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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)
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【変動のカンテミール】




 激戦の繰り広げられるユグドラシルから、遠く離れたここカンテミールでも、状況は大きく動きつつあった

 ティアラが和馬と共に地下坑道へ向かっていた頃、ティアラが一時的な公邸として使っていた役所は、何故か修羅場と変貌していたのである。
「結局これであるか!」
 オットーは憤慨しているが、光一郎はどこ吹く風だ。いやそれどころではないと言った方が良いのだろうか。ティアラ達は留守とは言え、その後を任された武尊が立ちふさがっているのだ。
「まさか俺以外にパンツを狙ってる漢がいるとは思わなかったぜ……」
「人聞きが悪いな、狙ってるんじゃない、守ってるんだ」
 二人は非常に真剣な顔で向き合っているが、奪い合っているのはパンツである。全体的にピンク基調のエロ可愛い系で統一されたパンツが、書類やら何やらと一緒にトランク詰めされているのは非常に奇怪な光景ではあるが、くどいようだがお互い真剣である。
「それにまさかはこっちのセリフだ。外からじゃなくて、中からとはな……」
 外からの襲撃を警戒して対策をとっていたが、光一郎達が襲撃者に変じたのは内部へ入った後からだ。やられたぜ、とは言いつつも、その顔には不敵な笑みがある。
「だが、ティアラから留守番の”見返り”の言質は取ってるからな。ここは譲れねぇぜ?」
 対して、光一郎もにやりと笑ってびしいとトランクを指差した。
「セルウスの本当の覚醒……そう、男の子の目覚めには、そのパンツが必要だっ! こっちこそ譲れねぇんだよ!」
「目覚めの意味が違うであろう!」
 オットーのツッコミは完全スルーのまま、光一郎はゴッドスピードで一気に距離を詰めると、そのままトランクを奪って走り抜け、いや華麗に逃亡した。
「ち……っ!」
 武尊は舌打ちして直ぐに追いかけたが、なりふり構わずパンツだけ握り締めて逃走する光一郎が一歩早い。そのまま出口まで一直線、かと思われたが。
「そうはいかねぇぜえ!」
 立ち塞がったのは、猫井 又吉(ねこい・またきち)だ。
 又吉が放ったアイアンハンター二体が入り口を守っている上、その先では巨大化した又吉本人が待っているのだ。これ以上逃げる道は無さそうだ。光一郎は一応の反撃を試みては見たが、その神速を使ってもすり抜ける隙間の方が埋まっているのだ。
「無念……っ」
 こうしてティアラのパン……役所、いやパンツは守られたのだった。多分。





「何をやっていらっしゃるんですかねぇ……」

 地下坑道の入り口で、和馬からその報告を受けたティアラは、何とも言えない顔でため息をついたが、引き返すのも躊躇われて、ため息を吐き出した。
「あちらは武尊さんにお任せしときましょう。今は、こっちが先っていうかぁ」
 言って、警戒も露わな和馬達を向き直ると「フライングは厳禁ですよぉ」と念を入れた。
「これはあくまでぇ、治安維持の一貫なんですからねぇ?」
 そう言って腰に手を当て、ディルムッド達に指示を出している姿は、ステージの上で歌って踊るアイドルではなかった。
「正面から行くのか?」
 和馬の問いに頷いたのはディルムッドだ。戦いに行くわけではないのだ。隠れる意味もないし、正当性を示す意味でも、正面からいく方が効果的だ、と説明して剣を差した。
「それに、おそらくどの経路を取ろうと、対策はされているだろうからな」




「来ましたね」
 その言葉を証明するかのように。
 妨害者の訪れた気配に、エレナが手元のスイッチを入れた。その途端、いくつも枝分かれした坑道の各所に設置された音楽再生端末が、一斉にライブを中継して大音量を響かせた。それは坑道内を反響し、まるで地下一帯が歌っているかのように響きわたる。
「まさか本人が出てくるなんてね」
 それを聞きながら、ウルスラーディから連絡を受けた高崎 朋美(たかさき・ともみ)が息をついた。
「まぁ選帝の儀に向かうのを防ぐのが目的だから、好都合……だけど」
 言いながら銃を構えた朋美に「そうどすなあ」と高崎 トメ(たかさき・とめ)は微妙な顔だ。だが、すぐにその顔を引き締めて、自身も銃を構えなおした。
「まぁ言いたいことは後にしまひょ。今は集中せなあきはへん」
 その言葉通り、ティアラにくっついているウルスラーディが送ってくる位置信号は、音響に大分惑わされてはいるが、着実に近付いてくる。朋美達は、打ち合わせ通りに坑道の分岐に身を潜めながら、その時を待った。そして。
「第三ポイント通過。行動開始!」
 朋美が合図を送った瞬間、設置してあったトラップが発動した。
 ドンッという爆発音に続いて、土煙が舞い上がってティアラ達の行く手を担った。そこへ、トメのスナイパーライフルが火を噴き、ティアラを庇ったディルムッドの腕を正確に狙い撃った。
「ち……っ」
 ダメージは浅いが、土煙のせいもあって狙撃手の位置が掴めないのだ。その間にも二撃、三撃とディルムッドや和馬に向けて襲いかかってきたが、ディルムッドは動じた風がない。果たして、龍騎士ディルムッドに庇われながら前へ出たティアラは、深く息を吸い込むと、その能力を発動させた。

「―――……ッ!」

 


 同じ頃、坑道の奥まった場所にある即席のコンサートホールは、盛り上がりの最高潮を迎えていた。
「さあ、みなさーん☆次の曲もご一緒にー☆」
 シャナが煽るのにあわせて、観客達は声を合わせる。


自由なる不動の都
永久に在れ 我がカンテミール
皆称えよ人民の力強きオタク力

嵐を衝き自由の陽は
我が元を照らしカンテミールは
我等を正義の偉業へ
アキバへと導かぬ

カンテミールその未来
アキバの勝利を我、見たり
集いしオタクの御旗に
不朽の信義を誓う

称えよ自由なる我等が都
オタクの紡ぎし友好の絆
アキバの力は我らを導く
カンテミールの勝利へと


 曲こそアイドルらしいが、気のせいか歌詞が某国国歌に非常によく似たその歌の大合唱が終わり、次の曲へと移ろうとした、その時だ。パチパチ、と唐突なタイミングで拍手があがった。ティアラだ。その強力な歌声を坑道中に反響させるという荒技で、位置を特定するまでもなく朋美達を撃破して、ここまでたどり着いたらしい。
「盛り上がり中申し訳ありませんがぁ、ここまでですよぉ」
 にっこり笑ったティアラにシャナは身構えたが、ティアラの方はのんびりとした様子で手を振った。
「勘違いしないでくださいねぇ。別にやり合いに来たんじゃないっていうかぁ」
「じゃあ、何しに来たんですか?」
 訝しがるシャナに、ティアラは苦笑がちに肩を竦めた。
「回線ジャックがテロ行為だって判ってますかぁ? 選帝神として放って置くわけにはいかないじゃないですかぁ」
 だが、そうは言ったものの、ディルムッド達が前へ出る様子も、武器を構える気配もない。ティアラは「ですがぁ」と内緒話でもするように目を細めた。
「その前に、ちょっとお話をしに来たんですよぉ」
 聞いてるんでしょう、エカテリーナちゃん? と続く言葉に、モニターの一つがヴゥン、と切り替わって、エカテリーナの画像が映し出された。観客達がざわめく中、ティアラは画面の先、ユグドラシルの足下にいるエカテリーナに向けて「一応、確認しておきますがぁ」と首を傾げた。
「あなたは、選帝神になりたくないんじゃあなかったんですか?」
『何だ、忘れてるかと思ってたのだぜwww』
 その返答に場がどよめいたが、エカテリーナは構わずに続ける。
『人には向き不向きがあるだろjk。ボクはゲーマーの神であって、表舞台には似合わないのだぜ。だからお兄ちゃんになってもらう筈”だった”。けど”断られた”……それで思い出したのだぜ。ボクが戦おうと思ったのは、キミがこの町を勝手に変えようとしていたからだって。好きにさせたくない……それだけだって』
「……選帝神は、地方の領主でもあるんですよぉ? 裏舞台の住人が、何ができるって思ってんですかぁ?」
 やろうと思えば、力尽くで変えることもできるんですよぉ、と脅しのように言ったが、それに惑わされることなく、画面の中のエカテリーナは首を振った。
『あんまり甘く見ない方が良いのだぜ。ここを見て判らないのだぜ? ボクらゲーマーってのは、ゲームオーバーからの方が強いのだぜww』
 その声を後押しするように「その通りですっ☆」とシャナが声を上げた。
「We refused to let this journey end!」
 それに併せて、観客達が一斉に復唱するのに、ティアラは苦笑がちに肩を竦めた。
「……シブヤ化は断固阻止、ってわけですかぁ……」
 ため息のように呟くティアラに、ディルムッドに捕らわれていたトメが「どないしはるんどす?」と口を開いた。
「あんたはもう判った筈や、今の立場を。権力で自分を崇拝させることのできる立場やて」
 選帝神として獲得したファンは、本当のファンではない。トメはそう訴えたが、ティアラはふふん、と不敵に笑った。
「ティアラがそんなことも判らないで選帝神を目指したと思ってるんですかぁ?」
 と、ずいっと身を乗り出してティアラは続ける。
「アイドルって概念を変えるぐらいの覚悟があるからに決まってますよねぇ? シブヤ化が無理って言うならぁ、路線を変えるまでですしぃ……というわけで、お話に戻るわけですけどぉ」
 そうして、話をバトンしたのは和馬だ。
「話というか、誘いにきたのさ、エカテリーナ。あんたを、ティアラのマネージャとしてな」
 ざわっと観衆のざわつく中で、和馬は続ける。
「あんたのネット能力もゲーマーのスキルも、選帝神ティアラの、そしてこれから先のカンテミールにとっても大きな力になるはずだ」
『……どう言うことなのだぜ?』
 訝しむエカテリーナに、ティアラはにっこりと笑った。
「判りませんかぁ? カンテミールの選帝神はアイドルなんですよぉ。アイドルに必要なもの、そしてアイドルが売るものが何か、ってことなんですよぉ」
 その言葉に、エカテリーナはわずかに沈黙した。ティアラが語っているのは「アイドルは夢を売るお仕事」などという理想論の話ではない、もっと現実的なもののことで、同時にエカテリーナに挑発と取引を持ちかけているのだ。カンテミールの今後のこと、そしてティアラの今後のことを秤に、差し出される損得。様々な条件を頭の中でシュミレートし、長い沈黙の後、エカテリーナはため息を吐き出しながら『……わかったのだぜ』と小さく答えた。
『マネージャー、引き受けるのだぜ。ただし”セルウスが勝った場合の選帝神ティアラ”の……それが条件なのだぜ』
 含んだ物言いに、ティアラは不敵に、だが満足そうに笑って頷くと、固唾をのんで見守る観衆をぐるりと見回すと、ぱんっと手を叩き、カメラに向かって目線を投げると「では、最初のお仕事といきましょうかねぇ」と息を吸った。

「選帝神ティアラ・ティアラはぁ、このたびの選帝の儀のボイコットを宣言しまぁす」

 のんびりとした声が言ったが内容はそれどころではない。皆が目を見開き、ディルムッドが顔色を変えたが、ティアラは髪をさらっとかきあげると、ふう、と息をついて肩を竦めた。
「ただしぃ、ティアラの譲歩はここまでって言うかぁ、勘違いしないでほしいって言うかぁ」
『今更ツンデレ要素とか、安直杉だろjk』
「はぁ? 何言ってるかイミフなんですけどぉ」
 ビリビリと一瞬火花が散ったが、すぐにそれはため息にかき消された。
「現時点ではぁ、まだ”誰が皇帝になるか”は決まってないんですからぁ・・・・・・ティアラとしてはポジションはキープしておく必要性があるんですよねぇ」
 セルウスが力を付けてきているとは言え未だ、荒野の王が優勢であることは変わりないのだ。スポンサーであるラヴェルデを裏切れば後がない。エカテリーナという戦力に対して、取れるリスクはここまで、ということだろう。
「……ってことで、このあたり落としどころって感じでどうですかぁ?」
『……承知したのだぜ』
 エカテリーナは頷いたが、もちろん「ただし」を付け加えるのも忘れなかった。
『セルウスが王になった暁には、ボクがマネージャーするだけの価値を、示してもらうのだぜ』
「誰に言ってるんですかぁ?」
 その言葉に、ティアラも不敵に笑みを浮かべ、挑発的な目でエカテリーナを見やったのだった。

「元々エリュシオンだけに留まるつもりもありませんしぃ、ティアラのマネージャーになった暁には、パラミタ中をカンテミールにするぐらいの働きをしてもらいますよぉ?」