リアクション
卍卍卍 種モミの塔には、ずいぶん多くの種族が集まっていた。ほとんどがパラ実生でありキマクの住人であるが、中にはそうではない者達の姿もある。 その中に、ペンギンゆる族十数人を連れた志方 綾乃(しかた・あやの)がいた。 彼女はキッと塔の上階を睨みつけて声をあげた。 「ミゲル店長ー! 金出せやぁー!」 出せやー! と、ペンギンゆる族達が続く。 綾乃達は首領・鬼鳳帝で真面目に働いていた従業員だ。店はなくなったが、それまでの賃金をもらっていなかった。 このままタダ働きで終わってたまるか、と綾乃が呼びかけて結集したのだ。 彼女は素早く正確な計算能力を発揮して、各自が働いた分の未払い分をきっちり弾き出した。 気のせいか、目が『G』になっているように見える。 その目で綾乃はペンギン達に言った。 「地球人を足で踏み踏みすると、お金が出てくるそうですよ。試してみてくださいね」 もちろん、それで得たお金は給料分には含まれない。おこづかい、である。 たまたま近くにいてその言葉を耳にした神楽月 九十九(かぐらづき・つくも)が、 「本当ですか!?」 と、目を輝かせた。 「私、首領・鬼鳳帝でお買い物をしようと思って行ったんですけど、閉店したようでがっかりしてたんです。そうしたら、経営者がこの塔に移ったって聞いて、移転したのかってホッとしたんです。まさか、踏み踏みしておこづかいをもらえるサービスまでついているなんて、思ってもみませんでした!」 張り切って踏み踏みしましょう、と言う九十九の笑顔に裏はない。綾乃の怪しい話を鵜呑みにしているようだ。 店舗の移転も九十九の勘違いだと綾乃は気づいたが、あえて正さなかった。 九十九の右手に装着されている装着型機晶姫 キングドリル(そうちゃくがたきしょうき・きんぐどりる)の気まずい視線も無視だ。 そんなキングドリルも、九十九の天然勘違いにはもはやかける言葉もない。言っても無駄だと、これまでの付き合いで骨身に染みている。機晶姫の彼に骨があるかは謎だが。 額に手をかざし、塔を見上げた九十九は感心したように呟く。 「さすが新しいデパートですね。これだけの高さですと何階まであるのでしょうか? でも、楽しみですっ。新店舗開店バーゲンセール!」 殺気だったペンギンゆる族も、他の武装したパラ実生達も、九十九はバーゲンに集まったお客さんだと思っていた。 キングドリルは諦めたように目を閉じた。 武装したパラ実生の中にブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)はいた。 集まったパラ実生のいくらかは彼の呼びかけによるものだ。 ブルタの予想では、種モミの塔は夢と希望と古代の英知が詰まった神秘の塔である。 建てたのはおそらくポータラカ人で、ブライドオブシリーズや、5000年前にシャンバラ女王に封印されたザナドゥの魔族の封印を解く鍵があったり、すでに化石となったカナンの世界樹を復活させるための方法が記された書物があったり、他にも様々な謎が眠っているはずだと信じていた。 そんなたいそうな塔かどうかはわからないが、見た目だけは何かありそうな雰囲気をかもし出している。 ブルタはこの情熱をパラ実生達にもわかってもらおうと、暑苦しく、熱を込めて語った。 「この種モミの塔を制することは、パラミタを制することと同義なんだよ。この塔には、光条兵器の最高峰であるブライドオブシリーズや、カナンの化石化した世界樹を復活させる方法を記した文献、ザナドゥの封印を解く古代シャンバラ女王の失われた第六番目の女王器があるんだよ。……まあ、ここだけの秘密だけどね」 彼の熱意は半分だけ通じた。 難しい話は理解されなかったが、種モミの塔を制することはパラミタを制することと同義、だけはわかりやすかったようで、パラ実生達の目つきが変わったのだ。 ヤクザへの恐れがいくらか引いた彼らに、ブルタはとりあえず妥協すると次の行動に移った。 「大和田組には、これ以上好き勝手させないよ……」 ブルタは手の中の携帯に、不気味に笑んでみせた。 この不気味な笑みとは方向の違う不気味さいっぱいの一団が、 「イー!」 と、奇声を発して武器を掲げている。 彼らは怪しい秘密結社の社員ではなく、全員パラ実生である。 種モミの塔を攻めるにあたり、ヤクザからの家族への報復を恐れる彼らに、ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)が「身元がばれないように変装しては?」と、勧めたのだ。 パラ実生達は、いい考えだ、と喜んでファトラが用意した覆面を被った。 「おい、ダークサイズの下っ端戦闘員に似てねぇか?」 「それでいいのよ。その格好で戦えば、ヤクザはダークサイズが攻めてきたと思うでしょう? あなた達の家族とは何の関係もないと判断されるわ」 「おお、なるほどな!」 単純なパラ実生はファトラの真の狙いに気づくことなく、あっさり納得した。 彼の狙いはこの塔にダークサイズの芸能事務所を構えることにある。本拠地は別にあるので、ここをキマク支部にしようというのだ。 「雑居ビルと言っていいこの塔は、悪の秘密結社にとっては格好の隠れ家よ……!」 誰にも聞こえないように、決意を込めて呟いた。 と、そこにミューレリアとセリヌンティウスが乗ったレッサーワイバーンが舞い降りた。 「よかった、間に合ったぜ!」 彼女に続いてレッサーワイバーンから降りたセリヌンティウスに気づいたブルタは、携帯をいじるのをいったん止めると元龍騎士のもとへ歩み寄る。 「ああ、教頭先生、いいところに」 「何か?」 「パラ実の新校舎について推薦したい物件があるんだ。……あれだよ」 と、種モミの塔を示すブルタ。 セリヌンティウスは頷くと、自身の下心はきれいに隠して言った。 「それについては妙案があるので、別の者に任せてある。うまくやってくれるだろう。それには場所の確保が必要だ」 「わかってる。ボクは違う方面から攻めてみるよ」 ニタリと笑うブルタに、セリヌンティウスは何か考えがあるのだろうと見て、黙って頷いた。 やる気満々の彼らとは対照的に、異様に殺気立つ周りの空気に今にも押し潰されそうなくらいに顔色の悪い人物がいた。 御人 良雄(おひと・よしお)である。 愛人の御神楽環菜を、死んだとたんにあっさり捨てた、とパラ実生達に思われた良雄は、その勢いでヤクザもチーマーも捨ててくれるに違いない、と重過ぎる期待をされてこの場に担ぎ出されていた。 (ど、どうするんスか、こんなことになっちゃって……! ヤクザなんて無理っス! 死ぬっス!) 恐ろしさにカタカタと震える良雄に、近くのパラ実生が話しかけた。 「良雄さん、武者震いですか! 俺も今朝から血が滾って仕方ねぇんすよ! あの連中の血の雨を降らせようぜ!」 「血の雨!」 良雄の豊かな想像力は、フルカラーで地獄絵図を見せる。 恐怖に引きつる良雄の表情を、そのパラ実生はチーマーとヤクザへの激しい憎悪と捉えた。 周囲のパラ実生が気圧された時、この場にそぐわない清楚な雰囲気の女の子が良雄に向かって微笑みかけた。 どよめく周りと、ほけっとする良雄。 「はじめまして。私は百合園女学院のエミリアと申します」 制服のスカートをちょこんとつまんで挨拶をするエミリアと名乗る女子生徒。 良雄はポカンとしたまま話を聞く。 エミリアは良雄の周りに集まったパラ実生達を見渡すと、感心したようにため息をついた。 「さすがは【星帝】の称号をお持ちの方。これだけの人々が集まるとは、素晴らしい人望です。桜井静香も、百合園女学院と波羅蜜多実業高等学校との合併を良雄様がいらっしゃれば安心して進めるでしょう」 「や、無理っスよ。いくらなんでも……」 「ご謙遜を」 エミリアは上品に微笑む。 「あなたは人の上に立つお方だと……そのような星の下に生まれたのでしょう」 エミリアの美しい笑みに、良雄はどう返していいものかと戸惑った。 彼女は、一歩近づき声をひそめて良雄に尋ねた。 「種モミの塔襲撃のことですが、どのような攻め方を?」 「せ、攻め方!?」 不意の質問に良雄の声がつい大きくなってしまう。 それはまるで、何故そんなことを聞くのかと言っているように見えた。 「おいおい、良雄様にかかれば作戦なんてちまちましたもんはいらねぇんだよ! ところでエミリアちゃんは何でそんなこと聞いてくんだ?」 良雄と話していたパラ実生の疑問はもっともだった。不思議そうにエミリアを見つめている。 エミリアは不安そうに瞳を揺らすと、胸元でキュッと手を握り締めた。 「微力ながら私もお手伝いがしたいので……いけませんか?」 良雄を見上げるエミリアの目は、わずかに潤んでいるように見えた。 泣かせてしまったような気持ちになった良雄は、声を上ずらせて慌てふためく。 「いいいいいけないことなんかないっス! でも、あんまりお勧めはしないッスよ……できるだけ危なくないところにいてほしいっス」 「私、がんばりますねっ」 心配する良雄を少しでも安心させるかのように、エミリアはたおやかな微笑みを浮かべて手を振り、集団の後ろのほうへ移っていった。 良雄とパラ実生達は、ポーッとした顔で見送る。 が、これらはすべてエミリアの作戦であった。 彼女の正体はフォン・アーカム(ふぉん・あーかむ)。大和田道玄と交わした約束のために良雄の一団を探りに来たのである。 移動したのも全体のおおよその人数と武装の様子を把握するためだ。 フォンは良雄達に見せていた笑顔とは正反対の狡賢い笑みを小さく浮かべた。 集団の後ろのほうへ差し掛かった時、突然周囲にどよめきと緊張が走った。 何事かと目を向ければ、遠巻きにするパラ実生達の中心にドージェの妹ではないかと噂される女がいた。 「ふふ。パラ実生もブランド物がお好きなんですね」 優雅な微笑みを浮かべるのは牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)。 畏怖の目を向けてくるパラ実生達を一通り見渡して、ふと思う。 「ずいぶん大勢いますね……ナコちゃん、どんな手を使ったのです?」 「わたくしは、シャンバラのテレビ局やキマクのローカルテレビ局、ラジオ局にこの決戦のことをお話ししただけですわ。おっしゃる通り思ったより報道関係者が多いのは、もしかしたら他にも呼びかけた人がいるからかもしれませんわね」 答えて、ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)はクスッと笑う。何か知っている顔だ。 「テレビ局に参りました時に局の方が言っておりましたの。塔の中にもテレビ局の方々が待っているそうですわ……他の、おもしろいことも」 詳細はわからないようでしたが、と言うナコトは楽しそうだ。 アルコリアもにっこりと微笑む。 「戦いは、人が大勢いたほうが盛り上がるものね」 「ええ」 アルコリアの言葉にナコトは大きく頷く。 そんな二人にやや呆れた視線を投げるシーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)。 このバカ騒ぎは何なのだ、と周りにもその目を向ける。 「この前の手合わせはマトモだったというのに……」 パラ実生の考えることはわからん、と頭痛がしたように頭を振る。 そして、できればこんな騒ぎに巻き込まれたくない、と彼女が選んだ道は。 カメラマン。 シーマの手にはデジタルビデオカメラがある。 さらに、戦いが始まればレッサーワイバーンに乗って、上からその様子を撮影するつもりでいた。 「何だかんだ言いながらも、シーマちゃんも楽しむ気ではないですか」 デジタルビデオカメラを指差して微笑むアルコリア。 別に、と素っ気無く返して、シーマはそれを背に隠した。 |
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