百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

リアクション公開中!

ハロー、シボラ!(第3回/全3回)

リアクション


chapter.4 伝承 


 パパリコーレ族と接触する者の中には、おしゃれを目的としていない者もいた。その興味の先は、ずばりミイラである。ミイラといえば、彼らにとっての御神体。そう、一部の生徒たちは、御神体にまつわる話を彼らから聞き出そうとしていた。
「裸族の方には、関わらないんですか?」
「ん? そうだな。我々地球人を含め、シャンバラやカナンなどほとんどの地に住む者が大抵服を着ている。ならば、今後の付き合いを考えどちらから接触すべきかは、自ずと分かろうというものだ。よって、石様はどうでもよろしい」
 クロス・クロノス(くろす・くろのす)の質問に夜薙 綾香(やなぎ・あやか)が答える。ふたりは、パパリコーレの御神体であるミイラの詳細を聞き出すため、パパリコーレ族の中でも相応の知識を持っていそうな人物を探していた。
「それに……美少女ミイラの方がそそるし、な」
「そそるって?」
 くぐもった声で、そう問いかける声。それは、綾香のパートナー、ヴェルセ・ディアスポラ(う゛ぇるせ・でぃあすぽら)のものであった。魔鎧である彼女は現在、ロングコートに近い状態で綾香に着られている。声がくぐもっていたのは、上からローブを重ね着しているためだろう。
「無論、興味が、だ」
 暑さ防止のためか、氷術でローブの中を冷やしながら綾香が答えた。
「ふーん……魔鎧の身としちゃあ、裸族はちょっとヤだなって思ってたから丁度いいけどねー」
 綾香の肌と自身の体を擦り合わせながら、ヴェルセはそう言って口を閉ざした。
「やっぱり、あのミイラについて興味を持っていたの、私だけではなかったんですね」
「まあ、ミイラもさることながら、儀式の内容も詳しく知らないまま勝手なことをするのは如何なものか、というのもあるしな」
「確かに……」
 聖水を御神体にかければ、浄化作用で効力が戻る。それはメジャーから聞いていたが、その詳細を知ることも大事だと、彼女は思っていた。
 そんな会話をしながらパパリコーレの集落を歩き回っているうちに、クロスと綾香は目的の人物と出会った。それは、この集落でざっと見たところ一番年齢を重ねていそうな、ひとりの老婆だ。ちなみに老婆ももちろん、奇抜な外見で着飾っている。特にヘアスタイルが特徴的で、しっとりとした黒髪をタマネギのようなシルエットにして膨らませている。
「あの、すみません」
 その老婆に、まずクロスが話しかける。その手には、おそらく贈呈用と思われる日本酒の瓶が抱えられていた。
「私、各地に伝わる御神体について調べているんですが、こちらに伝わる御神体について、なんでもいいので教えていただけませんか?」
「御神体?」
 老婆が聞き返すと、クロスはこくり、と頷く。彼女が対象を老人に絞ったのは、お年寄りならばある程度伝承にも詳しいだろうという推理が働いたからであった。
「ああ御神体ね、はいはい。あなたはそれで何をお知りになりたいの?」
 若干早口めな口調で、老婆がクロスに聞き返す。どうやら、クロスは無事パパリコーレから受け入れられたらしい。ストースやショール、シュシュなどの小物をふんだんに取り入れたお洒落が功を奏したのだろう。その雰囲気を察したクロスは、最初の質問を投げかけた。
「聞いた話によると、御神体は少女のミイラだそうですが、なぜ少女のミイラが御神体に? いえ……そもそも、なぜ少女はミイラに?」
「あらあなた随分とお詳しいのね。そう、あのー、私たちの御神体はガガール様なんですけど、あ、ガガール様っていうのはあなたが仰っているミイラのことなんですけど、それで」
「ガガール様……」
「そう、そのガガール様がなぜミイラかっていうお話だったのよね」
 クロスが名前を反芻すると、老婆は息を継ぐ間もなく続きを話しだした。
「まず、私たちパパリコーレ族の風習として、村一番のおしゃれがお亡くなりになった時にその方を祀って御神体とするっていうものがあったんですね。で、ガガール様はもうだいぶ長いこと前に何代目かの御神体になられたんですけど、あまりにおしゃれすぎたもので、それを上回るおしゃれが未だ現れてない今も御神体のまま祀られているっていうことなんですね」
「そう、だったんですか。それで……」
 ミイラの少女が死んでミイラになった理由……つまり、生前の死因は分からない。が、これだけ尊敬されている様を目の当たりにして、そこを深く掘るのもクロスには躊躇われた。
「では次は私が質問させてもらおう。あのミイラの出自は聞く限り生粋のパパリコーレの高貴な身分の者だったとして……どういった扱いを受けていたのだ?」
 クロスと老婆の会話に、綾香も入り込む。その問いかけに同調するように、クロスも口を再度開いた。
「私も、気になります。ミイラの少女は生前、どんな子かご存知ですか?」
「ガガール様はね、それはもう大層立派な方でいらっしゃったとお聞きしてます。まだお若いお年だったんですけどね。それでも自分が見られているという意識をいつも持ち、奇抜なファッションでいつも周りの方たちを驚かせてくれてたって私のおばあちゃんが言ってましたよ。ですからあの、とてもこう人気も高い方でいらっしゃったそうで」
 まるで自分のことのように、嬉しそうに話す老婆。クロスと綾香はその様子から、ミイラとなったかつてのおしゃれ少女がとても愛されている存在なのだと知った。
「なるほど、そこまで慕われているからこそ御神体にまでなったということだな。では最後にもうひとつ、聞きたいことがある」
 そう言って綾香が切り出したのは、例の儀式に関することだった。同じく儀式について知ろうとしていたクロスも、口を開いた。
「その御神体についてですが、それに関する儀式のようなものはありますか? たとえば、御神体の威厳を強めたり……というような」
「そこは私も気になっていた。もしそのような儀式があるのであれば、一体それはどのようなことをするのだ?」
 老婆はふたりの言葉を聞き、「あら、お詳しいのね随分」と驚いてから、隠す様子も特になく早口で答えだした。
「こことベベキンゾ集落の間に洞穴があるんですけどね、そこに聖なる水があるという話がありまして。それを御神体に浴びせると、本来の輝きが充填されるという儀式があるんですよね。ただそうは言ってもあの場所には怖いドラゴンがいるので、私たち原住民もあまり近づけないんですけどね」
 怖いドラゴン。メジャーの古文書に似たようなものが描かれていたのを思い出し、ふたりはその話の信憑性が高いことを確信した。老婆はふたりの反応も待たず、続きを話す。
「そもそも、私たちふたつの部族は元々気が合わなかったんですよ。『生まれたままの自然体でいるべきだ』とあちらは主張してますし、こちらは『可能な限り着飾るべきだ』と主張してますからね。今までも小さないざこざはあったんですけども、今回くらい大きな争いになったのは初めてだと思いますよ、ええ」
 老婆が言うには、互いの御神体が威厳を持っていたため、いがみ合いつつも侵さざる領域は越えなかったらしい。が、ミイラ持ち出しの一件が引き金となり、それまで溜まっていたものが爆発したのではないかとのことだった。加えて、年数の経過により御神体の威厳が弱まりつつあったことも大きな要因のひとつだと言う。
「それで、聖水さえあれば御神体に威厳が戻るということか……」
 綾香が納得し頷くと、老婆はさらに聞いてもいないことをベラベラと話そうとしていた。どうやらこの老婆、相当なお喋りらしい。
「私こう見えてもお笑いが好きでしてね、よくそういう番組なんかも見させていただいてるんですけども、そういえばあなたたちはどちらがボケでどちらがツッコミでいらっしゃる……」
「……え?」
 どうやらこの老婆、目の前にふたり組がいると問答無用でこの質問をしてくるらしかった。慌てて否定したクロスと綾香は、このままここにい続けることがある意味危険な気がして、お礼だけを言ってその場を去ることにした。
「あ、ええと、貴重なお話ありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、こちらを……」
「私からも礼をさせてもらおう。といっても、これくらいしかないが」
 言って、クロスと綾香はそれぞれかんざしとシャンバラ製の衣服を老婆に手渡す。珍しそうにそれを見つめ、喜ぶ老婆を見てほっと一息吐いたふたりは、そのまま老婆に別れを告げ、去っていった。
「あとは、この儀式のことを皆に伝えなければな」
 綾香がぽつりと呟いた。
「ではまず、メジャー教授に……」
 言いかけたクロスの言葉にしかし、綾香は素直に頷けなかった。
「う、うむ……」
 あの人に伝えても、どうにもならなそうだな、と思っていたのだが、口には出さなかった。ある意味それが、彼女の優しさだったに違いない。



「くしゅん!」
「風邪かな? 夏風邪は引きずると、面倒なことになるよ」
 クロスと綾香が老婆に話を聞いていた頃、当のメジャーは両部族の集落の中間地点に向かっていた。くしゃみをしたメジャーに話しかけたのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)だった。
「大丈夫、馬鹿と危険好きは風邪をひかないって言うからね!」
 それはどっちの? 問いたい衝動を、天音は抑え込んだ。その天音に、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が話しかける。
「天音、聖水を取りに行くのだろう? 油を売っていて良いのか?」
「そうだったね。僕としては服を脱いでベベキンゾの方に行くのもいいんだけど……」
「それは止めろ。本当に止めろ」
 ブルーズが全力で首を横に振ると、天音はそのリアクションを待っていたかのように薄く笑い、「じゃあ、そろそろ洞穴に向かおうか」とブルーズの前に立った。
「そうそう、その前に」
 ぴた、と天音が足を止める。その爪先は、メジャーに向いた。
「古文書のあのページを、見せてもらってもいいかな?」
「もちろんさ! いくらでも見ると良い」
 言って、メジャーが古文書を天音に渡す。彼は聖水らしきものと凶悪そうなドラゴンが描かれているページをしばらく見つめると、その前後のページもパラパラとめくった。お世辞にも綺麗とは言い難い絵や文字が並んではいたが、さしあたってドラゴンの攻略に役立ちそうな情報が載っていないことを確認すると、天音はメジャーにそっとそれを返した。
「ありがとう。じゃあ今度こそ、洞穴に行ってくるよ」
 ブルーズ、そして数名の生徒と共に天音が歩き出す。その道中、思っていたのは洞穴に住むというドラゴンのことだった。
「でも、ドラゴンは元々ブッチョウ面のような気がするんだけどね。ニコニコして愛想の良いドラゴンなんて……」
 ひとり呟いた天音は、隣にいるブルーズにちらりと視線を向ける。
「ん? どうした?」
 それを訝しんだブルーズが尋ねると天音は黙って首を横に振った。同時に、彼は今まで自分が出会った来たドラゴンたちを思い浮かべる。ふと彼の脳裏をよぎったのは、友人と契約しているドラゴニュート、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)だった。
「……いないこともないか」
 少しだけ、柔らかい笑みを漏らして天音が言う。それは周りの者、そしてブルーズにすらも聞こえることはなかったが。

 洞穴に向かうグループの中で、思慮を巡らせている者はもうひとりいた。
「さっきちらっと見てきたパパリコーレ族の人たち、すごかったなぁ……」
 そう呟いて、うっとりした瞳を浮かべていたのは立川 るる(たちかわ・るる)だった。るるはここに来る途中、パパリコーレ集落をのぞいてからというもの、「あれがオシャレ、本当のファッション、自己表現なのね」としきりに感動している様子だった。その気持ちの高ぶりがるるに影響を与えるまでに、時間はそうかからなかった。
 るるも自分らしさをアピールしなきゃ!
 彼女は、すっかりパパリコーレ族に感化されていた。そんな彼女の思想を危惧したのは、パートナーの立川 ミケ(たちかわ・みけ)だ。
「なーなー! なななー!」
「え、ミケも応援してくれるの?」
「なー! ななー!」
 外見が思いっきり黒猫であるミケは、基本的に猫同様「なーなー」としか鳴かない。ちなみにさっきミケが言ったことを人間語に翻訳すると、
「るるちゃん! あなたもそっち側の人間だったのね! チワワやダックスにヘンテコな服着せてキャーキャー言ってるような、ちょっと頭がアレな子の仲間だったなんて……!」
 ということらしい。明らかに言葉のボリュームに差があるが、猫語とはそういうものなのだ。たぶん。
 しかしミケの言葉を曲解してしまったるるは、すっかり「どうやったらファッションで自分を表現できるかなー」とキラキラした目で着飾ることを考えている。
 このままではるるちゃんが間違った道に進んでしまう!
 そう思ったミケは、大胆な行動に出た。ミケは首につけていたリボンをしゅるっと外すと、何もまとっていない、生まれたままの姿となった。まあ、元々外見が猫まんまなので最初から裸だっただろ疑惑もあるが。
「なー!」
 リボンをぽいっ、と地面に捨て、るるの前に立ちはだかるミケ。ミケ曰く「あたしはベベキンゾ族に加担する! ファッション? どうせカワイイって言ってる自分たちがカワイイって思ってるんでしょ!? あたしたちはそういうファッションの道具なんかじゃないのよ!!」
 ということらしい。明らかに言葉のボリュームに差があるが、まあそういうことである。が、突然リボンを放られたるるはその意図も分からず、ただ驚くばかりだ。
「ちょ、ちょっとミケ、どうしたの……って、オリオンさんも!?」
 ざっ、とふたりの間に入るように進み出たもうひとりのパートナー、オリオン・トライスター(おりおん・とらいすたー)の姿を見て、るるはさらに驚きを広げた。オリオンが、全裸だったからだ。
「何なのその格好! きゃーーーっ!!」
 耳まで赤くして顔を背けるるるに、オリオンは当然とばかりのテンションで言葉を返す。
「何なのその格好、って別に普通だろ。オリンピックだって全裸でやるだろ」
「やらないよ! やらないしここオリンピックの開催国とかじゃないもん!」
 自分のパートナーが全裸であることにショックを受けたるるだが、オリオンは平然と自分の正しさを主張した。
「おまえ全裸馬鹿にしてるだろ。ひいてはオリンピック馬鹿にしてるだろ」
「な、なんでそうなるの!?」
 古代ギリシア人であるらしいオリオンからしたら常識の範囲であることも、現代っ子のるるには受け入れ難い事実であった。
「そもそも普段から鍛えてないのが悪ィんだろ。そりゃ腹の肉がたぷたぷしてちゃあ、恥ずかしくてそういうケスケミトルに走るよなぁ」
 調子に乗ってどんどん暴言を吐くオリオンに対し、るるはさらに顔を赤く染めた。恥ずかしさよりも、怒りで。
「大体おまえは何かというとすぐ魔法や超能力に頼るし、日頃の鍛錬が……」
「もういいもん! オリオンさんの馬鹿!!」
 ついに怒りが爆発したるるがオリオンを殴り、彼は強制的に沈黙させられた。が、依然オリオンも、ミケも全裸であることに変わりはない。るるはこの信じ難い光景を前に、必死で頭を働かせた。
「全裸なんて、るるのパートナーが全裸なんて……」
 どうにかその事実から逃げようとしたるるは、強引ではあるが視点を変えてみることにした。その結果辿り着いた結論が、「これは全裸じゃなくてクールビズ」というものだった。
「そう、これはファッション! ファッションだから恥ずかしくないもん!」
 そしてるるは、最終的にファッションによる自己表現とクールビズの表現を融合させるという離れ業に辿り着いた。自分の髪色が青であることを考慮し、るるが思い至った自己流愛されファッションは、「水の羽衣」である。
「な、なー……」
 突然黙り始めたるるを心配し、声をかけるミケ。しかし彼女はその声も届いてないような素振りで、完成までの道のりを思索していた。
「確かジョーンズ先生が、洞窟に行けば限りなく透明に近いブルーな水があるって言ってた……それをサイコキネシスを使って浮かせるようにして身にまとって、形成すれば……!」
 念のため補足しておくと、聖水の色がブルーだとは判明していない。さらに言うと、通常サイコキネシスで操るのは固体であり、液体が思うように操作できるかは疑問である。ただ、せっかく彼女が乗り気なので、このまま見守ってあげることにしよう。それを優しさと名付けよう。
「そうすれば、るるの持つ透明感と水本来の清涼感が組み合わさって、昨今の猛暑にアグレッシブに対抗できるわ!」
 なんか色々かわいそうな事態になってしまっているが、僕たちはただ一生懸命、彼女を見守りたい。
「そうと決まれば、すぐ着替えられるようにしないとね!」
 言って、るるは洞穴へと歩を進めながら突然服を脱ぎだした。当然、同行している生徒たちも周囲にいるため、周りの視線は一気にるるへと注がれた。年頃の女の子がこんな大胆な行動に出たら、やむを得ないだろう。「るるちゃん、ようやく分かってくれたのね」と言わんばかりにミケは鳴いていたが、彼女は別にミケの気持ちを分かったわけではない。ましてや、世の中の男性の気持ちも。女の子の脱衣を目にした男性がどれほど勇気と希望、活力を与えられるか。女の子が見せなかった肌を見せるということは、世の中に希望を見せるということと同義なのだ。
 るるがどこまで肌を露出したのかはここでは明記しないが、ともかく彼女のその行動は、称賛されるべき行いであることは間違いない。

 ちなみに。
 完全に余談だが、るるはもうひとり、パートナーを連れてきていた。前回の探訪時、珍獣と間違えて空にふっ飛ばした五芒星侯爵 デカラビア(ごぼうせいこうしゃく・でからびあ)だ。そのデカラビアは、いつの間にか全裸状態となり、
「俺は全裸の星として、ベベキンゾ族、ひいてはパパリコーレ族や他のヤツらをも照らしてやる!」
 と張り切って跳ね回っていたが、誰にも気付かれることはなかった。星型をしているため日中だと視認できないのか、それとも周囲が視認したくなかったのかは不明である。