百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

地球とパラミタの境界で(後編)

リアクション公開中!

地球とパラミタの境界で(後編)

リアクション

「ルージュさん、目撃情報から確かめたいことって……」
 榊 朝斗(さかき・あさと)の声に、ルージュは静かに告げた。
「東洋系、俺達と同じくらいの年頃で、しかもチャイナドレスだ。お前も、心当たりはあるはずだ。教えてくれたのはお前だったからな」
 ずっと知らなかった親友の生い立ち。それが分かった今、ルージュもまた一つの可能性に至っていた。
「リンリン……」
 脳裏にある親友の名が、彼女の口からこぼれた。


・ミーティング


「海京警察と区役所の許可を得て、海京のネットワークを全て使えるようにした。この本部からは、映像監視システムを通じて、リアルタイムに街の様子を探ることが可能だ」
 いつもの風紀委員の黒制服に身を包んだルージュが機材の説明を始めた。風紀委員には、専用の情報端末が与えられる。外観は一般生徒に支給されているものと同じだが、OSが異なるものだ。
「さて、密航者……とされているのは、渡航許可証が確認出来ていないからだ。街の性質上、渡航手続きが必要だからな。だが、警官を襲ったことを考えれば、調べられれば不味いことがあったと考えるべきだろう」
 ただし、と付け加える。
「正当防衛の可能性もゼロではない。もっとも、当事者である警官以外に目撃者がいないわけだから、向こうは公務執行妨害なり暴行なりでしょっ引けるんだがな。俺達の目的は、海京警察より先に身柄を確保することだ。その辺りの事情を先に確かめておく必要がある」
 それは、警察から密航者を庇うための弁のようにも思えた。
「基本的な説明は以上だ。他、捜査に関して意見のある者は?」
「はい!」
 手を挙げたのは、マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)だ。
「ええと、まずはこれを読んでみて下さい」
 メモをルージュに手渡した。マイアが風紀委員に合格したと聞いた斎賀 昌毅(さいが・まさき)が、熱く語っていたことが記されている。
「なるほど、こんなものがあったとはな」
 ウォーストライダーのことだ。未だに技術の由来が不明だが、通常のイコンよりも大分小さく、単座となっている。が、空を飛べないことを除けば性能は高い。特に機動性に関しては地上で普通自動車以上の速度が出せるほどだ。しかも、エネルギーを大きく消費すればさらに高速で動くことが出来る。標準装備のサンダービームは出力を落とせば人に対して使っても麻痺させる程度で済む。もちろん、通常の出力ではイコンの装甲相手でも十分通用するものとなっている。
 欠点は、パイロットが外気に晒されていることだが、逆に考えれば普通はイコンに乗っていれば使えない魔法や超能力を自由に使えるというメリットがある。ただ、乗りこなすには相応の技量が必要だ。
 風紀委員の就任祝いだと言って昌毅が用意してくれたものだが、その出所は定かではない。なお、ビームの出力は風紀委員の活動を想定して、限界まで落としてある。
「要するに、これを取り入れてみてはどうか、ということか」
「そういうことになりますね。でも、ボクも試してみる価値はあると思います。その気になれば一日で回れるとはいっても、海京は歩くには広いですし、ボクの本業はこっちですから。最終的な判断はルージュに一任しますけど、今回の捜査でちょっと試させてもらえませんか?」
 相手の正体が分からない以上、用心に越したことはない。今の風紀委員は、エキスパートを含めたかつての強化人間部隊や超能力部隊のような組織ではない。ならば、それぞれのやり方を活かすというのもアリなのではないだろうか。
「相手に警戒される可能性は高いが……まあ、やってみるといい」
「ありがとうございます。風紀委員としての初仕事、気合入れてくので見てて下さいね、ルージュ」
 そう言い残して、マイアは機体を取りに向かった。

「では、それぞれ捜査を開始してくれ」
 ルージュはすぐに動けるよう、天沼矛の前で待機することにした。
「街の中に密偵を放った。エヴァっちも、何か分かったら連絡を頼む」
 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は密偵とエヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)に密航者探しを任せ、彼女と共に残った。すぐに現場へ向かえる者がいた方がいい、という判断の元にである。
「……やはり、気になりますか」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)がルージュに尋ねた。
「本音を言えば、すぐにでも探しに向かいたいところだ。まあ、私情を挟んじゃ示しがつかないよな」
 密航者に対し何らかの心当たりがあるようだが、それについては一切触れていない。おそらく、混乱させないためだろう。今の彼女が何を口にしたとしても、憶測でしかない。
「ルージュ、どうか朝斗と協力してあげて下さい。あの子も色々と背負ってしまってますから」
「重荷になっていなければいいが……アイツは知り過ぎている」
 ルージュが静かに頷くと、アイビスの姿が消えた。迷彩防護服だろう。彼女もまた、身柄の確保とルージュの護衛のための待機要員だ。
 二人の会話は耳に入ったが、おそらく簡単に教えてくれる類のものではないだろう。
「ルル、この前言ってた君の親友のこと、もっと詳しく聞かせてくれないか?」
 煉の推測に過ぎないが、その人物が関わっているような気がした。