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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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「状況を確認しようか」


 教導団大尉氏無春臣のそんな第一声に、直ぐに答えは返ってきた。
『各手配は滞りなく済んでおりますわ。高速飛空艇、各ポイントに順次到着予定』
「こちらでも一期到着を確認。笠置 生駒(かさぎ・いこま)さん、ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)さんが、封印内部へ向いました」
 各種運搬の要請や配備までの手配の殆どを担当している沙 鈴(しゃ・りん)の通信に、こちらはイルミンスール魔法学校校長室に設置された、簡易通信基地並みの通信機器を使い、教導団とイルミンスール両校に対して中立な立場として情報の中継を受け持っていた久我 浩一(くが・こういち)が答える。そうしながら、端末に表示させている各マップに状況を表示、更新させて情報を各方面へと伝達していきつつ、別のチャンネルを開いた。
「祠の方は、問題はありませんか?」
『”槍”の搬送は開始している」
 応えたのは、南、5匹の魚の祠にいた姫神 司(ひめがみ・つかさ)だ。
『既に手配は済んでいる。来た道を戻るのだから、時間に変動はないであろうな』
『移送が完了次第、遺跡と接続してもらいます』
 後を引き継いで、北、一本の杖の祠でデータを纏めていたエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)が説明を続ける。完全さを取り戻したかつての”槍”……集束と拡散の機能を持つそれを、遺跡にある月の刻印に接続し、槍としての機能を反転させることによって超獣のエネルギーを大地に還そう、というのである。
『細かい調整や、実際の発動に関しては、ディミトリアスと調査団の人たちに任せるしかないけど……』
 予行演習は出来ず、理論上、ではあるが「いけると思う」とエールヴァントは強く言った。
『わたくしは、このまま輸送隊について遺跡へ向う。まあ、護衛のようなものだな』
『力強いですわ。よろしくお願いしますわね』
 姿が見えないと判っていながらも、司達に向って頭を下げるようにした鈴は、その通信網を通じて報告を続けた。
『スピーカー類の操作、運用について、叶中尉より引き継ぎます』
 超獣の口が放つ、音波攻撃への対策として叶 白竜(よう・ぱいろん)が用意していた音源やスピーカーのことだ。その配備や、運用の人員の手配から警護を担当しているスカーレッド大尉が、合流した鈴と秦 良玉(しん・りょうぎょく)に簡単な説明と形式的な会話を終えると『確認したわ』と報告を続ける。
『こちらは引き続き、機材の警護及び人員配備を継続。そちらはよろしく頼むわね』
『了解。こちらは、超獣と巫女を引き剥がす方向で状況を展開します』
 応える白竜の通信を最後として、氏無が『……といった所だよ』と締めくくった。
『両地点の現状は以上の通り。そちらの状況はどうだい?』
 氏無の言葉に、浩一はちらりと振り返って、その後方で、神代 明日香(かみしろ・あすか)に支えられながら、懐中時計へと写したアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の記憶内部への回廊を保ち続けている、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の様子を見やった。こうしている間も負担が掛かっているのか、その顔色はあまり良くない。
「依然、茨の女王との戦闘が継続中です」
『笠置、ピテクス両名が合流完了したよ』
 言いながら、繋げた封印内部への通信回線に応えたのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。
『茨の女王なんだけど、その胸部にある刻印が、どうも遺跡にあるものと類似しているらしい。合致する資料はないかな』
「確認します」
 エールヴァントの作り上げたデータへとアクセスして、情報の開示を求める浩一に、天音は続ける。
『それから、茨の女王へのエネルギー供給源として、超獣が疑わしい可能性があるんだけど、そちらの戦況は?』
「こちらも、依然戦闘を継続中ですよ」
 そう言った浩一の視線が向けられた先にあるモニターには、前線の簡易放送局状態になったポイントから、裏椿 理王(うらつばき・りおう)による相変わらずのナレーションテロップと共に、現在の状況の映像がリアルタイムで流されていた。結界の内部で超獣が暴れ狂っている様子が克明に撮られているが、これほどの近距離であっても、映像を見る限り影響を受けていないらしい。
『あの人がちょっと大人しくなってるし、こっちは結界が破れない限りは安全だと思う』
 桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)が、未だ戦意を失わないまでも、既に戦力の半減している様子のアルケリウス・ディオンを一瞬カメラに捕らえながら言う。
「結界の調子はいかがですか?」
『微妙なところだね』
 氏無大尉の声はやや硬い。呪詛は祓われたものの、その分超獣のエネルギー構成がいくらか変わったために、調整を必要としているらしい。
『何しろパワーが有り過ぎるからね。ストッパーがいなくなったことで、力技で結界を破りかねないんだよ』
 今までは、自身の計画が狂わないことを慮ってのことではあるが、アルケリウスが超獣を暴走させないように動いていたのだが、彼自身がそれを放棄したことによって、超獣は文字通り獣のような様相で、我が身も省みずに力の限りに荒れ狂っているのだ。幾ら強化され、調整されていても、大地そのものが具現化したようなエネルギー相手に、即席の結界は分が悪い。
『その点については、考えがあるわ』
 口を開いたのはフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)だ。
『アルケリウスは、超獣の暴走に”大地の孕む怒りと憎しみ”を利用していると口にしたわ。なら、こちらはその逆の力で相殺することも可能なはず』
 それについては各方面へと話はつけているようで、既に準備を開始しているようだが、その表情は優れない。
『ただし、いずれにしても時間稼ぎよ。超獣がこのまま暴れ続けるようなら……』
 結界が維持できるかどうかの保証は無い。そうすれば、縦横無尽のその腕は、イルミンスールの森をどれほど傷つけることか。唇を噛むフレデリカの声を聞きながら、司が難しい声で言った。
『こちらも急ぎ準備を進めるが、距離がある。直ぐ直ぐとはいかないのだ。還すまでの間、抑えは必要であろうな』
『そうだね』
 八つの祠から、清泉 北都(いずみ・ほくと)が答えた。
『できれば、巫女さんに目覚めてもらって、超獣を抑えてもらうのが一番確実なんだろうけど……』
 僅かに言い淀んだ北都に、その懸念を同じくするエールヴァントが後を引き取った。
『最初は、元々の鎮めのプロセスを利用した方が良いと思う。巫女を引き離すためにも、まずは超獣をある程度鎮めておかないと、巫女を巻き込んでしまうだろうから』
 ここまで来て、巫女を苦しめるのは本意ではないし、最悪失ってしまうようでは、ここまで皆で頑張ってきた意味が無くなってしまうのだ。うん、と北都も頷いて続ける。
『幸いにも、祠は元の機能を取り戻しているみたいだからね。ディミトリアスに鎮めの為に神官がしてた行動とか、確認する必要があるね』
 それから、と北都はもうひとつの可能性……祠が機能を取り戻した今、超獣や巫女、そしてアルケリウスへも干渉できる可能性がある今、歌を通じて直接彼らへと働きかけるのはどうか、と提案した。
『現状、歌が有効なのは判っているからね。少なくとも、無駄ではないはずだよ』
 超獣と同化している巫女、そして超獣へ憎悪を与えているアルケリウス、更には巫女に繋がるクローディスや、ディバイスの力によって繋がっていく、幾つもの繋がり。それらは、今はか細い繋がりかもしれないが、辿っていけばおそらく、大きな力になるはずだ。
『ただし、気をつけて。”深淵を覗く時、深淵もまたこちらを見ている”――呪詛が、超獣から逆流してきたように、あちらから何かしらの影響が流れてくるかもしれない』
 危険はゼロでは無い以上、警戒する必要があるのだ。
 祠でその提案を聞いていた皆が同意するのを待って、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は低く言った。


『それじゃ、歌姫さんがた……ちっときついかもしれねえが、もう少し頑張ってくれ』