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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~ 精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

リアクション

 
「森の復興……うん、いい案だね。僕も協力するよ。
 キメラたちも連れていって欲しい。そして、もし傷ついていたりして保護した動物や鳥がいたら、連れてきて欲しい。無事に成長させるのもそうだけど、そこに住んでる生き物を調べることで、生態系を把握してより適した保護を行えるようになるからね。
 ……それで、これは僕の思いつきでしかないんだけど、もしその森が復興を果たした暁には、今はここにある保護特区をその森に移そうかなとも思ってるんだ。これには障害もたくさんあるだろうけど、きっとその方がより多くの人にキメラのこと、イルミンスールに生きる生物のことを知ってもらえるし、交流も深まると思う。
 まあ、まずは森の復興からだね。また君たちの力を借りてしまうのは申し訳ないけど、よろしく頼むよ」

 『イルミンスール鳥獣研究所』所長、ディル・ラートスンの協力も受けつつ、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)ルイ・フリード(るい・ふりーど)とそのパートナーたちは、キメラも交えて前回の騒動で大きく傷ついた森の復興に従事していた。
「町長は、イナテミスの壁と門を取り払い、ウィール遺跡と氷雪の洞穴、それに私たち精霊の都市まで含めて一つの『精霊指定都市イナテミス』を形成しようとしている。そうなれば、この森もイナテミスの一部に含まれる。森の復興はすなわち、イナテミスの活力増大に寄与するだろう。人と精霊、そしてキメラを始めとした生物の共存も、今後次第で実現可能になるかもしれない」
 そして、イレブンからそのことを聞かされたサラは、イナテミス町長カラムがしようとしていることを伝えた上で、イナテミスが人と精霊、そしてキメラたち生物、三位一体の都市に成り得ることを示唆する。
「キメラと森の動物に交流が生まれ、そこに精霊と人間が加わる都市……実現するならばとても素晴らしい」
「森を元気にしてあげたら、みんな仲良くなれるかもしれないんだ! うん、ワタシもがんばるよ!」
「私たちの行いが、大きな成果となって実を結ぶ……是非その瞬間をこの目で見届けたいものですね」
 イレブン、ミレイユ、ルイ、それぞれが意気込みを口にし、そして各々役割を果たすために散っていく。イレブンとルイは、傷つき回復する見込みのない樹木の切り落とし、ミレイユとシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)、それにリア・リム(りあ・りむ)シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)は、サラが「ここならば植樹に適した苗も栽培しているはずだ」と教えてくれた小屋のある場所へと、キメラのメッツェプックルアルフと共に向かっていく。
「……今まで森を育む一員として生き、ありがとう……そして、お疲れ様でした。森は必ず私たちが元の姿……いえ、より実り多き姿にしてみせましょう!」
 斧を掲げたルイが、幹の半分をもぎ取られながらも立ち続ける樹木に感謝と哀悼の意を示し、筋肉を躍動させて刃を入れていく。メキメキ、と音を立てて根元から樹木が横倒しになり、森を育む役目を終える。
「ザップ、近くに傷ついた動物や鳥がいたら教えてくれ」
 イレブンの言葉に、ザップが了解の意思を示して森の中へと飛び込んでいく。その間、イレブンが光条兵器を手に、傷を受けた樹木の枝葉を切り落とし、次の枝葉が育ちやすくなるようにしていく。しばらくして戻って来たザップにかけられた籠には、羽を痛め衰弱した鳥が数羽収められ、そして背後には親を亡くしたのか、まだ子供の獣が一匹、付いて来ていた。
「よし、ミレイユ達が戻って来たら、この子達の処置をお願いしよう。……サラ、切り落とした枝葉や幹を燃やして、灰にしたい。協力してくれるか」
「ああ、任せてくれ」
 サラが頷き、イレブンの指定に沿って炎を生じさせる。炎熱の精霊長の生み出す炎は、無事な樹木を燃やすことなく、かつて森の一員だった者たちだけを焼き尽くし、灰燼に帰す。
「灰は生命の終わりだが、同時に新たな生命の始まりにもなる。ここから新しい森が芽吹くはずだ」
 紅々と燃える炎を前に、イレブンが呟く。

「おぉ、来てくれたか! どうだべ、あんたらとの約束、ちゃーんと守ったべ!」
 和原 樹(なぎはら・いつき)たちが、前回の騒動の際に冷気から守り抜いた小屋を訪れると、姿を認めた男性がどうだと言わんばかりに両手を広げる。彼の周囲は、あの時の寒々しかった風景が嘘のように、一面の花畑と化していた。
「ほう……これは、凄いな」
「ああ、見事だ」
「……綺麗ね」
 その光景に樹も、そしてフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)ヨルム・モリオン(よるむ・もりおん)ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)も感嘆の言葉を口にする。
「……だけんど、ちぃと育て過ぎちまった。おら一人じゃとても収穫できねぇ。すまんけど、また手伝ってくれるかぁ?」
「うん。俺たちも皆が笑顔になるのは嬉しいし、よかったら手伝わせて。……それじゃ、手分けして作業に取りかかろう」
 樹の言葉に皆が頷いて、各々役割を果たすために散っていく。フォルクスは男性と共に、成熟した花の収穫を行っていく。
「茎はついたままでえぇから、どんどん取ってってな。おらは鉢植え用の花を取るべ」
「ふむ、こうか。……樹やヨルム殿の作業よりは楽だが、それでも慎重を要するな」
 根元近くを断ち切りハサミで切り取ったフォルクスが、余計な力を入れないように注意しながら作業を進めていく。一方樹とヨルムは、収穫された花を花束や花のレイに加工し、一纏めにして出荷しやすくしていく。
「俺も、しばらくは築かれた都市に住むつもりだ。イルミンスールからは少し距離があるが、今までよりは会う機会も多くなるだろう。よろしく頼む」
 花を傷つけぬよう慎重に指先を動かし、ヨルムがレイの一つを編み終える。ほぼ同時にレイを編み終えた樹がヨルムの言葉に頷いて、レイを見つめながら呟く。
「この花は、大変な状況の中でも希望を捨てなかったってことの証だから。……花は穀物とか野菜とかと違って食べられるわけじゃない。だけど、それを守っていた人がいる。町長さん、ホルンさんたち、それに校長たちも精霊長の皆も、この街にはそんなすごい人がいるって知って、それでもっとお互いに讃え合っていけたら、いいよな」
 そのことがおそらくは、人と精霊の絆を深めることに繋がると信じて、樹とヨルムが作業を続ける。この街から北東に位置するエリュシオンとの関係、シャンバラ以外のパラミタ人の、地球に対する印象など、気がかりなことは多々あれど、それを口にすればこの和気藹々とした雰囲気が壊れてしまうような気がして――。
「樹兄さん、お茶を入れたの。適度に休んで気分転換しないと、疲れるの」
 ショコラッテの声が聞こえ、次いで紅茶の葉と、花の香りが鼻をくすぐる。
「……うん、そうしようか。細かい作業って、気付かないうちに結構疲れてるんだよな」
「では、二人を呼んでこよう」
 樹が頷き、ヨルムがフォルクスと男性に伝えるために向かっていく。

「おぉ、そういやあ自己紹介がまだだったなぁ。おらはコルト・ホーレイってんだ」
「あ、確かにそうだった。俺は和原 樹。で、順にパートナーのフォルクス、ヨルムさん、ショコラちゃん」
 休憩の合間、お互いに自己紹介をし合うコルトと樹たち。そして、互いの普段の生活のことなどを話していた一行へ、イルミンスールの生徒がキメラを連れてやって来た。
「サラさんが言ってた小屋って、ここのことだよね? すみませ〜ん」
「おっ、来たみてぇだな。……おぅ、あんたらがサラの言ってた子たちかぃ。苗や種は小屋に入ってるから、持っていきな」
 コルトが出て行き、彼女たちを小屋の中に導いていく。しばらくして、彼女たちはキメラの引いてきた台車に苗や種、それに必要な道具を載せ、コルトに礼を言って去っていった。
「コルトさん、今のは?」
「あぁ、サラ様に『北の森を復興する者の手助けをして欲しい』って頼まれてなぁ。サラ様にも、森を守ってくれたもんにも世話なったし、おらも森が元通りになってほしいから、協力しただ」
 言って、コルトが朗らかな笑みを浮かべる。森を守ったこと、そして小屋を守ったこと、その2つが今、森を復興するという目的の下に一つになった瞬間であった。
「……よし、作業を再開しよう」
 樹が、晴れやかな気分でカップを置き、そして一行は再び作業を再開した。

 イレブンとルイ、サラが作業を行っている森へ戻って来たミレイユたちは、まず借りてきた道具で灰を土になじませていく。
「お、重いよ〜」
「ミレイユ、ここは我に任せろ。ミレイユの力では正直、難しい」
「そ、そうだね〜。デューイ、がんばってね」
 デューイが道具を手に土を耕す横で、リアの指示を受けたプックル、セラを背に乗せたアルフが強靭な爪と両足の力で土を掘っていく。
「お〜すごいすご〜い! アルフにプックル、その調子だよ!」
 応援するセラを横目に、リアは一度ルイの下へ向かい、作業が一段落したルイを労うと共に、ルイから借りてきた銃型HCを使用し、森のどの部分に何を植えたかが分かるようにマッピングを行っていた。
(苗木が大きく成長するまでには時間がかかるだろう。皆が地図を共有すれば、それぞれ時間が空いた時に世話が出来るようになるからな)
 リアが地図に、苗木を植えた場所を打ち込んでいく。その場所では確かに、ミレイユがメッツェの運んできた苗木を一つ一つ丁寧に植えていく。
「この樹は、大きくなったら青々とした葉っぱを広げる樹。こっちは、実りの季節になったら美味しい木の実をつける樹! ……早く、森が元に戻りますように」
 シェイドとどんな種類か確認した苗木を、無事に育つようにと願いながら、ミレイユが植えていく。ちょうど苗木がなくなったところで、作業を続けていたミレイユのお腹が空腹を訴え出した。
「ミレイユ、お腹が空いたでしょう。皆さんも呼んでご飯にしましょうか」
「グッドタイミング〜! わ〜い、シェイドのごはん〜♪ あっ、もちろんメッツェの分もあるからね! いっぱい働いてくれてありがと、メッツェ」
 主人であるミレイユに撫でられて、メッツェが気持ちよさそうに喉を鳴らす。やがて、この場に集まった者たちが一堂に会して、用意された料理や飲み物を囲んで賑やかな時間が展開される。
「ワタシ達、もうすっかりキメラさんととけこんじゃってるね〜」
「ああ、そうだな。そして人と精霊、キメラたち動物の輪がより広がればいい」
「そう遠いことではないさ。必ず手を取り合える、私はそう信じている」
「さぁ、お腹も膨れて笑顔も絶好調! 共に作業を頑張りましょうね!」
 人と精霊の言葉に、キメラの咆哮が重なる。

 彼らの働きにより、損害を受けた部分の森は新たな生命を育むための土壌として復活を遂げ、そこには次の森を担う一員となるであろう苗木や花の種が植えられた。
 一面の花畑、そして新鮮な緑の絨毯がいつの日か街を彩るのを楽しみに、一行は今後も森の手入れをすることをサラを通じてイナテミスに申し入れ、それは町長の了解を以て受け入れられたのであった。