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仮初めの日常

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仮初めの日常

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 昇降口で白百合団員と別れ、警備員と共に外へと出たヴァルとゼミナーは振り返って、修繕された会議室に目を向けた。
 当分、百合園の敷地内に足を踏み入れることはないだろう。
 そして、校門へと歩き始め、向かってくる者の姿に気付く。
「戻ってきたか」
 一人の人物が、百合園へと歩いてい来る。
 離宮調査隊を率いた、神楽崎優子だ。
 校門でヴァルと顔を合わせると、互いに、無言で首を縦に振って。
 そのまま、別れた。
 優子は百合園へと。
 ヴァル達は、百合園の外へと歩いていく。
 彼女が百合園を出る前。花火大会の日に、学院の屋上で優子と言葉を交わしたヴァルは、その後に泣きたかったのは自分だと気付かされた。
 過去の経験により、今の優子の姿にはなんだか胸がざわついてしまう。
 ともあれ、自分が何ができるわけでもなく。どうしたいわけでもなく。
 だから、自分は自分のやるべき事の為に、歩むだけだった。

 ヴァルが帰った直後に、神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)もパートナー達と共に、校長室を訪れていた。
 ヴァイシャリー家の使用人が淹れてくれた紅茶を飲みながら、ラズィーヤに相談を持ちかけていく。
「優子さんのためにもアレナさんには早く戻っていただかなくてはなりませんし、離宮自体放置するわけにもいきませんわ。首都となったことですし、首都としてふさわしい都市計画を構築して、最終的に離宮を浮上させるという長期プランを立ててはいかがかしら」
「難しいお話ですわね」
 ラズィーヤはくすりと笑みを浮かべる。
「具体案はまだじゃが、簡単な資料じゃ」
 フィーリア・ウィンクルム(ふぃーりあ・うぃんくるむ)が、エレンと共に作成した資料をテーブルに広げる。
 ラズィーヤは目を軽く通していく。
「いずれ東西併合があるとしても都市再設計、区画整理や新街区などの計画はヴァイシャリーの価値を上げることになるかと思われます」
 アトラ・テュランヌス(あとら・てゅらんぬす)は、エレンの説明に補足をしていく。
「何年かかるかわかりませんが、貴族の領館などの移転などさえ終えれば、離宮の浮上を今度は誰かの計略に踊らされることなく安定した形で図れるようになるかと思います」
 真剣な表情でアトラは続けていく。
「財産に大きな打撃がなく、英雄アレナさんを救うという『名』があり、さらに離宮という象徴的な建造物をヴァイシャリーにもたらせば東西併合後も期待ができ、つまりは未来への投資にもなるのですから、説得も分は悪くないかと」
 アトラの説明の後で、紅茶をゆっくり飲みながら、エレンが再び口を開く。
「貴族のみなさんも突然の自身の財産の破壊ということに動揺なさったでしょうが、ちゃんと財産の保全や新しい領館区画への移動といった計画がしっかりしていれば納得なさるでしょう。なにより歴史に家名を残せる機会でもありますしねぇ。そういう方向で説得は可能だと思いますけど」
「興味深い案ではあると思います。そして、検討は出来なくはないかもしれませんが、そういった話となりますと政治の分野になり、学生の領分ではありませんわよ」
 百合園女学院は学校でしかない。
 離宮に下りた民が危機的状況であったあの時だからこそ、浮上は検討できたのであって、今では学生が議会に提案しても、動いてくれることはないだろう。
 だからエレンも生徒会ではなくラズィーヤに提案しているのだが、ラズィーヤとしても百合園だけなら兎も角、そこまでヴァイシャリー市民に影響を及ぼす提案は現状行うつもりはないようだった。
「エレンさんは教師になりたいと仰っていましたが、ずっとヴァイシャリーにいてくださるおつもりでしたら、将来的には議員を目指してみるのも良いかもしれませんわね」
「今のところそこまでは考えておりませんわ。都市計画についても、ラズィーヤさんの御意思を確認したまでですわ」
 エレンが少し残念そうに息をついた。
「ん〜、ケーキおかわりなのだ〜!」
 プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)は空になった皿を、使用人へと差し出す。
「皆食べないのなら、プロクルがもらうのだ〜。どれにしようかーなのだ〜」
 そしてプロクルは皆の皿を見回していく。
「戴きますわ」
「お代わり届くまでお待ちくださいませね」
 くすくすと笑いながら、エレンとラズィーヤはケーキに手をつけていく。
 プロクルなりに、空気が重くならないように必要以上に明るく振舞っているのだ。
「そうそう」
 エレンは半分くらいケーキを食べた後、ふと思い出してもう1つ提案をしてみることにする。
「さきの騒ぎで闇に引きずられてしまった方々で処分に困っておられる方がいるのでしたら、ひとつそういう方々を再教育してみませんこと?」
「再教育、ですか?」
「ええ、排除ばかりしていては残るのは弱い花ばかり、毒草や悪し花も花園を守りも強くもしますわ。毒があっても気高く美しい花を咲かせるように育ててあげませんと、ね」
「そうですわね、悪くはない案だと思いますけれど……」
 ラズィーヤはそう答えて、考えながらティーカップに口をつける。
「白百合団に能力主体の特殊班を構成するらしいが、それとは別に問題児などを集めての特別指導ということで一つ、別の特別班をつくってはどうかの?」
 エレンに代わって、フィーリアが提案していく。
「教導団なら懲罰部隊とかいうことになるのじゃろうな。しかし百合園でそのように無理矢理働かせる必要はあるまい。放り出すのでもなく、無理矢理働かせるのでもなく、間違った道に進みかけた者をちゃんと正道にもどすことも教育に携わる者の務めであろう。ただの花園であれば良い花悪い花を剪定すればよいだけじゃが、ラズィーヤ殿も学校を作った以上は教育者として人を育てねばならぬであろ」
「それは程度によりますわね。一連の事件でテロ行為に与した人物は、学院で再教育を行うことは難しいでしょう。例えば、大量殺人を犯そうとした方などは……被害にあったエレンさん達自身が許せたとしても、他の生徒達や保護者の方は、百合園での再教育に反対なさるでしょう。早河綾さんについても同様です」
 カップを置いて、ラズィーヤは説明を続ける。
「白百合団の特別指導班という案は面白いのですが、どなたが纏めるかという問題があります。問題児といいますと、エレンさんが問題児と仰っていた桐生円さんが思い浮かびますが、彼女はもう問題児ではないと考えております。また、問題児、つまりパラ実送り候補といわれている生徒などが思い浮かびますが、彼女達はとにかく強い女性です。同学年の生徒の命令に従うとは思えず、指導に当たった生徒が丸め込まれてしまう可能性が高いですわ。一般教員では力も及びませんし、白百合団を率いている神楽崎優子さんクラスの人材はそういません。いるのであれば、白百合団の任務が優先されますから……難しいですわね」
 だかれど、現状設立は出来ないだけで、悪くはない提案だとラズィーヤは言った。
「そうそう、その桐生円さん宛ての手紙をお預かりしていますの」
 ラズィーヤは使用人を呼んで、手紙を1通持って来させる。
「桐生さんのことは、よく存じませんので。ご友人のエレンさんが見せても大丈夫だと判断されたのなら、届けてくださいませ」
 封書の裏に記されていた差出人の名前は……リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)であった。
 内容はこうであった。

 あの時、私は間違いなくソフィア君を倒すつもりで戦っていた。
 だから、あの結末を後悔はしていない。
 ……契約者がいる、と聞いたら私自身は躊躇っていたかもしれないけど。
 ソフィア君は何かを信じて戦っているように見えた。
 だから、どんな言葉も届かなかったんだと思う。
 これから先、歴史から彼女の名前が消されてしまったとしても、私はずっと覚えている。
 最後まで退くことをしなかったあの人のことを。


「……わかりましたわ。円さんの様子を見て、大丈夫そうなら渡しますわね」
 エレンはその手紙を預かっておくことにした。
 ソフィアという人物に関しては、自分も含め色々な見方をしてきたけれど。
 彼女の真意は誰にもわからない。
 でもそれは、彼女が生きていたとしても、言葉で語ったとしても、その語られた言葉が真意であるとは限らない。だから、本人にしか……もしかしたら、本人にもわからないことなのかもしれない。
 その後も、校長室での百合園内外の問題について、エレン達とラズィーヤは深刻になり過ぎない範囲で、相談をしていくのだった。

「百合園にはいなかったぞ」
 リカインの元に戻ったアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が、無表情の彼女に報告をする。
 百合園に向い、ラズィーヤに手紙を預けたのはアストライトだ。
 リカインは円に連絡を入れてはおらず、自分から会いに行くこともできなかった。
「ったく。百合園に男の俺を使いに行かせるってのも、変な話だ」
 ぶつぶつ言いながら、アストライトはリカインと共に、帰路につく。
「ありがとう」
 そう小さく声を発した彼女にちらりと目を向ける。
 リカインの顔は喜びも悲しみも表してはいない。
(「顔を合わせるのは辛い」なんて柄かよ……)
 手紙を託された時に彼女が言っていた言葉を思い浮かべながら、アストライトは小さくため息をついた。