リアクション
卍卍卍 「第四龍騎士団はマホロバからの撤退をはじめたそうですわね。率いていた蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)は行方知れずとか」 エリュシオン帝都では、ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)がそうアスゴルドの耳内していた。 「桜の花びらに巻かれて消えたそうですが、姿を見たというものもいます。その後、のたれ死んだのだという噂もあります。いずれにせよ、正識はもういません。マホロバを仕損したのです。失敗と言っていいでしょう。けれど、これで諦めるのも滑稽です。策がなくなったわけでもありません。マホロバ人達は永い時間をかけて、ゆっくりと意識改革をすればいいのですわ」 ファトラは、水面下でマホロバを乗っ取る策を進めるべきだといった。 「マホロバの将軍――鬼の血を引く穂高(ほだか)がいれば、それも可能かと存じます」 白鋭 切人(はくえい・きりひと)は、シャンバラが戦争や紛争等で不安定でいる間に、マホロバが奇跡的な復興を遂げてしまったら、脅威であると考えていた。 「蒼の審問官が、文化的にマホロバを支配しようと考えていた。それは、方向性として間違っているとは思わない」 切人は懸念を顕にする。 「マホロバが長年蓄えていたという莫大な黄金をもとに、一大海洋国家に名乗りを挙げる日も遠くないのかもしれない。武力で押さえるよりも中から……中枢から民を牛耳ることが出来れば、内部から乗っ取ることができるかもしれないな……」 卍卍卍 マホロバ城。 大奥の一室では、のろのろと支度する葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)を、葦原明倫館総奉行ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)は寂しそうに見つめている。 「大奥に初めて来たときには、どうなることかと思ったでありんす。なんだか、遠い異国に来たような、遠い日々だったような……」 そしてハイナは、感慨深げにすっかり見慣れた緑水の間を眺めた。 「いろんなことがあったでやすね」 「ええ。辛いことも喜びもありました。だけど私は、自分の始祖を知ることができて良かったと思います。これからはもっと誇りをもって生きて行けるでしょう。ハイナ、貴女のように」 アメリカ人のハイナは照れたように笑う。 房姫はふと堤のなかの小さな産着に手を止めた。 将軍家の子供たちのために、房姫が手縫いしたものだ。 「房姫、もし……貞継将軍との間に子ができていたら……」 「ハイナ、『もし』はもうないのです」 房姫は凛としていった。 「離縁されて……悔しくはないのでありんすか?」 「悔しい? いいえ、私はこれからマホロバと葦原藩のために生きてゆくのですから、何を悔しことがありますか。それに……」 房姫は見慣れた大奥の庭に下り立ち、草花を手に取る。 「神子としてでもなく、大奥で将軍の妻としてでもなく、私自身が私として幸せに生きるようにと願われたのです。貞継様とはこの世で結ばれませんでしたが、来世はわかりません。この世で結ばれるお人は、まだ現れていないだけかもしれません。桜の花びらだけが知っているのかもしれませんね」 房姫たち一行はマホロバ城を後にして、葦原島へと向かう。 その道中で、葦原総奉行ハイナに聞き捨てならない噂があると近寄った人物がいた。 「葦原明倫館の生徒でね……鬼城の血筋の子を帝国に売り渡した女がいるそうじゃないか。その者の処分はどうするんだ」 含み笑いするベッテ・ブルックス(べって・ぶるっくす)に、ハイナは「根拠と証拠は? それが本当だとしても将軍家の中の話であり、葦原が関与する余地はないが?」と尋ねた。 「噂に過ぎない」と答えるベッテをハイナは一蹴した。 「これから忙しくなるでありんすよ。明倫館生なら他人がどうのと言わず、自己の鍛錬はどうしたでありんすか? 葦原藩はこれからも忠義を重んじ、義に生きる。それが武士道でありんす」 |
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