。
・調査動機はあくまで分校主軸「先日のパーティの時にシマを荒らした奴等の足取りを追う」とする。
・今回は足取りを追うのが目的なので深追いはせず、得た情報を分校に集める事を重視。事を起こすにしても準備は必要。
「白百合団の方からも何か報告がくると思うけれど、こちらからも随時連絡する予定よ。ただ、携帯電話が繋がらないから、リアルタイムで行えないのが厳しいわね。行き来している私が主に伝令も行うつもりだけれど、余裕がない時には、面識があるブラヌにお願いするわ」
 伝達、移動の面でかなり問題がある。前番長の吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が居れば、バイクで分校生を引き連れて移動なども考えられたし、顔も広いのでまた違う方面からの調査が出来ただろうが。
「若輩者ですけどいいかしら?」
 書記と整理に努めていたミヒャエルのパートナーイル・プリンチペ(いる・ぷりんちぺ)が声を上げた。
「どうぞ」
「大体意見と情報はこの中では共有できたようだし、もう行動に移るべき時じゃないかと思うの」
 そして、イルは皆を見回していく。
「運命の女神相手には、周到になるのも肝心だけど、果断の方がいい結果を生むことの方が多いと思うわよ。『細けぇことはいいんだよ』くらいな方が、却って成功する、そんなもんじゃないのかな」
「難しいところよね」
 と、亜璃珠は言葉を漏らす。
 神楽崎優子ならどうするだろうか。
 多分、危険を冒してでも真っ向から救出しようとするだろう。
 桜谷鈴子ならどうするだろうか。
 多分、全体の安全を考え、慎重に周りを固めるだろう。
「……確かに、こうしている時間は惜しいし、捜索は直ぐに始めましょう」
 そう言って、亜璃珠は班決めをすると、出発するように皆に指示を出していく。
 本音を言うなら――。
 度重なる問題に、ストレスが溜まり、心細さも感じている。
 優子にも会いたい。
 彼女は余計に問題を増やしそうな気もするが、肩を貸し合える存在だから。
 ……ふと、テーブルの中央に置かれている物に目を留める。
 バレンタインに鈴子と優子が分校の役員へ用意した菓子だ。
 優子は離宮に篭っているから、ホワイトデーのお返しをすることもできない。
(こういうことすると余計に相手を意識するから駄目だってのに)
 空になった箱から、亜璃珠はそっと目を逸らした。