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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編
精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編 精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 後編

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●彼物に蔓延る悪しき意思よ、永久に滅せよ!

 ヴァズデルと生徒たちの戦いは、熾烈を極めていた。
 生徒たちは攻撃と回復を繰り返しながら、ヴァズデルと相対する。一方のヴァズデルも、首を一つやられはしたものの未だ残る三つの首と、無数に生え変わる漆黒の蔦で生徒たちを翻弄する。
「なんなんですかこの龍は! ちょっと可愛いじゃないですか。あの首をひょこっと出しているところなんか特に――
 振るわれた漆黒の蔦を、構えた槍で薙ぎ払った赤羽 美央(あかばね・みお)がヴァズデルを見上げてそんな感想を抱いたところで、それに気を良くしたのかはたまた気に入らなかったのか、そのひょこっと出している首へ電撃が伝播し、吐き出された電撃が全身を盾の背後に引っ込めた美央を襲う。
「美央ちゃん!? 大丈夫!?」
 タニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)の声を受けて、美央の身体が僅かに動く。咄嗟にタニアが放った電撃と、美央の取った防御形態が、美央を電撃の一撃で戦闘不能に陥らせることを防いでくれたのである。
「……前言撤回です。あんなの全然可愛くありません。よってたかって虐めるのは可哀相ですが、楽しい遺跡探索のため、倒れてもらいます」
 盾を構え直した美央が、より強固な防御形態を取ってヴァズデルの攻撃を防いでいく。『イルミンナイト』を名乗る美央のその戦いぶりは、背後に回った後方支援を得意とする者たちの働きによって報われることになる。
「美央ちゃんばっかりに苦労はかけさせないよっ! ファイア・イクスプロージョン!!
 エリア(4三)から移動してきたリンネの炎熱魔法が首のやや下方で炸裂する。直撃こそしなかったものの、爆風を受けてのけぞった首から悲鳴がこぼれる。
「オウ!! あれがリンネさんの必殺技デスネ! ミーも負けていられマセン! タニアさん、今こそミー達の必殺技デース!!」
 そう告げたジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)の瞳が紅に煌き、増幅された魔力で生じた炎がジョセフの背後に燃え盛っていく。そこへタニアが風を操り、炎は今や天井まで到達する。
 
「ウルトラジョセフズスーパーマジック!!」

 その場のフィーリングで生み出された技名を発射の合図として、ジョセフの放った爆炎がヴァズデルの首を包み込む。広範囲に広がった爆炎はヴァズデルの回避動作を事実上無効にし、確実にダメージを与えた。
「ねえジョセフさん、ジョセフさんはリンネさんと競うつもりかもしれないけど、ここは一つ協力してみたらどうかしら?」
「協力、デスカ? だとしてもタニアさん、何をどのようにすればいいのデスカ?」
「私に案があるの。試してみる価値はあると思う」
 二人の魔法の特徴を見たタニアは、よりダメージを与えられる案を思い付いたようである。早速タニアはリンネを呼び、協力を願い出る。
「うん、いいよ! ジョセフちゃんの魔法も凄いね! リンネちゃんも負けないよっ!」
「オウ!! リンネさんにそう言ってもらえるなんて、光栄デース!!」
 互いに意気投合するジョセフとリンネへ、タニアが案を口にする。ジョセフの爆炎に紛れるようにして、リンネの炎熱魔法を直撃させられないか、と。
「必殺技名はどうしまショウ?」
「う〜ん、こうすればいいんじゃないかな?」
 何やらゴニョゴニョ、と二人で秘密のやり取りがなされた後、納得したような表情を浮かべてジョセフとリンネがそれぞれ詠唱を開始する。先程と同様、ジョセフの背後には燃え盛る爆炎、リンネの頭上には濃縮された炎弾が浮かび上がる。
「風よ吹け!」
 タニアの起こした風が、炎を後押しする。詠唱を完了したジョセフとリンネが、その場のフィーリングで生み出された技名その二を同時に口にする。
 
「ウルトラジョセフ&リンネズスーパーマジック!!」

 ジョセフの爆炎を布、リンネの炎弾をハトに見立てたマジックの如き一撃が、ヴァズデルに直撃してその巨体を揺らす。それぞれ単独で撃つよりも大きな効果をもたらしたようであった。

「……んん? あれ、ここどこぉ? ……ひゃうっ!!」
 目を開けた『ウインドリィの樹木の精霊』ルピスがきょろきょろと辺りを見回して、生じた大きな爆音に塞ぎ込んでしまう。
「起きた? 起きたんだよね? 動けるんだったら降りてよ〜」
 外から声が聞こえ、そこでルピスはティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が背負った籠の中に入っていることを悟る。
「へ? で、でも、今なんかおっきな音したよ? 出ても大丈夫なの?」
「出なかったらボクと一緒に電気ビリビリだよ!?」
「わわっ、で、出ます出ますっ」
 慌ててルピスがひゅん、と籠の外へと飛び出す。籠を降ろして肩をさするティアが見え、その奥では無数の緑と黒のコントラストが凶悪的な蔦を相手に、銀色のマスクと赤いマフラーの出で立ちの風森 巽(かぜもり・たつみ)が、血煙爪(ちぇーんそー)を手に奮戦を繰り広げていた。
「なな何なのかなアレは!? あの蔦は見た記憶あるけど、あそこまでおっきくなかったよ?」
「説明はあと! ねえ、キミ樹木の精霊なんでしょ? 何か分かることないかな?」
 ティアに言われて、ルピスが慌てふためきつつも、樹木の精霊として感じたことを口にする。
「う〜んとね、黒い蔦ちゃんはパチパチを感じないよ! 緑の太い、何か訳わかんないのついてるのはパチパチしてるよ! 触ったら凄い痺れそう!」
「つまり、帯電してるのは三つある首みたいなヤツだけってことだね? 電気はどこから来るか分かる?」
「あっち!」
 ルピスが指差したのは、中央にある蔦の親玉とも言うべき塊。その上空からは頻繁に稲妻が落ち、それが首に伝って電撃放射として吐き出されているようであった。
「今の情報はタツミにも伝えた方がいいね。タツミー! 精霊の子起きたよー!」
 ティアの声に応じて、マスクを取り去った巽がルピスに近付き、自己紹介をする。
「風の舞う森、と書いて風森。風森巽です。……まあ今は、『仮面ツァンダーソークー1』って呼んで貰えると有難いけどね」
「う、うん、よく分かんないけどそうするよっ」
 頷いたルピスに続けて、ティアがルピスから聞いたことをまとめて巽に伝える。
「……そうですか。この状況で中央への攻撃は、無謀に過ぎますね。となれば、周りの蔦やら首やらを刈り取っていくのが得策でしょう。貴重な情報、有難うございます。互いのことはとりあえず置いて、ルピスさん……じゃないな。一緒に戦ってくれないかな、ルピス」
「う、うんっ! 何ができるか分かんないけど、ぼく頑張るよ!」
「ボクも援護するから、タツミ、ばんばん刈り取っちゃって!」
 二人に見送られ、巽が血煙爪を高々と掲げる。絡み付いていた蔦は、吹き上がる炎で塵と化す。
 
「ツァンクラッシャー、ファイナルドライブ!」

 巽の声に応えるように、吹き上がる炎は激しさを増し、先端は天井まで到達する。蔦の一部がそれらを危険と察知し、攻撃を防ぐべく漆黒の身体をしならせて巽へ襲いかかる。
 
「フレイムザッパー!!」

 しかしそれらが到達より早く、巽の振るった血煙爪から爆炎が放たれ、生じた炎は漆黒の蔦を包み込み、その大部分を灰燼に帰す。半身を失った蔦はやがて再生するが、その再生速度も当初よりは大分遅くなっているようであった。

(……この球体は、雷龍の電撃放射を抑えられるようだ。使いどころをよく考えなくては)
 漆黒の蔦の相手をしていた虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)が、手に入れた『丸い黄緑色の球体』を他の生徒が使っていたのを思い出しながら、最も効果的な使用タイミングを模索する。
「リディア、現れたという魔物の存在が気になる。何か分かるか?」
「……いえ、今は何も。ここではない別の場所で複数の戦闘が行われたようです」
 涼の問いに、リディア・グレース(りでぃあ・ぐれーす)が自身に伝わってくる知識を整理して伝える。魔物は現れたが、生徒たちによって消滅させられたのではないか、と。
「そうか、ありがとう。雷龍についても何か分かるか?」
「電撃を撃つ際は、必ず風の乱れが生じるはずです。注意を向け続けていれば、その時には必ず感知出来るはずです」
 だが、注意を向け続けることは、リディアへの負担を強いることにも繋がる。
「教えてくれるなら助かるが、無理はしないでくれ」
「あ、ありがとうございます。涼さんのお力になれるよう、出来るだけやってみます」
 リディアが集中するその前方で、涼がリディアの集中を逸らさぬよう、向かってくる殺気を看破して生じさせた爆炎で迎撃する。背後を気にする必要がなくなったのもあり、涼の迎撃は実に効率良く機能していた。自分たちの身を守るばかりでなく、その攻撃によって他の生徒たちも安全を確保され、結果として攻撃力の増大に寄与していた。
「……! 涼さん、左です!」
 跳ねたようにリディアが警告の声を発し、爆炎を撃ち終わった涼が即座に反応して、懐から球体を取り出す。首の一つが動きの止まった生徒たちに向けて電撃を放射すべく、根元から電気を伝播される。首が発射体制を整えるのと、涼が球体の力を解放させるのはほぼ同時のこと。
「頼むぞ……行けっ!」
 願うような気持ちで、涼が掌から光を放射する。飛んだ光は電気を纏った首を包み込み、靄のようなそれらに包み込まれた首は、苦しんでいるかのようにもがき始めた。
「……ッ、どうなったんだ?」
 電撃放射に耐えるべく、本人命名『根性ガード』を展開していた音井 博季(おとい・ひろき)の視界に、光を振り払うようにもがく首が映る。
「いつまで突っ立ってるのかしら? ほら、大事なお友達を守るんでしょ? だったらぼうっとしてないできびきび動きなさい」
 西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)に背中を強く押されるような声をかけられ、博季はハッとして振り返る。彼の後方ではリンネが、他の後方支援を得意とする生徒たちと今も援護を続けていた。そうだ、こうしている場合じゃない。リンネさんには指一本触れさせない!
「行くぞ、ヴァズデル!」
 剣を向け、博季がヴァズデルに向かっていく。
「もう、面倒をかけさせてくれるわね。……ふふ、でも、誰かのために戦う姿って、いいわね。背中が輝いて見えるわ」
 微笑んで幽綺子が、今度は優しく背中を押すように博季へ癒しの力を施す。湧いてくる勇気と活力を推進力として、博季の振るった剣が漆黒の蔦を切り飛ばしていく。
「博季ちゃん、援護するよ! ファイア・イクスプロージョン!!
 後方からリンネの声が届き、炎弾が届けられる。
「なら、僕はそれに加勢します、リンネさん!」
 炎弾がヴァズデルの首付近で炸裂する直前、剣に炎を宿らせて博季が振り下ろし、炎の威力を増大させる。掛け合わされた炎を受けて、ヴァズデルの悲鳴が漏れる。
「人間はさ、ちっぽけだから……協力しないとお前みたいに強い相手には立ち向かえない」
 炎が晴れ、焦げ臭い匂いと煙を振り払うように暴れるヴァズデルへ、博季は語りかけるように口を開く。
「でも、だからこそ、こうしてみんな力を合わせて戦える! ここにいるみんなが、一つの目的のために、大切なものを守るために頑張れるんだッ!」
 ヴァズデルへ向けた剣を構え、博季が駆け出す。戯言を言うなとばかりに吐き出された電撃が肩口を掠めるが、それは根性で耐える。
「サティナさん、あなたは責任感の強い人です。ですが、何でも一人で抱え込もうとしないでください。あなたを慕い、心配するセリシアさんのお気持ちも、考えてあげてください。犠牲の上に成り立つ平和や幸せなんて、絶対に間違ってますから……!」
 ヴァズデルを通じてサティナに話が届くように、博季がなおも語りかける。二発目の電撃放射を避け、飛び上がった博季の目の前で、首が一瞬頭を垂れる。それはまるで、サティナが謝っているのかのように見えて――。
「……おおおおおっ!!」
 気合の一撃が、ヴァズデルの首をその根元から切り落とす。転がった首がまず消え、そして主を失った蔦も消え、残す首は二本となった。