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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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第九章:伝説の電脳技師のお話

 さて一方で。
 蒼空学園では、“Xルートサーバー”に対する外部からの攻撃により学園のシステム全体が不調をきたしていた。
 突如、コンピューターウィルスがばらまかれてから数時間。サーバーの管理者であるルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)をはじめとして管理スタッフたちによる懸命の復旧作業が行われていた。
 学園内部の機器のほとんどは、一時的に“Xルートサーバー”からの接続を切断され使用停止になっている。授業は黒板とチョークを使って行われていた。生徒たちは端末を使わずに鉛筆とノートで授業を受ける。アナログと手作業の昔ながらの授業も風情があって悪くないが、いつまでも懐古主義に浸っていられないし、やはり不便だ。
 すでに多くの生徒たちが使用している端末からはデータが消失し、あるいは何者かによって盗み去られ、皆の困惑の度合いは増すばかりだった。
 生徒たちには簡単に状況説明がなされているが、詳細までは伝えられていない。そろそろ一部の血気にはやった生徒がパラ実に突撃しそうだ。勢い余ってコンピューター室の個人端末あたりから強引に修復を試みようとする自称、腕自慢が引っ掻き回すかもしれない。作業の途中で横合いから素人に邪魔されてはかなわない。専門家たちの手によって一刻も早い復旧が望まれていた。
「ご覧の通り、外部回線での連絡のやり取りなら出来ていますが、“Xルートサーバー”を介しての通信は、依然不安定な状態が続いています」
 蒼空学園のサーバールームでは、外出から戻ってきたルミーナが現況をありのままに報告していた。
 障害切り分け作業が行われ、サーバーは今のところ小康状態に落ち着いているが、安定性確保のために最小限の運用にのみ留められていた。
 引き続き、保守を続けながら推移を見守っていくところだが、バックアップ用のディスクもやられており個人端末から流出したデータのサルベージは困難な状況だった。
 被害に遭った生徒たちには気の毒だが、もしかしたら戻らない可能性もあるので了承していただきたい、とルミーナは疲れた様子で言った。
 彼女も管理スタッフたちも、腕は悪くない。“Xルートサーバー”はパラミタ一堅牢で隙がなく信頼性の非常に高いシステムであることは間違いないのだが、彼女らの予想を上回る攻撃が繰り返されていたのだ。
「よからぬ話はさっき別のスタッフから聞いた。アクセス権限を持った管理スタッフの中に共犯者がいたんだって? 言いたくないけどさ、あんたら給料泥棒なのか? もしかして、仲良しサークルの感覚でサーバー運営していたの? ソーシャルエンジニアリングに対する注意と警戒って、ネットワーク管理者なら基本的な事柄だろ」 
 改めて事情を説明された湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)は、作業の手を止めることなく呆れた口調でルミーナに言った。
 彼は、蒼空学園の新生徒会役員で、事件を聞きつけるなりすぐさまここへやって来ていた。コンピューター技術の専門家としても高い能力を持っており、復旧作業の手伝いをしていたのだ。
 蒼空学園のネットワークが攻撃されているのに、生徒会が動かないというわけにはいかない。学園のネットワークは御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が構築したものだが、今や共有財産であり、彼女たちだけのものではないのだ。
 かつては、ルミーナを含めて御神楽環菜の体制と敵対したこともある凶司だったが、現在は、まあなんとかやっていけている間柄だ。
 ……と思っていたのは彼の幻想だったのだろうか。また腹立たしさが蘇ってくる。
「せっかくのシステムも頼りない女たちに任せておいたらご覧のありさま、ってことだよな」
 凶司は聞こえるように舌打ちしていた。
「これホント、生徒たちにどう説明するんだ? 僕は生徒会広報だからどんな報告でも必要に応じて上手く取捨選択して伝えるし極秘事項には口をつぐむけどな。漏れ出す噂まで隠ぺいするのは不可能だぜ。部下の監督不行き届きってことで、いくらかの批判は覚悟しておいた方がいいんじゃねえの?」
「も、もちろん、わたくしも責任を感じておりますわ。ですが、今は事態を収拾させることが先決でしょう」
 ルミーナが慌て気味になったので凶司はさらに嫌味を言ってやりたくなった。涼司の顔を立てて普段は大人しくしているが、彼女らと仲良くなったわけではない。
「ああ、これは失礼。ここにいる連中は御神楽環菜様のお身内みたいなもんだから、事件も揉み消してくれるし、生徒たちも誰も文句は言えないよな。僕がどうこうできるってもんじゃないわけだ。素晴らしいことだね」
「それ以上言うなら許しませんわ。追放しますわよ」
「どうぞご随意に。でも、ここはあんたたちの私物じゃない。僕たちの物でもあるんだ。しっかりと保守させてもらうよ」
 おお怖い怖い、と凶司は肩をすくめる。彼が苛立ちを見せるのも無理はなかった。
 事件の起こった原因は、学園の女子スタッフがハニートラップにかかって相手の男にあることないこと喋ってしまったのが発端だった。
 技術と知恵の粋を凝らした“Xルートサーバー”は、外部からの攻撃にはビクともしない。しかし、普段からサーバーを管理している内部のスタッフが協力しているなら話は別だ。
 相手の男は正体不明だが、大方分校の特命教師に雇われたナンパ師だろう。“Xルートサーバー”の攻撃を計画した分校の特命教師たちは、外部からの接触は不可能と考え、内部の人間を抱きこむことにしたのだ。ターゲットが厳選され、一人のサーバー管理スタッフの女子が狙われた。
 真面目で倫理観もあり信頼の置ける女子スタッフだったが、これまで勉強ばかりしていて、男に免疫がなかった。仕事も忙しく、彼氏いない暦=年齢だった彼女は、イケメンで表向きは優しいナンパ男にまんまと引っかかり恋に落ちた。散々弄ばれた挙句、ウィルス拡散の手伝いをさせられ、用が済んだら捨てられたと言うわけだ。
 内部からセキュリティホールの開いたのを見計らって、分校の犯人はウィルスをこっそりと奥深くに仕込み、巧妙にばらまいた。騙された女子スタッフは、サーバーの管理権限を持っていたので、管理者の操作と同様に外部から細工を仕掛けるのは悪意ある慣れた者なら難しくなかったろう。犯行に使用されている分校のコンピューターも非常に高性能なもので処理速度では“Xルートサーバー”のメインフレームに劣っていない。セキュリティホールを塞いで復旧しようとしても、別のところからいくつも素早くこじ開けてきてウィルスを撃退するのに追いつかなかった。まだどこにウィルスが仕込まれているか分からない状態だった。
「で、そのナンパ男に引っかかった彼女は今どうしてんの? 別に、どうなろうが僕の知ったことじゃないんだけどさ」
 凶司は、魔がさしてウィルス拡散の手伝いをしてしまった学園内の共犯者の容態を尋ねた。事件が発覚してから、彼女は後悔のあまり自殺を図ったが途中で発見されて病院に搬送されたらしい。
「まだベッドの上で泣いていますわ。命に別状はありませんし、付き添いもいますので再度命を絶つよう企てはしないでしょう。落着き次第、処分も含めてさらに詳しい事情を聞くことになっています。相手の男は、依然として行方不明です。大荒野にでも逃げられては探し出すのは容易ではありませんわ」
 見舞いも兼ねて事情聴収をしてきたルミーナは淡々と答えた。
「まあ、恋人くらいは作っておけってことだな」
 凶司は、黙々と作業をしながらそんなことを言った。
 他の女子スタッフたちは大丈夫なんだろうな、と無関係ながらもいささか心配になってきた。他人の色恋沙汰には興味ないが、また同じような事件を引き起こされては困る。
 蒼空学園の女子たちは、どんなに悪ぶっていても基本的に真面目で純情でいい子が多く、夢見がちな面があることも否めない。男子も悪いのはほとんどいないのであまり酷い話は聞かないが、実際は、運命的な出会いやロマッチックな恋物語などそう簡単にあるはずがないのだ。
 退屈でつまらない平凡な日常を男女仲良く過ごしていく。それこそが学生生活において大切なこと。お互い慣れてしまえば、心も成長していくものだ。ゆとりと落ち着きがあれば、男女ともに変な異性に引っかかりにくい。
「そう言うあなたはどうなのですか?」
 凶司がネチネチ言うものだから、ルミーナはムッとして聞いてきた。彼女にはすでに伴侶がいる。夫婦仲は円満だし、恋も仕事も両立していた。どんなもんじゃ、と優位性を帯びた表情になった。
「言わせていただきますけど、あなた、“オタク”ですわよね。まさか、恋人は二次元なんてことはありませんわよね?」
「三次元リアル彼女とラブラブ過ぎて困ってるよ」
 凶司はにんまりと答えた。うん、まあそうなんだろう。彼の感覚的に間違ったことは言っていないはずだ。それ以上は深く説明する必要もなかった。
 と、無駄話はそこまでだ。生徒会から応援に来た以上は、“Xルートサーバー”は必ず復活させる。
 いささか間抜けな発端から混乱を招いた事態に腹が立たないわけではないが、ここは確執に持ち込むべきでない。何より、パラ実のクラッキング犯にここまで挑発されて黙っていたら凶司の沽券にも関わる。彼女らに協力するのはやぶさかではないが、それ以前に一人のコンピューターの専門家を自負する者として、パラ実の有象無象に後れを取るつもりはなかった。
 とりあえず初期対応は完璧に済ませてあるし、復旧作業は今のところ順調だ。相手がさらなる攻撃時期を待っている間に、手早く済ませてしまおう。
「チマチマ手打ちなんて日が暮れてしまいますよ。効率的にやりましょう」
 言いたいことは全部言ってやったので、凶司は気を取り直した。
 キーボード操作では時間がかかる。【機晶脳化】を発動して、サーバーに直接アクセスする。ようやく彼の本領発揮といったところだ。
「おまかせしますわ」
 ルミーナも、ため息をついて自分の席に戻った。
「感染クライアントの一覧をもらえますか? それと、あればウィルスのサンプルも」
 凶司は必要なデータを求めた。ここから先は、ミリ秒単位で動くプログラムに手作業では追いつかないので、【機晶脳化】で操作する。
 被害に遭った端末は個人使用のものまで含めると千近くあるようで、とてもじゃないが個別対応できない。
「セキュリティバッチの制作、よろしく」
 対症療法的なアップデートはルミーナに任せ、凶司はウィルスの挙動を【ユビキタス】と【R&D】のスキル駆使して分析にかかる。
「う〜ん?」
 ウィルスのサンプルを見せてもらったところ、これまで未発見のもので個人作成されたものだと分かった。比較的単純な作りで潰すのは簡単だが、とにかく増殖速度が速い。亜種を次々と大量に生み出すワームタイプのものだ。
「……」
 なんだろう、これは……?
 解析を続けながら、凶司は怪訝な思いにとらわれる。
 ウィルスがどのようなルーチンで動作するのか、どのサーバーを攻撃しているのかは、どれをとってもそう変わらない。今目の前にあるウィルスもそうだった。
 とにかく、“Xルートサーバー”を一時的に使えなくすることだけに重点が置かれている……? 修復者にひたすら面倒くさい手続きを取らせることだけを目的に拡散しているのではないかと推測される動きだった。
 データの消失は、あくまで副次的なものではないだろうか。攻撃者の真の目的は、サーバー及び接続機器を機能マヒさせること。
 まるで、そう……。何か見られたくないものがあって、それを隠すために“Xルートサーバー”を少しの間目隠ししたような……。
 財宝を盗み出すわけでもなく秘密を探り出すわけでもない。サーバーが混乱していればよかった……?
 敵は……。今この瞬間、あるいはもう少し前に何かをしている、あるいはやった。見られたくない、知られたくない何か。それは何……?
 凶司はほぼ無意識的に分校と通信をつないでいた。向こうで活動している人の誰か、よく知っている人が出てくれればいいが。
「……特命教師たちは、今何をしている?」
 相手は、親しい人物ではなかったが、凶司たちが何をしているのか事情を知っているのですぐに教えてくれる。
 答えを聞いてほぼ納得した。
 特命教師たちは、それぞれが農場での決闘の準備をしているかあるいは一時休憩をしている、授業している者もいるが、とのことだった。ちょうど、“Xルートサーバー”攻防の山場だというのに、誰もコンピューターに張り付いていない。いや、気づかれていない人物がいるのかもしれないが、向こうで操作しているのは、マークすらされていない一人か二人だ。もはや、ウィルス拡散の成功失敗はどうでもいいような態度……。
 敵は……、もう何かし終えた後だったのだ。
「そちらで、何か異変はなかった?」
 相変わらず、荒野のモヒカンたちはヒャッハー! しているらしいが、それはまあパラ実の日常茶飯事なので、異変ではない。
 強いて言うなら……、と分校に到着していた協力者は伝えてくる。
 分校へ向かう途中、空のかなたへと何かが飛んで行ったような気がする、とのことだが確証は持てないらしい。荒野を謎の飛翔体が行きかうのもままあることだし、防災訓練のためのために誰かが何かを打ち上げたのかもしれない。
 まあ、そんなところだった。
(誰かがロケットでも飛ばしたのかな……?)
 それならそれで、普通に発射されればいいだけのことだ。何も、ハニートラップを用いて“Xルートサーバー”をダウンさせてまでやることではない。
 そんなことを頭の片隅で考えながらも解析を続けることしばし……。
「……まあ、おおむね終わりましたよ」
 現実世界に戻ってきた凶司は、いささか脱力気味に言った。何とも拍子抜けだ。やたらと復旧作業が面倒くさいだけで恐怖を呼び起こすほどの相手ではなかった。
「これが解析データです。見てくれは派手ですけど鬱陶しいだけのウィルスだからワクチンも大して苦労することなくできるでしょう」
「ありがとうございます。さすがですね」
 ルミーナは、素直に受け取ると自分の作業に取り掛かる。
「……」
 凶司は、少しの間椅子にもたれかかったまま天井を眺めていた。
 妙に引っかかる。敵は、“Xルートサーバー”が混乱している間に、何をやった……? 考えすぎかもしれないしピント外れかもしれないが。
「一応、分校の近辺で誰かがロケットでも飛ばしていないか、現地で確認するよう伝えておいてください」
「?」
 全く関係のなさそうな話題に、スタッフたちも困惑気味だ。
「まあ、そう言われるのなら伝えておきますけど……。ロケットくらい普通に飛ばすでしょう。個人で人工衛星を持っている猛者もいますよ。そんな記録は残っていないですし、関係ないですよ」
 一人が言う。
 問題ない。今はそれどころではないのだ。復旧もいよいよ大詰め。ここで気を抜くことは許されない、とスタッフたちは話題に興味を失って各々の作業に没頭する。
「そう、問題ないですね。……ロケットが『核』でも積んでいなければ、ね」
 まさか、ね。と凶司は一笑に付した。今のご時世にそんなバカはいない。
 さあ、あと少しだ。仕上げにかかるとしよう。
 彼は気分を入れ替え、再び淡々と作業を続ける。

“Xルートサーバー”の回復は時間の問題だった。