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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 最終回 ―Paradise Lost―
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第四楽章「再会」


 古代都市、中枢部。
「主よ、この先からただならぬ者の存在を感じるぞ……」
フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)が通路の奥を見据え、秋月 葵(あきづき・あおい)に告げた。
「他にルートはないかな?」
「残念だが、一本道のようだ」
 最深部を目指すに当たって、出来る限り戦闘は避けてきた。
 罪の調律者からの説明では、繁栄していた頃のこの都市には、高度に発展した科学技術があったのだという。
 外の無人機も、そういったテクノロジーの産物らしい。おそらく、この建物のどこかにそれを統制する制御システムがあるはず。そのように彼女が推測していた。
 つまり、それを確かめるまでは、出来る限り余計な戦闘はしたくなかったのである。
 そして、避けられない敵の姿が現れた。

* * *


「契約者の皆様、お待ちしておりました」
 最深部を目指す真口 悠希(まぐち・ゆき)達の前に、ローゼンクロイツが立ちはだかった。
「お久しぶりです……。あれからボクも『喪失』を味わいました。奇しくも……今のボクは貴方と同じ、大切なたった一人の人を失った敗北者であり……」
 まっすぐにローゼンクロイツの漆黒の瞳を見つめる。
「そして……まさに世界や全てを敵に回したとしても、そんな現状を否定し変えたいと願う人間です。でも……貴方と似ていながらボクは今の貴方の道は間違っていると感じます」
 ローゼンクロイツの表情から、感情の起伏を窺い知ることは出来ない。
「貴方は『罰』を与えられ、赦しを得るために戦い永劫の苦しみから解かれることを信じていると言った……。それが『総帥』――ノヴァの世界の滅亡を実現する事……ですね?
 違う……間違っています。全く逆です!」
 思わず悠希は叫んだ。
「貴方は……護りたかったけど護れなかった人がいたのですよね。その人も……そんな貴方を護りたかったはずです!」
 人形の姿をした罪の調律者の方に目線をやった。彼女もまた、静かに悠希の言葉を聞いている。
「だから……本当にその人の事を想うなら、世界を滅ぼすことで貴方の『罰』は赦されはしない! 貴方は……生きなければならないんだ! この世界と共に!」
「生きなければならない、ですか」
 ローゼンクロイツが表情を変えずに答えた。
「私はあまりに長く生き過ぎました。ただ一つの目的を成し遂げるために、ここまでやってきました。
 世界を滅ぼすのではありません。全てを『創り変える』のですよ。私も総帥も、世界の滅亡など望んでおりません。ただ、私達と共にある者が、世界の変化を認識出来るだけのことですよ。改変された先の世界でも、貴方達はその世界の住人として存在していることでしょう」
「でも、『今ここにいる』ボクがそれを覚えていなければ、死ぬのと変わりません! たとえ、貴方の言うことが本当だとしても、『ボクがボクとして存在する世界』はここだけなんです!」
 一つの世界を単位とすれば、ローゼンクロイツの言う通りなのかもしれない。だが、彼の示す「新世界」の自分と、ここにいる自分は同じでありながら、違う存在だ。
「たとえどれだけこの世界が歪んでいて過ちを繰り返していたとしても、より良い世界、それがどんなに荒唐無稽な夢に見えたとしても、叶えようと頑張る人がいる限り可能性は0ではありません」
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)がローゼンクロイツに訴えた。
「馬鹿な夢だと諦めた時、それは幻になります。私は0.1%でも構わないから可能性を上げ続けたい。全てを無に帰し再生することは、その可能性さえリセットして再び似たことを繰り返すだけです。より良い未来を願うならどうかこの世界の『未来』へ進んで欲しい。手を取り合える道はきっとあります」
 こんな世界であっても希望を捨てずにいるのが、自分達だ。
「仮に創り変えられたとしえ、それが君の思い描く世界ではなかったら、『また』繰り返すのかい?」
 割って入ったのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)の声だった。
「……どうやら、お気付きのようですね。ですがそれは、私の意志ではありません。いわばそれこそが、自らに与えられた『本当の罰』ですよ」
「ならば、君はこれまで何が起こるか知っていたわけだ。ここに来る前、ちょっと量子力学について聞いてきたけど、君はコペンハーゲン解釈における『観測者』で、この世界は君の観測によって導かれた結果なのかな? それとも、君自身もさらに上位の何かに観測される存在なのかい?」
「後者に極めて近い、といえるでしょう。私自身が世界に干渉する力はほとんどありません」
 そこには、わずかに自嘲の色が見えた。
「最初は君をメフィストフェレスのようなものかと思ったけどね」
「いえ、私はむしろファウストの方ですよ」
 さらに天音が質問した。
「アントウォールト・ノーツは知り合い?」
「ええ、よく知っておりますよ。彼も、ジェネシス・ワーズワースも」
 後者の名前が出たとき、何人かが反応を示した。樹月 刀真(きづき・とうま)もその一人だ。
「『灰色の花嫁』……」
 そんな呟きが漏れてきた。
「どうやらご存知のようですね。彼女こそ、『観測者』となる可能性を秘めた存在です」
「しかし、彼女は消えてしまった」
「消えたとしても、死ぬことはないでしょう。彼女が自身の存在を認識、定義出来る限りは。しかし、世界に溶け込んだ彼女を見つけることは叶わないでしょう。彼女自身が自らの意志で存在を示さない限り」
 それを聞いた後、刀真が考える素振りを見せた。
 再びローゼンクロイツと顔を合わせ、声を発する。
「ローゼンクロイツ、もし今回お前が繰り返す事無く未来へ進む事になったら、S.E.R.A.のロックを解除して罪の調律者と共にナイチンゲールの所に戻れ。ナイチンゲールに会った時に独りだと感じた、俺は嫌いなんだよ独りでいる奴が……それに対して何もしない自分が。そんな俺の身勝手な想いから差し出した手を取ってくれた、ナイチンゲールが一番喜ぶと思ったのが、心を取り戻した彼女に一番楽しいと思っていた時を再現することだと……それにはマスターであるお前が必要なんだよ。
 ……それだけは俺達じゃあどうしようもできないんだ。今までの活動はセラと――ナイチンゲールとの約束のためじゃないのか?」
 刀真に続き、エメが口を開く。
「ナイチンゲールを解放して下さい。そして、今からでも遅くはありません。約束を果たしましょう」
「やっぱり、自分だけずっとどこかに閉じ込められるのは、それが必要だと分かっていても辛いと思う。今はそう感じてなくても、自由にしてあげられるなら、そうして欲しいよ」
 エメと共に来ているモーリオン・ナインもまた、訴えた。
「そう、全ての始まりはセラの願いでした。ですが、私がそんなことをしなくとも、『彼女』は間もなく思い出すでしょう」
 どういうことだ、と訝しむ声が悠希の耳に入ってきた。
「すでに彼女の心は、目覚めているのですよ」
 間もなく、「時が満ちる」と。
「『道を違えなければ、いずれあるべき場所に辿り着くことでしょう』。以前、そう言ってましたね。そのあるべき場所というのが、ここですか?」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)がローゼンクロイツに問う。
「はい。ここが、『全ての終わりにして始まりの場所』です」
「『終わり』をもたらす可能性……それは本当に、この世界の終わりのことですか? それとも、『ローゼンクロイツさんにとっての』終わりですか?」
「それは、これから分かることです」
 あるいは、「両方」か。この世界が終わり、新たな世界になることで彼の目的も達成される。それが彼にとっての終焉であるのかもしれない。
「あえて私達に示唆し、行動を促したのはなぜですか?」
「ここに至るという結果は確定していました。ただ、その過程において私がその役割を演じておいた方が、より目的に近づけると考えたからです。特に、この世界は『特異点』である可能性が高いですから」
 その繰り返しから抜け出せる可能性を、この世界は秘めているのだという。
「『世界に価値がある』かどうか、本当のところ私には分からないです。あなたから見れば、この世界もあなたが今まで見てきた世界と同じ、変えるべき世界なのかもしれません。そうすることで、多くの人が救われるのかもしれません。
 それでも、たとえば世界が箱庭でも、誰かの見ている夢だとしても、日々を積み重ね生きている人が居ます。ひとりひとりの手のひらは小さくても、支えあい生きています。決定された運命の中にあっても、確実に私達は、『今ここにいる』んです。私達の生きてきた今日までをなかったことにしないでください」
 それがどんなものであったとしても。
 彼女の発言を受け、リン・リーファ(りん・りーふぁ)が告げた。
「起こったことは覆せない。でも、それがあるから今があるんだよね。やり直しが効いたら、今ここにいる自分は自分ではなくなっちゃう。世界は美しく正しいものだけではないけれど、誰かの積み重ねたものが誰かを生かし、またその誰かが次の誰かへと繋がってゆく、続いてゆく」
 それは出口のない輪ではなく、螺旋。
「……皆様が本気だということは分かりました。むしろ、安心した、と言った方がいいでしょうか」
 ローゼンクロイツが微笑を浮かべた、ように見えた。
 次の瞬間、彼の白手袋の魔方陣が光を放つ。
『召喚』
 スーツに身を包んだ女性が現れるのを、悠希は見た。
 忘れもしない。天沼矛の上で戦った、ローゼンクロイツのパートナーの女剣士だ。
「この先に中枢制御システム『E.D.E.N.』があります。外の無人機はそれを破壊すれば止まるでしょう。『この世界』の未来を望むなら、私達を超えてみせて下さい。ですが」
 一瞬だった。
 女性がコートの中に手を伸ばし、無数の針のようなものを投擲してきた。
「今度は、私達も本気で相手をしましょう」