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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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第5章 合宿所の風景

 合宿所周辺に見回りに出ていたゼスタは、思わず息を呑んだ。
 数日前まで草原だった場所が、立派な農園へと変化していたのだ。
「すげぇな、どんな魔法を使ったんだ?」
「種から栽培したわけじゃないしな」
 案内をしていたスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が軽く笑みを浮かべる。
 作物の栽培を担当することになったスレヴィがゼスタに手配をお願いしたのものは、葉物野菜の苗の他、石灰、完熟堆肥、油かす、化成肥料、防虫のためのネット、べたがけ用とトンネルがけ用の不織布、室内栽培用のプランター、農具……であり、ゼスタは特に何も考えず、東シャンバラ政府に話を通した後、若葉分校に連絡を入れ、それらのものを届けてもらっていた。
 ちなみに肥料に関しては、そのルートでは自給肥料のみしか手に入らなかった。
「他に欲しいのは、光条兵器が農具の剣の花嫁。先生の魅力で連れてきてほしいんだけど」
「はは、そんな剣の花嫁いるのかよ」
「いる」
 スレヴィは断言する。
「昔の山葉とツァンダ開拓を頑張ってる人の手伝いに行った時、その女の子を見て衝撃を受けたんだ。同じように光条兵器が農具の花嫁がいれば、効率良さそう」
「そりゃそうだけど……ま、俺の知り合いにはいねぇし『光条兵器が農具の剣の花嫁特別待遇で参加可能!』のチラシの配布ぐらいはしておいてもいーけど?」
 笑いながら言うゼスタに、スレヴィも笑みを返す。
「ま、これは半分状態なんだけどさ」
 スレヴィは息をついた後、軽く訝しむような目でゼスタを見る。
「ロイヤルガード隊長の神楽崎とタシガン貴族の先生の発言権が政府の中でどれくらいの力があるかわからないけど、やりすぎて余計なお客さん……例えば刺客サンとか呼ばないでくれよ」
「……そんなモン来たら、俺は早々に逃げるぜ!」
「ったく」
 予想通りの言葉に、スレヴィは苦笑する。
 いざとなったらロイヤルガードに守らせるとか、百合園の人に女装させてもらって逃げるとか、そんなことを考えてそうな人物に見えていた。多分、間違いないだろう。
「けどさ、俺ごときを狙うかね? 逆にこっちが刺客を差し向けたいくらいだよなー。金団長とかって、神楽崎が天下を取るのに邪魔だし」
「なんだ天下を狙うんだ?」
「真顔で返すなよー。勿論冗談だ。ま、ここの管理は引き続き任せたぜ」
 ゼスタがスレヴィの肩にぽんと手を乗せた。
「何考えてるか知らないけどうまくやって」
 スレヴィのその言葉に、ゼスタはにやりと笑みを浮かて「了解」と答え、合宿所の方へ戻っていった。

「事務員さん達もよろしくです。疲れたら休んで下さいね」
 アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)は、スレヴィの指示の下、畑仕事に従事していた。
 若葉分校生にも声をかけて、数人に手伝ってもらっている。
 彼らは農業にはあまり興味はないようだったけれど、他に特にすることもないという理由と、料理を担当する女の子達に喜ばれたいという理由で、手伝ってくれていた。
 畑には、小松菜、ほうれん草、白菜、アスパラガス、ラディッシュ、チンゲン菜、水菜、春菊、ハーブ、ローズマリーといった植物が植えられていた。
「間違って人が足を踏み入れたりしないように、きちんと柵を作っておきませんとね。……農作物より、わが身が心配です……」
 畑が荒らされるようなことがあった場合、犯人と一緒にアレフティナのことも苗床と一緒に埋める、などとスレヴィが言っていたのだ。
「労働後の温泉とごはんが楽しみですね」
「はい。楽しみです」
 可愛らしい声が響いた。若葉分校生の他にも手伝ってくれている者達がいるのだ。
 その一人、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、草むしりや石の除去など、雑用に精を出している。
「石は台車に乗せて、河原の方に持っていくのですわ。草はこっちの袋の中に入れて、焼却場ですわ」
 パートナーのセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)が、ヴァーナーや作業になれていない事務員に声をかけていく。
 セツカは時折魔法で警戒を払っているが、こちら方面は今のところとても平和で害意など全く感じられなかった。
「んしょんしょ……」
 大きな石を台車に乗せた後、ヴァーナーが汗を拭う。
 袖が汚れていたので、拭った額が土で汚れてしまった。
 そんな彼女の姿に、セツカはそっと微笑みを浮かべる。
「ヴァーナーさんはそろそろ休憩に入ってください。お洋服も汚れていますし」
 アレフティナがそう声をかける。
「ありがとです。それじゃ、これ片付けたら、少しお休みするです」
 ぺこりと頭を下げて、ヴァーナーはむしった草を入れた袋を持って、焼却場の方へと向かっていった。
「さて、この辺りも耕し始めましょう。お願いしますね。勿論、私も手伝います」
 若葉分校生と一緒に、アレフティナは鍬を使って大地を耕し始める。
「よーし、この辺りは繁殖力のあるミント類の苗を植えるぞ。板で囲っておこう」
 ゼスタとの会話を終えたスレヴィも作業に加わり、命を育む農園は更ににぎやかに拡張されていくのだった。

○     ○     ○


 賊と一緒に捕らえられた魔道書の青年を見た途端、ライナ・クラッキル(らいな・くらっきる)は酷く怯え出して帰りたいと言い出した。
 だけれど、ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)に連絡を入れようとした途端、やっぱり帰らないとライナは言う。
 鈴子に迷惑をかけたくないようだった。
「ちょっと……きもちがわるいの。みんなのいるところでやすんでたい」
 震えながらそう言うライナを、ミルミは医務室に連れて行った。
「……ライナちゃん、何か食べる? それともベッドで眠る? あとあと温泉に入るとか……」
 ミルミの声が次第に小さくなっていく。ずっと付き添ってはいるけれど、ライナは首をふるふると横に振るばかりで、どうしたらいいのかミルミにはわからなかった。
「ライナちゃん、こんにちは……っ」
 医務室に小さな男の子が現れて、床に座っているライナの元に歩いてきた。
「マユ、ちゃん……」
 ライナは泣き出しそうな顔で、その男の子マユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)を見た。
 マユの後からは、彼を連れてきた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)と、パートナーのユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が入ってきて、ミルミと会釈を交わす。
「大丈夫だよ」
 マユはライナの前に座って彼女の手に自分の手を重ねて、握り締めた。
「ここには、たくさん強くてかしこい人がいるから……悪い人がいても、怖い事にはならないよ」
 マユの言葉を聞いたライナは、ぽとりと涙を一粒落とした。
「ライナちゃん、リーアさん呼んでくるからね。ちょっと待っててね」
 ミルミはライナにそう声をかけると、呼雪達にライナを頼み、部屋から出て行った。
「ごめん、ね。かえりたい、とかいったら、だめ、だよね……。みんながあぶないめに、あうかもしれないのに、じぶんたちだけたすかるの、かなしい、もんね」
 ライナの言葉に、マユの心の中にも失った大切な人達のことが思い浮かんで。
 悲しみの感情が膨れ上がっていく。
「大丈夫だよ、大丈夫。ぼくだって……」
 大事なもの、守りたいと思うから。
 ライナのことも、マリルのことも。
 一緒にいてくれる、呼雪達のことも。
「大丈夫。いっしょに、いようね」
 マユはまた少しライナに近づいて、手を撫でてあげながら微笑みを浮かべた。
 ライナはこくりと頷く。
 だけれどその目からは、また涙が1粒零れ落ちた。

「ライナちゃん、どうしたのですか?」
 すぐにリーアと一緒に、休憩中のヴァーナーが医務室に訪れた。
「いろいろあるようですわね」
 その後ろから訪れたセツカは、呼雪と顔を合わせて軽く眉を寄せながら頷きあう。
 龍騎士のことといい、予断を許さない状態だ。
 セツカはヴァーナーを案じてやまなかった。
 ヴァーナーはかつてファビオを倒した魔道書のことについて、説明を受けていた。しかし、恐れは見せずにライナの頭を撫でてあげる。
「だいじょうぶなんです、ここにはとってもつよい人もいっぱいいるです」
 そして不安そうな顔をしているライナの身体に腕を回して、優しく抱きしめてあげる。
「ボクだってライナちゃんのためにがんばっちゃうんです♪」
「ありが、とう……でも……でもっ、みんなむりしないで。あぶなくなったら、いっしょに、みんなでいっしょににげようね」
「わかったです。いっしょににげるですよ」
 ヴァーナーは身体を起こして、またライナの頭を撫でてあげる。
「あと、心配ごとは鈴子おねえちゃんにも言っておいた方がいいです」
 ライナは迷いながら、ミルミに目を向ける。
「ミルミが連絡しとくよ。だいじょーぶ、ミルミがちゃんと守るって伝えるし!」
「ミルミちゃんって見た目は可愛いけど、本当はつぉい! って聞いたよ」
 ヘルも微笑みかけながら、そう言った。
「え、えっと……。うん、つぉいんだよ、ミルミ……のはず」
 ミルミの反応に、くすりと笑いながら、ヘルはさらにこう言ってライナを励ます。
「何かあっても、ミルミちゃんが守ってくれるから大丈夫だよ。それに、みんなもいるしね」
 こくり、こくりとライナは頷いて、零れ落ちる涙をちっちゃな手でぬぐっていく。
「それじゃ、少し過去を見てみようか。大丈夫、私が見るだけよ。マユも協力してくれる?」
 リーアがライナに近づき、マユに目を向けた。
「はい」
 マユはライナの隣に座って、頭をリーアに向けた。
 2人を撫でるように、リーアは両手を2人の頭に乗せる――。

「マユも少しずつですが、農村での一件から変わってきているように思えますね」
 ユニコルノは小さな声でそう言った。
 胸が温かいような、そんな気がする。
「嬉しそうだな」
 呼雪にそう言われるが、ユニコルノには自分の感情がよく解らなかった。
 ただ、後でマユに『頑張りましたね』と伝えたいと、思っていた。
「確か、ファビオ様は離宮に封印を施して飛び出した後に命を奪われたのでしたね」
 ユニコルノは呼雪に目を向けて小声で話をする。
「ライナ様が魔道書を目撃したのも、同時期なのでしょうか?」
「時期的に考えると、それより少し前か――直後だな」
 直後。ライナ達の村が滅ぼされたその時の可能性もある。
「おかしな事にならなければ、良いのですが……」
 案じるユニコルノの肩に、ぽんと手を乗せた後、呼雪もライナ達に近づいていく。
「ん、大丈夫」
 2人の過去を垣間見たリーアが手を離して、後ろに下がった。
「マユは見たことはないみたいね。ライナも見たことはあるけれど、酷いことをされたわけではないようよ」
 そう言って、リーアは2人に微笑みかけた。
「でも……こわいの。わるい、ひと……っ」
「それはね……」
 言葉を選びながら、慎重にリーアは2人に語りかける。
「2人の暮らしていた村が、壊されてしまう前に、頻繁に村の側に訪れていた人だから。ライナは彼のことを見たことがあって、村を襲った人なんじゃないかって思っていたみたいよ。本当のことはわからないんだから、心配しすぎないこと!」
 強く明るい声でリーアはそう言って、ミルミと呼雪に目配せをした。
 呼雪は軽く首を縦に振ると、ライナの方を向いて、しゃんがんで彼女と目線を合わせる。
「もしかしたら、危険で悪い奴だったかも知れないけれど、今は捕まって悪さしないように皆が見張ってるからな」
 優しい声で言うと、ライナはこくんと頷いた。
 呼雪は魔道書がもう1冊存在することも知っていた。
 ユリアナのことも非常に気がかりだが、自分の見解は友人の刀真らに伝えてある。何か情報を掴んだ時には、彼らが教えてくれるだろう。
 そして、彼らはこの怯える小さな命を助ける、力にもなってくれるはずだから。
「怖がることはない。マユも、皆も一緒だ」
 優しく声をかけて、小さな頷きを確認した後、呼雪は立ち上がって後ろに下がった。
「それじゃ、一休みしない? リーアちゃんも一緒に」
 ヘルがオヤツにと作っておいたクッキーを取り出した。
 それから茶葉とティーポットも。
「どうぞー」
 部屋に置いてある紙コップに紅茶を注いで、クッキーと共に皆に配っていくのだった。
「ライナちゃんも嫌な事思い出しちゃったのかも知れないけど……」
 紅茶を差し出しながら、ヘルは目を細めた。
「辛い思い出って苦しいよね、うん」
 しみじみと流れ出た言葉に、ライナは瞳を揺らしながら、こくりと頷く。
「クッキーもどうぞ。伝説の果実採りに行った人が帰ってきたらもっと美味しいスイーツが食べられるかも知れないよ」
 そう微笑みかけて、クッキーを差し出すと、ライナは一枚手にとって、マユとミルミに目を向けた後、ちょっとずつ、かじるのだった。
「おいしいですねー」
 ヴァーナーもクッキーを食べながら、ライナに笑いかけ、ミルミの方にも目を向ける。
「ホント、美味しいね! ミルミもライナちゃんに美味しいデザートをプレゼントするよ。作るのはミルミじゃないけどねっ! だって、その方が美味しいしね……」
 でも、とミルミは言葉を続ける。
「また鈴子ちゃんと一緒に、美味しいもの食べに行ったり、作るのお勉強したりしようね」
 ミルミのその言葉に、ライナは強く首を振った。
「ライナちゃんのこと心配してくれたり、やっぱりミルミおねえちゃんは、おねえちゃんでいいです〜っ」
 ヴァーナーが羨ましがり、ライナはまたこくんと首を縦に振って、ようやく小さく可愛らしい笑みを見せた。