百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

リアクション公開中!

イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~ イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~ イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

リアクション

 
「あー、ガラにもなく説教たれたら腹減ったな……ん? 何かいい匂いがしやがるぜ」
 なぶらとフィアナと別れ、空腹感を訴えたニーズヘッグが、漂ってくる甘い匂いに鼻をうごめかせる。
「こんにちは。あの、こちらにニーズヘッグさんが伺っていると聞きましたので……」
「あっ、ルーナ、いたよ! おーい、ニーズヘッグちゃーん!」
「こら! セリア、他の方もいるんだから、大声あげないの」
「あっ、ご、ごめんね、あはは……」
「ふふ、元気なのはいいことだと思います。さ、行きましょう」
 顔を出したルーナ・フィリクス(るーな・ふぃりくす)セリア・リンクス(せりあ・りんくす)、二人に誘われてやって来たセリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)が揃ってニーズヘッグの下へ歩み寄る。
「あぁ、テメェらか。えぇとなんだったか……まぁいいや、テメェらの住んでるとこからここまで来んの、メンドくなかったか?」
 
 セリシアとルーナ、セリアは『颯爽の森』『ウィール遺跡』はその森の中心にそびえ立っている)に普段は住んでいる。『精霊指定都市イナテミス』の中では最もイルミンスールに近いとはいえ、箒で飛んで数時間はかかる。
「伊織さんから乗り物を借りてきましたので。おかげさまで楽に来ることができました」
「今日こちらに来たのは、ニーズヘッグさんにこれを食べさせてあげたいな、って」
 答えたセリシアに続いてルーナが、大切に持っていた箱を開け、中から色とりどりのフルーツを載せたタルトを引き出すように取り出す。
「ウマそうな匂いの原因はこいつか。もらっていいのか?」
「はい。……あ、こうして皆集まったのですから、皆で囲んで食べたい、です。このタルトは、私達と精霊が……セリシアさんが歩むきっかけになった大切な思い出の品、ですから」
 ルーナの言葉に、セリシアが微笑んで頷く。
「ふーん、ま、テメェらがそうするってんなら、オレはそれでいいぜ」
「では、私はミリアさんに飲み物を作ってもらえるよう頼んできますね」
「あ、じゃあセリアもいくー!」
 セリシアとセリアが飲み物を取りに行き、ニーズヘッグの前に切り分けられたタルトが並べられていく――。
 
「ふふ……」
 全員がタルトを一切れ食したところで、ニーズヘッグを見てルーナが笑みを浮かべる。
「なんだよ、オレの顔見て笑って」
「あっ、ごめんなさい。……あの時言ったことが、本当になったんだなって思って、それが嬉しくて」
 ルーナの言う“あの時”とは、今より遙かに巨大なニーズヘッグに、語りかけた時のことである。
「種族を超えて、私達は互いを想い合うことが出来た。精霊は……セリシアさんはそのことを教えてくれた。
 だから、ニーズヘッグさんとも手を取り合うことが出来るって思った。
 そして思ったとおり、ニーズヘッグさんは人間と繋がることが出来た。聞きましたよ? ニーズヘッグさん、紅白歌合戦の方にも行ってたんでしょう?」
「あ、ああ……他のヤツらが懸命に誘うから、仕方なく、な」
「一生懸命さの伝わってくる歌声でしたよ」
「セリシア、余計なこと言うんじゃねぇ!」
 セリシアとニーズヘッグのそんなやり取りに、再びルーナが笑みを浮かべる。
「今ここには、私がいて、セリアがいて、セリシアさんがいて、ニーズヘッグさんもいる。皆種族は違うのに、ここでこうして話せてる。
 ……だから、今ならはっきり言えるんです。エリュシオンの精霊とだって、きっと分かり合えます。お互いを知らなかった、一度は戦いもした私達だって、こうして共に歩めたんですから」
 
 シャンバラの精霊と、エリュシオンの精霊とは今も、交流が断絶状態にある。
 これでもしエリュシオンがシャンバラに宣戦布告を果たせば、機に乗じてエリュシオンの精霊がイナテミスに攻め入る可能性も、否定出来ない。
 
「根拠なんてないですし、最初から上手く……なんて風にはいかないかもしれません。
 でも、セリシアさん達や私達、もちろん、ニーズヘッグさんも。皆が歩み寄ることを諦めなければ、きっと想いは繋がります。
 ……それに、私がずっとセリシアさんを支えますから。これからもずっとセリシアさんの力になりますから」
 最後は顔を赤らめながらも、視線は外すことなくセリシアを向いて、ルーナが告げる。
「ありがとうございます、ルーナさん。ルーナさんに支えていただくことは、とても力強くて、とても嬉しいことです。
 私も、ルーナさんたちのために、少しでも今の平和な時間が続くよう祈っていますし、もし何かあった時には私の力で、皆さんをお守りしたいと思います」
 言って微笑むセリシア、そしてルーナ。今の瞬間は、二人だけの世界が出来上がっていた。
「おい、タルトなくなったぞ」
 淡々とタルトを食していたニーズヘッグの言う通り、皿に載せられたタルトの姿は跡形もなく消え去っていた。
(うーん、セリシアちゃんには難しいかな? ルーナの邪魔は出来ないしね〜。じゃ、ニーズヘッグちゃんに食べさせてあげよ〜っと♪)「ニーズヘッグちゃん、実はもう一つタルトを用意してるんだけど、食べる〜?」
 言ってセリアが、横に退けていた箱を引っ張ってきて、上部に手を差し入れる。するとそこから、別のタルトが出現した。箱に細工を施し、ルーナのタルトの上にセリアが作ったタルトを忍ばせていたのだ。
 もちろん、わざわざそんなことをするからには、セリアのタルトは普通じゃないのだが、ニーズヘッグはそんなことは知らない。
「おっ、いいのか? じゃあこいつもいただくぜ」
「……え? セリア、それってもしかして――」
 セリシアとの世界に浸っていたルーナが、事態に気づいた時には、既にセリアのタルトはニーズヘッグの口の中に収まっていた。もう一人の“犠牲者”であるセリシアは、ただ微笑みを浮かべるばかりであった。
「ふふ〜♪ どうかな、ニーズヘッグちゃん?」
「ん? なんかあんのか? ……ま、さっきのに比べちゃ、辛い気がするけどよぉ、オレ、そもそもタルトがどんなのかあんまよく分かってねぇからな」
「あ、そういう反応なの〜? ちぇー、ニーズヘッグちゃんのビックリする顔とか見たかったのになー」
 アッサリとした反応に、セリアがちょっと残念そうな表情を浮かべたところで――。
 
「セリア……もしかしてあのタルトを、ニーズヘッグさんに振る舞ったのですか?」
 
 ルーナの、沸騰寸前のお鍋のような雰囲気をまとった声に、セリアの背筋がビクッ、と震え、油の切れたブリキ人形のように首が後ろを向く。
「あ、あはは……ほらね、ニーズヘッグちゃんにセリシアちゃんの時と同じフルーツタルトあげるなら、セリアのももちろん! だよね〜――」
「……セリアー!」
 ボーン、と吹きこぼれたように、ルーナがセリアを前に説教を始める。
「あのようなタルトを振る舞っては、ニーズヘッグさんに失礼じゃないですか!」
「いや、別にオレはどうでも――」
 ニーズヘッグの言葉は、今のルーナには通じなかった。
「ふふ、しばらくの間は、セリアさんに我慢してもらうしかないですね」
 セリシアが見守る中、ルーナの説教はしばらくの間続いたのであった――。
 
 
「お疲れさま、でいいのかな。随分と色んな人と話してたみたいじゃない?」
「あー、オリガには聞こえてたよな。ま、物好きなヤツらばっかだぜ」
 結局、最初の呼び出しから随分経った後、ニーズヘッグは終夏と合流を果たす。
「うーん……今日も、あたたかいね、ニズちゃん」
 上空から取り込まれた陽光に目を細めて、終夏がふっ、と呟く。ここからは、僅かな範囲ながらも空が覗ける。
「で、どうすんだ? こっからじゃあんま空見えねぇし、飛ぶか?」
 電話の内容を覚えていたニーズヘッグの問いに、終夏がうーん、と呟いて答える。
「その時はそう考えてたけど……今は、ここでいいかなって思う。
 ほら、ここには色んな人がいる。そんな人達のわいわいとした会話が聞こえる。
 『ここにゃ色んなヤツらが集まってんだし、それがシャンバラってとこなんだろ』……ニズちゃんが言ったその言葉を、今はとってもよく感じられる」
「……よく覚えてやがるぜ。ま、オリガがここでいいっつうなら、オレもそれでいいぜ」
 ニーズヘッグが終夏の隣に腰を下ろして、籠に詰められた苺を口に放る。
「……ああ、ウメェな」
「そう、よかった。……お腹がよく空くって、やっぱり、ユグドラシルから離れちゃったから?」
 終夏が、生徒との話の中で気になっていた部分を口にする。ニーズヘッグのお腹がよく空くのは、ユグドラシルから離れたこと、自分たちと契約したことが原因なのか、という思いがあった。
「どうだろなぁ。確かに腹減ったな、って思うんだが、別に食わなくたって死にゃしねぇ。
 ……ま、多分、契約したことで、空腹感っつのか? そういうのを感じるようになったんだと思うぜ。あと、ウメェもんをウメェ、と思えるようになった気がする。
 腹が減って、ウメェもん食う。……生きてるヤツにはそれがすげえ幸せなことなんだろうけどよ、オレにゃこれがいまいち分かんなかったんだよな」
 
 お腹が空いた、と感じられること。そして、食べるものを美味しい、と思えること。
 何気ないようでいて、当たり前であるようで実の所は、当たり前でないこと。
 
「じゃあ、今は?」
 終夏の問いに、ニーズヘッグが答える。
「……ああ、いい気分だぜ」
 ごろり、と横になったニーズヘッグの顔からは、幸せ、という感情が漏れ出ているようであった――。