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リアクション
この時点で残る氷柱は、垂直に伸びる氷柱が三本と、平行に伸びる氷柱が若干数のみ。
(見上げんのも疲れるくれぇのデカブツ、ソロじゃ正直きつかったかもしれねぇが……)
五条 武(ごじょう・たける)が振り返る、そこには「氷龍を倒す!」というそれだけで集まった者たちの姿。
奮闘を続け、身体も心も限界に達しつつも、それでも付いてくることを止めない者たち。武の指示を待つように視線を送る彼らへ、武が拳を振り上げて叫ぶ。
「行くぞテメェら! その拳でブチ抜いてやれ!」
武の号令で、無数の炎弾が放たれる。それらの支援を受けて突撃する生徒たちを、残る氷柱は冷気放射で出迎えんとする。
「ま、当然撃ってくるよな。おい、あれの対処、よろしく頼むぜ!」
その兆候を目の当たりにして、テッド・ヴォルテール(てっど・う゛ぉるてーる)が掌に浮かばせた火球を上空に放ち、それはぱぁん、と弾けて消える。ちょうど花火のようなそれを合図として、武が持っていた【四角い水色の直方体】の力を解放させる。
「見えたっ! ユズ、いまっ!!」
飛んでくる氷柱を、自らが盾となって防いでいた遠鳴 真希(とおなり・まき)の指示を受けて、ユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)も【四角い水色の直方体】の力を解放させる。二つの光は交わって一つになり、三つの氷柱それぞれに適度な濃さを持って纏わりつき、冷気の放射を妨害する。抑えられている時間はそう長くない、それまでに全て破壊しなくては、戦況は混迷の一途を辿ることになるだろう。
「ユズ、お疲れさまっ! ……あれ? テルちゃんはどこに行ったのかな?」
すぐ後方に寄ってきたユズを労った真希は、ケテル・マルクト(けてる・まるくと)の姿がないことに気付く。
「わたくしは存じません。何か考えがあるような素振りは見せていましたが」
「うーん、大丈夫なのかなぁ……」
心配そうな表情を浮かべる真希だが、気持ちを切り替え、少しでも生徒たちが攻撃しやすくするために、前に出て彼らの護衛につく。
「氷が飛んでくるよっ、気をつけてっ!」
警告を飛ばしながら、真希が氷柱の射線に盾を構えて滑り込み、直撃を阻止する。次に飛んできた氷柱は、ユズの繰り出した炎の嵐で吹き飛ばされ、砕かれていった。
「まぁだ、まぁだですよぉ……」
真希の心配をよそに、ケテルは気配を消して遮蔽物に潜み、じっと様子を伺っていた。前回氷漬けになった時に新たな力に目覚めたとかなんとかで、ケテルの姿は生徒たちはおろか、『力』にも見えていないようであった。
「一撃で決めちゃいますよぉ」
ペットのゆるスターに小声で話しかけつつ、ケテルはその時を待ち続ける――。
「うわっ、ととっ……て、てめー、あたしを振り落とすつもりかっつーの」
「うっせーなチビ、落ちたくなかったら必死でしがみついてろ。……来るぞ!」
箒に跨った土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)とサラマンディア・ヴォルテール(さらまんでぃあ・う゛ぉるてーる)を、氷柱の射撃が襲う。遠野 歌菜(とおの・かな)から借り受けた箒をサラマンディアが操り、旋回してそれらを回避する。
「クリスタリアの嬢ちゃんが……見せつけてくれるぜ。俺もちったあ報いてやらないと、な!」
さらに襲い来る氷柱を、二度、三度と旋回してその全てを避け切る。垂直に伸びる氷柱を射程に収める位置に着地したサラマンディアが、しがみついていた雲雀に振り返り、険しい表情を浮かべて問いかける。
「……俺の炎は生温いもんじゃねえ。雲雀、その身を焼かれる覚悟はできてんだろうな?」
問われた雲雀は、目をサラマンディアから逸らすことなく答える。
「当然だ。誰がてめーみてえな危ねえ精霊と覚悟なしに契約するかってんだ。あたしをナメんなよ?」
雲雀の答えに、口元に笑みを浮かばせる。
「……上等だ。炎よ、ヴォルテールの名の下に、猛く狂え!」
サラマンディアの炎が、ともすれば雲雀をも焼き尽くさん勢いで猛る。その力を受けて銃を構えた雲雀の前方では、月崎 羽純(つきざき・はすみ)に箒の操縦を任せた歌菜が、詠唱を完了したところであった。
「歌菜、勢い強すぎて俺まで燃やすなよ?」
羽純の言葉は、サラマンディアと雲雀の光景を見ての、彼なりの冗談であった。
「もー、そんなことしないよっ! 羽純くんこそ振り落としちゃ嫌だからね?」
答えた歌菜の視界に、天井まで伸びる氷柱、その上部辺りで明滅する『目』が映る。仲間たちと切り開いた道の先、生まれた攻撃の機会、二度はないかもしれない機会、歌菜は意を決し、掌を『力』へかざす。
「猛る焔よ、我が手に……来たれ、灼熱の炎!
全てを喰らいつくせ!」
放たれた炎の嵐が、氷柱を取り巻くように包み込む。
「遠野さん、援護しますですよ!」
雲雀の構えた銃から、炎に包まれた弾丸、いや、もはや砲弾クラスの大きさの弾が飛び出す。蹴りつけられたような衝撃が雲雀を襲い、それに耐え抜いた雲雀が見たものは、自らが放った弾が氷柱をいとも容易く貫き、爆砕して消える光景であった。
「こ、これがてめーの力……」
「驚いたか? それくらいで驚いてちゃ、命がいくつあっても足らねーぞ!」
再びサラマンディアが炎を滾らせ、雲雀はその熱量にふらつきすら覚える。
「耐えるでありますっ……!」
汗で視界が滲む中、懸命に狙いを定めた雲雀が、二発目を斉射する。それ以上は銃が熱量に音を上げたため攻撃が途絶えたものの、放たれた弾はまたも氷柱を貫き、余波は平行に伸びる氷柱までも溶かしていく。
「私だって、さっきので打ち止めじゃないっ! ファイアストーム、連続斉射!」
自らに残る魔力をギリギリまで行使して、歌菜が炎を掌に浮かばせたまま、次々と浴びせかける。二発目の炎で冷気の発射口が封じられ、三発目で最上部が吹き飛び、そして懇親の力を込めて放った四発目の炎の嵐が、ついに『目』を貫き、反対側へ炎が抜けていく。『目』に湛えられていた光が失われていき、同時に氷柱の活動も収まっていく。
「よし、まずは一本片付けたな。次は……ん?」
崩れ落ちた雲雀を労っていたサラマンディアは、外側の氷柱にかかっていた靄が晴れ、その『口』から光が漏れ始めるのを確認する。【四角い水色の直方体】の効果が切れかかっているようだ。
「ちっ! こっからじゃ援護しきれねぇ!」
冷気放射が撃たれる、誰もがそれを危惧した次の瞬間――。
「空飛ぶ中国メイド忍者魔道書ケテル、
とぉおおっかぁーんでぇすよぉーっ!!」
箒に跨ったケテルが、炎弾を連射しながら『目』へ吶喊する。高められた魔力による炎弾の連続斉射を受けて、二十発目で『口』が破壊され、五十発目で氷柱の上部が破壊され、百発目で『目』を貫いて炎弾が弾け、光が消え活動を停止する。
「やりましたぁ! ケテル、やりましたよぉ――」
氷柱を撃破したことに喜ぶケテル、だがそれも束の間、操縦のことを忘れたがためにケテルは壁に突っ込み、箒から転がり落ちて目を回していた。スカートが思い切り捲り上がって中身が見えちゃっていたが、今はそんなことを気にしている人は誰もいない。
(ここだ……! ここでトドメの一撃、決めてやるぜ!)
武が突っ込み、最後に残った一際太い氷柱の真下へ潜り込む。時を同じくして、泡とリィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)もその場へやって来た。
「っしゃあ、やろうぜ十六夜!」
「今が勝機! いくわよ、パラミアント!」
フェスタスが歌で泡に戦う力を蘇らせ、飛んでくる氷柱を警戒しながら泡から離れ、その背中を見送る。全身に闘気が具現化した炎を纏う泡と武、遠方ではテッドと彼の傍までやって来たサラマンディアが、二人の炎をより強烈なものへするべく力を送っていた。
「……ふぅ。後はアイツらに任せるか。どうだ、お茶でも飲んでいくか?」
「おっ、いいのか? しっかし、おんなじ炎熱の精霊だけどよ、俺とおまえじゃこうも違うんだな」
サラマンディアの言うように、サラマンディアはいわゆる炎らしく派手なのに対し、テッドは炎というよりは灯りのように穏やかであった。
「炎にも色々あるってことだろ。使い方次第でどうにでも変わる、それは俺たちだけじゃなく、どの精霊にも、どの種族にも言えることなんじゃないか?」
「ははっ、違いねぇ! これからもよろしくな、兄弟!」
バシバシと背中を叩くサラマンディアに気圧されつつ、テッドが頷く。そして二人の前で、跳び上がった武と泡の必殺の一撃が繰り出される。
「燃やせ魂、ブチ抜け炎!
オーバードライブ爆炎波ァァァァァ!」
武と泡の突き出した拳が、『力』をブチ抜く。
「我が一撃は、竜の咆哮也!」
昇る龍の如く放たれた炎が『力』を包み込んでいく――。
『……繰り返さない……もう、あの悲しみは……』
聞こえた声は、空耳だったのか――。
生徒たちのその疑問は、晴れた光の先に見える光景に氷解する。
雪のように舞う氷片の下、小さな台の上で、瞳を閉じた女性が一組の男女に抱きかかえられていた。女性がレライアで、男女がイナテミスにいたはずのキィとホルンであることに気付くのには、少々の時間を要した。
『悪しき意思が龍となりて自然を脅かす。
それに立ち向かったのは、五名の精霊たち。
封印の神子と呼ばれた精霊たちは力を合わせ、龍を五色のリングに封印する』
どこか夢心地の様子で、ホルンはキィと手を取り、キィは左手首に現れた青の光の輪を煌かせ、掌をレライアにかざすようにしながら、口を開く。
それはどこかの御伽話だろうか、それとも精霊に受け継がれる過去の記憶だろうか。
『五名の精霊は力尽き、永久の眠りについた。
嘆き悲しむ精霊、そして彼らは誓う。
もう二度と、この悲しみは繰り返さないと』
『リングは五名の精霊に渡り、そして長い月日が流れた。
龍は再び現れ、世界を混沌に導く。
龍を封じる封印の神子は、それに呼応してふたたび現れる』
『龍は封印の神子によってその力を封じられた。
そして……私は、神子となってその身を捧げた者に、
再び生命の息吹を吹き込み、永久の眠りにつく』
『それは、精霊たちの願い。
それは、私の為すべきこと。
それこそが、世界に平和をもたらす輪廻』
そこまで呟いたところで、キィとホルンの瞳に光が宿り、二人が視線を絡めさせる。
「ごめんなさい……私はあなたを巻き込んでしまった。一度は契りを交わしたけれど、私はこうなることをきっと知ってしまっていた……だからあなたを忘れ、自分の使命を忘れた。あなたをこの悲しみに、巻き込みたくなかったから……」
謝罪の言葉を漏らし、涙で頬を濡らすキィに、ホルンは笑みを浮かべてその手を頬へ添わせる。
「俺は、疑問が解けてよかったと思ってる。俺がどうしてここにいるのか、今やっと分かった。こうして君と、この世界、皆が平和に暮らせる世界を作るための力をもたらす、それが俺の為すべきことだったんだな」
「…………!」
感極まったキィが、その顔をホルンの胸に埋める。
やがて光が広がり、皆は、そして遺跡はその光に包まれていった――。
『今ここに、希望への道が、もしくは絶望への道が開かれる……』
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