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まほろば大奥譚 第二回/全四回

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第四章 覚醒5

「はあ、姫ちゃん……鍵の管理ってとっても暇だよう。つまんないー」
 葦原明倫館鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)竹中 姫華(たけなか・ひめか)とともに御根口を志願し、鍵の管理を行っていた。
 御根口は広敷と大奥の間を朝五ツ時(午前八時)から暮六ツ時(午後六時)まで開け、夜は寝ずの番を行う。
 地味だが意外に過酷な仕事だ。
 氷雨は早速、姫華を困らせていた。
「そ、そんなことないよ、氷雨君。すっごく大事なお仕事なんだからー。ちゃんとやり遂げたら、将軍様も大奥取締役さんも褒めてくれるよー」
 御根口にいれば、御花実に選ばれる心配がないと考えていた姫華であったが、ただ座っているだけという難敵にはどうしても勝てそうになかった。
 氷雨はふらりと立ち上がると、隣の広敷に詰めている男性役人に話しかけ、事実アイドルのようにもてはやされていた。
 姫華は寿命が縮まるような思いで、また氷雨を連れ戻すのである。
「お願いだから大人しくしてね。もうすぐ六ツ時だから。交代時間だからね」
「んー、姫ちゃんがそういうなら、もう少し頑張るよ。あれ?」
 氷雨はふすまの向こうで、叫び声が聞こえたような気がした。
 続いてうめき声と、ばたばたと倒れる音。
 姫華はさっと立ち上がると、急いで錠をかけた。
「ど、どうしたのー? 姫ちゃん?」
「わからない。わからないけど、ここは危険かも……」
 やがて開けようとして開かず、ドンドンと扉が叩かれた。
 それはだんだんと激しく、大きくなる。
 二人は震えながら抱き合った。
「姫ちゃん怖いよー!」
「に、逃げよう。氷雨君!」
 彼女たちは手を取り合って走り出す。
 間髪入れず扉は破壊され、壊れた錠が転がった。
 血に濡れた刀と返り血を浴びた貞継が姿を現し、彼らを追った。

卍卍卍


 大奥の廊下に女官の悲鳴がこだまする。
 鬼の歩いた先には、次々を惨殺された死体が転がった。
「将軍を守る立場の俺達が、その将軍をとめなきゃならんとは……」
 牙竜たち御従人も駆けつけ、その凄惨な現場に言葉を失った。
「貞継様、本当に鬼と化してしまったのですか? 一体どうして……人としての心を失ったというのですか!」
 小次郎が女官を救おうと叫んでいる。
「ダメだ、話が通じるとは思えない。ここは、女達を守らなくては」
 狭い室内では長剣や火器・銃器類は使えない。
 悠はパワードアームの拳を握りしめ、護衛者と共に飛びかかった。
 しかし、貞継は刀を振って跳ね返す。
 その力は凄まじく、襖や壁を破壊していった。
「これが……マホロバ人が、鬼に覚醒したときの力なのね」
 ローザマリアはその光景に打ち震えていた。
 米軍に通じていた彼女でさえ、想像する以上に秘められた力である。
「もっと破壊を……死を……血を」
 そうする間にも鬼将軍は力で人々をねじ伏せ、刀を突き刺していく。
「貞継……貴方は!」
「房姫様、いけません。お戻りください!」
 リース達の制止を振り切り葦原房姫が息を切らせながら飛び込んできた。
 房姫はよろけながらも近づいていく。
「貴方は……」
「葦原房姫……か。殺しがいのある」
 貞継は房姫に向き直り、刀の血を袖でぬぐう。
「マホロバは一度焦土と化すがいいのだ……無となり、何もかも失えば……目が覚めるだろう」
 貞継は不気味な笑みを浮かべ近づいてくる。
「平和を享受しすぎれば、後は腐って落ちゆくのみ……」
 血の刀が向けられるが、房姫はひるまなかった。
「お前はいい女だよ、房姫」と、将軍はつと房姫の肩を抱き、耳元で囁いた。
「血まみれで泣き叫ぶ姿が見たいな」
「鬼よ……今すぐ、貞継様から退きなさい!」
「は……神子の力のないお前など、何の役に立つ。早く死んでくれ」
「それが、貴方の本心なのですか」
 房姫は悲しげな表情を見せた。
 しかし、すぐに顔を上げると、凛とした声を放つ。
「ならば、どこへでも参りましょう。死の国までもお供します。一緒に死んでください」「何……?!」
 房姫の体を貫いたはずの刀が一寸で止まっていた。
 押しても引いても動かない。
「神子の力は失ったはずなのに……」
 貞継は狼狽したが、房姫を守るかのように二人の女官が彼にしがみついているのがわかった。
 橘 柚子(たちばな・ゆず)木花 開耶(このはな・さくや)である。
 開耶はナラカ道人の封印で房姫からその力を受け継いでいた。
「神子の力……こんなところで貴様らが邪魔するから……忌々しい!!」
 将軍は渾身の力で二人を振り払うと、この場から逃げ出した。
 直ぐさま貞継に追っ手が差し向けられる。