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リアクション
首領・鬼鳳帝占領計画
客のふりして偵察に潜り込んだ協力者達から集まった情報により、首領・鬼鳳帝店内の様子はほぼ掴んだと言ってもよかった。
迷路のような通路も何とかなるだろう。
建物のネオンに紛れるように、小型飛空艇オイレが屋上に降りる。
操縦していたヨハン・サンアンジュ(よはん・さんあんじゅ)はオイレを離れると、地上に目を落とした。
暗闇のせいでよく見えないが、照明によりかろうじて笹咲来 紗昏(さささくら・さくら)の姿が確認できた。
首領・鬼鳳帝の裏側に立った紗昏は少しの間ぼんやりとした表情で、辺りを見回していたが、近くに人がいないことがわかるとまるでわざわざ呼び寄せるかのように、綾刀を鞘のままで建物の壁をカンカンと叩き始めた。そして、ゆっくりと歩く。
しばらくそうしていると、首輪に付けたストラップにヨハンがかけた禁猟区が反応した。
「おい、誰だ! うるせぇのは!」
警備のハスターのようだ。
それも複数。
苛立ちながらやって来た彼らは、耳障りな音の原因がほんの少女だとわかると、呆れたようにため息をつき、ここで何をしているのか聞いてきた。
「……人探し」
「人探しィ? あのなぁ、見ての通りここは裏口だ。こんなところに人なんか来ねぇよ。正面に行って探すんだな」
行った行った、と紗昏を正面入口のほうへと押し出すハスター。
背を押されながら紗昏は生気のない目で問う。
「あなたは……殺してもいい人?」
いきなりの突拍子もない質問にハスターは悪戯だと思ったらしい。
「殺しちゃダメな人。まったく、迷子か?」
まるで子供扱いする彼に、周囲のハスターが笑う。
その様子を上から見ていたヨハンは、携帯で国頭武尊宛に行動を始める旨を送ると、オイレを飛ばしてハスターの足元を銃で撃った。
「何だ!?」
「上だ! 何か飛んでる!」
「撃ち落とせ!」
数人がいっせいに銃を構えた時、一人が突然鮮血を散らして倒れた。
何事かとそちらに目をやれば、紗昏の手の綾刀に赤黒い滴。
「お前がやったのか!?」
と、叫ぶ一人に白刃が振るわれる。
彼がそれをかわすと、周囲のハスターは囲むように紗昏に武器を向け、誰かが仲間を呼ぶ警笛を吹き鳴らした。
それから数人はヨハンの乗るオイレを狙って、空へ向けて銃弾を撒き散らす。
何発かが機体をかすりバランスを崩しそうになると、ヨハンは窮地の紗昏を置き去りにさっさと離脱してしまった。
「逃げた! 追え!」
何人かがオイレを追いかける。
そして残された紗昏は。
置いていかれたことに気づいているのか、それともどうでもいいのか、変化のない虚ろな表情のまま、刀を下げている。
「油断するなよ……!」
「捕まえて川にでも沈めるか」
物騒なことを言い合いながら、じょじょに包囲を狭めていく。
「とりあえず、眠っとけ!」
正面にいた男が振り回したバットをかわした直後、背後から頭をひどく殴られ紗昏は倒れ込む。が、気絶には至らなかった。
そのせいか、突然彼女は人が変わったようにギラついた表情になり、手から離れかけた刀を握り直してゆらりと立ち上がった。
「ウフフフフ……ナカナカ、ヤルジャナイカ」
口調の雰囲気まで豹変した紗昏に、狭まっていた輪が逆にわずかに広がる。
「おいおい、当たり所が悪かったんじゃねぇの?」
「俺のせいかよ」
「殴ったのお前だろ」
「うるせぇな、沈めちまえばいいだろ」
「血ノ海ニ沈ムカ?」
仕掛けたのは紗昏だった。
この騒ぎにより、正面入口の警備は一時無人となった。
ヨハンからのメールを受け取った国頭 武尊(くにがみ・たける)は、
「みんなに感謝しないとな」
そう呟いて、ホッケーマスクを被った。
そして、いつも一緒にやってきたシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)と猫井 又吉(ねこい・またきち)を見やる。
「オレ達の目的はハスターをキマクから追い出すことだ。やりすぎるなよ」
「はい」
頷き、呪術師の仮面で顔を隠すシーリルと、存分に暴れることができないことにやや不満そうな又吉が、わかったよとぞんざいに返し、光学迷彩で景色に溶け込む。
武尊とシーリルが顔を隠したのは、これから首領・鬼鳳帝を制圧しに攻撃を仕掛ける以上、世間的には『武装万引き団』と見られ、そのことで後々面倒なことになるのを避けるためである。
武尊の合図で三人は誰もいない正面入口を突破した。
見えないが先頭を駆ける又吉が音波銃で防犯カメラを撃ち抜いていく。
その破壊音に、客達は騒然となり、ペンギン店員達は武装万引き団が来たかと警備ハスターを呼んだ。
又吉にはそのまま防犯カメラの破壊を任せ、そこかしこから駆けつけてきたハスターには武尊が前にシーリルがその背を守るようにして立ち向かう。
ゴム弾を装填したショットガンで、できるだけ一撃で気絶させるように狙いをつけて撃つ武尊。
「……契約者か」
厄介だなともらす。
常人なら思い描いたように倒せても、契約者相手ではなかなかそうもいかない。
四天王狩りを仕掛けてくるだけあり、腕も立つようだ。
と、後ろにいたシーリルが武尊に並びハスターへアボミネーションを発動させた。
不意打ちのように暗く恐ろしい圧力を受けたような感覚に陥ったハスターの隙をつき、武尊はトリガーを引く。
「あぎゃ!」
「ぽげっ!」
「ふぎゃ!」
と、奇妙な悲鳴を上げて三人が倒れた。
とはいえ、上の階から続々と警備ハスターが降りてきているようで、戦況はあまりよろしくない。
そこに、ほぼ同時に、良雄救出のために殴り込みをかけた姫宮 和希(ひめみや・かずき)が到着し、ハスターに怒鳴った。
「今すぐに四天王狩りをやめて、良雄を解放しろ!」
あいつ生徒会長だ、とハスターの誰かが叫んだ。
もし武尊が素顔をさらしていたら「S級四天王だ!」と指差されていただろうが、ホッケーマスクに隠された今ではわかる者はいない。
「キマクで商売するのはかまわないし、お前らが望むなら今後の共存だって考えていきたい。けど、そのためにパラ実生や一般人を傷つけるのは許さねぇ!」
「噂通り、威勢の良い生徒会長さんだ。共存? してやってもいいぜ。ただし、支配者は俺達だ!」
ほとんどレンとミゲルの受け売りだが、そういう方針であることは確かだ。
「……共存じゃねぇだろ、それ」
その返答から、和希はレンやミゲルの考えを察して、表情を渋くさせた。
今のところ話し合いは無理そうだ、と切り替え、良雄救出に集中することにした。
しかし、この壁をどう突破したものか……。
その様子を商品棚の陰から見ていた斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)へ目配せした。
武尊も和希もこのままただ睨みあっているだけではないはずだ。
二人が次に行動を起こした時が、自分達の出番だと邦彦は判断した。
そしてすぐに、その時はやって来た。
光学迷彩中の又吉が、後ろのほうにいたハスターが携帯で武尊とシーリルを記録しようとしているのを発見し、雷術を持ち主もろともぶつけたのだ。
携帯は爆発し、雷撃を受けた男は苦しげに呻いてくず折れた。
「向こうから飛んできたぞ!」
誰かの叫びに又吉は素早く移動する。
ハスターの気がそれた瞬間、武尊はゴム弾を次々撃ち込み、和希は手近な相手に格闘戦を挑んでいった。
ネルが音もなく動く。
武尊や和希の背後を突こうというのか、遠巻きにしながら回り込もうとするハスターのうち、一人外れた者をネルはソードブレイカーの腹で強かに殴りつけた。
思わぬところからの不意打ちには、契約者といえども身構えることはできず、ぐらりと傾いて倒れる。
ネルはそれを支えると、素早く商品棚の陰に引きずった。
必要以上に傷つけなかったのは、正面で戦う武尊と和希にその意志が見えなかったからだ。
「やはりお前に任せて正解だったな」
「まったく……」
薄く笑う邦彦に、ネルは呆れたような目を向ける。
「そんな顔するな。せっかくの器量良しが台無しだ」
「……よくそんな台詞をサラッと言うものだ」
胡乱な目つきになるネルだが、内心ではそんなに悪い気はしていない。
「さ、続きを頼んだぞ。──大丈夫、いざとなれば私も参戦する」
「別に、そんな心配はしてない」
三連回転式火縄銃を見せる邦彦に、ネルは当然のように返した。
邦彦が必ず後ろを守ってくれるということに何を疑う点があるだろうか。
ネルは戦況を見て場所を移動しながら、一人になったハスターを間違いなく沈めていった。
ハスター側は、仲間が一人ずつ削られていることに、まだ気づいていない。
武尊や和希も、ひょっとしたら気づいていないかもしれない。
けれど、その積み重ねはどこかで必ず効果を表す時が来るはずで──。
それはフロア奥のスタッフ用ドアのあたりが爆音と共に吹き飛んだ時に起こった。
ハスターの気がそれた瞬間を逃さず、武尊は攻撃を強め、和希は取っ組み合いの相手を投げ飛ばし、階段へ走った。
「ネル!」
邦彦の声に、ネルは隠れることをやめて和希達に目を向けさせないよう、派手に暴れだした。
邦彦は火縄に火をつけ、狙いを定める。
大きな破裂音がしたかと思うと、ネルを囲もうとしていたハスターの一角が崩れた。弾丸が足元で弾けたからだ。
態勢を崩した彼らにネルが果敢にソードブレイカーを振るう。
今度は上の階で爆発音が上がった。
「上はどうなってる!?」
ハスターの誰かが叫んだ時には、一階にはほとんど彼の味方は残っていなかった。
上へ引いた者もいただろうし、ネルによっていつの間にか味方が減っていたというのもあるだろう。
シーリルは倒れたハスターを手早くロープで数珠繋ぎにしていた。
「こいつらもいいですか?」
両手にハスターを引きずって現れた邦彦に、顔を上げたシーリルは頷いて引き受けた。
それが終わると彼女は外に待機させておいたグールを呼び、
「ここにいてくださいね」
と、命じると先に行った武尊を追う。おそらく又吉はとうの前に二階にいて、防犯カメラを潰していることだろう。
一階、二階で起こった爆発音はゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)によるものだった。
彼女も店内潜入組で、武尊達が突入してきた際、ペンギン店員達が客の避難を始めた混乱に便乗して、商品棚の隙間に身を隠していたのである。
迷路のような店内が意外な役立ち方をしたものだ。
が、それは小柄なゾリアだから喜べるもので、体格の良いロビン・グッドフェロー(ろびん・ぐっどふぇろー)にはやや窮屈だった。
隠れる時、ロビンは突入組の手助けをするためにも、ゾリアだけはここに残れるようにと自分の体の陰に彼女を隠した。
何度かパタパタと忙しない足音をさせてペンギン店員達が通り過ぎて行ったが、びっちりと詰め込まれた商品がうまく目隠しとなったようで、二人が見つかることはなかった。
見つかったところでペンギン達が攻撃してくるはずもないのだが、避難誘導を断ると面倒なことが起こるのは確実だ。
ペンギン特有の足音が非常口の向こうへ消えると、ロビンは隙間から出て深呼吸する。
「ハスターが来る前にドアでも壊して、皆さんを誘導しましょう!」
「了解」
こうして、まずは今いる一階のスタッフ用ドアを破壊し、ハスターがよそ見している間に二階に上り、同じことをしたのだった。
そして、そこに階段を駆け上って和希が現れた。
「和希さん、こちらです!」
ゾリアはあらかじめ確保しておいた別の階段へと和希達を呼ぶ。
ロビンがガードラインを張りつつ、追ってくるハスターを迎え撃つべく御者の鞭を打ち鳴らした。
「何者だてめえ! 邪魔するとぶっ殺すぞ!」
「そう簡単に抜けるかな……?」
バシンッ、と鞭が先頭のハスターを叩く。
それを見ていきり立ったハスター達がいっせいにロビンに殺到した時、彼の背後から襲った銃弾が駆け出したハスターを弾き飛ばした。
お嬢、とロビンは心の中で笑う。
それから、武尊や和希達を無事に先に行かせたのなら、自分達も適当なところで切り上げなければと思う。
ロビンは鞭で距離を保ちつつ、少しずつゾリアのほうへ後退する。
まだ破壊工作はしたものの起爆スイッチを入れていない箇所が一つある。
ハスターに悟られないように注意しながら、後ろのゾリアへ充分声が届く距離まで下がったロビン。
「お嬢!」
と、合図をした直後、ハスターとの間に左右の商品棚がメキメキと音を立てて倒れされた。
二人はその間に突入組を通した階段へ走り、彼らとは反対に一階へ下りて行った。
三階へ上った和希はハスターの邪魔は受けなかったものの、相変わらず続く迷路な店内に辟易していた。
携帯に送られた情報を頼りに通路を足早に進む。
ここは女性用衣料品フロアのようだ。
入ってすぐのあたりはTシャツやGパンなどが積まれてあったが、今いるコーナーは下着売り場だ。
マネキン迷路といったところか。
ちょっと不気味だ。
進む和希は突如ハッと息を飲んでその場から飛び退く。
鋭く空を切る音がして、直前まで彼女がいたところを雅刀が薙いでいた。
刀の持ち主が残念そうに小さく舌打ちする。
「マ、マネキンが動いた!?」
「ふふふ、驚いたかにゃ?」
それは今しがた通り過ぎた、チューリップハットを被り、おしゃれな下着のモデルとなっていたマネキンのはずだった。
「マネキンが生き生きと動く時代になったのか、いつの間に!」
「いい加減気づけ!」
チューリップハットのマネキン、いや屋代 かげゆ(やしろ・かげゆ)は、大げさに驚く和希に怒鳴ると、煙幕ファンデーションで辺りを粉塵で包み込んだ。
「あっ、待てこのやろう!」
白い煙の中に消えていくかげゆの影を追いかける和希。
多少むせながら抜けた白煙の先にいたのは、自身の前に盾のように横一列に並ばせたペンギン店員の後ろに不敵な笑みで構える伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)だった。
かげゆと正宗は支倉遥が「警備に」とミゲルに話していた仲間である。
だが、今の正宗の格好に本人と気づく者は少ないだろう。
白のランニングシャツにビンテージのGパン、シルバーネックレス。頭にはニット帽を被り、サングラスをかけている。
和希は立ち止まり、訝しげに正宗とペンギン達を見比べた。
「……何のマネだ?」
「見ての通りよ。攻撃したけりゃすればいい。この勇敢な店員達がすべて受け止めてくれるだろうよ!」
フヒャヒャヒャヒャ!
と、狂気じみた笑い声をあげる正宗。
このペンギン達は客を逃がした後、正宗に唆されてこんなことになったのだ。
そして正宗は、この役どころを楽しんでいた。
たまにはいいか、と。
「卑怯だぞっ」
と、和希は歯軋りするが、ただの店員に拳を振るうことなどできず。
上への階段は彼らの後ろ。
正宗は意地悪な笑みを浮かべると、ペンギン店員達に「進め」と命令した。
下手すれば真っ先にボコボコにされるこの作戦は恐ろしいが、和希達が良雄を助けに来ただけだということも、また良雄が拉致されていることも知らないペンギン達は、乱暴者から店を守るために抵抗するしか術はなかった。
そしてペンギン達の隙間から、かげゆが刀を突き出して和希を串刺しにしようとする。
近づくこともできず、来た道を後退するしかなかった。
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