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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第1回/全3回)

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「一体これはどういうことだ?」
 アタシュルク一族の魔女たちとコントラクターの戦いを見下ろして、殺し屋の頭目ヤグルシ・マイムールはつぶやいた。
 声には不快感がにじんでいる。
「……あの無能の弱虫め。死にかけのばあさん1人抑えておくぐらいのこともできないのか。一族のだれも死なせたくないなどとご大層な言を吐きまくっていたくせに」
「まあまあ。そう言うな。あれでも私たちの雇い主だ。言に実が伴わない者などいくらもいる。それに、これはこれでいいじゃないか」
 飄々とした少女の声がした。振り返ると、長い黒髪をツインテールにした15〜16歳の少女が立っている。
 セイファに雇われたシャンバラ人の1人だ。セイファとともに現れ、大樹佐和子と名乗った。
 自分たちを雇っておきながら、知らぬところでこんな動きもしていたということにも腹立たしいのだが…。
 その外見に見合わない皮肉気な口調と腰の据わった目つき、隙のないふるまいが少女の経歴を物語っていて、文句のつけようもない。
「いいとは?」
「あの邪魔者どもをふるいにかけてもらうのにちょうどいいということさ。面倒がはぶける」
「そういうのもアリかもしれねぇがよ、つまんねえな」
 刀身に『斬撃天帝』と刻まれた、分厚く巨大な大剣を両肩に渡らせた白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が、退屈そうな表情で横に並んだ。魔女たちが操る魔獣たちと戦っているコントラクターを見下ろす。
「俺ぁ退屈なのはきらいなんだよ。弱ったヤツをいたぶる趣味もねえ」
 ぶすったれた少年のような声の調子に、ククっと佐和子がのどを鳴らした。
「じゃあ私たちで少し掻き回してみるかい?」
「ああ、それもアリだな」
 2人は意気投合したように互いを見てにやりと笑った。
「おまえたち」
 ヤグルシがとがめるような視線を向ける。
「なあ軍師殿、それでいいだろ?」
 と、佐和子は少し離れた所にいるポニーテールの少年をうかがった。
 高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)はちょうど式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)から下準備の首尾について報告を受けていたところで、佐和子の言葉に少し考え込んでいるような間を開けたあと、とうなずいた。
「かまいません。そのあとの計画に支障が出ない程度なら、ですが」
「だってさ」
 ヤグルシにひらりと手を振って見せて、佐和子は下へ通じる道をすたすた歩いて行った。
「行くぞ、徹雄」
 竜造もまた、パートナーの松岡 徹雄(まつおか・てつお)についてこいと合図を送る。その目を正面に向けたとき。彼は、1人の忍者装束の者と視線を合わせることになった。
 透明と間違えそうなほど薄い水色の瞳は人形のように何も語らない。
「……へっ。まさかあんたと共闘する日が来るなんてな」
 皮肉なものだと言うように肩をすくめて見せると、竜造は前を通りすぎた。
「カイ、放っておけ」
 竜造と徹雄の背を見送るカイ・イスファハーンにヤグルシが言う。
「彼らは計画にない。予定外のファクターはほころびの元だ。今のうちに始末しておいた方がいい」
 ヤグルシの元へ行き、2人だけに聞こえる声でカイがささやいた。
「それは俺も思った。だが今はとりたてて彼らは問題じゃない。問題があるとすれば――」
 それからも2人は何か言葉をかわしていた。
 その様子を玄秀は少し離れた位置から見守る。
(――ふん。何をこそこそと話しているのやら)
 あいにくと強まった夕方の風が邪魔をして、風下にいる彼らの声は聞こえない。口元を覆う布のせいで唇の動きも読めなかった。
 が。
 うさんくさい殺し屋だ、どうせろくでもない相談だろう。
「まあいい。こっちもやつらの下についた覚えはないからな」
 雇用主はあくまでアタシュルクだ。報酬もそちらから出る以上、立場は同等。むしろ、互いが互いを利用し合っているだけの間柄だ。
 そこで、まるで先の独り言が聞こえたかのようにヤグルシたちの目が玄秀へと向いた。
 彼らの周囲にはいつの間にか黒装束の者たちが集まっている。
「俺たちはそろそろ行くが?」
「ええ。準備は万端です。作戦に変更はありません。よろしくお願いします」
(聞こえていたはずはない)
 立ち去る彼らを見ながら、玄秀は結論づけた。
「ま、聞かれたところでどうということもないが。
 広目天王、ティア、おまえたちも位置について待機していろ。僕からの合図を待て」
「――は」
 広目天王は畏まって一礼し、掻き消すようにいなくなる。
「ええ。……シュウ、気をつけて」
 ティアン・メイ(てぃあん・めい)は口にしていいものか少しためらったあと、そう付け加えて離れて行った。




 下ではちょうどルカルカが、周囲を固めたグールをなぎ払い、1匹目のエンディムを両断したところだった。
 しかしダリルの予想どおり、地に倒れたグールは一部だけで大半のグールはまだ動いている。
「次はどこ!?」
 ルカルカはざっと周囲を見渡す。
「あそこだ」
 ダリルが指し示す方角はグールで埋まり、エンディムの姿は見えない。しかしルカルカはダリルの言葉を信じ、そちらへ走った。
「……くっそー。どう見ても、戦力が足りてないよねえ」
 ハリールを守護する盾のように立ち、9/G9/Bの両手撃ちで上空のバジリスクに対処しながら月谷 要(つきたに・かなめ)はぼやいた。
 大分日が暮れて空も周囲も闇色が強まっていたが、ホークアイを発動させているので間違って上空で戦っている味方を誤射するなどといった問題はない。しかし数が多かった。しかもめっぽうタフなのか、バジリスクは羽根を撃ち抜いたくらいでは落ちてくれない。撃ち落とすことに気をとられていたら別の方向から石化光線やら毒液が飛んできたりして、攻撃にばかり集中できないのもつらかった。
「ぼやかないの」
 霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が息をはずませながら言った。ウルネラント・ルーナを長剣と短剣の2刀にし、こちらはハイートを相手に戦っている。
 相手は鋼鉄の毛を鎧のようにまとった巨大猿だ。爪、牙に加えて鞭のような尾を使って不意打ちをかけてくる。パリィを用いての防御に主眼を置き、カウンター狙いで戦っているが、決定打を出せず、息を切らしていた。
 彼女が苦戦しているのを背中で感じとり、補助に回りたかったが、さりとて要の方にもその余裕がない。
(このままではいずれ共倒れになる。どうすればいい?)
「行って、要」
 まるで彼の心のあせりを読んだかのように、悠美香が言った。
「戦力差がありすぎよ。個々の力はこちらがあるみたいだけど……魔獣たちを操っている本元をたたかないと、いずれ私たちの方が先に力尽きるわ。
 数分なら持ちこたえてみせる。だから、あなたは行って」
「だけど――」
「あなたの方が大変なのよ。あそこまで、魔獣たちのなかを突っ切らなくちゃいけないんだから」
 疲労しているのに、悠美香は気丈にも笑顔を見せた。
「僕も行こう」
 流星・影と居合の刀を巧みに使い分け、戦っていた永井 託(ながい・たく)が言った。
「悠美香さんの考えに賛成だ。攻撃に転じるなら今しかないよ」
「俺が援護する」
 そう言ったのは、柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)だった。
 【シュヴァルツ】と【ヴァイス】の二丁拳銃を操り、急降下してきたバジリスクを撃ち落とす。
 3人の男たちは互いを見、思いを確かめるようにうなずき合った。それぞれが武器を手にかまえをとる。
「悠美香ちゃん、あとでこの埋め合わせはちゃんとするからね」
「要…」
「いまだ、行け!!」
 桂輔の合図で託と要が同時に飛び出した。その先にはハイートとグールが待ち受けている。
「やるぞ、アルマ!」
「分かりました」
 桂輔とは対照的に、アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)は冷静沈着な声で応じた。ニルヴァーナライフルを腰だめにかまえる。
 すでにニルヴァーナライフルは自分とつないであった。こうすれば短時間ながらも最大出力で範囲攻撃が可能となる。ただし、自身の体内エネルギーを消費するため、アルマ自身の稼働能力が落ちてしまうことになるが。この際しかたない。
 アルマから流れ込む強力な機晶エネルギーを受けて、ニルヴァーナライフルの銃口が輝き始める。トリガーを引いた瞬間、光はうす闇を切り裂くラインとなって走った。
 ビームはハイートを分断し、グールを蒸発させる。
 桂輔も負けてはいなかった。視界の悪さはエイミングとスナイプで補い、2人のために弾幕援護を張る。
 彼らの遠距離攻撃を受け、魔獣たちの動きは一時乱れた。
 しかし、いつまでもそれを許す敵ではない。彼らはすぐにバジリスクを操った。援護に集中して動けない桂輔とアルマにバジリスクが四方から同時攻撃をかける。
「いけない!」
 それと気付いた瞬間、悠美香はレックスレイジを発動させた。一時的な能力解放でハイートを倒すとすぐさまウルネラント・ルーナを大剣モードに移行させ、バジリスク2羽を瞬時に一刀両断にする。
 と同時に、彼女を補うようにマーガレットとハリールがそれぞれ別の1羽に剣を突き立てていた。
「ハリール、あなた」
「あたしだって戦えるのよ。この日のために頑張ってきたんだから!
 あたしだって……あたしのために戦ってくれるあなたたちのために、戦いたいの! あなたたちを守らせて!」
 彼女の気迫に押されるように、一瞬全員が沈黙した。
「いや、しかし…」
 小次郎が煩悶するように目を眇めた。
 彼女は護衛対象だ。守るべき相手と共闘するのはどうかという分別と戦力不足という現状との葛藤が起きる。
 そのとき、桂輔が言った。
「それもいいんじゃない? 彼女はどう見ても守られるだけのお姫さまタイプじゃないし、ちゃんと戦闘力もある。それに、なんてったって蒼空学園の生徒、つまり俺たちの仲間だからな」
 ほんの一時、援護射撃の手を止めて、にかっと笑う。
 それを見て、小次郎は苦笑しつつもその考えを受け入れた。
「分かりました。あなたの力を借ります。ただし、私が危険と判断したらすぐに従って退くことが条件です」
「ありがとう、みんな!」
 ハリールは受け入れられた思いで輝く笑顔を彼らへと向けた。