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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

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chapter.14 バビロン 


 一週間が経った。
 空京大学、メジャーの研究室。
 コン、コンと扉をノックしていたのは、夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)だった。
「あれ、いないんでしょうか?」
 何度かノックをしても、反応はない。隣にいた彩蓮のパートナー、デュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)が彼女に話しかける。
「いないようだな。日を改めた方が良いのではないか?」
「うーん、残念です……」
 彼女は手元に抱えた紙の束に目を落とすと、がっくりとうなだれた。それは、今までシボラの探検に同行していた彼女がまとめた、探索日誌と健康記録だった。彩蓮はそれをひとつのレポートにし、メジャーに提出しにきていたのだった。が、肝心のメジャーがいない。
「まあ、考えようによっては良かったかもしれんな」
「どうしてですか?」
 デュランダルは彩蓮の疑問に、悪戯めいた口調で答えた。
「彩蓮、シボラでかなりの量の芋を食べていたのだろう。しかも、帰ってからもマイブームになったのか知らんが、しばらく芋に夢中になっていた。そんな状態では、なんだ、その、クサくなってしまうだろう」
「くっ、くさくなんてないですよ!」
 慌てて否定する彩蓮。とは言え、メジャーが留守にしていることは彼の言葉通り、受け入れるしかなかった。大人しく引き下がろうとした彼女は、くるりと踵を返し。が、廊下を歩き出した足が数歩動いたところで、彼女の足は止まった。
「教授……!」
 その姿を見た彩蓮は、彼に会えた喜びより、驚きが先に来てしまった。彼の姿は、彩蓮がよく見知ったものとは異なっていたからだ。
「やあ、君は本当に熱心だね。また研究日誌かい?」
 そう言ったメジャーは、車椅子に乗っていた。目を白黒させながら、彩蓮が尋ねる。
「教授、そ、それは一体……?」
「ああ、これかい?」
 メジャーは自身の乗り物を指差して、笑いながら言った。
「まあ、立ち話もなんだから、中で話そうじゃないか。あ、と言っても僕は立ってないけどね、ははは」
 ギイ、と車輪を回し、扉に近づくとメジャーは彩蓮を部屋へ招き入れた。

「教授、何かお怪我を……?」
 医療を学ぶ者としてか、教授を慕う者としてか、あるいは両方か、彩蓮は部屋へ入るなり、彼に質問した。メジャーは一呼吸置いてから、静かに答える。
「シボラで、部族間の抗争があってね」
「……はい」
「僕は互いの部族が衝突しそうになった時、思わず反射的に身を乗り出して止めようとしてしまったんだけど、その時吹き飛ばされて、足から地面に落ちちゃってね」
 メジャーが言うには、治療には長い年月が必要らしい。その事実を聞かされた彩蓮は、思わず声を大きくして彼に告げた。
「私に……私に出来ることはないんですか!?」
「はは、ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ」
「そんな……でも……」
 心なしか、力なく笑ったように見えたメジャーを、彩蓮は悲しい瞳で見つめた。
「そうだ、怪我はどうしようもないけれど、君には出来ることがあるじゃないか」
「え?」
 聞き返す彩蓮に、メジャーはおどけて言った。
「ほら、今君が持っている探索日誌。それを、また僕に見せてくれないか」
「こ、これは……あのっ……」
 本来なら、彼に見せるために持ってきたのだ。拒む理由はない。しかし、メジャーの状態を知ってしまった今、そしてこの空気の中、この文章を見せるのには抵抗があった。それでも、メジャーは笑う。
「大丈夫、僕は、君の文章が見たいんだ。あの、キャッチーで、ポップな文章が」
「……」
 メジャーに催促されると、彩蓮は手を震わせ迷った挙げ句、それを見せる決心をした。すっと差し出されたレポートを、メジャーが受け取って紙をめくる。そこには細かく記された生徒たちの健康記録に、全3回に及ぶ探検の記録があった。そしてメジャーは、ページをめくった先に、彼女の日記を見つけた。

「〜グッバイ、シボラ〜

 メディカルメディカル☆
 シボラの調査は無事に終わったよ〜!
 最初は目に収まらないようなおっきなバ○キ○マン(文字がかすれていて解読不能)とか、
 頭が取れたア○パ○マン(文字がかすれていて解読不能)とかに襲われたら困っちゃう〜☆
 って思ってたけど、そんなことなかったよネ。

 みんな健康が一番二番!
 元気有り余って裸になってた人もいるくらいだヨ☆

 うーん、メディカル☆
 洞窟では、長年ずーっと部長さんらしいドラゴンさんもいたし、
 他にもおしゃれな部族さんとか特大ソフトクリームみたいな頭の女の子とか、不思議がいっぱいだったよ!
 すごいねシボラ☆
 美しいねシボラ☆☆
 綺麗だねシボラ☆☆☆
 あらら、思わず三ツ星あげちゃった! うっかりさん!

 キミの輝きは、僕のハートを鷲掴みさ!
 グッバイ、シボラ!
 また会おうね、シボラ!!」

「す、すいません……」
 なんだかいたたまれなくなってつい謝ってしまう彩蓮だったが、メジャーはにっこりと笑っていた。
「悔しいけど、僕には出せない若々しいエネルギーが満ちてるね! このポップさを、忘れないでほしいな」
「は、はい……!」
 良かった。見せて、笑ってくれて良かった。少しでもメジャーの気が晴れたのではと思い、彩蓮は嬉しくなった。
「ところで、教授の日記は今回は……」
 彩蓮がメジャーの日記を見せてほしそうな物言いをする。彼女は、いつもそれを楽しみにしていたのだ。しかし、今回に限っては、メジャーは彼女にそれを見せなかった。
「いやあ、もう君の文章は僕を越えてしまっていたからね。この後に僕のはとても見せられないよ」
 言って、おどけて見せるメジャー。彩蓮はがっくりと首を落としたものの、無理強いはできないと諦めて席を立った。
「教授、ありがとうございました」
 深々と礼をすると、彼女は「お怪我が一日も早く治ると良いですね」と付け加え、部屋を出ようとする。が、扉を開ける寸前、彼女はくるっと振り返ってメジャーにもう一言、言葉を告げた。
「調査報告の捕捉ですが、現段階ではシボラにはシャンバラでいうところの女王器に類する秘宝は見つかりませんでした。ただ……」
「ただ?」
「ふと思ったのですが、調査の中で、難解な関門や未開の地の方々と出会い、私たちはかけがえのない記憶や経験を得ました。その過程と結果こそが、もしかしたらシボラの中で一番の秘宝だったのかもしれません」
「ははは、そうかもしれないね」
 メジャーの笑いにそっと微笑み返すと、彩蓮はドアを開け、部屋を後にした。
「……なんですか、その目は」
 廊下に出た彩蓮は、隣で「ほら見たことか」という視線を向けているデュランダルに言う。
「私の言った通り、クサかったではないか。セリフが、な」
「わざわざ蒸し返さなくても良いじゃないですか、もう」
 彩蓮は少し早足になりながら、廊下を進んでいった。教授の日記、見たかったなあ、などと思いながら。

「……ふう」
 彼女たちが出て行った後の部屋で、メジャーは一息吐いた。机の上には、彩蓮が置いていったレポート。そして、医師からの診断書があった。
「シボラは、楽しかったなあ。でも、もう僕は行けないのかなあ……」
 車輪の音が、悲しそうに軋む。メジャーは、先週病院に行った帰り道のことを思い出していた。「あなたは、もう危険なことをすべきではない」と医師に言われた日のことを。その言葉を彼は、「もう危険なことはできない」、つまり「もう足は動かないよ」と宣告されたのだと受け取っていた。事実、彼の足に以前のような力は入らない。
 メジャーは机の引き出しを開けた。そこには彼の手帳がしまってあり、ページをめくると彼が書いた日記が出てきた。目を細め、彼は自分の文字を愛おしそうに見つめる。日記の内容は、いつも通り「ハロー、シボラ!」の出だしで始まる、シボラへの思いが綴られた文章だった。

「ハロー、シボラ!
 あの日のことを、僕は今でも憶えてるよ。
 喧嘩したり、怪我したりといっぱい大変なこともあったけど、最後は皆で歌を歌って、踊って、笑っていたね。
 本当に、楽しかったんだ。

 ねえ、シボラ。
 僕はきっと、もう君には会えないんだと思う。
 でも勘違いしないでおくれよ。僕は君を嫌いになったんじゃないんだ。
 会えるなら、何度だって君に会いたいくらいだよ。

 ああ、シボラ。
 僕はね、君といれば世の中の楽しいことだけを見ていられたんだ。
 それが出来なくなるのは、やっぱり淋しいな。
 生徒たちはまだこれからも君に会えるんだろうなと思うと、羨ましくもあるよ。
 でも、僕が本来いなければいけない場所はやっぱりここなんだろうね。
 ここはね、戦争とか政治とかの話でいっぱいだよ。

 シボラ、やっぱり僕は、戻りたいな。
 楽しいことだけを考えて、楽しいことだけをやっていたいんだ」

 メジャーはパタンと手帳を閉じると、同時に目も閉じた。瞼の裏で広がるのは、シボラでの楽しかった日々だった。なくさないように、なくさないようにとそれを瞳に留めようとするが、まるで思い出がこぼれるように、堪えきれなくなった彼の目から涙が流れた。
 ぼやけた視界の中、彼は机の上を片付けようと書類をどかす。その手に触れた彼の診断書が、ぶつかった拍子にひらりと床に落ちた。そこには赤い文字で、こう書かれていた。
「全治2週間。ご年齢のこともありますので、危険に身を投じる癖はやめるようにしてください」
 彼に必要だったのは医療技術でもシボラでもなく、物事をいちいち大げさに捉えない心なのだった。


担当マスターより

▼担当マスター

萩栄一

▼マスターコメント

萩栄一です。初めましての方もリピーターの方も、今回のシナリオに参加して頂きありがとうございました。

全3回のキャンペーンシナリオで全部コメディをやるということが初めてでしたが、
想像以上に楽しませて頂きました。
ひとえに皆さんの独創的なアクションのおかげだと思います。
聖水に関しては多くの方がなぜか偏った予想をしていましたが、
皆さんのたくましい想像力に僕のそれが追いつかず、皆さんが何のことを言っているのか不思議でした。

なお今回のリアクションの結果、早川呼雪さんと雷霆リナリエッタさんが、
ベベキンゾ族、パパリコーレ族から神とまではいきませんが、新たな価値観を広めた偉人として認定されました。
今後両部族が出てくるシナリオではちょっと尊敬の眼差しで見られます。

今回の称号は、MCLC合わせて6名のキャラに送らせて頂きました。
ちなみに称号の付与がなくても、アクションに対する意見などを個別コメントでお送りしているパターンもございます。

次回のシナリオガイド公開日はまだ未定です。
詳しく決まりましたらマスターページでお知らせします。
長文に付き合って頂きありがとうございました。また次回のシナリオでお会いできることを楽しみにしております。