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リアクション
【6】 Re:Re:NOAH【3】
中央に置かれた、高さ5メートルの円柱状の硝子管には、紫色の液体がなみなみと満たされている。時折、息でも吐くように泡が立ち、周囲に配置された十基の硝子管(こちらは2メートルほどの高さである)から紫色の煙が沸き上がる。
真下にある巨大な機械装置には大小さまざまなパイプが繋がれ、壁や床、天井を隙間なく埋め尽くしている。その様はまるで心臓に繋がる無数の血管を思わせた。
「……これがこの閉鎖空間の発生装置で間違い無さそうだな」
パイプの陰から頭を出して、海京の研究者風羽 斐(かざはね・あやる)は推測する。契約書の力でマスコットになった彼は、リラックスした熊のぬいぐるみに変身している。
いち研究者である彼にとって、今回の事件は完全に専門外だった。けれど、門外漢である彼も行動を起こさざるをえないほど、状況は切迫していたのである。
「この空間も、大文字先生の閉鎖空間発生装置と同様の機能を果たしているようだ。”偶然”とはいえ、恐ろしいものを設計していたのだな」
「偶然ねぇ……。偶然にしては出来過ぎのような気がするが」
OLに飼われてそうな黄色の鳥に変身した翠門 静玖(みかな・しずひさ)は首を捻る。
「偶然と言えば、海京の空を飛び回っている、あの怪物もそうだ。大文字先生の提唱する”機晶タキオンエネルギー”と”ソウルフィードバックシステム”、これらの革新的理論によって建造される超兵器の話を聞いた時、俺は浪漫あるスーパーロボットと言うより、”人体兵器”の印象を受けたんだ。表にいる怪物のようなな」
教団の捜査情報は知らない斐だが、研究者の直感から真相に近付きつつある。
「……しかし、この姿で真面目な話をしても様にならねぇな」
「お前さんもよく似合っていると思うぞ」
「う、うるせぇ……」
唯一、人間の形を維持しているのは魔法少女になった朱桜 雨泉(すおう・めい)だけだった。
「青にして群青の……あ、間違えました。魔法少女★メイ!」
物陰で小さくなりながら、ポーズを決めた。
それから、三人は仲良く並んで様子を窺う。小さなコンサートホールほどの広さがあるため、隠れる場所には事欠かなかったが、装置の周りの警備は厳重で、クルセイダーが巡回している。迂闊に近付くことは出来ない。
「……どうしよう、クルセイダーがたくさんいる……」
同じく閉鎖空間管理室に辿り着いた魔法少女ポラリスも、警戒するクルセイダー達を前にして行動を起こすのを躊躇った。
途中で合流した魔法少女ケフェウスこと桐生 理知(きりゅう・りち)と、掌サイズの妖精型マスコットになった北月 智緒(きげつ・ちお)と、大きなパイプの陰に身を寄せ合って、作戦会議をする。
「うーん、私とポラリスと智緒で制圧出来ないかな?」
「大きな部屋だもの。死角になってる場所にもきっと敵がいる。どのくらいの人数なのか、確認が出来るまで無闇に突っ込むのは止めたほうがいいと思う」
智緒は首を振った。
「はうう……。でも、早く止めないと街の人たちが危険だよぉ」
「それはわかるけど、でも焦っても上手くいかないと思うんだよ」
そこに、小さな影がとことこやってきた。
「……お嬢さん達、こんなところで秘密の相談ナイ? 女子会ナイ?」
淫獣ナイナイこと、犬型マスコットに変身した破廉恥悪魔尾瀬 皆無(おせ・かいむ)だ。
「あ、かわいいー」
「ほんとだ。ほらほら、凄くモフモフしてるー」
「ナイー」
カワイイ犬姿で、彼女たちの警戒心が緩んでいるのを見逃さなかった。今なら抱きついても大丈夫。皆無の鋭敏なスケベ心がそう言っている。
彼の眼がドス黒く光ったその時、頭の後ろに銃口が押し当てられた。
「……このドグサレ痴犬。頭にトンネル開通させてぇのか、コラ」
外道魔砲少女・ラディカル☆ランに変身した狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)だ。魔法少女を名乗るには、嬌艶過ぎる黒レザーのボンテージコスチュームに身を包んでいる。
「そ、そんなこと言って、撃てるわけが無いナイ。ここで撃ったら敵に見つかるナイ」
この獣、最悪である。
「……それもそうだな。じゃあ、音を立てないよう一本ずつ指を……」
「すみませんナイ」
「……見つけた」
目深に被ったローブのフードの奥で、涼風 淡雪(すずかぜ・あわゆき)は目を光らせた。
教会の内偵捜査で神官に扮して潜入していた彼女は、そのまま神官としてゴールドノアへの乗船にも成功したのだった。
とは言え、彼女が偽物であることは、既に教団に知られている。トゥーカァや天音同様に、クルセイダーに処刑されそうになるところだったが、正体を問いただされる前に、礼拝堂に仲間たちがなだれ込んで来たため、隙を見て脱出することが出来たのだ。
クルセイダーは彼女の侵入に気付き、武器を取り出した。神官と言えども、閉鎖空間管理室への立ち入りは許されない。いや、そもそも神官であれば、この部屋の存在すら知ることはないのだ。ここに来るのは、クルセイダーか侵入者のどちらかでしかない。
淡雪はローブを脱ぎ捨てると同時に、魔法少女仮契約書で変身する。
「魂鎮めの鐘が鳴り、世界に審判の時は近付く。天啓により秘跡を行う、神の代行者。我が名はネージュプランセッス」
漆黒の魔法少女衣装と包帯でぐるぐる巻きにされた左手。そして十字架をモチーフとした装飾の数々。完全なる厨二仕様の魔法少女だ。
「原初の夜より生まれし、有翼の神、永久の眠りによる魂の救済を」
ネージュプランセッスはヒプノシスを放った。
しかし、何度も言うように、クルセイダーに精神異常・状態異常を引き起こす攻撃は通用しない。
「救済を拒むというの?」
「救済は我等が与えてやろう」
彼女は後ずさり、それから、急に包帯の巻かれた左手を押さえつけた。
「ダメ、今はまだ……」
「?」
「私から離れて……。この左腕が暴走したら、あなた達ではどうすることも出来ない……。ここにはこの世で最も忌むべき邪悪が封じられている……三千年前に大陸を震撼させた”永久(とこしえ)の闇ナハト”、二億四千万の軍勢を率いる魔王がここに眠っているの」
勿論、現実にはそんなものは存在しないし、包帯を取ったら傷ひとつない彼女の白い腕が出てくる。厨二病患者である彼女の戯れ言である。
中には彼女の迫真の演技……と言うか、彼女は本気なのだが……に圧倒され信じてしまう者もいるが、教義のためなら魔王も血祭りにあげるクルセイダーには通用しなかった。
「我等が神に仇なす魔女め。汝の罪は汝の血で洗い流すがよい」
「ダメよ。彼が目を覚ま……め、目覚める! 目覚めるわ! 逃げて! 逃げてー!」
そう言いながら、ネージュプランセッスはすたこら走り去った。
「……なんだかよくわからないけど、今がチャンスだよ!」
時として厨二病が奇跡を呼ぶこともある。逃走するネージュプランセッスを追跡するため、クルセイダーの何名かが持ち場を離れたのだ。
警備に穴が生じた隙に、隠れていた仲間たちは、装置の前に集合する。
「私に任せて。こんな事もあろうかと、大文字先生から装置の止め方を聞いておいたの」
「大文字先生?」
ケフェウスの言葉に、ポラリスは目をぱちくりさせる。
「それで、先生はなんて?」
智緒は尋ねた。
「うん。先生は”スイッチをきれば”止まるって」
「なるほど……って、当たり前でしょ!」
ケフェウスは得意気に人差し指を掲げる。
「こんな機械、私が指先ひとつでダウンさせちゃうもんね!」
きょろきょろと装置を見回す。
「ダウンさせちゃうもんねー」
もう一度、よく装置を見回す。
「スイッチがないよ!?」
スイッチ、と言うか、コントロール関連の機器は、装置を挟んで反対側にある。しかし、そちら側は当然、クルセイダーが守りを固めている。逆に考えれば、この地点の警備に穴が出来たのは、コントロール関連の機器がないからである。あえて操作に行くリスクを考えると、別の方法を模索したほうがいいだろう。
「……ま、そんな簡単な方法には期待してなかったけどな」
静玖は呆れた様子で言うと、小型結界装置を取り出した。
「どうするつもりですか?」
メイは訊いた。
「あのポンコツ博士、魔法と科学の融合を研究してた。もし、この装置にも魔法的設計がされてるなら、魔法によるジャミングで回路を破壊出来るかもしれねぇ」
結界装置には魔法少女のデータをインプットしてある。閉鎖空間の効果を撥ね除ける魔法少女を反映させた結界空間なら、影響を及ぼすことが出来るのでは、と考えたのだ。
しかし、結界装置を起動させても、目立った反応はなかった。結界装置は問題なく作動しているが、装置を破壊することもなければ、この方法で魔法少女と同様の防御効果を得ることも出来ない。シャドウレイヤーは想像以上に強力だった。
「ダメか……」
とその時、落ち込む彼の肩を、ナイナイがポンと叩いた。
「ここはナイナイにお任せナイ!」
ナイナイは懐からもう一枚、魔法少女仮契約書を取り出した。
「ムーン・ビーストパワー・メイクアップ!」
光に包まれた彼の姿が魔法少女に変わる。
「今までまるでいいとこ無しだった俺様だけど、星辰の輝きに導かれ、超変身! 魔法のケダモノ男の娘・海京かいむちゃん、爆誕!」
もふもふ尻尾に網タイツの、セクシーな黒のバニーガールスタイル。衣装は女、身体は男、誰一人として望まない地獄のハイブリッド系魔法少女の誕生だ。
「ナイスなバディで教団を悩殺……ぶっ!」
脊髄反射で繰り出されたランの鉄拳が顔面を打つ。
「うわキモッ、こっちくんな! この変態!」
「やめて、ランちゃん。俺様は味方よぉ!」
気をとり直し……、ランとかいむは装置を前に身構える。
「ま、要は止まればいいんだろ。だったら、話は簡単じゃねぇか」
ランは2丁拳銃を構え、怒濤の勢いで銃弾をバラまく。
「撃って撃って撃ちまくって、蜂の巣にしてやるぜ!」
銃撃の雨に晒された装置は。すぐに穴だらけになった。火花が飛び散り、小さな爆発が起こり、警報機が悲鳴を上げる。ただ、装置上部にある硝子管は強化硝子製で、なかなか銃弾では傷付けることが出来ない。
「どうやら、俺様の本気を見せる時が来たな……!」
かいむは隠し持ったビッグバンスイーツを物質化させ、硝子管に投げつけた。直撃とともに爆発し、お菓子を撒き散らしながら、設置された硝子管の半分を粉砕する。
しかし、装置に大打撃を与えることに成功したが、警備のクルセイダーを呼び寄せてしまった。
「……まだ空間は消えてないか。しょうがねぇ……おい、寿子」
「え?」
「連中はあたいらが足止めする。その間に装置にトドメを刺しちまいな」
返事を待たず、ランは弾幕を張り敵の襲撃を阻む。
「よ、よーし……」
自分の身長よりも巨大な装置を前に、ポラリスは気合いを入れる。自信はないけど、仲間が作ってくれた大切な機会を無駄にすることは出来ない。自分をここまで導いてくれた仲間のためにも。それに、アウストラリアスは言ってくれた「もっと自分を信じて」と。
「……大丈夫、きっとやれるよ!」
智緒は小さな羽を羽ばたかせ、彼女の横に来ると、両手を装置に向ける。
「そうだよ。魔法少女は奇跡を起こすものなんだから」
ケフェウスも隣りに立ち、同様に両手を構える。
「ありがとう」
二人に勇気づけられ、ポラリスは微笑む。
そして、両手からサンダーブラストを放った。それに合わせ、智緒は轟雷閃を、ケフェウスは雷術を、それぞれ放つ。
「夜空に輝く北極星よ、力を貸して!」
「閃光煌き轟く雷鳴、轟雷閃で痺れちゃえっ!」
「カモン、稲妻! 貴方のハートをびりびりショート!」
しかし、装置を停止させるにはまだ威力が足りない。
「もっと……もっと……! そうだ!」
ポラリスが手をかざすと、光の中に、ライフルドマスケットが出現する。
「二人ともここに雷を集めて!」
「わかったわ!」
ほとばしる稲妻を、ポラリスは意識を集中して、一つの形に収束させる。即ち、銃弾。
「魔弾装填!」
彼女のコールとともに、銃口が青白い稲光に包まれた。
「トライスター・パニッシュメント!!」
三人の魔力が一つになった魔弾が、装置を完膚なきまでに破壊する。
目も眩む閃光が消えた時、同時に灰色の世界も消えた。海京の上に、澄み渡る太平洋の星空が戻って来た。
「……や、やったぁ!」
ケフェウスはポラリスに抱きつく。
「ぶっつけ本番だったのに、よくあんな技思いついたね!」
「一か八かだったけど、もしかしたら出来るかなって……でも、疲れた……はうう……」
「わわわっ、寿子ちゃん、しっかりして〜〜〜!!」