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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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●天秤世界

「「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!
 ククク、超々弩級戦略次元破壊殲滅艦“灼陽エックス”よ、今こそ、永きに渡る龍族との戦いに終止符を打ち、この天秤世界の支配権を手に入れるのだ!」


 ドクター・ハデス(どくたー・はです)の手により修復・改造を施され、今や“灼陽”改め“灼陽エックス”として君臨する船に随行する機動城塞オリュンポス・パレス。その中でハデスはいよいよこの時が来たとばかりに高笑いを奏でていた。
『うむ、お前たちによってもたらされたこの力、存分に振るってくれよう』
 モニターの向こうで“灼陽”も、上機嫌といった様子でハデスに答える。手始めに龍族から『ポイント32』を取り返した彼らは、次の目標である『龍の耳』を射程圏内に収めようかという所まで来ていた。
「さて、“灼陽エックス”よ。このまま我らで龍の耳を攻撃すれば、敵の総大将ダイオーティとの決戦になるであろう。
 ダイオーティだけなら、正面から挑んでも遅れは取るまい。だがおそらく、ダイオーティに味方する契約者どもが邪魔に入ってくるであろう」
 眼鏡をキラリ、と光らせ、ハデスが予測した契約者の行動を“灼陽”に伝える。契約者は“灼陽”が大幅に強化されているのを知っているから、必ず“灼陽”を標的に狙ってくる。“灼陽”が彼らに劣るとは思わないが、彼らとて自分と同じ契約者、油断はならない。万全を期すため、ハデスはある作戦を提案する。
「まず『龍の耳』へは、我々が先陣を切ろう。そこで我々は虎の子の戦術ミサイル、その名も『ビッグバンブラスト』を撃ち込む。この攻撃で、龍族は我々を無視出来ぬ戦力として判断し、必然戦力は割かれる。
 その間に“灼陽”は光学迷彩を発動、我々の進路より離脱し『昇龍の頂』へ向かうのだ。あちらも当然それらの対策をしているだろうから、いずれ発見されることになるが、戦力を断ち容易に合流されないようになれば作戦は成功と言っていい。後は“灼陽エックス”、その力でダイオーティを地に沈め、覇権を取るのだ!」
 『オリュンポス・パレス』を前面に押し出し、龍族と契約者を引き付け、その間に“灼陽”は別進路を取りダイオーティを釣り出す。ハデスの作戦に、しかし別方面から指摘が入る。
『お話中、失礼するであります。ハデス殿の作戦だけでは、ダイオーティを孤立させることは難しいであります』
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の意見によれば、ダイオーティが“灼陽”の下へ向かう時点で、契約者も追随するはず。彼らを何らかの手段で殲滅しなければ、ダイオーティへの攻撃は厳しいのではないかというものであった。
「むぅ、彼らの性格を思えばそうだな。では葛城吹雪、どのような作戦を提案する?」
『鉄族の一部を『伊勢』の随伴として貸して欲しいであります。彼らをわざと隙のある布陣で組ませ、契約者に狙わせる。契約者が一点突破を図ろうと集中したその時にこちらも姿を見せ、包囲殲滅を図るであります』
 吹雪が言うには、“灼陽”はその巨体故姿を隠すことは難しいが、自身の搭乗する航空戦艦『伊勢』ならばもう少し隠れることが出来る。“灼陽”と連れて来た鉄族を囮にして龍族と契約者を引き付け、そこに火力を集中させて殲滅を図るというものであった。
「二段構え、というところか。“灼陽エックス”、どう思う?」
『ふむ、それでよかろう。
 ハデス、吹雪、お前たちの働きに期待する』
『了解であります!』
 “灼陽”が作戦を了承し、吹雪がビシッ、と敬礼を残して通信を終える。……こうして作戦を決定した一行は、ある地点で“灼陽”と『伊勢』、『オリュンポス・パレス』の二手に分かれ、まもなく戦闘区域へ到達しようとしていた――。

●『昇龍の頂』

 鉄族との最終決戦――その空気はここ、『昇龍の頂』にも伝播しつつあった。それでも彼らに、絶望や悲壮の色は見られない。戦いを長く経験してきた故なのか、ついにその時が来たか、といった様子で皆、戦士の出撃の時を待っていた。
「戦地に赴く者、そして帰りを待つ者が等しく、龍族の勝利を信じているように見える。状況を知らぬわけではないだろうに、彼らの強靭さには敬意を払いたいものだ」
 街の様子を目の当たりにして、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)が感想を口にする。それに頷きながら五月葉 終夏(さつきば・おりが)は、天秤世界に来てからずっと、龍族と共に居たという事実を思い返す。
(まだ、全てを分かったとは思わないけど。一緒にいる内に相手の事がだんだんと分かるようになるし、好きになる。
 ……鉄族と一緒にいる人だって、そうなんじゃないかな)
 龍族と一緒に居る契約者と、鉄族と一緒に居る契約者。それは単に所属する場所が異なるだけで、思いは同じである。……実際はどうかは分からないけれど、少なくとも終夏はそう思っていたかった。
「ねえちゃーん!」
 と、自分を呼ぶ声が聞こえ、終夏はそちらを向く。両親から離れて駆けてくる子は、終夏が今も持ち運んでいるヴァイオリンを見つけるきっかけをくれた子であった。
「ねえちゃんもたたかうのか?」
「どうかな。私はみんなほど強くはないから」
 子供に微笑んで、終夏が言う。
「とうちゃんとかあちゃんは、オレがまもるんだ! ねえちゃんはダイオーティさまをまもってくれよな!」
 えへん、と胸を張って約束する子供に、頑張るよと答える終夏。手を振り合って別れを告げ、姿が見えなくなった所でニコラが口を開く。
「ここで龍族を滅ぼされれば天秤が傾く、というのを抜きにしても、彼らは滅ぼされる存在ではないし、何とかして護ってやりたいと思うな。
 彼らの心は温かい、それは実際に接してみるまで分からないことだった」
 そして、鉄族も同じなのではないか、と付け加える。彼らは戦うことを運命付けられたが、戦うことを全てとしているわけではない。自分たちと同じ、日々の何気ない幸せを望んでいる。
(そう、だから……私はやっぱり最初の通り、皆が無事で幸せな別の何かを探したいよ)
 ニコラに頷きながら、そんな方法がないだろうか……終夏はそんな事を思う。


「ダイオーティ様。一つ、お願いがあります。
 今は龍族が不利だと思います、だけど、もしここから形勢が有利になって、鉄族さんが撤退の意思を示した時は、追撃をしないで欲しいんです」
 ダイオーティに対し、赤城 花音(あかぎ・かのん)が提案を行う。この提案を受け入れてくれるなら、ダイオーティ様の事は必ず護る、そう伝える花音に、ダイオーティは先にやはり同じような事を聞かれたのを振り返りつつ、回答を示す。
「あちらが攻めてこないのであれば、こちらとしては攻め込むつもりはありません。戦う必要がなければ戦いを止める方向に進むでしょう」
「ありがとうございます! では赤城花音、全力で! ダイオーティ様を護ります!」

 ……そして今、花音とリュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)はかつての乗機、『クイーン・バタフライ』の意図を引き継いだ後継機、イスカンダルに搭乗し、詩魔法による聖歌結界を展開する用意を整えていた。ちなみに今は二人も『イスカンダル』も、『蒼十字』の腕章は身に付けていないし、旗を掲げてはいない。それは明確に、二人と『イスカンダル』が龍族に与していることを示していた。
「兄さん、ありがとね。大ババ様に話を通してもらって」
『いえ。僕もまさかこれほど早く用意されるとは思っていませんでしたよ。このマジックステッキ……いえ、もはやマジックスタンドとでも言うべきでしょうか、これは花音専用と言っていいでしょうね』
 リュートの言葉にあるように、リュートがアーデルハイトに詩魔法の件で話をした事によって用意された『マジックステッキ』は、マイクをセットするスタンドのような形をしていた。ここへ向けて花音が歌うことで――仕組みとしては、『イスカンダル』内で花音が歌い、『イスカンダル』はそこに魔力を乗せ、さらに『マジックステッキ』改め『マジックスタンド』を介する事で増幅させ、望んだ効果を発揮させる――効果を発揮する。故に実際は『歌』として聞き取ることは出来ず、周りからは魔法の現象だけが見える。『マジックスタンド』に装填する詩魔法を変えることで、効果は理論上無限に変化させることが出来るが、まずは花音が望んだ絶対防御結界『アヴァロン』を確実に発動させるためのカスタマイズがなされていた。つまりこの『マジックスタンド』は花音と『イスカンダル』のためのワンオフパーツと言える。
(ボクだけの言葉が、ボクだけのアイテムを介して、ボクだけの歌になるんだ……)
 そしてそれが、皆を護る力になる。その可能性の実現に、花音は胸を躍らせる。
「前方の龍族部隊、鉄族と交戦に入る!」
 報告がもたらされ、ついに戦端が開かれた。花音は大きく息を吸い、聖歌結界『八咫鏡』を発動させるべく、歌を紡ぐ。
(兄さんと大ババ様に整えてもらった舞台……ボクは、全力で歌うよ!)

 始まりと終焉の狭間 駆け抜けて行く時間
 君と僕の描く冒険 運命の女神様は分岐点
 胸に響く小さな声 歌声に乗せて届けよう
 柔らかな微笑みを祈り 嵐を鎮める勇気の心

 瞳に映るメッセージ 拓かれる新世界
 深い深い記憶に眠る 愛を目覚めさせて

 終わらせない未来へ 導く夢の先駆者
 君も僕も立ち向かう 悲劇を制する楔とならん
 乾いた魂を潤す 暗闇を照らすファンタジスタ
 僕らは生まれた命を懸けて 拡がれ希望の波紋

 今、想いを一つに……


 花音の歌に『イスカンダル』は魔力を乗せ、その波動は『マジックスタンド』を介して増幅され、聖歌結界『八咫鏡』を発動させる。
 発動している間は絶対防御を約束する魔法が、ダイオーティを包むようにかかっていく――。


 花音が聖歌結界を紡いでいる頃、申 公豹(しん・こうひょう)ウィンダム・プロミスリング(うぃんだむ・ぷろみすりんぐ)は『蒼十字』の活動を行うべく、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)の下へ向かう。結和と共に向かったパートナーが結和を護って怪我をしたことを二人は気にしていたが、ドール・ユリュリュズに到着した二人を迎え入れた結和が言うには、しばらく安静にしていれば大丈夫との事だった。
「戦場は、この『龍の耳』、それと『昇龍の頂』と『龍の眼』の間の2箇所。後は契約者の拠点も戦場と言えるかな」
 アンネ・アンネ 三号(あんねあんね・さんごう)が広げた地図を指さしながら戦場を確認し、『ドール・ユリュリュズ』をどこに配置するかを検討する。
「『ポッシヴィ』に近い所に置くのはどうかしら。私達がそこに居れば、ポッシヴィも護られることにならないかしら」
 ウィンダムの提案は、『蒼十字』が中立組織である点を利用している。無論、攻撃をしてはいけないという決まりは無いので、逆に標的にされる可能性が無いわけではないのだが、これまでの『蒼十字』の活動によって龍族も鉄族も等しく恩恵を受けているという事実もある。デメリットが無いわけではないが、メリットの方が大きいように感じられた。
「では、今回はここを拠点にしましょう。ウィンダムさんと公豹さんは怪我人の搬送を。私と三号さん、アヴドーチカさんで怪我人の治療を行います」
 最後に結和が方針を決定し、『蒼十字』メンバーはそれに従い行動を開始する。

「申師匠、前の鉄族をお願いします!」
 ウィンダムの指示を受け、公豹が今まさにトドメを刺そうとしていた鉄族を水平に奔る電撃で退かせる。
「大丈夫? 今助けるからね!」
 うぅ、と呻く龍族を飛空艇に乗せ、箒に乗った公豹が随伴する中、『ドール・ユリュリュズ』へ戻る途中でウィンダムは巨大な機動要塞を視界に入れる。『オリュンポス・パレス』、あれが鉄族の長“灼陽”を修復したことでこの大規模な戦いが起きたのだと思うと、責任者を一発どついてやりたい気分に駆られる。
(医療費を請求する策を、大ババ様に借りたいわね。明らかに震源はアレでしょ)
 心で愚痴をこぼしつつ、今は一人でも多くの怪我人を戦場から救い出すことを目的として、二人は戦場を往復する。

「まったく、殴り合いの補助までしてやったってのに……しょうがないねえ。
 じゃあまた、分かり合わせるために治療してやろうじゃないか!」
 アヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)が嬉々としてバールを構え、ベッドに横たわる鉄族の戦士に歩み寄る。傍目から見れば愉快な犯罪者が怪我人に襲い掛かる構図だが、『蒼十字』にちょっと見た目はおかしいけど効果はある治療を行う者がいる、というのは両種族にも知れ渡っているようで――というか、一度目撃すればそのインパクトにどうしたって噂になる――、怯えて逃げ回るなどということはない。
「ふぅ、治した直した。
 ……さぁて、結和は大丈夫かねぇ」
「どうかな。結和は強い所もあるけど、弱い所もある子だから。
 でも、自分が弱いのを分かっている。今は傷ついているかもしれないけれど、きっと元気になるよ」
 結和を心配するアヴドーチカに、医療器材を運んできた三号が答える。
「こればかりは、私の治療でも治せないね。歯がゆくもあるけど、元気になるのを見守るとするかい」
「うん、それがいい。……はい、これよろしく」
 必要な器材を渡して、三号が別の場所へ移動する。アヴドーチカも気を引き締め直し、バールを手に治療を再開する。

(私の我が儘で、あの子が……周りの人が傷つく。わかってた、筈だった。
 決めたはずだった。思い切り、手を伸ばして、届く限りは全部助けようって)
 甲板に立ち風を受けながら、結和は怪我をして臥せっているパートナーの事を思う。……届く限りは全部助ける、そう願いながら結局は、たった一人さえ救えていないのではないか――。
 ずっと一緒に歩んできた、弟のような一番のパートナーでさえも――。
「…………っ」
 浮かんできた涙を、結和は振り払う。ここで泣いてなんていられない。それにこんな顔をもしあの子に見られでもしたら、困らせてしまう。
 あの子はそういう子だから。自分よりも他人を、私を心配する子だから。
(……強くなろう。まずは目の前の命を拾い上げて。次は少し先の命を。そして手の届く限りの命を。
 これからもっと、強くなろう)
 涙を完全に振り切り、結和は左手に装着したガントレット――ロラ・ピソン・ルレアル(ろら・ぴそんるれある)の武器形態――を撫でる。結和が甲板に上ったのは何も悲しみを振り払うだけではない。ロラの力を借りれば、今はこの場に居ない者の治療を行えるかもしれないと思ったからだ。
(みんないっしょに、幸せになれますように。私はずっと、そればっかり願って、生きてきました。
 そして、信じています。願いはきっと、ほんの少しずつでも、世界を変える力になるって)
 装着したギフトに、結和は癒しの魔法と、曲げられない願いを込める。

(ダイオーティさんも“灼陽”さんも……そう、ルピナスさんだって。
 絶対、誰も誰も、死なせたりなんかしない!
 私の手が届く限り……私の魔力が尽きない限り!)

 そして結和は、この世界の果てまで届けとばかりに、魔力の矢を打ち上げる。矢は空を裂いて飛び、ある所でパッ、と弾けて四方に分散し、癒やしの力を各地に届ける。