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リアクション
「ねえ、ルピナス。ルピナスは生きているだけで、幸せなのかな?
幸せってさ、生きて誰かと一緒に居たり、何かをやったりする事で感じるんじゃないかな?」
決着が付いたその場所で、月夜がルピナスに語りかける。その場にはアルコリアの攻撃で死亡した者も含め――回復は彼らを死からも救い上げるほどの力だった――全てが顔を揃えており、一斉に注目を浴びたルピナスはどう答えていいか分からず、つい、と目を逸らす。
「俺から見れば、ルピナスの目的は少し歪んでしまっている気がする。ルピナスに生き続けて欲しいと願ったその人は、生きて幸せになって欲しいと願ったんじゃないのか?
ただ目的もなく生き続けるだけならば、それは死んでいるのと同義だよ。ちなみに、どうやったら幸せになれるかという疑問には答えられない。俺もそんなのは知らん。
お前の幸せはお前だけが決められる。俺達は手伝う事はできるけれど、これが幸せなんだって決めるのはお前だ」
そうルピナスに告げて、刀真は背を向け、控えていた円に出番を譲る。ルピナスに会う前円は「最後の説得」と口にしていたが、説得という意味ではもう必要がないように思えた。
(ルピナスは完全に、足を止めてしまっている。ここからは“お節介”だぞ、円)
そう、もしも口にした所ですることに変わりはないだろうから、刀真は黙って事の成り行きを見守る――。
「いやあ、酷い戦いだったね。もうキミとお話すること、出来ないんじゃないかって思ったよ」
ルピナスの前に進み出た円が、まずはこうして再会出来たことを喜ぶ。
「……ねえ、ルピナスくん。
キミはまだ、この手を握ってくれる気はあるかな?」
そして、円から差し出された手に対しルピナスは、だらりと下げた手を上げることすらしない――いや、出来ないでいた。
おそらく、気があるかないかで言えば、“ある”のだ。そしてルピナスはもう、自分一人では幸せの方法を見つけることが出来ない、それはどこかで分かっている。
でも、誰かと一緒に居ることで見つけられるかは、分からない。どうしたらいいのか分からない。
「……今のキミの顔、すごく色々と考えているように見える。
ミネルバくんがね、こう言っていたよ。『難しく考え過ぎるからいけないんだ』って。『単純に、楽しそうなことをして心を癒してから、次を考えればいい』ってね。
今キミは、考えるべきじゃないと思う。考える時間はこれからいっぱいある。……今キミが必要なのはきっと、これさ」
歩み寄った円の伸ばした手が、ルピナスの頭に触れた。
すると途端に、ぺたん、とルピナスが座り込む。ちょうど犬がおすわりをするかのように。
「今まで、辛かったね。一人で頑張って、我慢して。
カリスさんにもらった名前、『ずっと幸せ』。カリスさんの思い、『ずっと生き残ってほしい』。
その言葉を、ずっと大事にしてきたんだね」
「……うん……」
「そして、カリスさんに言えなかったこと。『本当は普通に、一緒に、過ごして欲しかった』。
その言葉を、ずっと大事にしてきたんだね」
「…………うん…………」
「カリス……今なんて言いましたの?
わたくしにあなたを喰らえ、と?」
「そうだ。君が僕を取り込むことで君は力を得る。今ここに来ようとしている聖少女なら、それで十分勝てる。
……君はまだ、幸せになっていない。だからまだ死ぬべきじゃないんだ」
「何をおっしゃいますの!? わたくしは今でも十分幸せですのよ!
カリス、あなたさえ――」
「ルピナス。言っただろう、これは僕の我侭だ、って。
僕は君が失われるのが、怖いんだ。その未来だけは見たくない」
「……だから、わたくしに生きろと? あなたの居ない世界で生きろと言うの、あなたは!
そんな世界でどうやって幸せになれと言うの!? 無責任だわ、あなたは!」
「あぁ、そうだね。僕はもう、君を幸せにしてあげられない。僕は酷い親だ」
「……やめて! そんな顔をしないで、そんな事を言わないで、カリス!
あなたがあなたのしたことを否定したら、わたくしは一体、どうなってしまうの?」
「……そう、僕は失敗したな……。君に『ルピナス』である事以外の事を教えられなかった……。
僕はただ僕の願いを、君に押し付けていただけだった……」
「ボクはキミが聖少女で、良かったよ。じゃないとキミに会うことも無かっただろうし、カリスさんとの思い出も否定しちゃう事になるから」
床に水溜りを作るルピナスが落ち着くまで、円はずっとルピナスの頭を撫で続けていた。
「キミは本当は、誰かと一緒に居たかった。それこそ、普通に、平穏に」
「……何故、そうと分かりましたの?」
掠れて弱々しい声を吐くルピナスに、円は笑って言う。
「分かるさ。握手した時に感じた。キミから期待と諦め、両方の入り混じったような感情をね。
何かを得られるかもしれないという期待と、また何かを失ってしまうのかという諦め。仕方がないって思い込んで、心に鍵をかける。
……でもそれは、キミだけのことじゃない。ボクだってそう。……そしてボクは色んな間違いをしてきた、償いきれない程にね」
ルピナスは自身の中に残った3つの言葉だけが全てだった。
ずっと生き残るための手段は一番最初に分かった。ずっと幸せは分かったつもりになっていた。そしていつの間にか、一緒に過ごしてほしいと言う事が出来なくなっていた。
「なんて言うのかな、そう、親近感が沸いた。
キミは特殊な立場のせいで迷うことになったけど、中身は普通の女の子。
だから、分かり合える。あの絵みたいにまた手を取り合えると思ってる」
円がルピナスに描いてみせた絵、二人が手を取り合って微笑み合う絵のように。
「そうしたら、さ。キミの本当の幸せも一緒に探そうよ。カリスさんへの弔いになる。
それに、キミが前を向いて歩けないなら、他の死んだ子達が可愛そうだから」
「……わたくしはもう、歩けませんわ」
弱々しい声を聞いて、円は一瞬躊躇して、でもやっぱり言ってあげないといけないと思って口にする。
「いいかい、ルピナス。死んだ人に償いなんて出来ない。そして自分のしたことはずっと残る。
でもそこでもういいやーってなったらそれでおしまい。でもボクはキミにそうなってほしくはない。
これはボクの自己満足かもしれないけど、キミにも本当の意味で幸せになって欲しい。ただそれを自分勝手に願うんじゃなくて、ボクも一緒に探すよ、キミの幸せを。
ボクだけじゃないよ、みんなきっと、探してくれる。刀真くんもきっとね」
円の言葉に、「どうして俺を引き合いに出す」と言いたげに刀真が眉を動かす。
「……さ、ボクはここに居るから。どうするか決めよう。それを考えるくらいは、頑張ってみよう」
ルピナスから手を離し、円はルピナスが立ち上がって手を伸ばせば手が届く位置に立つ。
「……………………」
しばらく、時が止まったような感覚の後で。
「――」
ルピナスが手を地面につけ、足に力を入れて立ち上がる。子供がやっと一人で立ち上がった時のような、ゆっくりとした動作で。
「円さん……わたくしと一緒に、居てください」
そして円へ、小さな手を伸ばす。その手を円が取って、言う。
「うん。これから、よろしく」
手から伝わる温度と、円の笑顔がルピナスにやっと、本当の意味での笑顔をもたらした――。
一つの問題は解決した、しかし問題はまだまだ残っている。
「おい、綾瀬はどうなんだよ。まさかこのままって事無いだろうな」
唯斗がルピナスに詰め寄ろうとして、目前に立ったベリアルと一触即発の事態になる。確かに唯斗の言う通り、ルピナスに取り込まれたままの綾瀬がどうなるかはまだ示されていない。
「……そのことだけど。綾瀬がこう言っていたわ」
ルピナスに纏われていたドレスが、直前にルピナスの“中”で交わされていた会話の内容を伝える――。
「さて、話もついたところで……私からルピナス様へ1つ提案があるのですが。
……ルピナス様は『生き続けたい』と願っていらっしゃいますが、それは『聖少女として』生き続けたいのですか? それとも『ルピナス』という生命として生き続けたいのですか?」
綾瀬の言葉に、ルピナスは少しだけ考え、自分の答えを述べる。
「ルピナス、という名前は大事よ。聖少女は……それよりは大事じゃないですわね。聖少女であったことは大事だったけれど」
その回答を聞いて、綾瀬は微笑を見せ、そしてこう告げた。
「ルピナス様が様々な生物を生まれた様に、人間の……いえ、生物の女性は『子供を宿す』ことが可能です。私が何を言いたいのか、お分かりになられたでしょうか?」
「……そのような事が、出来るというの?」
「確証はございませんが、ルピナス様の生命を生み出す力とミーミル様を介しての世界樹の力、生命を育む力があれば、おそらくは。
ルピナス様が聖少女という枷を捨て、ルピナスとして第二の人生を迎えたいと願うのならば……ご協力致しますわよ?」
綾瀬が示した可能性を、聞いた者たちはどう判断するべきか悩んでいた。というよりあまりに突拍子過ぎて(しかも微妙に筋が通っている上、無茶苦茶なのはもう慣れっこであった)何と言っていいか分からないのが本音だった。
「まぁ、あれだ。やってみりゃいいんじゃないか? 出来る、っていうならな」
「綾瀬がやるってんなら、それで綾瀬が助かるんなら俺に止められたもんじゃないが……」
エヴァルト、次いで唯斗が賛成――少なくとも反対でない――意見を述べ、他の者たちも程度の差あれど、反対でない方針を鮮明にする。
「うー。結局何をどうしてどうすればいいのさー」
話が理解できないベリアルが文句を言う横で、ドレスがミーミルを向いて言う。
「彼女に纏われる私をミーミルが抱くことで、私を介して三人が繋がることになるはず。
後はミーミルとルピナス、それぞれが力を発揮することで上手くいくのでは無いかしら? ……根拠は何も無いけれど」
根拠はないながら、ルピナスも綾瀬もミーミルも確かに一度はドレスを身に纏っているから、筋は通るといえば通る。
「とにかく、これは当人に任せるしか無いな。事態がどうなるか分からない、俺達は周囲の警戒に当たろう」
刀真と月夜、優と聖夜、リカインとシルフィスティがそれぞれ散り、そしてドレスの言う通り、ルピナス/綾瀬に纏われたドレスにミーミルが身を寄せる。
「……ルピナスさん、答えてください。
あなたはどう、生きたいですか?」
「……わたくしは、ルピナス、として生きたいですわ。
後は……そうね、任せましょう。わたくしはあなた方の世界のことを、よく知らないんですもの」
そうして、三人を光が包み込んだ――。