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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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精霊と人間の歩む道~凍結せし氷雪の洞穴~ 後編

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●凍りつかせようとするその意思を、私たちは打ち砕く!

 一旦はイナテミスを凍りつかせんとした冷気は、今では森の奥へと押しやられていた。
 人員が充実してきたこともあるし、何より生徒たち一人一人の働きに因る所が大きかった。
 
 もしかしたら、氷龍の動向を待たずとも、冷気を消滅させることが出来るかも知れない――。
 生まれた僅かな期待を現実のものとするため、生徒たちは死力を尽くして戦う。

 まるで木々と踊るように雷が駆け抜け、進んできた冷気が雷に貫かれ、霧散する。余波が鬼崎 朔(きざき・さく)にも吹き付けるが、彼女に動じた様子はない。
「雪だるま王国の鬼神と謳われた自分に、この程度の冷気など片腹痛い!」
 大きな被害を与える吹雪を魔物にたとえて言う『白魔』、そして自らを『白魔将軍』と呼ぶ朔には、生徒たちの攻撃によって徐々に減じられた冷気のもたらす風は、涼風に等しかった。
 朔の周囲には、イナテミスを守るという志を持った生徒たちが、時に協力し合い、助け合いながら戦線を少しずつ森の奥へと押し込んでいる。
(……今自分は、彼らと志を同じくして、護るべき者のために戦えているのだな)
 朔の脳裏に、『護るべき者たち』、イナテミスで会った者たちが浮かんでは消えていく。彼らの笑顔を護るために戦う、それはかつて、いや、今も朔がとりつかれている『復讐』という現実の中で、一際強く光を放つ夢のようなもの。もしかしたら自分は復讐のために生きているのではなく、誰かを護るために生きているのではないだろうか、そんなことすら思えてくる。
 けれども、現実はいつも残酷で。今こうして戦っていることそのものが、単なる幻想かもしれなくて。
(……これが終わったら、また雪だるま王国への勧誘を行わないと、ですね)
 故に、朔は深く考えることを止め、自分が今最も居心地がいいと思っている場所のことを考える。雪だるま王国が本当の王国になりさえすれば、もしかしたら夢も現実になるのではないかという期待を抱きながら、朔は戦い続ける。

(冷気が押されている……これも、人と精霊とが結んだ絆の力なのかしら。……ならば、ここで人と精霊とが協力して生み出した力を振るうことは、状況を後押しする大きな力に成り得るわね。……やりましょう、私達四人、一体の技を)
 自らを取り巻く状況が、『洞穴の調査に向かった者たちが氷龍を倒すまで持ちこたえる』から、『自分たちの力で冷気を消滅させる』に変わりつつあることを感じ取った宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、今こそ生徒たちを奮い立たせるための一撃を振るう時と判断し、四者協力の技の使用を決断する。
「母様、ついにあの技を使われるのですね。正直、持ちこたえろと言われた時はどうしようかと思いましたけど……決着を付けるためとなればまた気分が違いますわ。わたくしの全力で応えさせていただきます」
 同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)の口から言葉が紡がれ、高められた魔力が噴き上がる炎を生み出す。
「炎は光を生み周囲を照らし、光は集まりて炎を生みます。……炎よ、わたくしの元に集い、魔を払い正しき者に道を開く光となれ!」
 生み出された炎はイオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)を介して『強き炎は強き光を生む』言葉に従い光に変換されていく。
「おお、この神々しいまでの光……かつて仕えし王の振るった聖剣を思い起こさせる。この力を振るえること光栄の至り、必ずや冷気を切り裂き、皆の者への手本としてみせよう」
 イオテスの生んだ光は湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)の掲げた剣に宿り、光の刀身が生まれる。
「イオテス、私の炎も預けるわ。……事が済めば、この街で精霊祭が行えるといいわね」
「ふふ、そうですわね。その時はまた、蜂蜜酒をご馳走になろうかしら。……あっ」
 ふっ、と静香の身体が後ろに倒れ、祥子に抱き止められる。炎を供給し過ぎて一時的な魔力不足に陥った様子である。
「んん……母様……こんなに妹たちを生んでくれて……幸せですわ……」
 どうやら夢の中で静香は、続編という名の妹たちに囲まれてご満悦の様子であった。
「……皆の幸せな日々を護るためにも、ここで決着をつけましょう。ランスロット卿、どうぞ」
 祥子の生み出した炎が光に変わり、ランスロットの剣の一部となる。既に刀身は背丈をゆうに超えているにも関わらず、一切のブレもなく真っ直ぐに伸びている。
「うむ。……この街を護るため、人と精霊の絆を護るため……剣よ、私に応え、その力をもって冷気を切り裂かん!」

 ランスロットの振るった剣が、空間を横に薙ぐ。
 刀身に宿った光はその瞬間、ふっ、と消える。
 
「……顕現!」

 ランスロットの声に呼応するように、直後、森の奥を光が北方から南方へ、地上から空中へ伸び、空間を漂っていた冷気を文字通り『切り裂く』。
 切り裂かれた冷気は弾けるように空間に消え、それが森全体で生じる。
 
 この一撃を機に、生徒たちは今こそ、冷気を自らの手で消滅させ、街に平和をもたらすことを決意したのであった。

「氷の魔物、とかならともかく、“冷気”に直接攻撃仕掛けて追い返すなんて、ここに来るまで考えもしなかったよ」
「私もですわ。けれども、置き換えれば単純な力比べの類、そして今は私達が勝勢の様子。ここで押し切りましょう、ケイ」
 冷気への耐性の力を峰谷 恵(みねたに・けい)グライス著 始まりの一を克す試行(ぐらいすちょ・あんちでみうるごすとらいある)に施したエーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)が、自らも恵から身体強化の力を受け取り、三日月型の刃が取り付けられた斧を振るい、冷気を切り裂いていく。振り払われた冷気はその場で弾け、すうっ、と空中で消えていく。
 そのまま押し切られるかと思われた冷気だが、最後の抵抗とばかりに勢力を強め、両脇から恵たちを包み込むように侵攻を仕掛けてきた。このまま両脇の冷気が手を繋げば、被害は避けられない。
「ここが正念場、ってトコかな。こういう時に必要なのは度胸と根性、あと気合、ってね」
「そうなんですの?」
「兄さんの受け売りだけどね。あ、でもこれは喧嘩の時のだね。エーファ、グライス、最大火力で吹き飛ばすよ!」
「心得た」
「ええ、行きますわ!」
 グライスの、言葉というよりはむしろ、回転機構が高速で回転するときに生じる駆動音が響き、周囲に炎の壁が生み出される。
「仮にも我が読み手たらんとする者、これしきで倒れることは許さない」
「ボクもさらさらないけどね。冷気がボクたちを凍らせるというなら、ありったけの力で押し返す!」
 恵の高められた魔力によって生み出された光が、炎の壁に吸い込まれ、炎は加速度を与えられる。後はこれに初速を与えれば、炎は冷気を貫く刃となって駆け抜ける。その役目は、武器を携えたエーファが担う。

「三撃同時発動、浄化嵐斧!」

 恵の声を合図として、エーファが斧をぐるりと一周するように振り抜く。光に包まれた刃が初速をもたらし、初速を与えられた炎の刃は取り囲もうとした冷気を貫き、次々と弾けさせ散らしていく。吹き付ける風は、炎の術を行使した後の一行にはむしろ涼しさをもたらしてくれた。
「もう一押し、だね。ボク、帰ったらエリザベートちゃん膝の上に乗せてなでなでもふもふするんだ……」
「……先を越されて涙を流すケイが見えましたわ。毎度のことですけれども」
 退いていく冷気を追いかけながら呟く恵に、エーファが少々呆れた様子で答え、グライスは我関せずといった表情で二人の後を追った。

 冷気の最後の侵攻は、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)ファリア・ウインドリィ(ふぁりあ・ういんどりぃ)にも猛威を振るっていた。直接触れたわけでもないのに切り裂かれるような痛みが走り、その感覚さえも鈍っていく。
「さ、寒いですわ〜。これは想像以上ですわ〜」
 足に力が入らなくなり、ファリアが地面に崩れ落ちる。雪山で遭難しかけた人が抱くような心境に陥りかけたファリアを、アリアの生み出した光の結界が包み込む。
「立って、ファリア! 誰かを守りたい想いに、精霊も人間も関係ないわ! あなたが持っている想いを信じて、頑張って!」
 アリアの言葉は、ここに来る前にファリアが告げた言葉でもあった。ハッとして顔を上げ、挫けそうになっていた気を取り直して、再びファリアが立ち上がる。
(……大丈夫ですわ。この暖かさがあれば、どれほどの冷気であろうと負けはしません!)
 子供たちと一緒に作った手袋を胸に抱いたファリアの脳裏に、子供たちの笑顔が浮かぶ。同時に、渡そうとした手袋を払ってしまった男性の、怒りと不安に満ちた顔も浮かぶ。

 子どもたちの笑顔を守るために――
 あの殿方の笑顔を取り戻すために――

「ウィンドリィの名の下に、雷よ、この手に集え!」
 ファリアが片手を高く掲げ、祈るように瞳を閉じる。光の結界は増幅陣への回路を開き、イナテミスを襲っている自然現象のエネルギーから生み出された膨大な魔力の行使を可能にする。魔力は雷を呼び、空間を切り裂いて雷がファリアの手に集う。ともすれば自らも押し潰されそうになる魔力を、精霊が有する知識で制御し、瞳を開いたファリアが掌を冷気へかざす。

「雷の閃きよ!」

 ファリアの掌から、雷が放たれる。
 それは触れる冷気を瞬時に弾けさせ、最後の抵抗を見せていた冷気を挫けさせ、消し飛ばしていく。雷の閃きが消えていくのと、力を使い果たしたファリアが地面に崩れ落ちていくのは、ほぼ同時のこと。
「ファリア!」
 助け起こしたアリアに、ファリアが疲労感も露な顔をふっ、と微笑ませて応えた。

 森の全体を支配していた冷気は、今や奥の真ん中の方に押しやられていた。背後からは今も冷気の供給が続いているようだが、それも一時に比べれば雀の涙ほどであった。
「今こそ、この長き戦いに終止符を打ち、街に平和の夜明けをもたらす時……!」
 サラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)の手に、炎が剣の形を取って現れる。燃え盛る炎の剣を掲げたサラへ、冷気は一点に集まり、一矢報いるが如く相対する。
「サラ!」
 そこへ、他方で冷気と戦っていた緋桜 ケイ(ひおう・けい)永久ノ キズナ(とわの・きずな)が駆けつける。隣にやってきたケイへ、サラが問いかける。
「ケイ、覚えているか。精霊祭で私と共に戦った時のことを」
「ああ、覚えてるぜ。人と精霊の絆が、闇を打ち払ったんだ」
 サラとケイと、仲間たちとで放った『カルテット爆炎波』、それは人間と精霊とが共に歩むことを決めた証でもあった。
「その話は聞き及んでいる。もし可能であるなら、その絆にこの者たちも加えてやれないだろうか」
 背後から声がし、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)ザップがサラとケイの元に進み出る。キメラとして望むと望まざると関わらずに生み出され、一度は人間の脅威となった彼らも、その人間に愛され、精霊祭では共に精霊を救うため力となった。彼らもまた、人間と、精霊と絆を結ぶべく歩き出しているのである。
「人間と、精霊と、かの獣……その心は一つ、森を守り、街を守り、そして……絆を守ること。精霊を代表して、炎熱の精霊長、サラ・ヴォルテールが今ここに宣言しよう」
 イレブンに頷き、サラが自らの剣を高く掲げる。
「では僭越ながら、獣の代表として、ザップの言葉を私、イレブン・オーヴィルが代わって伝えよう。……共にこの街と森と、絆を守ろう」
 イレブンの言葉に、ザップが吼えて応える。
「……え? もしかして俺が人間代表?」
 何時の間にやら大役を任されたらしいケイが慌てふためくも、サラとイレブンは動じない。無言のプレッシャーのようなものを受けて、ケイが意を決して口を開く。
「ええと、他に適任がいるような気もするけど……人間代表、緋桜ケイ! 信じる力、絆の力があれば、どんな相手だって打ち倒せるし、守り抜けるんだ!」
 ケイが手を掲げ、今ここに三者の心が、三つの志が一つに重なる。
 そして、最後の力をもって襲い掛かる冷気へ、三人がそれぞれの炎を生み出す。
「……キズナ、あなたの問いに答えよう。私達が行使する炎は、意思によって性質を大きく変える。ただ破壊を望むのであれば破壊をもたらす炎、大切なものを守ろうとすればあたたかな炎。意思の力次第で、悪しきものだけを打ち払う炎も生み出せる。……言葉で説明することはおそらく難しい、その目で見、心で感じてもらおう」
 キズナが頷いたのを背中で確認して、サラが剣を振り上げる。イレブンとザップ、ケイの炎がサラへと委ねられる――。

『これが、三位一体の絆!
 トリニティ爆炎波!!』


 サラが剣を振り下ろし、生まれた炎が冷気を包み込んでいく。冷気は弾けて消えていくが、周りにあった木々や草木には燃え移らず、ただ『悪しきもの』だけを消滅させていく。
 そして、炎が消えた後には、冷気で倒された森の傷ついた姿が残された。
(……守り抜いたとはいえ、少なからぬ被害を生み出してしまった。それでも、私はあなたの志に、報いることが出来ただろうか)
 ふっ、と炎の剣を消し、サラが振り返ってイナテミスへ歩き出す――。

(今の炎……あんなに激しかったのに、でも森は少しも傷ついてない。一体誰が……)
 森の中から爆炎の駆け抜ける様を目撃した茅野 菫(ちの・すみれ)が、傷ついた樹の前にしゃがみ込む。飛んできた氷柱かはたまた生徒たちの攻撃でか、幹のあちこちが抉れていた。
(……ごめん、守ってあげられなかった)
 幹に触れ、慈しむように撫でながら、菫が申し訳ないといった顔で謝る。最後に放たれた炎こそ、森には害を与えず冷気だけを吹き飛ばしはしたものの、それまでの冷気の侵攻、及び迎撃のための生徒たちの攻撃は、森に少なからぬ損害を与えている。
 森の植物、動物を守るために菫は森中を駆け回り、獣がいれば被害を防げる場所へ連れて行き、動くことのできない植物には土を盛ったりした。それでも、森全体からすればほんの僅かの範囲を動いたに過ぎないのは事実である。
 草を踏む音に菫が振り向けば、そこには獣の姿があった。
「……よかった、あんた、無事だったんだ」
 その特徴的な顔立ちには、菫も見覚えがあった。最初に見つけた時危うく噛まれそうになったこと、火術で温めてやった時の気持ちよさそうに身を委ねてきたことが思い返され、菫の顔にも笑みが戻る。
 その獣の背後から、二匹のより大きな獣が姿を表した。見た目と様子から、自分が助けた獣の両親だと菫は気付く。二匹の内大きな方の獣が高らかに吼え、そして三匹は森の奥へと消えていった。
(感謝してるつもりなのかな。……あたしのしたこと、無駄じゃなかったのかな)
 振り返れば、他にもいくつかの気配が、菫を囲むように点在していた。獣として一定の警戒心を持ちながらも、決して敵対心ではない感情を、複数の存在から感じることが出来た。
「あんたたち、逞しく生きろよ!」
 心優しき者たちへそう告げて、菫は森を後にした。

 街を自らの手で防衛したことに、生徒たちが喜び、互いを労い合う。
「ともかく、一つは終わりを迎えた。後は洞穴に向かった者たち次第、か」
 そう呟いたところで、サラは自らを呼ぶ者の存在に気付く。
「さ、サラさんっ」
 それは、キィの様子を見に行っていたはずのソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)だった。
「どうした?」
 尋ねるサラに、呼吸を整えたソアが目の当たりにした事実を告げる。

「キィさんとホルンさんが、家から消えちゃったんです!」