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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第1回/全3回)

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「さて、調べるところは沢山あるから、手分けしないとね」
 ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が光術で照らしたドームの中、誌穂が端から端までを見渡してそう言ったのに、パートナーのセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)は頷いて、じっとその目を、並んだ八本の柱に向けた。
「私は、あの柱が気になるところですわね」
「これか?」
 首を傾げながら、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)が、何の気なく柱の強度を確かめるようにぐっと押した、その時だ。柱が、溝に沿うようにしてズズ……と僅かに動いたのである。
「どうやらこの柱は動かせそうですわね」
 その様子に、セルフィーナが目を細めた。柱を動かす、と言う行為、そしてその溝の走り方に、魔術的な要素が見て取れたからだ。
「八本の柱に、八つの窪み、かあ……どう見てもセットっぽいよね」
「もしかしたら、相対する柱に同じ紋章が刻まれているかもしれません」
 地面の窪みとの相対を示すために、柱にもそれぞれ、月の満ち欠けが記されているかもしれない、と言うのだ。二人の推論に、青白磁は「なるほどのう」と唸った。
「……そのあたりは、どうなのかな?」
 三人のやり取りを聞いていた佑一が、確かめた方が早い、とばかり、ディミトリアスに向けて首を傾げた。
「柱に刻印は無い。用途によって、組み換えもするからな……基本的には、新月を頂点に、碑文に沿って、柱は星を描く」
 そのために、床の溝が複雑なのですね、と納得したようにセルフィーナが呟き、しゃがみ込んだクナイが溝をなぞって、同意を示した。
「ただ掘ってあるのかと思いましたが、床が破壊されたあともこうしてしっかり残っているところを見ると、この溝自体にも何かしらありそうですね」
 そう言えば、地輝星祭の折りも、この溝を力が水路のように流れていましたしね、と思い出すようにクナイが言うのに、ディミトリアスも頷いた。
「この溝を通る柱の動き、そして力の流れ、それらを多様に組み替えることで、複雑な術を行う……ここは、本来はそういう役割を持っていた場所だ」
 だから、神殿、と言うには多少の御幣があるな、と続けるのに、ふうん、と興味深そうな息を漏らしたのは、
プリムラ・モデスタ(ぷりむら・もですた)だ。
「面白いわね。役割は神殿に近いけど、用途は魔法院に似てるなんて」
 それとも、一族にはそういったものを分けて考えていなかったのかしら、と尋ねているのか独り言かわからない調子で呟き、それに、と付け加える。
「太陽が地上で、月が地下にあるなんて。いつか見た神話にあった、獣の一族のお話みたいだわ」
「神話?」
 プリムラの言葉に、佑一が首を傾げ、ディミトリアスも僅かに目を細めた。
「ええ。かなり古い神話だけれど……太陽と月を騙って、大地に獣を解き放ったのですって」
 そう書いてあったわ、と記憶から探り当てた内容を語ると、ディミトリアスは何とも言えない顔で、神話か、と呟いた。
「さぞ悪し様に書かれていたんだろうな」
「そうね……でも神話でもあって、外典だとも言われているものよ。マイナーな神話だし」
 その記述が正しいかなんて、気にする人も少ないと思うわ、と。フォローともつかない言葉に、ディミトリアスは苦笑を浮かべたのだった。
「しかしこの柱……なんぞ、最近になっていじった痕があるようじゃが」
「……何?」
 青白磁の言葉に、ディミトリアスが僅かに顔色を変えたが、すぐに「ああ」とクローディスが苦笑した。
「それは私たちが修復した跡だ」
 先日の地輝星祭の折、地上のストーンサークルとこの柱とを強引に結ぶために、上から星が刻まれていたのを、クローディスたちが元の碑文に修復したのである。
「ああ……あの時か」
 その顛末を思い出したのか、ディミトリアスは複雑な苦笑を浮かべた。
「ってことは、こいつが本来の碑文ってやつか」
 言いながら、アキュートが碑文を眺めると、その肩へぴょこんとペト・ペト(ぺと・ぺと)が顔を覗かせ、アキュートに倣うようにじっと碑文を眺めていたが、すぐにギブアップして首をぷるぷるとフッタ。
「うう……ちんぷんかんぷんなのですよ……」
 これを模したというストーンサークルの碑文と同じく、この碑文も相当古い言葉のようだ。
「これって何て書いてあるんだ?」
 アキュートがディミトリアスに問うが、意外にもディミトリアスは難しい顔で首を振った。
「難しいな」
「へ?」
 お前の一族の言葉じゃないのか、と不思議そうに首を傾げるアキュートに、説明する言葉を探すように、ディミトリアスは眉を寄せた。
「俺にとっては見慣れた文字であり、言葉だが、それを……どう、訳していいかがわからない」
 と言うのも、ディミトリアスが今口にしている言葉も、体の持ち主であるディバイスに繋がっていることによって、その言語体系に変換されているのだという。そのため、呪文の類の言葉は、どのような変換がかかるのかがわからない、というのだ。
「そういうことでしたら、俺たちの仕事でしょうね」
 言ったのはツライッツだ。
「そうだな、ここは本職に任せるとすっか」
「よろしく」
 アキュートと北都が言うのに、任せてください、とツライッツの言葉は頼もしい。
「頼むぜ。もしかしたら、歌の手がかりがあるかもしれないからな」
「歌、ですか?」
 その言葉に反応したのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だ。興味津々といった視線を向けるリカインに、アキュートは僅かに気圧されながらも頷いた。
「ああ。確か、地輝星祭の歌を組み替えたら、超獣が反応したんだろ? 歌姫さん」
「ええ」
 そのときのことを思い出して、リカインは頷いた。言葉を並べ替えただけの、荒いものではあったが、確かに一瞬、超獣が怯むように動きを止めたのだ。
「コーイチが言うには、前線でもあの時の歌を組み替えて、効果を実証中らしい」
 浩一の情報によると、教導団の白竜のデータを、美幸が更に八節に分け、それを組み替えてスピーカーで響かせ、超獣の反応を見ているそうだ。まだ決定打には遠いが、かすかに手ごたえはあるらしい。
「ってことは、だ。もしかしたらこの碑文に、もっと有効な歌に出来る要素があるかもしれねえだろ」
 それを見つけることが出来たら、前線も楽を出来るし、何より超獣を何とかするための大きな一手になるはずだ。リカインも大きく頷いて、力強く「私もお手伝いします」と応えたのだった。

「……ところでこれって、今動かしたらどうなるんだろう?」
 柱を観察しながら、首を傾げたのは佑一だ。そうじゃのう、と青白磁も腕を組む。
「ものは試しじゃ、男衆でちいと動かしてみるかいの」
 だが、それを聞いて「ちょっと、待って欲しいであります」と割り込んだのは丈二だ。
「遺跡の状況は変化しているわけですから、何かトラップなりと仕掛けられていないとも限らないであります」
 もし万が一、予期せぬ魔術が仕込まれていたら、迂闊に動かすのは危険ではないかと言うのだ。それに「そうだな」と同調した、というよりは、便乗したのはクィンシィだ。
「まだこの割れた床についても、調べている最中だ。調べ終わるまで、いじられるのは困る」
「崩れてしまった今なら、巫女の眠っていたあたりを調べることもできますし」
 と、パートナーの無名祭祀書 『黒の書』(むめいさいししょ・くろのしょ)も同意し、ジズプラミャ・ザプリェト(じずぷらみゃ・ざぷりぇと)名喪無鬼 霊(なもなき・れい)もそれに頷いた。
「判った判った。そっちも手伝うけえ、そうかりかりせんとき」
 苛立っていると思ったのか、宥めるように青白磁が言うのに、そうよ、とこくこく頷いたのはヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)だ。
「おなかがすくと、イライラするものね。こんなこともあろうかと、佃煮を持ってきたわよ」
 じゃあん、とばかりに出されたのは、フライシェイドの佃煮入りタッパーだ。
「何時の間に作ってきたのでありますか!?」
 丈二のぎょっとした声が言ったが、そのタッパーの中を覗き込んだ者もまた一様に顔を引きつらせた。
 イナゴでさえ佃煮になった様子には躊躇うものがあると言うのに、トンボに似た姿の灰色の生き物がびっしり佃煮になって詰まっている様は、とてもではないが食べ物、とは思えない。
「うわあ……」
 北都の言葉が、皆の感想を代弁している。あとずさる面々に、ヒルダは頬を膨らませた。
「もう、ちゃんと食べてみてよ。これを食べたら、きっと、超獣への恐怖も薄れると思うの」
 超獣の姿は、呪詛のために黒く染まっていると言う。そして、人間は食す事のできるものには恐怖を抱かない。それなら、超獣も美味しければ、みんなに恐れられずにすむだろう、と考えてのことだったが、その考えの尊さは兎も角、ある意味逆効果の気がしないでも無い。そんな中。
「佃煮か……変わった料理だな?」
 と。近寄ったクローディスが、ひょいっとそれを一匹つまみ、あっさりと口の中へ放り込んだのだ。
「えっ」
「うわあ」
「ちょっと、クローディスさんっ」
 三者三様の言葉を漏らし、じっと複数の目がクローディスを見つめる。そんな中、表情一つ変えずぼりぼりと一匹を噛み砕いてしまうと、けろりとしたまま「うん」と頷いた。
「ちょっと苦いが、十分食べられるな」
「食べ物だったら何でも口にするの、やめてくださいと……」
 どうやらそういうことは良くあることらしく、ツライッツががっくりと力なく言い、他の調査団員たちも何とも言えない顔だ。一人その反応の意味を判っていないクローディスが「どうした、食べないのか?」と皆に首を傾げて見せたが、彼女とヒルダ以外で、それを口にしたものはいなかった。



 そうして、ツライッツ達が遺跡の再調査を開始している頃、ちょっと良いかなと、天音がディミトリアスを手招いた。
「君と話をさせろって言う人がいるんだよ」
「構わないが……」
 答えながら、ディミトリアスは首を傾げた。天音が指をさしたのは、人間ではなく、携帯端末だったからだ。
「……これは?」
「説明すると長くなるんだけど」
 全くなじみの無いだろうディミトリアスにも判りやすいように、簡単に状況を説明し、マイクが音を拾ってチャット相手に伝わるのだ、と教えると、何となく納得はしてようで、成る程、と頷いた。
「念話の翻訳のようなものか」
「まあそんなところだよ」
 少々投げやり気味に言って、チャット画面を立ち上げると、早速「愚者」が発言してきた。
『あんたが弟君か。あの野郎、アルケリウスが言っていたよ。術は弟が専門だとな』
 合成音声らしい機械的な音が、端末から聞こえてくる。だがその声ではなく、その唐突ながら聞き逃せない内容に、ディミトリアスの表情は険しくなった。
「……お前は何だ」
『名乗るほどの名前もない。愚者とでも呼んでくれ。そっちじゃ賢者なんて呼ばれてたけどな』
「どういう意味だ?」
『なんだ、聞いてないのか?』
 愚者の声は、ケラケラと笑った。
『俺はあんたの兄貴と、その体の持ち主の先祖と一緒に、そこの町を作った一人だよ」
「……」
 言われてもよく意味が判らなかったらしい。眉を寄せているディミトリアスに、天音の方が首を傾げた。
「君はこの町の役目を知らないのかな?」
「俺の意識は、最近になって目覚めたばかりだ」
 だから、封印されて後のことは良くは知らない、とディミトリアスが言うのに『ふーん?』と愚者は面白そうだ。
『じゃあやっぱり、大陸がヤバイってのはマジってことか』
 その言葉に、ディミトリアスが目を細める。
「やはり、俺を、いや俺たちを封じていた術は……」
『そうさ。あんたの術の上乗せに、この大陸の力を使った封印だ。大陸の力が弱まったおかげで、封印が急激に緩んじまったんだろうよ』
 考え込んだディミトリアスに、はあ、と後方からため息が投げかけられた。振り返ると、そのやり取りを見ていた何人かが、所在なげにして立っている。
「……ちょっと、置いていかないでくれねえか?」
 一同を代表した陽介の説明を求める言葉に、しゃあねえなあ、と愚者の声が呆れたような、面白がっているような声で言った。
『じゃあ親切な俺が、最初から説明してやるよ、いいか?』
 そう言って、愚者はふざけたような調子で、ディミトリアスたちに向けて説明を始めた。

『昔々、小さな星が生まれて死ぬぐらい昔のあるところに、天災のように生まれたその獣から、世界を守ろうとした健気な一族がいました。そいつらは、その獣が大地を傷つけてしまわないように、そしてその獣が誰かの手に渡ってしまわないように、馬鹿みたいにいじましく、クソ真面目に暮らしていたそうです』

 嘲笑うような物言いに、流石にディミトリアスは眉をひそめたが、口は出さず、愚者が続けるのを沈黙で促した。

『しかし、そいつら以上のド級の馬鹿な奴らが、その獣を我が物にしようとしやがったのです。そいつらは、わざわざ弟君たちの一族を、邪悪な魔物を崇める邪教だと嘯き、成敗するという大義名分を翳して町に攻め入り、必死で町を守ろうとする兄貴の奮闘虚しく、一族を皆殺しにしてしまったのです』

 ぎゅう、と思わずと言った様子で、聞いていた佑一が拳を握り締めた。

『一方、巫女は恋人だった弟君の命を盾に、超獣をその身に降ろすよう命じられていました。ヘタレな弟君とは清らかな関係だったらしいけど、恋人は恋人だ。弟君の命だけは保障するって言われて、巫女はそれに従って、超獣を降ろそうとした。けどま、当然そんな約束は口だけに決まってる。そいつらは超獣を降ろした巫女を殺して、屍人形にして操るつもりだったんだ。そうだな?』

 問われて、ディミトリアスは酷く苦い声で「……そうだ」と答えた。

『で、弟君はそれを悟ってたんだな。身を挺して巫女を庇い、その命を引き換えにして、超獣と繋がった巫女に、眠りの封印をかけて守った。おかげで、そいつらは超獣を利用するすべを失った。そこまでは聞いてるよな?』

 同意を求めたが、答えられるものはいない。驚きと戸惑いでディミトリアスを見ていたが、彼自身も答えず沈黙を守ったままだ。それをどう思ったのか、愚者は尚も続けた。

『アルケリアスの野郎が何とかその場に辿り着いた時には、弟は死に、巫女も封じられちまっていた。残されたあいつは、憎悪のままに暴れ回り、どうやったのかは言わなかったが、自分の命まで代償にして超獣に呪詛にかけて暴走させ、そいつらを滅ぼそうとしたらしい。とはいえ、頼みの超獣は巫女にしか操れない。結局、町を襲った奴らは、弟君が巫女を封印してる状態を逆手にとった。封印の要である弟君の魂を無理やり引きずり出して、楔として超獣を繋ぎ止め、アルケリウスごとこの遺跡に封じ込めたんだと』

 そこまでが、一万年前の話だ。

『そしてそれから、その場所が何だったのかも忘れられちまうぐらい、長い月日が経った。封印のせいか、超獣自身のせいか、あるいは呪詛のせいか……兎も角、その場所は酷く場が歪んでいやがった。俺はそこで異界への門を開こうとして――偶然、封じられてた地下の神殿に、繋がっちまったんだ』
 
 全く、参った。と語る愚者の声は、まだどこか楽しげだ。失敗したこと自体は、たいしたことでは無いとでも言うように。

『あとはまあ、大体お察しの通りってヤツだな。俺は古代の魔術を少しでも手に入れたかった。あいつは超獣を蘇らせる為の協力者が必要だった。そんで、土地の持ち主は、この地を豊かにしたかった。それで手を組んでいたが――……元々が利害だけでくっついてたんだ、崩壊も程なくやって来た。俺は、日に日にやばくなってくあいつに殺されるのを恐れて逃げたし、町長のヤツは真実を抱えきれずに座を降りた。けど、走り出したもんは止まらない。地輝星祭で、超獣は確実に力を取り戻していって、封印はどんどんもろくなっていってた。その上、あいつはどうやら、とんでもない何かと手を組んだらしいな』
 ぴくり、と天音とディミトリアスが聞き咎めて眉を寄せた。
『本来、巫女は、お前のと、お前の魂を引きずり出して、超獣ごと封印するふたつの封印で守られてたはずだ』
「……」
 肯定も否定もしなかったが、ディミトリアスの苦い表情がそれを是だと示している。
『けど、アイツはお前の魂を引っぺがして、超獣を担ぎ出した。そんなことは、アイツ自身には不可能だ。出来るんなら、俺たちなんかに頼らず、最初からやってただろうからな』
「じゃあそれをやったのは……真の王……ってことかな」
『さあね』
 天音の呟きにも似た言葉に、愚者はどことも知れぬ場所で肩を竦めたようだ。
『あんたらはそれを調べてるんだろう? せいぜい頑張んな』
 そうやって突き放すと、愚者はやれやれ、と言った様子でため息を漏らした。
『弟君には色々聞いてみたいことがあったんだが……どうやらまだ早かったらしいな』
 また気が向いたら声をかけるとしようか、と、あくまで立場を譲らないまま、じゃあな、哂うような声を最後に、愚者と名乗った存在は、接触してきた時と同じように、唐突に接続を切ったのだった。