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フロンティア ヴュー 1/3

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第3章 Conference
 
 
「へぇ……教導団にも、イルミンスール大図書館の深部に入れる程の魔術師がいたのか」
 意外なような、そうでもないような、ともかくその話は、黒崎 天音(くろさき・あまね)の興味を引いた。
「しかし、聖剣、か……何だか妙に厄介事の匂いがするな。興味は尽きないけれど」
 エリュシオン側はどう動くのか気になった天音は、ルーナサズに行ってみることにする。
「知り合いとはいえ、アポ無し手ぶらで行くわけにも行かないだろう」
 パートナーのドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、事前に手紙で訪問の旨を連絡し、手土産の準備にも余念がない。
「黒崎、ルーナサズに行くって? オレも行く行く!」
 天音達がルーナサズに行くと聞いて、鬼院 尋人(きいん・ひろと)も嬉々としてそれに同行した。

 同じ頃、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)も、ルーナサズに手紙を送っていた。宛先はイルヴリーヒだ。
 近況の他、シボラに調査隊を派遣するシャンバラの教導団の動きを添え、ミュケナイの様子を案じた文章の後、できれば彼等兄弟に話を聞き、協力したい内容に、いつでも来訪を歓迎する、という返事が届いていた。


 イルヴリーヒと再会し、軽く挨拶した後で、イルダーナへの取次ぎを頼む。
「今、他にもシャンバラから兄を訪ねて来ている人がいる。
 差し支えなければ、一緒でも構わないだろうか?」
 聞けばその相手は天音だという。問題無い、と呼雪は答えた。

 使者を迎える謁見の間をすっとばして、会議の間と思しき場所に通される。
 先に来ていた天音と、イルダーナは既にその場に居た。
「お目にかかれて光栄です」
 堅苦しい物言いを好まないことは聞いていたが、相手は選帝神だし、初めて会う相手なので、呼雪は敬語を使って挨拶をした。
「おまえ、イルヴの友人なんだろ。そんな面倒な態度を取らなくていい」
 しかしあっさりそう言われてしまい、普段の態度で接することにする。
 そう言った彼の弟の方は、『接客仕様』となっているようだったが。
 くすくす笑って、天音も挨拶する。
「こんにちは、久しぶり。
 ユグドラシル以来だけど、元気そうで安心したよ」
 ブルースが、近くの使用人に、丁度いいタイミングで自然解凍するように氷術をかけた、手作りの極上プリンを渡す。
 手土産を持つドラゴニュートの姿も、珍しがられつつも、ルーナサズの人々は慣れつつあるようだ。
 そろそろ食べ頃だと伝えると、それでは用意して皆さんにお出しします、と言う。
「あ、僕達もお土産持って来たよ。これ、地球の銘菓ね」
と、呼雪のパートナーのヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が菓子折りを渡した。

「ところで、……トゥレンは?」
 天音は首を巡らせて、近くにいるであろう、長い三つ編みを探すが、姿が無い。
 イルダーナは軽い溜息を吐いた。
「あの馬鹿は行方不明だ」
「えっ、どうして!?」
 尋人が驚く。
「おまえらは、シボラの異変については知ってるんだな?」
 イルダーナは、イルヴリーヒが呼雪から受け取った手紙の内容を知らされていた。天音達は頷く。
「あの地震は、震源地自体はエリュシオンにあります。
 龍の背山脈は、領地としては全てエリュシオン領に入りますから」
 イルヴリーヒが説明した。
「地震、そういえばあったね。でもそんなひどくなかったよ?」
 ヘルが訊ねる。イルヴリーヒは頷いた。
「シボラでは、地面が崩落しているとの話ですから相当ですね。
 恐らく、震源地とは地脈で繋がっているなどの関係があるのではと推測します。
 先の事件で、シボラが脆くなっていることも影響していると思います。
 兄はこの地震について、自然現象ではない、違和感めいたものを感じているそうです。
 そこでトゥレンに、震源地の調査をするようにと派遣しました。
 彼の移動は龍ですから、行き帰りにそれぞれ一日かけるとして、五日で、何か解っても解らなくても一旦戻るように、という指示だったのですが」
「探さなきゃ!」
 尋人が浮き足立って言う。
 彼なら大丈夫だろうとは思うが、行方不明と聞いて、じっとしていられない。
「とりあえず、オレ、先に行くから!」
「気をつけて行っておいで」
 尋人は天音に言い残して、飛び出して行く。
 イルダーナは呆れたように、それを見送った。
「せっかちだな」
「その辺りの地図とかあれば、良かったら貸してあげてくれるかな」
 苦笑する天音に、イルダーナは近くの使用人を見る。
 心得たと頷いた使用人は、尋人に追いつく為に急いで会議の間を出て行った。
「一人で行かせていいのか?」
 イルダーナの言葉に天音は微笑む。
「もう少し、情報交換もしたいしね。
 ……それに、君の方こそ飛び出して行きそうで気になるよ」
「こっちはこっちで、別に気になることがある」
 イルダーナは眉間を寄せて腕を組んだ。
「気になること?」
 探している人物がいる、と言う。


 それは、選帝の儀の為にユグドラシルに赴いた時のことだった。
「外から話を聞くと、胡散臭いことこの上ないよねー」
 護衛の為に同行するトゥレンが、都市に入って王城を望みながら、世間話する。
「選帝神様としてはどうなの」
「さあな」
「とか言っちゃって、お忍びでユグドラシルに入って、事前に他の選帝神と情報交換しておこうとかしてるわけだよね」
「……選帝神?」
 おっと声が大きかったかな、とトゥレンは口を押さえる。
 一人の娘が、二人を見上げていた。
「あなた方、選帝神?」
「俺は違うよー」
 そう言ったトゥレンから視線を逸らし、娘はイルダーナを見つめる。
「選帝の儀が行われるとか」
「……ああ」
「それは、本物の皇帝候補なの?」
「何だと?」
「一人は、“予言”を利用して祭り上げた、偽者じゃないの」
 イルダーナは、じっと娘を見た。
「……我こそはと思うのなら、証を立ててみせるんだな」
「違う! 私は……!」
 娘は何かを言いかけたが、ぐっと言葉を詰まらせると、身を翻して走り出す。
「あらら」
 のんびりそれを見送ったトゥレンは、イルダーナを見た。
「追う?」
「約束の時間に遅れる」
 イルダーナは首を横に振る。

 気にはなっていた。
 その後王城に到着し、アスコルドの前の皇帝ルドミラに謁見したイルダーナは、彼女に話を聞いてみた。
 すると、『皇帝候補が二人現れる』という予言は元々、ルドミラの時代にされていたものだという。
 しかしアスコルド以外の候補は現れず、予言は、その次の代に成就された。
 
 そして、選帝の儀でのあの事件。

 イルダーナはルーナサズに戻った後、イルヴリーヒをユグドラシルに遣って娘の行方を捜させたのだが、見つからなかった。


「普通の街娘だった。今回のことに特に関係あるとも思えない。だが気になる」
 イルダーナは、難しい顔をする。
 地震の調査、トゥレンの捜索、娘の話、気にかかっていることは多い。
 どう、動くべきか。
「そういえばさ、龍の背山脈っていうくらいだから、この山脈にも何か龍に纏わる謂れがあるの?
 此処には龍王の卵もあるくらいだし、関係あるのかな」
「大いなるドラゴンが、大地の礎になったという逸話はありますが、山脈を龍に見立て、後付けされたものかもしれません」
 ヘルの問いに、イルヴリーヒが答える。
「パラミタの世界樹に関しては?」
「それは手紙で初めて聞いた。聖剣のことも」
 天音がイルダーナに問うと、彼はそう答える。
「巨人の遺跡について調べるなら、ドワーフに話を聞くのが早いかもな」
「そうなの?」
 ヘルがぱちくりと瞬く。
「巨人の遺跡の多くは、ドワーフの手によるものと言いますから。
“原始の遺跡”レベルであれば、ほぼそうなのではないですか」
 カンテミールもまた、騒動の渦中にあったようだが、シャンバラの民が最も訪れやすいエリュシオン都市ではあるだろう。

「パラミタの、世界樹か……」
 呼雪は呟く。
 叶うなら、会ってみたいと思った。


◇ ◇ ◇


「結局、トゥレンの捜索は出ないの?」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、心配そうに言った。
 龍王の卵がイデアに狙われたあの事件や選帝の儀では、ゆっくり話す機会もなかったので、イルダーナとちゃんと話すのは久しぶりだ。
「最近どう?」
とミスドのドーナツを土産に訪ねると、彼も美羽やパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)を友人として接した。
 トゥレンの捜索に関しては、彼は渋っているようだ。
 心配なはずなのにどうして? と首を傾げると、イルヴリーヒが説明した。
「無事を信じてはいますが、もしも彼が危機的状況にあった時、龍騎士を危機に陥らせる程の場所に、徒に捜索を向かわせることは、ミイラ取りをミイラにしかねません」
 むざむざと、配下の者達を危険に晒すわけにはいかない。
「そして彼の状況や居場所がはっきりしていない今、兄が簡単に動くわけにはいかないのです。
 兄は無駄にルーナサズを空けるわけにはいかない。
 今、この地方が不安な状態にあっても、民が混乱なくいられるのは、ルーナサズに選帝神の存在があるからで、万一何かあった時、選帝神が助けてくれると信じているからです」
「そっか……」
 選帝神がいるから大丈夫。民はそう信じている。
 手がかりの無い状態で出て行って、見つかるまであちこちさ迷い歩く、というわけにはいかないのだ。

「それじゃ、私達が捜しに行ってくる!」
 ね、と美羽はコハクを見た。うん、とコハクも頷く。
「私達なら大丈夫。
 契約者だもん、ちょっとやそっとのことでミイラにならないよ!」
「そうして頂けると有難いです。無論報酬はお支払いいたします」
 イルヴリーヒの言葉に、美羽はにこっと笑う。
「友達の為に行くんだもん、いらないよ。
 うん、そうだね、トゥレン捜索の見返りは、ミュケナイ地方のおすすめ名物料理をごちそうしてもらうってことで!」
 イルヴリーヒは微笑み、イルダーナも軽く肩を竦めた。
「解った。腕を揮う」
「えっ? イルダーナが作るの?」
 びっくりすると、もてなすとはそう意味じゃないのかと、イルダーナもぽかんとする。そしてすぐに気まずそうな顔をした。
「いや、腕のいい料理人を揃えておく」
「あ、違う!
 イルダーナに作って貰った方が絶対嬉しい! んだけどちょっとびっくりしたから」
 慌ててそう言った美羽に、イルヴリーヒがくすくす笑う。
「楽しみにしてるね。そうと決まれば!」
 美羽は早速駆け出して行く。コハクもそれを追いかけた。



 というわけで、美羽や尋人は震源地付近を捜したが、そもそも『震源地』がわからなかった。
「地震測定器があるわけじゃなし、目に見えるものじゃないもんなあ、震源地って……」
 上空から、聖邪龍ケイオスブレードドラゴンでおおよその場所を飛びながら、尋人は呟く。
 前方には険しい峰が連なり、村や町の存在も期待できそうにない。
「トゥレンは分かったのかな……?」
「龍で飛んでたら、足跡もないかな」
「でも、全く何処にも降りないものかな。
 大体の場所が分かりさえすれば、龍の足跡なら、人の足跡より見つけやすいと思うんだけどな」
 美羽とコハクもそう話し合う。
 大きな地震の震源地なら、何か地形に被害が出ている場所があるのではとも思ったが、そういう場所も見つからない。
「つまり、『何か』あるとすれば、地下、ってことか……あっ、しまった、黒崎への連絡手段がなかった」
 尋人は、事此処に至ってようやくそれに気づく。携帯は勿論、繋がらない。
「例えば、震源地の場所の、地下に行ける場所が何処かにあるとして……トゥレンもそこから行った、ってことはないかな」
 コハクが言った。
 この周囲にはいない、手がかりも無い、ということは、手がかりは、此処ではない場所にあるのだ。
「何処かって?」
「あっ、そうか!
 イルヴリーヒが、シボラは地震の震源地と地脈で繋がってるかも、って言ってた」
 美羽がはたっと思い出す。
「じゃ、トゥレンはシボラに?」
「推測だけどね」
 予想を話し合いながら、彼等は捜索を続けた。