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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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嘆きの邂逅~悲喜の追録~

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第1章 ヴァイシャリーを離れて

「ぜすたんのけものにしたらすねちゃう。みゆうだっておやつ準備する時は、あたしとプリムと蛇の王様の分用意するでしょー」
「うーん、そうだけど……」
 歩きながら、若葉分校生の関谷 未憂(せきや・みゆう)は、パートナーのリン・リーファ(りん・りーふぁ)の言葉に眉を寄せる。
 2人は、手紙と紙袋を持って、並んで廊下を歩いていた。
「あ、ここね」
 神楽崎と記されたプレートの前で、未憂は立ち止まり、リンも足を止めてドアに目を向ける。
「隣のドアとの間隔がひろいー。部屋ひろそー」
 そうね、と、軽く笑みを浮かべた後、未憂はチャイムを鳴らした。
「ほーい」
 聞こえてきた声に、未憂は思わず足を後ろに引いた。男の声だ。
 もう一度プレートを見るが、間違いなく『神楽崎』と、百合園女学院生の神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の名字が書かれているのに。
 小さな音を立てて、ドアが開く。鍵はかかっていなかったようだ。
「あ、未憂チャン。お、リンチャンもいるのか、どうした〜」
 部屋の中から現れたのは、未憂が苦手とする男。優子のパートナーであり、若葉分校で講師もしているゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)だった。
「な……なんで、あなたがここにいるんですか!?」
「おー、こんにちはー」
 更に後ろに下がった未憂に代わり、リンが手を上げてゼスタに笑顔を向ける。
「こんちはー。入ってく? ここは俺の部屋でもあるんだぜー」
 にやにや笑うゼスタを、未憂は不信感溢れる目で見てしまう。
「関谷か?」
 続いて、部屋の中から優子の声が響いてくる。
「はい! 関谷未憂です。神楽崎先輩!」
 思わず大きな声で、未憂は部屋の中に声をかけた。
 すぐに、ドアを開けているゼスタを後ろに追いやって、神楽崎優子が外へと出てきた。
 優子は、ロイヤルガードの制服こそ纏ってはいないが、外出着姿だった。
「これからお出かけですか?」
「ああ、空京で会議があるんだ。彼は迎えに来てくれただけだ。驚かせてすまない」
「ん? 別に俺は迎えに来たわけじゃ……いや、迎えに来たといえば、そうなのか、うん」
 なんだかゼスタは一人で納得している。
 未憂は優子のいつもと変わらぬ姿に、ほっと安心をして頭を下げる。
「神楽崎先輩、新年あけましておめでとうございます」
 未憂は今日、年始の挨拶に訪れたのだ。
「うん、おめでとう、未憂。去年も世話になった。特に年末には、力を貸してくれたこと、深く感謝している。どうか今年もよろしく」
 優子も未憂、それから隣にいるリンに頭を下げる。
「はい、今年もよろしくお願いいたします。あ、お忙しいと思いましたので、ご挨拶の詳細は手紙にまとめてきました」
 未憂は封筒を取り出して、優子に差し出す。
「それからこれも」
 そして、持っていた紙袋も。
 紙袋の中には、ペアのティーカップが入っている。
「空京で見つけて神楽崎先輩と寄り添うアレナさんを思い出したので……いつかアレナさんが帰ってきた時、一緒に使ってください」
 受け取りながら、優子は軽く笑みを見せた。
「ありがとう。アレナと私は、サイズの合わないもの以外、特にどちらのものという意識がなくてな。これもありがたく、一緒に使わせてもらう。……いつか」
「はい。それではこれで……」
「みゆう〜」
 失礼しますと言おうとした未憂に、リンが不満げな声を上げる。
「あ、そうだ。もう1つ同じデザインの色違いのカップが底に入ってると思います。これはリンからゼスタさんに」
 未憂がペアのカップを用意したことを知ったリンは、同じデザインの色違いのカップを追加で購入してきたのだ。
「さんきゅ! 3人でこの部屋で使わせてもらうぜー」
 優子の後ろからゼスタが顔を出して、優子を後ろから抱きしめるように、彼女の肩越しに紙袋を持ち上げた。
「……それでは、今度こそ失礼します。道中お気をつけて」
 未憂はリンと共にぺこりと頭を下げる。
「またね、ぜすたんー」
 リンがひらひら手を振ると。
「またな、リンチャン、未憂チャン」
 ゼスタも笑顔で手を振りかえしてくる。彼は少し、機嫌が良さそうだった。
 未憂は彼にも軽く頭を下げた後、リンと共に帰路に着くことにする。
 なんだかもやもやするものを感じてしまう。
(神楽崎先輩の後ろは、アレナさんの場所なのに……)
「よーし、ヴァイシャリーのスィーツ食べてかえろー」
 リンが屈託のない笑顔を未憂に向けてきた。
 未憂はふっと息をついた後、「そうね」と微笑んで頷いた。

「何しに来たのかしら? ここで会うのは初めてよね」
 続いて、荷物を持って訪れた、百合園生で神楽崎優子の友人である崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が、対応に出たゼスタに尋ねる。
「別に。まだ何も」
「もう行っていいわよ」
 そう言った後、亜璃珠は声のトーンを落とし、ゼスタにだけ聞こえる声でこう続けた。
「後は任せて」
「ま、優子チャン用事があるみたいだし。今日のところは帰るか」
 にやりと笑みを浮かべ、ゼスタはそのまま部屋から出て行った――。
 軽く息をついて、亜璃珠は部屋へと入り込む。
 優子は持っていく書類のチェックをしているところだった。
「東西が統一されて良かったけれど、首都が遠くなって大変ね。今日は一緒に行くわ」
「運転手は手配してあるからな。移動中眠れるし、会議だから体も使わない。大変でもなんでもないさ……そう、亜璃珠。キミにもまだちゃんと礼を言ってなかったね」
「なんのことかしら?」
「東シャンバラのロイヤルガードに力を貸してくれたこと」
「あれは百合園を守る為でもあったし……。ロイヤルガードに力を貸したというか……」
 そんなあいまいな返事をする亜璃珠に、優子は淡い微笑みを向ける。
「ありがとう。これからもよろしく」
 優子のその言葉に、亜璃珠は軽く目をそらしてしまった。
 そっと手を握りしめて。
 わずかに目を伏せて、亜璃珠は「当たり前よ」と、声を発した。
「……で、とにかく今日は一緒に行くわよ。日頃の慰労も兼ねてね」
「いや、荒事じゃないから大丈夫だ。せっかくの休日なんだし、キミは友達サービスが必要だろ」
「残念ね、あなたの『大丈夫』は絶対に信用しないことにしてるの」
 亜璃珠のその言葉に、優子は苦笑した。
「書類はこれで全部ね。じゃあ行きましょう」
 亜璃珠は優子が用意した書類が入った鞄を持ち上げると、さっさと廊下へと向かう。
「それじゃ、よろしく」
 コートを纏って、優子が亜璃珠の後に続いた。
 ……その時。優子の携帯電話が音を立てた。
 廊下へ出ながら、優子は電話を取り出して確認をする。
 メールが1件届いている。
 送信者は樹月 刀真(きづき・とうま)だった。
『離宮を封印しているアレナについて気になる事があるので直接会って話がしたい、もし君に心当たりがあるなら後日仕事を手伝うから都合を付けてくれ』
 そんな言葉と、日時が指定されていた。
「直接会わなければ、話せないような内容か……」
 優子は歩きながらスケジュール帳を確認した後、険し顔つきで吐息をついた。
 続いて届いていた郵便物の確認も、歩きながら行う。
 亜璃珠が1つ1つ、封を切って、読みやすいように広げて優子に渡していく。
 最後に優子は未憂からの手紙を開いた。

神楽崎優子様

 寒い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか
 少し遅くなりましたが
 新年を迎えてのご挨拶をと思いペンをとりました

 初めてお会いして1年ですね
 もっと時間が経っているような気がするのが不思議です

 最初は、百合園生でパラ実C級四天王だなんてどんな人なんだろうと
 興味と好奇心で挨拶回りに参加して

 それから、パラ実に少し気になる人もいて…
 分校に所属してみたら何か知れるかなとも思って

 以前も書きましたがいろいろな事を知る機会に恵まれました
 1年前より成長したと思えるのは
 その機会を与えてくださった神楽崎先輩のお陰です


 最近パートナーについてよく考えます
 初めにリンの手をとって、私はパラミタに来ました
 それからプリムと出会って、今はニーズヘッグとも契約して

 私はまだぜんぜん子供で、何も知らなくて
 パートナー達は私よりずっと長い時間を生きていて
 でも対等に接してくれていると感じます

 いつか、私は寿命を迎えて
 その時パートナー達はどうなるのかとも考えたり…

 考えても仕方のない事を考えているような気もします

 …お別れのその日が来るまで出来るだけ
 見える景色を分けあって
 お互いがどんな気持ちを持つのかを知ってゆけたらと
 そうして世界は全部、少しずつ繋がって、続いてゆくのだと

 早くアレナさんと再会出来る日が来るよう祈っています

 お仕事、お忙しいこととは思いますがどうぞお身体に気をつけて
 副団長や隊長としてももちろんですが
 いちばんは神楽崎優子さん個人として、充実したよい年になりますよう
 今年もどうぞよろしくお願いします

 よかったらバレンタインには分校に遊びに来てくださいね


 優子は彼女の手紙を、どの手紙より真剣な目で見ていた。
 そして、読み終えた後に、僅かに切なげな笑みを浮かべて、目を伏せながら丁寧に、手紙を畳む。
「百合園を、分校を、彼女達を――守り切れる、んだろうか……」
 優子が発した、微かな声を亜璃珠は聞き逃さなかった。
 だけれど、その場では何も言わなかった。
 優子の頑張りは知っている。
 何のために、頑張ってきたかも知っている。
(彼女の決意は知っているけど、舞台の幕が降りる時に一人だけ姿がないなんて私は嫌)
 今はただ、静かに亜璃珠は優子の隣にいた。