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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
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リアクション

 
「さーて、許可も取ったことだし、早速建築に……ってなによこれ」
 イナテミス中心部から門を潜り、ちょうど光輝の精霊の都市と闇黒の精霊の都市の間に位置する場所に辿り着いた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)フィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)は、町長から指定された場所に山と積まれた物資に目を丸くする。
「……あっ、これアーデルハイト様からなのですよ。えっと……『町長から話は聞かせてもらった。これは私からの僅かばかりの援助じゃ、好きに使うがよい』だそうですよ」
「……あのアーデルハイト様が、ねぇ……まぁいいわ、そういうことなら有り難く使わせてもらいましょ。……あら? 隣にも何か建つみたいね。こっちのと同じのが積まれてるし」
 唯乃が、隣の区画にも同様の物資が積まれているのを確認して、作業している人がいないか確認に向かう。
「まあ、土地を確保出来ただけでよしとするか……まずは屋根と壁を……」
 建物用の物資と、どうやら屋台で使うらしい食材や備品を前にして、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が当面の計画を立てていた。
「ん? ああ、隣の物資は君たちのかな? 俺は武神 牙竜、ここには活動……いや、友人を招くための物件を探しに来たんだが、あいにく空きがないようでね。幸い土地と物資を提供してくれたから、後はこの街の大工でも雇って建ててもらおうと思ってね」
「私は四方天 唯乃、で、パートナーのエルとフィア。私達は宿屋作るつもりで許可もらいに来て、町長さんにここ指示されて来た、ってところね。……そっか、大工を雇うってのも手よね。そうすれば地下室も作れるかもしれないし」
「地下室なら、俺の所にも設けようと思っていたんだが」
「ホント!? じゃあ地下室の部分は一緒に計画立てましょ、その方が計画が通る可能性が高くなるはずだわ。エル、フィアと一緒に物資がどのくらいあるかチェックしてちょうだい。足りない分はアーデルハイト様に請求よ」
「い、いいのですか?」
「どうせアーデルハイト様のこと、何か企んでるハズよ。だったらこっちにも要求する権利くらいあるわ」
 そうして、唯乃と牙竜が地下室の計画を詰めている間、エラノールとフィアは物資のリストを作成していた。
「……ふむ、詳細については個別コメで流すから待ってくれ、ですか」
「フィア、どうしましたか?」
「……いえ、私事です。さ、パパっとまとめてしまいましょう」

 そして、エラノールとフィアがリストを作成し終えた所で、唯乃と牙竜も計画をまとめ終える。
「よし、これなら立派な拠点……家が作れそうだ。協力、感謝する」
「ま、元々こっちのワガママだしね。こっちこそ協力してくれてありがと」
 二人でまとめた計画書を手に、イナテミスの大工を訪れようとした矢先、エラノールの震えた声が届く。
「ゆ、唯乃、う、後ろ」
「? どうしたのエル……」
 振り返った唯乃が、その『何か』を目の当たりにしてしばし固まる。
「くっ、デローン丼かよ! 俺一人ならまだしも、何も知らない者たちを巻き込むわけにはいかない!」
 牙竜がデローン丼と呼んだ『何か』、緑色の固体と液体の中間のような、何やらうねうねと動くそれは、牙竜の姿を認めると身体を大きく広げて襲い掛かる。その攻撃を牙竜が自らの幻影を作ることで回避し、隙の出来たところに銃の弾丸を撃ち込む。
「なんなのよこれは!? とりあえず倒しとけばいいのよね!?」
 現実に戻ってきた唯乃が、毒の塗られた吹き矢を物体へ撃ち込む。……しかし、物体は先程より活発になったようである。
「毒を吸収する!? ってことは――」
 唯乃が危惧するように、物体が飛ばしてきた緑色の液体が、地面に落ちて煙を立てる。毒々しいという言葉がピッタリである。
「このまま暴れさせたら宿屋どころじゃないわ!」
「私に任せてください……超電磁コレダー!
「それ色々とマズいんじゃなかったっけ?」
 唯乃の心配をよそに、放たれた電撃は物体を貫き、大きく吹き飛ばされる。飛び散った欠片が、そして小さくなった物体が蒸発するように消え、辺りには再び静寂が戻った。
「……地面とか汚染されてないわよね?」
「ああ、実はあれでも食用なんだ。……色々とヤバいことになるが」
 牙竜の言葉に、うっかり想像してしまった唯乃とエラノール、フィアが気持ち悪そうな表情を浮かべる。
「あなた、アレ知ってるの? そういえばあなたを狙ってたみたいね」
「ああ。あれはデローン丼……俺には心当たりがある……!」
 言って牙竜が、その心当たりを口にする――

 時間は遡ること数時間前。
「あっ、ホルンさ〜ん、キィさ〜ん!」
 賑わう通りを、並んで歩いていたホルン・タッカスキィ・ウインドリィが振り返ると、リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)フェリス・ウインドリィ(ふぇりす・ういんどりぃ)がやって来た。
「やあ、君たち。無事だった……って言うのはおかしいね。元気だった?」
「うんっ! あ、キィさん、あの後会いに来れなかったけど、何ともない? 大丈夫だった?」
「ええ、何ともないわ。心配してくれたのね、ありがとう」
 互いに久し振りに見る顔に、それぞれが安堵の表情を浮かべる。
「あの、一緒に精霊祭を楽しみませんかー?」
「ああ、いいよ。それじゃ、どこに行こうか」
「スイカ売ってるお店ないですかね!? 私スイカ大好きなんです!」
 リースとホルンが話をしながら行き先を決めている後ろで、キィにフェリスが近付き、前の二人に聞こえないようにそっと囁く。
「ね、キィさん。渡したいものがあるの」
 言ってフェリスが、持っていたリングをキィに渡す。
「あら、ありがとう。もらっていいの?」
「うん! セリシアさんが持っているリングのレプリカなんだけど、きっと守ってくれるよ」
 キィが、もらったリングを指に嵌める。ついていた石が光を放ったかのように煌いた。
「……あの時はあまり力になれなくてごめんね。だからこれはお詫びと、あと……」
 呟いてフェリスが、もう一度身を寄せる。耳に行くかと思われた唇は、反してキィの頬に触れた。
「私がキィさんのこと、好きだって証!」
 照れくさそうに言って、フェリスが前方の二人に追い付く。一瞬面食らったキィが微笑んで、その後を追った。

「そっかー、精霊祭の後ろには、そんな話があったんだねー」
 目の前にスイカの皮を積み上げたリースが、ホルンとキィから精霊指定都市成立の裏の話、エリュシオンの精霊との対立の可能性、シャンバラの精霊が自らの生き残りのためにイナテミスに協力することになったことなどを聞いて、納得したように頷く。
「シャンバラ王国が東と西に分かれたことは、俺も残念に思う。もし、この街が二つの国の架け橋になれるなら、俺はそのために協力を惜しまない。敵と戦うだけの力がなくても、俺たちに出来ることはきっとあると思うから」
 ホルンの言葉に、キィも頷く。キィの神子を蘇らせる力は現時点では失われ、ホルンも契約者のように戦える力はない。それでも彼らは、今起こっている事態から目をそむけることなく、前を向いて戦おうとしていた。
「私も、あなた達と一緒に戦うよ。前回の時は守るなんて見栄張っちゃったけど、あれは違うって今分かった。ホルンさんもキィさんも、戦ってるんだもん」
 すっ、と手を伸ばして、リースが告げる。
「これからどんなことになっても、私はあなた達の味方だから」
「あたしもだよ!」
 フェリスも手を伸ばし、そこへホルンとキィの手も加わり、4つの手が重なる。

「……ところで、君が持っているそれは一体?」
 ホルンが、リースが持っている容器を指して問う。
「あ……これはデローン丼です。そこの店で買ってきたんだけど、よかったら一緒に食べませんか? 意外とおいしいんですよ」
「……た、食べ物だったのか? いや失礼、さっきから緑色の何かが出たり入ったりしていたから、ジョークグッズの類かと……」
「違いますよー、よく見てください……あれ?」
 リースが容器を開けると、しかし緑色の物体はそこにはなかった。
「あれ? おかしいなあ……」
 首をかしげるリース、この時既にデローン丼は容器から抜け出し、ある人物を目指していた。
 そして、徐々に街の各所で、『地面を這う謎の物体』の目撃例が報告されるようになっていった――。

 謎の物体の目撃報告は、屋台でデローン丼を販売していた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の耳にも届く。
「……たかみん、ちょっと俺出かけてくるから、出店の方お願いね。何かあったら責任者は田中太郎なので、そちらに連絡する……というか押し付けていいよ」
「ええええ、ちょっと正悟さんどこ行くんですかー!? いいいまこれ動きましたよ!? どういうことですか聞いてな……あっ待ってください行かないでっ、私じゃ何かあっても無理ですってばー!」
 正悟に誘われる形で屋台を手伝っていた高峰 結和(たかみね・ゆうわ)の訴えも空しく、正悟の背中は小さくなっていった。
(ど、どうしよう……もしここにあるのが全部暴れ出したら……)
 カタカタ、とあちこちから音を立てるデローン丼が自分に襲いかかって来る光景を想像して結和が震えていると、容器の一つが突然ボン、と破裂するように開き、中のデローン丼が飛び出してくる。
「いやーーー!!」
 叫びながら半ば無意識に放ったキュアポイゾンを受けたデローン丼が、まるで空気が抜けた風船のようにしぼんで動かなくなった。
「……き、効いた? ……え、でも確かキュアポイゾンは、毒を取り除く……そしてデローン丼は食物……」
 それ以上考えるのを、結和は止めた。少なくとも、お祭りを楽しんでいる客に売っていいような物ではないと結論付け、デローン丼が暴れ出さないよう、恐る恐る見張ることにした。

「ふぅ、証拠を消すのに手間取った……たかみん、大丈夫だった?」
 しばらくして戻って来た正悟へ、結和が泣きつく。
「正悟さんひどいですー! すっごく怖かったんですからねー!」
「大丈夫大丈夫、このくらい日常茶飯事だから」
「全然大丈夫じゃないですー! ……うぅ、パラミタ怖いところです……」
 涙目の結和へ、正悟が買ってきた料理を見せて口を開く。
「……もしかすると、皆も嫌でも戦いに巻き込まれるかもしれない。その前にこうやって馬鹿げた風景を覚えて欲しかったんだよ」
「……何か、いい話だったってことにされそうな気がしてますけど……そういうものでしょうか。ずっとみんな喧嘩しないで、平和でいられたらいいのになぁ」
 結和の呟きは、頬張った料理の湯気と共に消えていった。

「……とまあ、そんな感じなんだ」
 牙竜から顛末を聞いた唯乃が、呆れるように呟く。
「何やってんのよ……一歩間違えればシャレで済まないじゃない。仲間内だけにしときなさいよね」
「済まない……彼らには反省の意も兼ねて、ここの建築を手伝ってもらおう」
 そんなことを話しながら、一行は計画書を手に、イナテミスの大工の下を訪れるべく向かっていく。