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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第3回/全3回)

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【鏡の国の戦争・エピローグ】




 誰かが、戦もまたお祭りだと言っていたらしいが、盛大な祭りになればなるほど、後片付けに同じぐらい大仕事になるものだ。
 羅 英照(ろー・いんざお)は部下と共に、空港からの退去作業に行っていた。一時的に徴用するような形になっていたが、いつまでも借り続けているわけにもいかない。少なくとも、日本における危機は去ったのだから。
 空港は本来の持ち主であるアナザーの人たちに引き渡される。本来の持ち主である民間企業か、それとも今後も国が預かっておくのかは彼らが決める事だろう。
 執務室の部屋がノックされる。
「どうぞ」
 部屋に入ってきたのは、董 蓮華(ただす・れんげ)だった。
「清掃作業が終了した報告に参りました」
「ご苦労」
 空港での戦いが、突然のアルダ・ザリスの停止という形で決着がついたあと、問題として浮上したのが大量の彼らの亡骸だ。彼らの亡骸を引き取る組織が存在しないため、自分達で処理する必要が出たのである。一定数は研究用に確保したが、残りの膨大な亡骸は処理作業には戦いとはまた違った手間と時間を要した。
 おかげで、英照の帰還は一週間ほど延長されている。
 蓮華は事務的な報告を終えると、物が無くなって殺風景になった執務室をあとにする。
 その彼女を追って、背後の扉が開き、アル サハラ(ある・さはら)が駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「ついさっき連絡が入ったんだけどな」
 そう前置きして、アルは話し始めた。
「ロシアの黒い大樹の種子が、自壊したんだ」
「うまくいったのね?」
「ああ」
「よかった」
 数日前、ある人物に説明を受けたアナザー・コリマは手勢の兵化人間部隊と共にこの世界の祖国、ロシアへと戻った。まだ自国に残る黒い樹木の種子を、破壊するためだ。
 オリジンの人間を同行させる案もあったが、結局はそうはならず、代わりにこちらかは石化を治療する為の道具を提供する事になった。
 情報提供者曰く、横槍さえ入らなければ安全との事だったが、その通りになったようだ。
「こっちのコリマは、ロシアで部隊を再編したあと、こっちには戻らずにそのままヨーロッパ方面の援軍として従軍するってさ」
「そう、お別れの挨拶がいえないのは少し寂しいわね」



 国連軍とダエーヴァの二度目の衝突は、比較的早い段階で大勢が決していた。その為、主力部隊の後方支援の任に務めていたうちから人員を割き、敵襲を受けた千代田基地に増援を派遣するのが決まるまでに、さほど時間は要さなかった。
「あっちこっちと忙しいわね」
 この増援部隊の中には、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)などの契約者も若干名含まれていた。
 輸送や補給の仕事があったはずなのだが、イコンの整備能力を持つ戦艦がイコンを艦載しわらわらと飛び立っていって帰ってこないので若干暇をもてあまし気味ではあったが、白兵戦の準備はそこまでしていないので愚痴が零れるのは大目に見るべきだろう。
 千代田基地までの道のりに大きな障害はなく、たどり着いてからは若干の戦闘が彼らを待ち受けていた。千代田基地に残った面々が頑張ったおかげだろうか、この増援にほとんど被害は出ないまま、周辺の敵を撃破することができた。
(ちょっといいかな、叶さんと連絡が取れないんだ)
 増援部隊の支援をしてくれていた桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)から、ニキータにだけテレパシーで通話が届いた。
(連絡が取れないってどういう事よ。こっちは今お片づけが終わったとこなのよ)
「負傷者の手当て、手伝ってくる」
(あ、うん、お願いね)
(?)
(ごめんなさい、ちょっと待って)
「うん、お願いね。あ、何かおかしい事が無かったか、聞いてみてくれる?」
「わかった……」
 とてとてと千代田基地防衛部隊のところに向かっていくニキータを目で見送りつつ、テレパシーに意識を戻す。
(千代田基地の正面玄関はなんとか守りきって、今勝ちムードなのよ、なのに中で異変っておかしくない?)
(ちょっと待って、確認する)
 少しの間。恐らく、裏椿 理王(うらつばき・りおう)と確認を取っているのだろう。
(お待たせ。どうやら、怪物達は遺跡に横穴を開けて侵入してたみたいだね。叶さんから、そういった報告がある)
(げ、なによそれ……仕方ないわね、中の様子は自分の目で確認してくるわ。こっちは負傷者の手当てで動くのに時間かかりそうだし)
 ニキータは増援部隊の指揮官に一言了解を取った。何かと我がままが簡単に通ってしまう現状に、一応の軍属としては少し目眩がするものの、とにかく単身防空壕に乗り込んだ。
 中は外よりも静かなもので、戦闘の痕跡はあるものの、今は戦っている様子は無さそうだった。時折、殺しにかかってきているトラップがあって冷や冷やしたものの、順調に奥に進む。テレパシーで叶 白竜(よう・ぱいろん)に呼びかけるのも忘れない。
「火薬臭いわね……シャワーが恋しいわ。あら、あっちは明るいのね」
 防空壕の中は明かりらしい明かりがなく、真っ暗だったが、真っ直ぐ進んだ先にある扉からは、光が漏れ出していた。
 慎重に進んで扉の近くまでくると、中から話し声が聞こえる。争っている様子はない。それでも、慎重さを忘れずに、ニキータはそっとドアの隙間から様子を伺った。
「ちょっと、なんで天使がここにいんのよ!」
 光の原因が目に入った瞬間、慎重さはどこかに吹き飛んだ。

 その後、ダルウィ討伐の報が二度飛び交うなど主力部隊に混乱はあったものの、当初の流れのまま、国連軍はダエーヴァの軍勢を撃破した。
 終わってみれば、日が落ちる前に戦いが終わるというあっけなさであった。
 理王と屍鬼乃はアナザー・コリマと共に一足先に千代田基地に帰還した。通信基地として利用していたマリアは遺跡に影響が出ないよう、少し離れたところに停泊させておく。新しい情報が出てくるかもしれないので、屍鬼乃はその場に残り、アナザー・コリマと理王ら国連軍の人間は千代田基地に急いだ。
 既に戦闘の終了報告は受け、さらにニキータから天使―――その場に居た白竜からそれが大世界樹マンダーラであるとの証言とセットで伝えられている。
 途中で連絡が途絶えた千代田基地で何が合ったのか、という聴取は国連軍の人に任せて、コリマと共に遺跡内部に向かった。のちほどこの聴取の内容を確認したが、千代田基地外周部で戦っていた兵士達は天使の襲来の事実に気付いておらず、怪物と戦いそれを打ち払った事に終始していた。
 地下に進み、そのまま真っ直ぐ天使とニキータの待つ部屋に入る。
「はじめまして、地球のシャーマン」
「その声……。そうか、私に語りかけていたのはあなただったか」
 アナザー・コリマとマンダーラは、出会うなりそういった会話のやりとりをした。
「どういう事です?」
 立ち上がれず、背中を壁に預けている白竜が尋ねる。
「大した事ではない。この声に聞き覚えがあったのだ、時折、眠りにある私に語りかける声があった。しかし、その相手が世界樹とはな」
「こっちは彼女が居るからボクも手が回らなくてね。大した手助けができなかったんだ。ところで、昨日の返答は決まった?」
「少し迷ったが、あの申し出は遠慮しよう」
「そう? うーんあてが外れちゃったか」
「申し出って何の事よ」
「それは」
「彼を契約者に戻してあげようとしたんだ。ただ彼の契約相手は残念だけど、君達の知るコリマと一緒に居る。だから、手を」
 マンダーラはアナザーコリマの手に、ピンポン玉程の大きさの木の実を置いた。
「その子と契約してもらおうと思ってたんだ。まだ小さいけど、世界樹の子供だ。力はある。その子は、君に預ける。もしも本当にどうしようもなくなったら、頼るといい。もしも君がその子に頼る事なく、全てが片付いたのなら、返してくれればいいさ」
「……わかった、預からせてもらおう」
「それじゃ……ああ、そうそう。ロシアのアレ、たぶんもう壊れてるはずだよ。アレは君達が司令級って呼んでるものの、付属部品みたいなものだから。本体が無くなった今なら、こっちの魔法使い達を元に戻してあげられるはずだ」
 伝えるべき事は全部伝えたぞ、とマンダーラは一人で何度か頷くと、眩い光を残してその場から消え去った。