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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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 やがて、イナテミスに朝が訪れる。
 
「ネラ達の準備はバッチリか?」
「ああ、バッチリやで! 必要なもんぎょーさん揃えてもろたしな!
 これなら一ヶ月二ヶ月の旅なんてよゆーやで!」
「そうかもしれないが、お父さんの言う通り、こまめにイナテミスや他の主要な都市に戻ることを心がけよう。
 怪我をしたりしては元も子もないからな」
 
 宿屋『しゅねゑしゅたぁん』を発つネラとヴィオラ、彼女たちに同行を決めた駿真とそのパートナーたち。
「姉さま、ネラちゃん、いってらっしゃい、です」
 ソアに『笑顔で「いってらっしゃい」って言おう』、いってらっしゃいということは、ちゃんと帰る場所があるってことですからね、と言われたことを思い出しながら、ミーミルが笑顔で一行を見送る。
 地平線の向こうに姿が見えなくなるまで、ミーミルは手を振っていた――。
 
 
 一方その頃、イナテミスから北に行った先、国境沿いの平原では――。
 
「うん、情報通りだな」
「ララ、あの塞いでいる瓦礫をどけるのだ」
 
 ニーズヘッグ襲撃の際、一撃目のヴォルカニックシャワーはニーズヘッグに多大なダメージを与えたが、同時に地面に対しても、数百メートルクラスのクレーターを生み出していた。
 しかも、深く抉れた部分のさらに奥に、なにやら遺跡のようなものが広がっているようであった。シャンバラの地下にはこうした、古王国時代の名残が残されているのであった。
 
 その、現れた遺跡を、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ サーズデイ(らら・さーずでい)ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)は自らのアルマイン『ラルクデラローズ』を駆り、調査に来ていた。
 『ラルクデラローズ』によって瓦礫が取り除かれ、露になった底には、地下に繋がる通路が見えた。
「だいぶん古そうなのですぅ。崩れてきたりしませんかねぇ?」
「とにかく捜索するのだよ」
 遺跡の具合を心配するユリへ、リリが急かすように言う。
 
 この時、リリの胸中には、かつて自分がヴィオラに約束した、『聖少女を探してやる』という言葉に報いることが出来なかったことへの、自らの無力さと歯痒さが入り混じっていた。
 ヴィオラが旅立つ、その噂を聞いてから毎日リリは、どこか心の中では無駄と知りつつも、半ば強引にアルマインを駆り(本来、いわば企業秘密であるはずのアルマインをイルミンスール生徒一個人が好きに使うことは非常にリスキーである)、遺跡調査を繰り返していた。
 そして、ここがシャンバラ内で発見された中の、現時点では最後の遺跡。流石に遺跡の宝庫とはいえ、そうそう上手いこと見つかるものでもない。ここに入って手がかりが何もなければ、リリたちは当面の行き先を失うことになる。
 
 遺跡は、小一時間も探索すれば、全貌をつかめてしまう程度のものであった。
 そして、遺跡には聖少女に繋がる手がかりは、見つからなかった。
 
「やはり、ハズレだったな」
 『ラルクデラローズ』から降り、クレーターの傍に腰を降ろして呟くララに、同じように座るリリが答える。
「うむ……」
 頷いて、空を見上げる。高い空の中を、陽が天を目指して昇っていくかのように、輝いている。
「……ヴィオラ達はもう、旅立ったのだろうか?」
 流れる雲に目を向けたまま、リリがふっ、と呟く。
「ヴィオラさんのことをそんなに気にかけていたのなら、お別れを言いに行けばよかったのですよ」
「うむ……」
 ユリの言葉に、リリはやはり頷くに留め、雲を見つめ続ける。
 約束をした以上は、相応の成果を出さないといけないだろう。そうでなければ、合わせる顔が無い。
 そんなリリの思いが分かっているからこそ、ララも、そしてユリもそれ以上何も言うことなく、ララも寝転がり空を見上げ、ユリは連れてきたフライングポニーのポニさんの首に手を置き、静かに歌い始める。
 
 降る雪は 綺羅と踊り
 蒼空に 手を広げて
 あの日の想い 留めているね
 いつかセピアの 思い出になっても

 
 切なく、寂しく、そして静かな時間。
 ……そこに、リリの携帯がメールの着信を告げる。
 
「こんな時に誰からなのだ……?」
 気怠そうに発信者を確認したリリが、そこに見知った名前を見て飛び上がる。
 
 
 リリ・スノーウォーカー様
 
 ……しっかり届いているだろうか。
 多少は慣れたとはいえ、まだまだ扱いに手間取ってしまうな。
 
 もしかしたら君も知っているかもしれないが、私たちは今日、『聖少女』の手がかりを探す旅に出発した。
 本当は昨日の予定だったのだが、準備など色々あってな。
 
 シャンバラでは、聖少女の手がかりを見つけることは出来なかった。
 リリも協力してくれると言ってくれたのに、応えられず申し訳なく思う。
 
 今度はシャンバラを出て、他国を回りながら手がかりを得られればと考えている。
 途方も無いし、当てもない旅だ。
 
 ……それでも、もしリリがいいというのであれば、私たちの旅の無事を祈り、
 万が一私たちが困った時には、力を貸してくれ。今はこうしてお互いが離れていても、連絡が取り合える。
 
 一方的に話してしまってすまない。
 ……じゃあ、また笑顔で会えるその時を、楽しみにしている」

 
 
「ヴィオラさん、ちゃんとリリが言ったこと、覚えていたみたいですね」
 横から覗き見たユリの言葉に、リリは今度は頷きすら返さず、黙って空を見上げる。
 
 そうしていないと、涙が顔を濡らしてしまうから――。
 
 
 『こども達の家』の前には、朝早くから子供たちの賑やかな声が聞こえていた。農場見学が出来るとあって、皆一様に楽しみにしている表情を浮かべていた。
 そこに、地球でいうマイクロバス(外装こそ金属製ながら、駆動装置には魔法技術が使用されていた。化石燃料が広く流通していないパラミタでは地球と同じものは使えないことと、科学(パラミタでいえば機晶石絡みだろうか)に対抗心を燃やすアーデルハイトが試験的措置として用意したものである。イナテミスは言葉の響きとしては良くないかもしれないが、魔術を応用した技術の“実験都市”としての位置づけになりつつあった)が横付けされる。
 子供たちの移動手段(イナテミスからファームまでは相応の距離があるため)としてカラムが手配したものである。
「町長様、お気遣い誠に感謝いたします」
「なに、未来を担う子供たちに多くの経験をさせたいと思う町長の計らいに過ぎんよ。さ、乗ってくれたまえ」
 カラムに礼を言い、真言たちが子供たちを中へ案内する。全員が乗り終えると、室内は賑やかな雰囲気に包まれる。
「じ、自分がこのような場に一緒していいのでありましょうか」
「なにビクビクしてんだよ、サラがいいっつってんだからいいに決まってんだろ?」
「ああ、楽にしていてくれ。子供たちが迷惑をかけてしまうかもしれないが――」
「いえいえ! その、社会科見学みたいなノリで、よろしいと思われます!」
 ぶんぶんと首を振る土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)、前日にサラマンディア・ヴォルテール(さらまんでぃあ・う゛ぉるてーる)とイナテミスの様子を伺いに来たところ、サラから今日のことを聞いて行ってみっか、と参加を決めたのであった。
「ねーねー、蛇の王様も来るんだよねー?」
「ええ、そう言っていたわ。昨日からイナテミスに来ていたそうよ」
「……一緒に乗る?」
「そこまではどうかしら……ニーズヘッグはこのような人混みを嫌がりそうに思うわ」
「あはは、確かにそうかも! でもなんとなく、舌打ちしてすっごい嫌そうな顔しながら、乗り続けてそうな気するなー」
「ふふふ……わたくしは皆さんほど詳しく存じませんが、そのような気がいたしますわ」
「……うん……」
 「チッ、うっせぇな……」とか言いながらバスに乗り続けるニーズヘッグを想像して、未憂とリン・リーファ(りん・りーふぁ)プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)、そしてセイランが微笑む。もしかしたらニーズヘッグが、クシャミをしているかもしれない。
「……ティティナ、顔が赤いようだが、熱でもあるのか?」
「あっ、いえ、だ、大丈夫ですわっ」(け、ケイオース様がわたくしの隣に……き、緊張してしまいますわ)
 誰かの計らいによりケイオースと席が隣になったティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)が、嬉しさと恥ずかしさで頬を染めつつ、ケイオースとの会話に興じる。
「ファームの見学、楽しみ。……ドラゴンも、ファームにいる?」
「あー、何か来るかも、っつう話は聞いたな。ま、行ってみりゃ分かんじゃね?」
 窓から外を興味深げに眺めるグラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)に鷹揚に頷いて、マーリンがはぁ、と息を吐く。
「イナテミスファーム……話には聞いていたけど、実際に見たことはなかったからな。どのようなものなのか、楽しみだ」
「はい、私も楽しみです、ホルンさん」
 彼らの後ろの席では、ホルンとキィが微笑ましく会話を交わしていた。
(……どうしてこの並びになった……)
 ティティナとケイオースを並ばせたのは自分ながら、結果として居心地の悪い状況に陥ってしまったことに、マーリンはため息を吐くのであった――。
 
 西に向かったバスは次いで北上し、宿屋『しゅねゑしゅたぁん』で大地とシーラ、メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)、それにファーシーとクロエが合流する。
「大地さん、今日はよろしくお願い致します」
「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます」
 真言と大地が言葉を交わし合い、次いで千雨とシーラの力添えで車内に足を踏み入れたファーシーが、賑やかな室内に少々驚いた表情を浮かべる。
「なんか、凄いわね……クロエちゃんは平気そうね」
「ひとがたくさんいるのにはなれてるわ。それにやしろおにぃちゃんとおでかけしたときは、もっとたくさんひとがいたもの。だいじょうぶよ!」
 年末に開催された『シャンバラ独立記念紅白歌合戦』に歌い手として参加しているクロエは、ファーシーよりもずっと、広くて大きな世界を経験していることになるだろう。
(わたしも、これからはもっと、色んなことを経験できたら、いいな)
 
 一行を乗せたバスはイナテミスを離れ、一路イナテミスファームを目指す。真新しい道路を走り始めるとすぐに、周りの景色は森や草木がほとんどを占める。それでも所々には建築途中の建物がいくつか並び立っているのを見ると、イナテミスも着々と開発が進められているようであった。
 
「あれ? ねーねー、あれなにかな?」
「えー、どれー? うわ、なにあれ! でかい!」
 しばらく経った頃、子供たちが窓の外を指さしてなにやら騒いでいる。
 その正体は、やがて生徒たちにも判明するところとなった。
 
『なんだ、テメェらか。珍しいモンが走ってっから、つい近くに寄っちまったぜ』
 
 未憂と真言の携帯を介して、空を舞う数十メートルの竜――ニーズヘッグ――の声が聞こえてくる。
「ニーズヘッグ、こんな朝早くから、大丈夫なの?」
『世話んなってたところから、早く行けって追い出されちまったんだよ。どうせ待ってたってヒマだしな』
 未憂の言葉に、ニーズヘッグがやれやれと言いたげな口調で声を返す。実際はザインが、「ニーズヘッグ様にとってもよい経験になると思われます」というものだったが。
 それはともかく、子供たちにとっては思わぬサプライズになったようで、きゃいきゃいと騒ぐ声があちこちから聞こえてくる。
「あれがドラゴン……! 私、触ってみたいです」
 グランも子供たちに混じって、キラキラと目を輝かせてニーズヘッグを見つめる。
「ニーズヘッグ、私たちがファームについた時に、少しの間で構いませんので、子供たちに触らせてあげてくれませんか?」
『あぁ? オレなんて触っても面白くねぇだろ。……ま、それが望みってんなら付き合ってやるよ。
 んじゃ、オレは先行ってるぜ』
 真言の提案を了承して、ニーズヘッグが一声鳴き、速度を上げる。
 姿が小さくなっていた先に、今や広大な面積を誇るようになったイナテミスファームの入り口が見えてきた――。