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リアクション
【4】天宝陵『万勇拳』ここに有り!……5
「お、おのれ、身体が……、クソ! カスの分際で、小賢しい技を使いおって……!!」
見た目のダメージ以上に、内部に重大なダメージを与える……、それが万勇拳最大奥義『壊人拳』。
数カ所、経絡を破壊されてしまったため、思うように気を練る事が出来ない。
しかし、それでもジャブラは立ち上がった。
「気を落ち着かせれば、この程度、すぐに……」
「……その時が訪れることはない。何故なら、その前に、お前は倒れる事になるからだ」
「ぐ、新手か……!」
屋根の上に立つ桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は闘志を漲らせた。
「あんたから教わった技で、一矢報いてみせる……。見ていてくれ、師匠」
煉は疾風のように屋根の上を走った。こちらに気付いたジャブラに、必殺の無影脚を繰り出す。
「はあああああっ!!」
一撃、二撃、三撃と神速の蹴りを放つが、敵もまた一撃、二撃、三撃と神速の龍乱撃でもって叩き落とす。
肩で息をするジャブラだったが、続く四撃目で、煉の速度を上回った。
「しま……!!」
龍の牙が深く脇腹をえぐった。バケツの水を引っくり返したように、鮮血が暗い屋根を染め上げた。
「く、くくく……。勝負あったな、小僧……!」
「う、ぐ、あ……」
傷口を押さえた手が真っ赤になるのを見て、煉の顔はみるみる青ざめていった。
(これは、まずい……)
激痛は次第に遠くなっていく、それに伴ってどんどん意識も遠くなっていった。
まわりの景色や音がゆっくり流れるのを感じ、煉はハッと遠ざかる意識をこちらに引き戻した。
(この感覚を俺は知っている……!)
極限状態が潜在能力のを引き出すのは、ジャブラに限った事ではない。
絶体絶命の状況が、煉を自然と万勇拳基本の構え『万勇陣』へと導いていた。
研ぎすまされた精神と、脱力から生まれる必殺の構えだ。
ジャブラが攻撃の構えをとるのがゆっくりと見える。
闘気を纏った拳が、自分の喉笛を引き裂こうと、左から右へ抜けようとしていた。
(見える。勝機は今ここにある……!)
見開いた右目が、赤く染まる。
煉は腰元に差した刀『無銘』に手をかけた。
(この一撃で……)
ジャブラの首元に狙いを定めたが、しかし思い直し、すぐに右腕に目標を変える。
(慢心は勝利への道を閉ざす。俺は俺に出来る事をするだけ。それでいいよな、師匠……!)
そして、無銘が一閃。
「奥義『真・雲耀之太刀』!!!」
「!?」
目にも留まらない神速抜刀。ジャブラすらその一撃に反応出来ず、気付いた時には既に終わっていた。
「うおおおおおおおおっ!!!」
討ち取られた彼の右腕が宙を舞った。
「万勇拳を舐めるな……、よ……」
ふっと意識が途絶え、煉はその場に崩れ落ちた。
「お、俺の腕がぁ……!!」
しかし流石の黒楼館館主もこのダメージには動揺を隠せなかった。
人智を超えた技を紡ぐ豪腕が断たれるなど、あってはならない。いや、あるはずのない事だ。
もはや龍の回復力を持ってしても、失われた部位を再生する事は出来ない。
それでもジャブラは屋根を転がる腕を追いかけた。
「待て!」
その前に、ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が立ちはだかった。
「どけえええええええっ!!!」
怒りに身を任せるジャブラの闘気は異常なまでに高まっていた。
龍には逆鱗と言うものがある。
顎の下にあると言う鱗だが、ひとたびこれに触れてしまうと、龍は荒れ狂い目の前の者を殺すと伝えられてる。
それは幻魔無貌拳『龍』の型にも通じる。
激しい憤怒を源に、闘気を劇的に増大させ、攻撃力を飛躍的に上昇させる裏奥義『逆鱗天生』。
この技を発動させたのは、ジャブラの人生で初めての事だった。
増大した闘気は稲妻の如く炸裂し、掌を覆う龍牙掌は、万勇拳の『自在』のように巨大な牙を形成している。
「とんでもない気だ……。けどな、どれだけ気を高めても、お前の拳はカラッポだ」
「邪魔だああああああっ!!」
「いいか。武道家ってのはな……、己の拳に想いを乗せるんだよ!」
全闘気を篭めた龍牙掌を、ラルクは紙一重で素早く躱す。
「それが出来ないお前はもう武道家じゃねぇ。ただの外道だ。俺が教えてやる、武道家ってのがなんなのかを!」
爆発する闘気を奥義『鋼勇功』集束させ、ピタリとその身に纏った。
そして、空を貫く渾身の正拳を、ジャブラの胸に叩き込む。
闘気を攻撃に回してるため、龍鱗功の護りはほとんど無に等しい。しかし彼はその一撃をものともしなかった。
憤怒、憎悪、狂気、暴走する感情が、ジャブラに痛みを感じさせなかった。
「それに龍脈や森羅万象ってのは、人智で扱えるもんじゃねぇ。お前の言う支配ってのは、ただ一部を奪ってるだけだ」
「黙れええええええええ!! 俺に説教たれてんじゃねぇ!!!」
「龍脈の力ってのはな、龍脈に認められて始めて力を借りれるんだ。支配出来るなんざ、お前の思い上がりだ!!」
ラルクの強烈な蹴打が刺さった。
けれども、尚、ジャブラは倒れることなく、暴力を撒き散らす。
「殺す! 殺す! 貴様の五体、この手でバラバラに裂いてくれるわぁぁぁ!!!」
「!!!」
その時、乱れ狂う龍牙掌の剛牙が、ラルクの身体をズタズタに引き裂いた。
肩、腕、腰、脚、と身体の要点を深々とえぐられ、亀裂のように走る傷口から、真っ赤な血がとめどなく溢れる。
しかし、それでも彼の身体を覆う闘気に乱れは無かった。
「想いも何も篭もってねぇ……。そんな軽い拳なんかな、屁でもねぇんだよ!!」
口元ににじんだ血を拭い、闘志を尚も熱く燃やした。
「龍だろうが神だろうが、打ち砕けるモノなら打ち砕くのみ! それが俺にできる唯一の事だ!」
「黙れ黙れええええええ!!!」
ラルクは深く腰を落とし、必殺の構えをとった。
「諸とも砕く! はあああああああっ!! 乾坤一擲!!!」
放たれた拳が、ジャブラの身体も精神も、打ち砕く。
「……っ!!」
肉体のダメージが、精神力を超えたその時、ジャブラの身体から全ての力が抜けた。
ふわりと風に攫われるように、屋根からごろごろと転がり落ちた。
「……我拳神殺(我の拳は神をも殺す)。覚えておけ。人間は弱くねぇんだよ」