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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)

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【八岐大蛇の戦巫女】消えた乙女たち(第2話/全3話)
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●幕間

 ついに玄武の剣は砕け、真ん中のあたりから折れた。
「……」
 一振りすると今度は、残った刃の部分がぽろりと落ちてしまう。
 グラキエス・エンドロアは、柄(つか)だけになった野太刀を静かに眺めていた。
 他愛ないというべきか、それとも魔剣が、情報を知らすまいと必死で抵抗した結果というべきか。
 いずれにせよ、魔剣『玄武』は彼をこの場所に連れてきてしまった。
「やはりな……」
 ここまで慎重にグラキエスを尾行した戦部小次郎は、納得したように頷いて踵を返した。
 ――これで明確になった。敵は、あそこにいる。
 グラキエスが見上げているのは、グランツ教ツァンダ支部である。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 薄暗く寒い廊下を、佐野 和輝(さの・かずき)は堂々と歩いていた。
 こういった場合、こそこそするほうがかえって怪しい。脇目もふらず歩く彼に、疑いの眼を向ける信徒はない。
 それでいい。怖じる必要などないのだ。彼は報告のためここを訪れている。 
 目指すのは、カスパールの部屋だ。
 ほとんど迷わず、和輝は彼女の部屋の扉まで行き着いたが、ロックを前にしてしばし考え込んだ。
 事前情報はある。あるが、推理の道筋までは知らない。
「扉のロックか……オンとオフ……モールス。いや違うな……」
 いや待てよ、と考え直す。オンとオフがヒントではないか。この形なら見たことがある。なじみ深い表記だ。
「二進数?」
 となれば漢字にも意味があるはずだ。
 今度はそれほど悩まずとも、和輝は答を導くことができた。
「となると、漢字は画数か……なるほど、な」
「和輝、ごめん、どういう意味……?」
 それまで黙って彼を見ていたアニス・パラス(あにす・ぱらす)が、好奇心が抑えられなくなったのか声に出して問うた。
「提示されている漢字の画数を、二進数で表せ、って言ってるんだよ。この謎かけは」
「すごい! 和輝ってもしかして天才!?」
「違うな……カスパールはこちらを誘っている。このレベルの扉がセキュリティなら、そう考えるほうが自然だ」
 ドアが開くと、かぐわしくもどこか妖しい、紫色の香が二人を包み込んだ。
 十数秒後、雲の世界を泳ぐような気分で、和輝はカスパールと向かいあっている。
 ――怖い。
 彼女の姿が見えるや、アニスは和輝の背に隠れてしまった。
 元々アニスが人見知りということもある。だが原因はアニスの性格にとどまらない、何か本能的な危険を感じたのである。
 見た目は美女、けれどそのカスパールの薄い皮膚の下に、無数の蛇が這っているような気がしたのだ。
 蛇は今にもカスパールの皮を食い破って、血塗れで飛び出してくるのではないか――アニスはそれを純粋に恐れた。だから姿を見せるはおろか、カスパールのほうを向くことすらできなくなった。
 そんなアニスをなだめるでもなく、
「報告に来た」
 和輝は素っ気なく告げた。
 カスパールは宝石のような目で、じっと和輝を見ている。
 その眼力で、彼の腹の底でも見通そうというのだろうか。
 だがあいにくだな、と和輝は笑い飛ばしたい気分だった。
 ――俺の腹は二重底だ。いや、三重か四重かも。
 和輝はグランツ教の教義には何ら魅力を感じていない。カスパールに雇われたのは単に金のためであり、それゆえ義理もまるきりないと考えている。
 彼が信奉するものがあるとすればそれは客観的な『情報』だ。
 情報をどう解釈するかは人間に委ねられるが、基本的に情報は中立だ。敵味方いずれにも等しく価値がある。
 だから和輝は、本件に関する情報を契約者側にも流すことに躊躇しないし、実際、いくつかは流している。カスパールが銃撃されたことも突き止めた。もちろん、その場で銃弾を止めてしまったことも突き止めた。いずれも秘密のルートから、蒼学をはじめとする各学校に情報公開した。
 弾丸を『撃たれたことがある』という理解不能な理由で止めてみせたカスパールがただの人間とは思えない。(アニスはもっと端的に、「人間じゃないよね?」と言ったものだ)
 それほど超人的な彼女であるから、すでに和輝が二重スパイであることを看破している可能性もある。
 それとも彼女は、『看破しているふり』をしているだけなのだろうか。精神的に優位に立つために。
 まあ、どちらでもいいさと和輝は自嘲気味に思う。
 ――奴の手のひらで踊るのは嫌だが、ある程度は踊らされているようしておかないと、必要以上に警戒されて情報を取れないからな。
 和輝によれば人間の世界もすべて情報戦と同じだ。
 読みあいであり奪い合いだ。
 情報の読みあい。情報の奪い合い。高い手札を握った同士のポーカー。
 けれどこれはただのゲームじゃない。だから、このポーカーに棄権(ドロップ)はない。棄権は敗北を意味し、敗北はときとして死と同義だ。
「―――といった感じだ。プレイボーイな奴が、似つかわしくない動きをしてる。何かをする前兆だろう」
 慎重に言葉を選びながら、和輝はここまで得てきた情報を明かす。無論、全部ではないが、崖っぷちギリギリまで。
「結構。各学校の動きはいかがです」
 音(リズム)ゲーの見本であるかのように、ジャストのタイミングでカスパールは問いを入れてくる。そのたび、つい口が滑りそうになるのを警戒しつつ、和輝はカスパールが欲しいものを与えた。
 最後の最後に、何気なく和輝は言った。
「そういえば、辻斬りが持っていた刀だが……奴等の手から逃げ出したぞ?」
「!」
 瞬間、アニスは全身の毛が逆立つような強烈な殺意を感じて硬直した。
 殺気看破を発動しなくたって、わかる。
 あのカスパールが、怒りを露わにしている!
 カスパールは立ち上がった。
 目を見開き、二人に背を向けて壁の一点を見つめる。彼女が右腕を上げ、オーケストラの指揮者がそうするように一振りすると、外に面した壁面に丸いモニターが出現した。
 モニターには、剣を握って立つ男の姿が映っていた。
 いや、『剣』というのはおかしい。その武器……野太刀らしきものに刃はなかったから。
 ただ大きな柄があるだけだったから。
 剣を握る赤毛の男は、グラキエス・エンドロアである。
「……」
 カスパールの真っ赤な唇が、蛭がよくそうするように身を捻った。
 彼女は笑みを作ったのである。
「いいでしょう……もう隠し立てはいたしますまい。けれど大蛇(おろち)は、私たちがいただきますから……」


(第3話に続く)

担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 桂木京介です。ご参加ありがとうございました。
 私がはじめて担当する公式シリーズも、なんとか二回目を終えることができました。

 これは前回同様なのですが、書く私にとっては非常に『しんどい』シリーズです。
 プレッシャーは半端なく、休日の外出と睡眠時間は減り食事は不規則で偏ったものになって血圧まで上がっちゃうという、なんだかボロボロな状態で書いております(ここは笑うところデスヨ)。
 ですがそのヘヴィーな雰囲気が出てこないよう、できるだけ文体は軽くするようつとめましたが、いかがだったでしょうか。次回はもっと軽快にいきたいとか思っております。

 今回も、皆様の充実したアクションにはとても元気づけられました。今回は前以上に、話の方向性を決めるような好感触のアクションが多かったように思います。ありがとうございました。
 このシナリオが楽しめたのであれば、それは他ならぬあなたのおかげです。
 前話にいただいた感想やご意見も、ひとつひとつ、噛みしめるようにして読んでおります。私信にせよ掲示板にせよ、メッセージはとてもありがたいものです。

 さあ、このシリーズも三分の二が終わりました。ついにクライマックスですね。
 それではまた、第3話(最終回)でお目にかかりましょう。
 桂木京介でした。


※追伸:ところでここだけの話ですが、一回休んでイベントシナリオなんてやったら……だめ、ですか……?


―履歴―
 2012年11月30日:初稿