百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

リアクション公開中!

【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)
【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回) 【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

リアクション







【それぞれの三日間――Side:3】





 エリュシオン帝国北東部。
 選帝神ラヴェルデの治めるここオケアノスでも例に漏れず、町は選帝の儀の話題で持ちきりだ。特に、皇帝候補である荒野の王を擁したこの地方では、熱気もひとしおである。貿易の盛んな土地柄もあって、エリュシオン以外の土地の者達まで、一緒になってその行く末に興味津々と言った様子で、噂話に花を咲かせているようだ。

 一方、そんな喧騒の中でも、比較的静けさを保っている場所もある。
 オケアノスの中心地に建つ、グランツ教の教会である。
 神々の多く存在するエリュシオンにありながら、全く別の神、別の教義を信仰する彼らにとって、誰が皇帝になるか、ということは、さほど重要ではないのだろう。
「元々、国家神じゃあパラミタ大陸を救えないって思った人の集まった教会だもんねぇ」
 当然かな、と呟きながら、ボランティアとして教会に入り込んで、倉庫掃除の真っ最中だった清泉 北都(いずみ・ほくと)はぱたぱたと羽箒をふった。とは言え、倉庫に収められている「それら」は、他の所蔵品たちに比べて、埃や汚れが殆どなく、床にも埃があった痕がない。ここに持ち込まれてから日が浅いのだろう。だが、その割には随分と古びていたが。
「まぁ、まさかこれが一万年も前のものだなんて、普通気付かないよね」
 と北都はその表面に刻まれた刻印をなぞった。杖に似た意匠をした何本もの槍や、独特の意匠のなされた剣達。それらの武器たちは、一万年前にひとつの一族を滅ぼしたもので、現在ではそれを知る手立てはない筈のものだ。だからこそ、こんなに無造作に倉庫に仕舞われているのだろうけど、と心中で呟いて、掃除をする傍らで北都は意識を集中させた。
「……使われたのは……ええっと、ジェルジンスクのテロの時か。それより前は、古すぎるなぁ……」
 サイコメトリで残された記憶を辿ったが、使われたのはいずれも同じ時期のもので、長い時の間に情報は随分と薄れてしまっているようだ。だがその中で、僅かに確認できたのは二つ。神を殺すために別されたものである、ということ、そして刻印を通して繋がっているものの存在。ニルヴァーナより来たと言う、邪悪な世界樹、アールキング。
「真の王と、グランツ教が繋がってるのは殆ど確実だけど……」
 問題は、ただ所有しているだけでは、証拠にはならないということだ。持ち帰って調べるには危険すぎるその武器達に、北都はその側面の意匠に紛れ込ませるようにして、一部に淡い色を乗せた。
「よし、これで……っ」
 全ての武器に印をつけたところで、北都はとっさに羽箒を揺らしながら振り返った。誰かの近付く気配を感じたからだ。目深にフードを被った信者らしき人物は、怪訝そうにしたものの、その手の箒と、ボランティア中の北都の姿を見たことがあったのか「ご苦労様です」と一声かけただけで直ぐに興味を失うと、その槍を数本手に取った。どうやら運び出そうとしているようだ。荷物を移動させるのではないことは、その掴んだ手の無骨さで知れる。北都は、その人物が倉庫を後にするのを見届けてから、そっと連絡を取るために自らもその場を後にしたのだった。



 一方で、そんなオケアノス地方を治める選帝神ラヴェルデ・オケアノスの邸は、選帝の儀へ向けての慌しさの只中にあった。

「第三龍騎士団の装備?」
「ええ、お願いできますかしら」
 ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)の問いに、ラヴェルデが首を傾げながらも「難しいですな」と返した。
「他の騎士団もそうですが、第三龍騎士団はその役目上、多くの権限を有しておるのですよ。故になりすましには非常にデリケートでしてな」
 装備ひとつひとつは、何とか手に入らないこともないが、一揃いとなると、例え選帝神でも簡単に手に入れられるものではない、とラヴェルデは続ける。少なくとも3日ではとてもではないが無理な話だ。勿論偽造すればもっと早く揃うのだろうが、そこまで危ない橋を渡るつもりは無いらしい。
「なりすますつもりはないのよ。コスプレ程度で十分。要は、そういう事情に詳しくない人間が、一瞬見間違ってくれたらそれでいいのよ」
 その意図を何となく悟りはしたものの、ふむ、と首を傾げたラヴェルデは用意を約束しつつも「あくまで身分を利用するつもりが無いと判る程度のものになりますがね」と付け加えるのも忘れなかった。
 
 その後も、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)からの契約の申し入れを断ったりと、身分や立場の上下無く、今回の選帝の儀の主催的な位置に居るラヴェルデを訊ねてくる者は引きも切らず、普段は相応に静かな応接間は、大勢の熱気に包まれていた。
「お前たちは留守中の邸の警護を。アベル、領内のことはお前に任せた」
「御意」
 ファトラ達の様な客人もそうだが、ラヴェルデの使用人や役人、騎士達やラヴェルデ個人の私兵らしき者達が出たり入ったりと忙しない。そんな中「彼は?」と、部屋を退出していったアベルと呼ばれた騎士の背中を見送ってアウナス・ソルディオン(あうなす・そるでぃおん)が尋ねた。
「あれは代々、オケアノス領を守護する貴族の長ですが……何か?」
 ラヴェルデが首を傾げるのに「いえ」とアウナスは声を潜めた。
「少し気になっていることがあるもので……こちら側へ混ざっている者達のことで」
 その物言いに、僅かに目を細めたラヴェルデに、彼の私兵が出払っていることを確認してアウナスは続ける。
「”彼ら”が土壇場で”どう”出るかわからない以上、警戒はしておく方が良いかと」
「”奴等”を完全に信用してはおらんのだろう?」
 後を引き取るように続けたのはグンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)だ。その口調から”彼ら”が誰を指しているのか、グンツたちの立ち位置と意図を察すると、ラヴェルデは小さく口の端を上げた。
「信用を築けるほどの間柄ではありませんがね。しかし、自分達の足場を燃やしてしまうような真似をしますかね?」
 グランツ教との関係がどのようなものかを匂わせるその言葉にグンツは「油断は禁物」と目を細めた。
「彼らは何処にでもいるし、纏まりあるひとつではない。目晦ましに足場をあえて燃やして、飛び移る可能性はゼロではない」
 グンツの言葉に、ラヴェルデは僅かに沈黙した。何か思い当たることでもあるのだろう。考え込むような様子に、グンツは畳み掛ける。
「火の無いところに煙は立たん。火打石に思われかねんものは、片付けておくべきではないか?」
「できるのかね?」
 試すようなラヴェルデの言葉に、不敵に笑ったグンツが、早速それを示さんとばかりに踵を返そうとすると、その背中にくすっと小さな笑みの音がこぼれた。
「慌しいことですね」
 そう言って、意味ありげな視線をグンツへ投げかけたのは、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)を荷物持ちに、女商人”ミネコ”を名乗る黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。ソファに腰掛ける姿も艶やかな女性の姿に、ラヴェルデは困ったような顔で「ろくにおもてなしも出来ず、申し訳ない」と頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せするようだが、何分帝国全土の問題ですのでね」
 その言葉に、天音はふるりと首を振った。
「判っておりますわ。選帝の儀の時期を予測できなかったのは、こちらのミスですもの」
 言いながら再びちらりと意味ありげな目線と共に「ですけど」と天音は口元の笑みを深めた。
「随分と他国人を信用されておいでのようですわね?」
 その言葉に、ラヴェルデは目を細め、一瞬顔を見合わせたグンツが、ラヴェルデから私兵のリストを受け取ったファトラ達と共に部屋を後にするのを見届けると、向かいのソファへ腰を下ろした。
「他国人、と言われるが、貴女と同じ国ではありませんかな」
 天音の言葉に混じる、自分へ向けたのではないだろう棘を感じてか、ラヴェルデが言えば「ええ」と頷きつつ天音は目を細めた。
「ですが、私は商人ですもの。自国も他国もありませんわ」
 そういって、すい、と足を組み替えた天音は、不意に身を乗り出すようにして声を潜めた。
「私に必要なのは、利益と立場……失礼ながら、私が興味があるのは、ラヴェルデ様の足元ですのよ」
 一瞬のラヴェルデの沈黙に、天音は続ける。
「不躾は承知しておりますが、どうもラヴェルデ様とグランツ教は足並みを揃えてはいらっしゃらないご様子」
 その言葉に、ラヴェルデは苦笑しつつ、困ったように首を傾げて見せた。
「好奇心の強い女性は大変魅力的ではありますが……それを知って、如何するおつもりかな」
「申し上げましたでしょう? 私は商人ですわ。立つべき位置を見極めねば、恐ろしくて商いもできません」
 探るようなラヴェルデの言葉に、天音も一歩も引かずに微笑んでみせ、互いの間で微妙な空気が一瞬流れた後、先に息を吐き出したのはラヴェルデだ。きしりとソファを軋ませると「聞いておられた通りですよ」とその関係を認めた。
「グランツ教は日々その信徒を増やす力のある宗教ですからな、貿易によって成り立つ我がオケアノスで、彼らを無碍にすることは難しい……それ故に付き合いは深いほうではありますが、信用を築けるような間柄でもありませんよ。少なくとも、私にとっては」
 微妙なニュアンスに天音が先を促すように首を傾げて見せると、こほん、と咳払いしてラヴェルデは更に続ける。
「私は選帝神であり、同時にオケアノスにおいては一介の商人のようなものですからな。あちらの思惑がどうであれ、こちらの利益となるならそれで良い……だがそれは、相手が協力的で居る限り、です。お分かりいただけるかな」
「ええ」
 頷いた天音は、くすりと口元を引き上げた。
「では、今回の選帝の儀は、まさに見極めのための鍵とも言うべきですわね」
 その言葉には、奥で控えていた荒野の王が僅かに目を細めた。
「巷では、もう一人の候補者……セルウスの話題が持ち上がっているようですわ。彼らの思惑がどこにあるかで、乗り換える可能性もゼロではない……」
 独り言のような口調に荒野の王が眉を僅かに寄せる中、ラヴェルデは「そうでしょうな」と意外にもあっさりと頷いた。が、指を組み直して僅かな苛立ちは隠せない様子で息をついた。
「貴女のおっしゃるとおり、我々が利害のみの関係である以上、あちらの思惑次第ではそういうこともありえる。ですがそれは無用の心配と言うものですよ……皇帝になるのは、このヴァジラ以外に、ありえないのですからな」
 半ば自分に言い聞かせているようにも聞こえる言葉に、もう一歩踏み込もうとしたところで、コン、と扉を叩く音がし、ラヴェルデの執事らしき男が控えめに頭を下げた。
「旦那様、お話中申し訳ありません。バージェスから使者が到着されました」
「直ぐ行く。申し訳ないが、私はこれで……何のもてなしも出来ませんが、せめてごゆっくりお寛ぎください」


 慌しくラヴェルデが荒野の王と連れ立って部屋を後にした後、天音はふう、と息を吐き出した。
「流石に一筋縄ではいかないか……けど、大分綻びが出てきてるみたいだね」
「そうだな。本来なら、一介の商人相手に、漏らす内容ではないだろう」
 天音の言葉に、ブルーズが頷く。
「過信かどうか判らないが、近付いてくる相手は見境無く巻き込むつもりなのかもしれん」
 それに頷いたのは、ラヴェルデに選帝の儀のビデオ撮影の許可を求めにきていた裏椿 理王(うらつばき・りおう)だ。カンテミールの戦争時のビデオを見せ、ヴァジラとティアラ、そしてラヴェルデとのスリーショットの画像などがあると、今後のオケアノスの発展に結びつくのでは、と解説を交えたプロモーションでラヴェルデから撮影を快諾されたが、それもラヴェルデの中に焦りがあるからだろう。
「とは言え、荒野の王の優位性はまだ失われてないからね」
 綻びが見え隠れしているとは言え、今となっては帝国で数少ない、古き時代からの選帝神である。焦って自分の尻尾を踏みつけるような男なら、貿易で成り立つオケアノスを長きに渡って治め続けられてはいないだろう。
「だけど、一つはっきりした。手を組んでいる以上、途中経過は一致しているんだろうけど……ラヴェルデの言う「こちら側」と、グランツ教との目的は違う」
「問題は、誰があちらで、誰がこちらか……か」
 ブルーズが呟くように続けると、理王がHCを起動させて叶 白竜(よう・ぱいろん)への回線を開き、天音は息を吐き出した。それぞれの場所で自分の役目を果たす仲間たちと情報を共有するためだ。
「とりあえず、こっちも色々、手を打っておかないとね」




 それから暫くの後、彼らが応接間で使用人からお茶を振舞われている間、一旦私室へと戻ったラヴェルデが一人になったのを見計らって、するりと扉から滑り込むようにして表れたのは、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)を伴った早川 呼雪(はやかわ・こゆき)だ。
「お顔の色が優れませんね」
 労わるように声をかけながら、呼雪は静かに歩を進めつつその目を細めると、ソファへ体を沈めるラヴェルデと視線を合わせるように膝を折った。
「ご意向通りに事が運ばず、お心を痛めておいでなのではないですか?」
 表には出さないものの僅かに戸惑った様子のラヴェルデは、ぴくりと眉を寄せながらも、それ以上の表情は変えず「どういう意味かね?」と首を傾げて見せた。それには答えず、呼雪がぱち、と指を鳴らすとドクター・ハデス(どくたー・はです)から「オルクス」と名を貰ったオルクス・ナッシングが忽然と姿を現した。その存在を良く知っているラヴェルデは、思わずと言った様子で腰を浮かしかけたのに、呼雪は落ち着かせるようにその手にそっと自分のそれを重ねた。
「彼は、オルクス・ナッシング……彼のことはご存知でしょう?」
 困惑と動揺を深めた様子のラヴェルデに、呼雪は囁くような声音で続けた。
「私は切に求めていました……真に世界の主となられるべきお方の御許へ至る道を。彼との出逢いによってこの地に辿り着いたのも、恐らく必然だったのでしょう。この地に、かの方はいらっしゃるはず……グランツ教の教会では、お姿を拝見すること叶いませんでしたが、貴方様はかの方のおわす場所を、ご存知なのではありませんか?」
「……ほう。では、君の求める主とは、どのような存在だと思っているのかね?」
 呼雪の物言いで、漸く動揺も幾らか収まったのか、真意を探るような目線でそう尋ねたラヴェルデに、呼雪は妙に耳に入り込んでくる、囁くような声音で続ける。
「我々は原初の力が失われた後も、世界を欺きながら生きてきました。その片棒を担がされている事を、今も多くの者が知らぬまま……私の求める主とは、そんな偽りの世界を真実の姿へ導いてくださる方です」
 そのまま手の平をそっと握る呼雪の様子に、表情こそ変えないが、ヘルは気が気ではないのを飲み込むように手の平を握った。部屋を訪れる直前に打ち合わせはしていたし、後戻りが出来なくなろうと、どんなに苦しい道だろうと一緒にいる、と誓ったものの、それとこれとはまた別だ。やきもきしているヘルの心中を知ってか知らずか、ラヴェルデはふう、と息を吐いて肩の力を抜いたようだった。
「成る程……君の求めるものは、まさしく我らが主のことで相違ないようだ」
 低く言い、ぽん、と重ねた手の上をもう一方で叩いたラヴェルデは、秘密を共有する仲間を手に入れた、と言う顔で薄く笑みを浮かべると「君が此処へ……教会ではなく、私の元へと辿り着いたのは、確かに必然と言えるだろう」、と、グランツ教会で統一神を崇めていた信者たちと同じような恍惚を宿した目が、続ける。

「あの方は、真の王となられる方だ……グランツ教の信ずる神とは、そもそも――違うのだよ」