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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【2/3】 ~

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第十章:伝説の校長先生のお話

 ところで、ちょうどその頃。
 葦原明倫館から訳あってパラ実に流れ着き、その後噂を聞きつけて分校へとやってきたラルウァ 朱鷺(らるうぁ・とき)は、大勢の生徒たちのあずかり知らぬところで、精力的に活動していた。
「分校内での暴力禁止を掲げる決闘委員会が、最も強力な暴力を持って生徒達を従えているのが現状ではないですか。この大いなる矛盾に気づきながらも、ルールに従い生きていくしかありません。なんと物悲しいことでしょう」
 朱鷺は、以前から分校内で決闘を続け、着々と地位を築き上げていた。収穫祭では多少痛い目にあったりしたが、そのおかげで多くを学んだ彼女はさらに十分な経験を積み決闘に勝ち抜き、赤いワッペンに手が届くまでになっていた。子分達を連れまわすようになり、分校内ではそれなりの勢力である。
 その経緯は割愛するが、それはそれは聞くも涙語るも涙の刺激的で波乱万丈のストーリーであった。今や成長株として、校内からも注目されるようになっていた。
 にもかかわらず、朱鷺の表情はすぐれない。
「はやり、ここは肌に合わないようです。早く帰る算段をしないと」
 ヒャッハー! も最初は面白かったが、長くいるうちに飽きてしまった。自由気ままな校風はある意味では朱鷺に合っていたが、終の棲家としては馴染めるものではない。ホームシックにかかっており、葦原明倫館に帰りたくなっていた。
 こんな分校がうんざりなら出て行けばいいだけのことなのだが、真面目な朱鷺は校内のルールに従い決闘を続けながら居残っていたのだ。
「彼に聞くしかありません。何かを知っているでしょうか」
 もう限界、と朱鷺は校長と直談判することにした。
 そもそも、パラ実に校長などいるのか? という疑問があり、分校でもその存在がほとんど無視されているのだが、一応学校の管理責任者のような人物は、いることはいるらしい。
 ここは、腐っても力が全てのパラ実だ。個人の力を認めさせれば何とかなるのではないだろうか。本格的に葦原明倫館に帰ることを考えていた朱鷺は、決闘システムを利用して、その圧倒的な力と存在感を校長に見せ付けて意見が出来るようになればいいと考えていた。
 誰も寄り付かないボロボロになった校舎の片隅に、分校長室と看板の付いた部屋があった。朱鷺は、ノックして入っていく。
「失礼します。面会の予約をしてありました、ラルウァ・朱鷺です」
「ああ、誰かと思ったらあんたか。先にお邪魔しているぜ」
 分校長室には先客がいた。
 先日のイコン格闘大会にも参加した、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)とパートナーのサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)だ。
 彼女らは、朱鷺が来る前からこの極西分校の分校長と何事か相談していた。どうぞ、と奥へ案内してくれる。
「二人とも、どうしてここに?」
 意外な人物との遭遇に、朱鷺は聞いた。
 シリウス髪を結ってあり私服姿だった。サビクは目立つ銀髪をパラ実のヤンキーギャル風に染めていた。分校の不良女子生徒二人組みにも見える変装だった。動向が注目されているかもしれないので目立たないよう工夫しているのだ。
「こっちはこっちで訳ありでね。分校内の重要情報を聞こうと思ったら、校長を訪ねてみるのがいいと思っただけさ」
 そのシリウスは、朱鷺に順番を譲った。
「オレは話が長引きそうだから、後回しでいいぜ。朱鷺が先に分校長との用をすませてしまいな」
「それはありがたいのですが、肝心の分校長がいませんね」
 朱鷺は分校長室を眺め回して首をかしげた。
「もしかして、あなたが校長になったわけではありませんよね?」
「パラ実の分校長まで押し付けられたらたまったもんじゃないぜ。分校長なら、……ほら、そこにいるじゃないか」
「……」
 朱鷺は、シリウスの指差す方に視線をやって絶句した。
「イラッシャイ。オ待チシテオリマシタヨ」
 そこにいたのは、どこからどう見てもロボットだったのだ。それも、なんというか四角い箱を基調とした旧式のタイプで、漫画に出てくるポンコツロボだ。腕はチューブでできており、手は丸っこいハサミ状になっている。
 機晶姫ですらなく、燃料電池と歯車機械で動いているようで、ウィィィンと耳障りな駆動音がしている。
 いや、実はその姿はずっと見えていたのだが、朱鷺は敢えて触れないでいたのだ。まさか、そんな……。
 イヤな予感がする。朱鷺は、心を落ち着かせてからもう一度尋ねた。
「あの、校長先生は?」
「ワタシガ極西分校長ノ“25号”デス。歌モ歌エマス」
「前の校長先生は?」
「“24号”ナラ、すくらっぷニナリマシタ。踊リモ踊レマス」
「人間の校長先生はどこに行ったのですか?」
「ワタシニハワカリマセン。分校長ハ書類ニさいんヲスルダケナノ簡単ナオ仕事デスノデ誰デモ勤マリマス。ワタシノさいん、イリマスカ?」
 分校長25号は、誇らしげに手の先からペンをせり出させた。可変式になっているところが高度なんだか単純構造なんだか判断に苦しむ上、朱鷺にとっては一切のメリットを見出せない代物だ。
「いいえ、結構です。失礼しました」
 彼女は、夢を打ち砕かれた衝撃に立ちくらみを覚えた。
 分校長室の壁には、歴代校長のブロマイドが飾られている。人間の校長はわずかで、ほとんどがロボットだ。もはや突っ込む余力すら残っていなかった。
 これはダメだ。全てが終わったのだ。後はもう、とにかく戦い続けるしかない。朱鷺は、心理的ダメージを受けて分校長室からよろめき出た。
「おい、しっかりしろ。何か相談があったんじゃないのか?」
 シリウスは、茫然自失の朱鷺が心配になって呼び止めた。しかし、もうその声は届いていないようだった。
「姐さん、しっかりしてくだせぇ!」
 子分たちが迎えに来る。彼らが呼んでいる。
 だが、それもどうでもいいことのように思えた。
 とにかく疲れた。少し休もう……。
 朱鷺は、当てもない突破口を探してふらふらとどこかへ去っていき、姿を消した……。
 それを黙って見送るシリウスたち。
「そこまでダメージを受けるほどのことかな? 分校長がロボットでも別にいいじゃねえか。オレはあまり気にしないぜ」
 むしろパラ実っぽくてちょっと安心した、とシリウスは話を続けることにした。彼女らも重要な用件があって来ていたのだ。
「話を戻すぞ、“25号”」
「何ノ話ヲシテイタノデシタッケ?」
「オレたちは、赤木桃子という女子生徒を探している。校内の生徒たちにも聞いて回ったが、どうも埒があかなくてな。知っているのやらいないのやら、正体不明なんだよ。分校長なら心当たりがあるのではないかと思ってね」
 シリウスは、収穫祭のイコン格闘大会で偶然遭遇した謎の女子生徒の行方を追っていた。トラブルに巻き込まれていたところを救出したのだが、言動といい存在感といい怪しすぎる。以前からシリウスたちに注目しており、ああいう形で接触を図ろうとしてきたのかもしれない。
 名前まで偽名くさかったが、職員室の教員に調べてもらったところところ赤木桃子は実在するらしかった。しかし、該当教室を訪ねてみても、本来所属しているクラスはもぬけの殻。生徒たちに聞いてみると、全然目立たないのでどんな子なのか印象に残っていないという回答が多数だった。
「生徒たちは、嘘を言っている様子も隠し事をしている様子もはなかった。本当に赤木桃子という女子生徒を詳しく知らないんだよ。親しい友達もいない」
 どういうこと? とサビクも疑問を口にする。
「一部、意味不明な情報もあったがな。殺し屋だとか学園マフィアだとか。言うことがまちまちで、どうもはっきりとしねぇ」
 とシリウス。
 彼女らは、分校に来てからすでに一通りの調査を終えていた。【記憶術】で容姿を思い出しながら似顔絵を作成し、生徒たちに見せて回った結果が、いるのは知っているが何者かわからない、という曖昧な回答だった。似顔絵がまったく似ていない可能性は低かった。目撃証言は多数取れている。
「これがその似顔絵だ。分校長なら見たことあるんじゃないのか?」
 シリウスは“25号”にも桃子の肖像画を見せた。
 人目を引く美少女ではない。しかし、地味目で大人しそうな女の子が好みの男子も大勢いるのだ。注目されていないはずはなかった。
「声をかけたけど無視されたという男子生徒も複数いたよね。あまり彼女にしつこく絡んでいると、どういうわけか決闘委員会のお面モヒカンに注意を受けるらしい。危険な暴力行為ではないのに、どうしてだろうね」
 サビクにも抜かりはなかった。彼女らを欺くのは不可能だ。【嘘発見】スキルで聞き込みした生徒たちの様子から真偽を判断できたし、シリウスの【ソウルヴィジュアライズ】も組み合わせれば大抵の隠し事は見抜くことができる。分校生たちの話の真偽は確認済みだった。
「検索中。シバラクオ待チクダサイ」
 分校長“25号”は、体内に埋め込まれているLEDライトを点滅させながら考えていた。処理が遅く時間がかかったが、シリウスたちは辛抱強く待つ。
「……該当一件。タダシ、詳細ぷろふぃーるニツイテハぷろてくとガカカッテイルタメ回答不可能デス」
「そうくるだろうと思った。とぼけるのは無しだぜ。分校長が検索不可能な情報って、あるはずがないだろう?」
 シリウスは笑みを浮かべながら、“25号”に言った。
「ポンコツ過ぎて処理能力に不足があるなら、そろそろ新型に変えてもいいと思うんだ。“26号”を導入する必要が出てきたんじゃないだろうか?」
「ヤ、ヤメルノデス! 私ヲ破壊シテモ良イコトナドアリマセンヨ!」
 身の危険を感じた“25”号は慌てふためいた。逃げ出そうとするところを、サビクが【逮捕術】のスキルで捕まえる。
「そうだよ、シリウス。仮にも分校長に暴力はいけないだろう」
「うわぁ、サビクすげー棒読み。オレも反省してちょっと分解してみようか」
 シリウスは、身動きの取れない“25号”の外側筐体ケースを取り外すことにした。適当な工具を持っていないので頭の部分を力任せにグリグリと捻っていると、アンテナが根元からポキリと折れて接続部の内部が覗けるようになった。コードがちぎれ回線がショートしてバチバチ音を鳴らしているが致命傷ではないだろう。パラ実だし、ロボットだし、まあ何かよからぬ出来事が起こっても事故ということで。
「キャーー!」
 分校長“25号”は悲鳴を上げた。 
「あっ、また何か部品が落ちたぞ。ほらほら、早く言わないとバラバラになってしまうな」
「壊サナイデー!」
 シリウスがじたばた暴れる“25号”と格闘していると、サビクが手早く必要な工具類を探し出してきた。どこかに何かが落ちている。こういうところはパラ実の便利なところだ。
「隣の納屋に工具箱があったよ。これで心置きなくスクラップにできるね」
「助ケテクダサイ! 本当ニ検索デキナイノデス。赤木桃子ハ、ワタシヨリ上位ノ存在ナノデス」
「なんだって?」
 シリウスとサビクは顔を見合わせた。
 分校長よりも上位の存在? 事実上、極西分校の支配者ではないか。その割には、イコン格闘大会ではやけにあっさりと捕らえられていた気がするのだが。
「なら、なぜ彼女はこそこそと隠れているんだ? モヒカンたちすら配下に置いているなら、パラ実では怖いものなしだろう」
「ワタシハ、書類ニさいんヲスルタメダケニ存在シテイルノデ、詳シイコトハワカリマセンシ、知リタイトモ思イマセン」
“25号”は必死で言い繕った。嘘を言っている様子はない。
「赤木桃子ハ、正体ヲ皆ニ明カスコトハアリマセン。誰ニ知ラレルコトモナク、底辺カラ分校ヲ掌握スル影ノ支配者ナノデス」
「それで白ワッペンなわけね。面倒くさいことをする女だな」
 シリウスは考える。彼女が表に姿を現さない理由は何? 
 パラ実のことだ。堂々と力を証明して名乗りを上げれば、賞賛を浴びるだろう。モヒカンたちは強さには従順なのだ。強力な支配者が現れれば、喜んで馳せ参じ忠誠を誓うならず者たちも多くいるはずだ。
「強くないんじゃないの? サルの整備士に襲われていたみたいだし」
 サビクは思い出しながら言った。桃子は強さ以外の何か別の要素で分校の頂点に立っているのではだろうか。
「単に、サルが苦手なだけかもしれないだろう。油断しているとオレたちが足元をすくわれるぜ。最も強い敵と見なして全力で当たった方がいい」
 シリウスは、本人に会ってみたくなっていた。分校長ですらたいした情報は持っていないが、どこに行けばいいだろうか。
「悪く思わないでくれよ。後で直してあげるからさ」
 シリウスは、サビクと二人で分校長を分解し始めていた。データの保存された媒体でも見つかれば、口を割ってもらわなくても済む。
 イコンなら整備ならできるので、こういうレトロな機械の扱いも似たようなものだろう。二人は、多分こんな感じじゃね? くらいの勢いで作業を進めて行く。起動したまま分解だ。
「これちょっとエグくないか? 意識がはっきりしたまま臓器を取り出されるホラー映画があったが、それと同じような状態の気がしてきた」
「電源スイッチがどこにあるかわからないんだから停止できないし、仕方ないでしょ」
 流石に電源コードがコンセントまで延びているほど間抜けな構造ではなかった。旧型っぽいのにやたらと複雑な内部になっている。
 工業科の生徒でも捕まえてきて手伝ってもらおうかと思っていると、“25号”は突然サイレンを鳴らして光り始めた。
「ヤベっ。変なところいじってしまったか?」
「ワタシハ後30秒デ爆発シマス」
“25号”は、突然煙を噴き出しながら無慈悲に宣言した。
「!?」
「しりうすサンニ苛メラレテ自殺シマスト、でーたべーすニ残シテオキマス」
「それは誤解だ。ありもしないでたらめを書き残すな。というか、勝手に自爆するな」
 シリウスは、“25号”を止めようとした。よく見ると、むき出しになったデジタルパネルが残り秒数をカウントし始めている。どこかに停止ボタンがないか探してみたが、解除する手立てが見つからなかった。
「それらしい配線を切ってみたけど止まる様子はないね」
「ダメだ。逃げよう」
 爆発規模がどの程度のものかはわからなかったが、敢えて被害に遭う理由もない。シリウスは大急ぎで退出することにした。
「コレヲ……」
“25号”は、最期にどこからともなく小さなメモリーチップを取り出して差し出してきた。
「ありがとう。恩に着るよ」
 サビクは素早く受け取ると、シリウスと共に分校長室から飛び出した。
 ドドドド〜〜ン!
 その直後、背後で大爆発が起こり部屋ごと木っ端微塵に吹き飛んだ。
 半ば冗談かと思っていたら本当に爆発するとは。シリウスは呆気にとられて振り返った。かなりの威力で周囲一帯が黒こげになっている。分校長“25号”は粉々になり、破損したパーツが所々に転がっているのみだった。
「“25号”……、デリケートでシャイな奴だったんだな」
 シリウスは合掌した。
 そんなつもりはなかったのだが、乱暴を働きすぎてロボットの寿命を縮めてしまっただろうか。何が原因で彼が消滅したのかわからないので、そのまま何事もなかったようにやり過ごすのは気が引ける。
「事故だよ、事故。耐用年数をオーバーしていたんじゃないかな」
 サビクは冷静に気を取り直した。起こってしまったことは仕方がない。パラ実では良くあることだ。彼女らのせいではないし、責任を感じる必要もなかった。
「それよりも、“25号”から手渡されたメモリーチップを早速解析してみよう。何かわかるはずだよ」
 サビクは残されたチップを調べながら言った。見たところ、普通の端末に使われている汎用メモリだ。コンピューターに接続すれば中身がわかるだろう。
「赤木桃子は、分校長が口をつぐまなくてはならないほどの重要人物ということだ。校長の上位存在となると、考えられる候補は限られてくるな」
「ロボットの創造者か、校内の絶対的な規則を司る者くらいだね」
 サビクの言葉に、シリウスは頷く。
「分校内を支配する最も強力なルールは、決闘システムだけだ。そして詳細を詮索することはタブーになっている。外部から秩序を乱されると困る人間がいるんだ。だから、オレたちが嗅ぎ回り始めると分校長すら簡単に処分されたんだろうぜ」
 うん、そうに違いないとシリウスは納得した。分校長が壊れたのは、自分たちが分解に失敗したからではなくて、悪のボスに消されたのだ。
 サビクも同意する。
「決闘委員会か? ボクたちはまだ出会ったことがないけど、どうなんだろう」
「モヒカンたちやならず者の生徒たちですら従う決闘委員会。じゃあ、その委員会を支配しているのは誰だ?」
「決闘委員会に委員長がいると言う噂は公然とは流れていないけど、桃子がそうだってこと?」
「そう考えれば辻褄が合う。『決闘委員会は、正体不明の不気味な組織だ』『誰が動かしているのかわからない』、そう思わせておいた方が、恐ろしさが増すし分校内で活動するのに都合がいい。だから、彼女は身分を伏せたままなんだ」
 焼け跡を見ながらシリウスは言った。
 なんて悪い女なんだ、赤木桃子。分校長を口封じのために亡き者にし現場から証拠を消して、影から人々を操るとは。
 ちょっぴり何かが引っかかるシリウスだったが、あながち予想は間違えてはいない。
「彼女は、ロボット校長の製作を得意とするマッドサイエンティスト系の女子生徒でないとすれば、決闘委員会の委員長だ。オレたちはその線で捜索を進めよう」
「決闘委員会に直接突撃してみるのは?」
「会ってくれないだろうぜ。委員会のお面モヒカンを何人か人質に取るか強引に尋問してみるか……」
 その案を、シリウスはすぐに却下した。
 桃子は、ほぼ間違いなく人質を見捨てて処分する。そういう女だろうと、これまでの聞き取りや状況から推測できた。委員会のお面モヒカンも、秘密を漏らすくらいなら自爆するかもしれない。
「委員長と対面するには、何か彼女が飛びつくようなネタがいるな」
「分校長が残してくれたメモリーチップに手がかりがあるといいね」
 サビクは会話をしながら、携帯端末で検索してプロテクト解除のソフトをいくつかダウンロードしていた。
「この辺り一帯のコンピューターネットワークが異常だって話を聞いていたけど、外部サイトとの接触は特に問題ないみたいだね」
 端末が感染したらどうしようかと少し躊躇っていたが、とりあえず心配は無いようだ。メモリーチップをカードリーダーで読み込ませて内部を読み取ろうと試みる。
「……開けたよ。大きなコンピューターを使う必要なかった」
 しばらくして、サビクは結果の表示された画面をシリウスに見せた。
「うん?」
 内容は、次の“26号”の製造方法や、分校の主な概要の他、行事の計画や分校内の主要人物のプロフィールなどが記されたデータだ。
「……おい、これヤバいな。桃子はたった一人で分校の総資産の何割かに相当するくらい財産持ってるじゃないか」
 目的のデータはさほど苦労することなく見つかった。桃子の裏情報に目を通していたシリウスが驚く。
「すごいお金持ちってこと?」
「いわゆる大富豪ってわけじゃないがな。表に出せない隠し資産が半端じゃねぇ。親から受け継いだ遺産ってわけじゃねえな。真面目な学生が真っ当なことをして稼げる金額じゃねえぞ。あるいは、モヒカンが単純にヒャッハー! して強奪できる金額でもねぇ。マジで学園マフィアだぜ」
「後ろ暗いアングラマネーってやつだね。持ち歩いている財布の中身は標準的だろうけど、地下銀行(?)みたいなところにたくさん蓄えがあるらしいじゃん。保管場所まではさすがに特定できず、か。彼女、昔、相当あくどいことをしていたみたいだね。今は足を洗って大人しくしているみたいだけど、そのお金で決闘委員会を運営しているのかな?」
 サビクも半ば感心したようにプロフィールを見入っていた。
「こりゃ、分校長も口をつぐむわけだぜ。間違いない。桃子は経済的にも分校の影の支配者だ」
 隠れている理由の一つもそれだろう、とシリウスは思った。かつて、桃子は人には言えない何かをやって、資産を築いた。奪われても司法には届け出ることの出来ない大金を持ち、過去と身分を消して普通の女子生徒のフリをして潜んでいる。ほとんどの生徒たちが知ることの無い闇が蠢いているのが分かった。
「すげえ悪党じゃねえか。助けて損したかな?」
「でも、証拠はないよ? 全てただの憶測だし、データも100%正しいとは限らない。今は、更生していて何も悪いことをしていないと思う、多分。表向きは善良な女子生徒だから、むやみに彼女を攻撃したら、世間一般的にはボクたちが悪者になるかも」
「確かに、過去の罪があるとしてもそれを洗い出すのはオレたちの仕事じゃねえな。だが、“話し合い”のネタにはなるぜ」
 シリウスは突破口を見つけてにんまりとした。
 と……。
 その脇を幾人かの生徒たちが走り抜けて行く。爆発音を聞きつけて駆けつけてきたようだった。彼らはすぐに現場の惨状を目の当たりにして騒ぎ始めた。
「あっ、こいつはヒデェ! 誰がやったんだ!?」
「分校長“25号”が、何者かに爆破されたぞ!」
 たちまちにして、大勢の分校生たちが集まってくる。
「……」
 シリウスとサビクは、相談を中断してそ知らぬ顔でその場から遠ざかろうとした。
「あっ、こんなところにシリウス・バイナリスタがいるぞ!?」
 彼女はすぐに生徒に呼び止められた。
「本当だ。シリウスさん、どこへ行くんですか?」
「何っ!? どうしてわかった!?」
 なんてこった! 以前からつけ狙われマークされているのではないかと思っていたが、こんなに早く手配書が回っているとは!?
 すわ、敵の陰謀か! と警戒したが違った。【名声】のスキルを装備しているため、目立つのだ。シリウスは知らなくても、彼女のことをどこかで見た事がある生徒がいたためだった。
「変装してきた意味ないな」
 サビクは不本意そうだった。
「外見だけじゃないよ。主に、匂いと気配でわかる。変な意味じゃないよ。野生勘を研ぎ澄ませていないと、パラ実じゃ生きていけないんだ」
 パラ実生たち曰く、相手に気づかれる前にこちらが気づかないと、対応が遅れ致命傷になることもあるのだとか。
「油断も隙もないな、パラ実……」
 そんな事を話していると。
 そこへ、予想外の人物(?)が現れた。
「分校長“25号”と、真理子のことについて相談しに来たんだが、えらいことになってるようだね」
 分校をさ迷っていた吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)が、大勢の子分たちを引き連れて様子を見に来た。
 ゲルバッキーは分校での決闘ゲームに没頭し、機械の副作用で一時的に思考に混乱が生じていたが、今のところ落ち着きを取り戻して活動を始めていた。以前と同じように目に輝きを取り戻し、活力に溢れている。
 彼は、自分を父と慕うダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、大変心配していることをありがたく思っていた。しかし、同時に弱い姿も見せたくない。甘えていれば楽だろう。だが、父は強くないといけないのだ。目的は必ず成し遂げる。 その一念で、ゲルバッキーは地下教室で真理子と別れてから、再び校内でランクアップを目指して戦い続けていた。すでに念願の金ワッペンも目前。これまでの決闘システムを通じて集めた子分達や情報、ワッペン保有者の待遇などを活用して真理子を手助けしようと考えていた。後は、分校の責任者の協力も取り付けられると心強い。分校長“25号”の存在を知った彼は、事情を話し味方になってくれるよう頼みに来たのだ。
「これ、シリウスがやったのか?」
 状況を見渡していたゲルバッキーは、爆破事件を察して鋭い目つきで尋ねてくる。
「やあ、ゲルバッキー。元気そうで何よりだ。“25号”は星になったのさ」
 シリウスは、何故か視線をそらせた。
「オレは、人探しに来ただけだぜ。何か事件が起こったようだな」
「ほう……?」
「どうやら分校長が爆破されたらしい。テロじゃないみたいだけど」
「なるほど」
 ゲルバッキーは、シリウスを見つめたままだ。
 パラ実生たち相手なら何とかごまかしが効くかもしれないが、彼はちょっと勝手が違う。間抜けなようでいざとなると切れ者だし、犬のようで人間より力を持っている。なにより修羅場を潜り抜けてきている。いささかまずいところを見られてしまった、とシリウスは汗が出てきそうになっていた。
「では、オレたちはこれで」
 つつがなくその場を去ろうとしていたシリウスに、生徒の一人が尋ねてくる。
「シリウスさん。大変です。分校長“25号”先生が何者かに爆破されたんですよ! この辺で怪しい人物を見かけませんでしたか?」
 シリウスはギクリとした。少し考えてから、恐る恐る別の方を指差す。
「い、いや……。そうだ。そういえば、朱鷺が向こうへ去って行ったのを見たぞ」
 いきなり挙動不審になったシリウスに、サビクは半眼になって冷たく突っ込む。
「へ〜ぇ、朱鷺に責任なすりつけちゃうんだ。彼女は全然関係ないじゃん。可哀想な、朱鷺……」
「ううっっ、ごめんよぅ……。殺すつもりはなかったんだ。少し話を聞こうともみ合っているうちにあんなことに……」
 自分の心を誤魔化しきれなかったシリウスは、良心の呵責に苛まれて告白した。証拠を突きつけられた犯人さながらに、がっくりとうなだれる。
「パラ実時空に引きずり込まれたみたいだね……」
 ゲルバッキーは恐ろしげにろしげに呟いた。なんでも、パラ実ではまともな人でも残念な感じに流されてしまいがちだという(?)。
「オレは、汚れてしまったのか……」
 シリウスは、独りでぶつぶつ言っていたがすぐに我に返った。
「場所を変えよう、ゲルバッキー。折り入って話し合いたいことも有る」
 彼女は、ゲルバッキーにこれまでのいきさつを語ろうと考えた。収穫祭のイコン格闘大会で桃子と出会ったことから、今日聞いたことやメモリーチップのことまで。
 分校内で活躍している彼と情報を交換するのも悪くは無い。だが……。
 決闘委員会の委員長、赤木桃子は、底辺から分校を支配している。どこで彼女の知人たちが耳をそばだてているかわからないし、決闘委員会も神出鬼没だ。
 特命教師たちも要注意だが、彼らとの関係も分かっていない。どんなつながりがあってどこから情報が伝わるか把握できていないのだ。
 ここで、大声で話すのは無用心に思えた。
「一つ言えることは、だ。“25号”はただの飾りだったってことだ。分校の真の支配者は別の所にいる」
 シリウスは、意味ありげに伝えた。ゲルバッキーが乗ってくれば、一緒に協力してもいい。
「それなんだけどさ、シリウス。その“25号”の件で、さるお方が話があるそうだよ」
 ゲルバッキーは気まずそうに言った。
 携帯電話で会話していた子分が一人。その隣の子分が、起動中の小型カメラ付きノートパソコンの画面をシリウスに向けた。
「なんだと?」
 シリウスがここに来ることを誰にも言っていないのだが、いったい誰だろうか? やはり、彼女らの行動は逐一何者かに監視されている?
 ノートパソコンに目を向けた彼女は、画面が無線LANでTV電話状態になっているのに気づいて驚く。
 蒼学内にあるXルートサーバーは謎の混乱により障害対応中なので、一般プロバイダの個人契約回線だった。貧弱だが、簡単な相互通信なら十分だ。
 その画面の向こうから話しかけてくるのは……。
「話は聞かせてもらったぞ、シリウス」
 蒼空学園校長の馬場 正子(ばんば・しょうこ)が、学園長室のデスクのパソコンからにんまりと笑みを浮かべてきた。
 正子は分校には来ないが、分校で活動している契約者たちと通信で頻繁に連絡を取り合っているのだ。その会話の真っ最中らしい。
「不可抗力とはいえ、“25号”を破壊してしまったらしいな? まあ、パラ実の分校長が自爆したり破壊されたりするのは良くあることなので、気にすることは無いのだが」
「ば、馬場先生……?」
 画面越しとは言え、正子に正面から見据えられて、さしものシリウスも戸惑った。
「チクったなんて思わないでよ、シリウス。正子とは、僕が“25号”に相談に来る前から連絡を取り合っていたんだ。彼女も、“25号”と話があったみたいだからね。本来なら、こうして正子と“25号”の接続端子で通信する予定だったんだけど、ちょっと状況が変わってしまったね」
 ゲルバッキーがフォローを入れてくる。正子の頼みもあって“25号”の元へとやってきた時には、すでにとき遅し。子分を通じて携帯電話で状況を説明していたら、正子がシリウスと話したいと言ってきたのだ。
「ちょうど良かった。シリウスには、極西分校の校長をやってもらおう」
「……えっ!?」
 シリウスは、正子の言葉の意味を理解するのに数秒かかった。それくらい衝撃的な台詞だった。
「パラ実の分校とはいえ、一応責任者は必要だ。次の“26号”が造られるまでの間、シリウスがこの極西分校を管理するのだ」
 正子は、簡単なミッションを命じる口調で言った。
「ちょっと待ってくれ。いきなりそんなことを言われても困る。オレにだって自分の生活はあるし、やることもたくさんあるのだ」
 突然の提案に、シリウスは慌てた。
 ただでさえ、超国家神や魔法少女などの身分をつけられてカオスな人生を送っている最中なのだ。これ以上、わけのわからない役柄を押し付けられてはたまったものではない。
「大掃除くらいの罰ゲームなら引き受けるけど、パラ実関連はややこしいので出来るなら勘弁してほしい」
「わしが今決めた。文句はあるか?」
「いやしかし……。そんなむちゃな……」
 正子に正面から睨まれて、シリウスは言葉に詰まった。
「馬場先生は、分校には積極的には関わらないんじゃないの?」
 サビクが助け舟を出してくれるが無駄だった。
「分校長の進退問題は、正式な重要決定事項だ。わしは推薦し承認する権限を持っている。おぬしなら実績面でも人格的にも問題はない。他の校長たちも追認してくれるだろう」
「オレ、百合園学園専攻科で教育実習を受けながらニルヴァーナ創生学園の初等部で教員をやってるんだぜ。まだまだ学ぶことは多いし教師としては駆け出しで未熟だ。勉強できる時間も限られている。引き受けた仕事は手を抜かずにやり遂げたいんだ」
 シリウスの正当な主張は、はかない抵抗として退けられた。
「書類にサインをするだけの簡単な仕事だと“25号”も言っていただろう。実際は違うが、創世学園の教師職とパラ実の校長を掛け持ちをすればいい。分校に通うのが不便なら、おぬしの部屋の隣に分校長室を設置してもいいのだぞ」
 独断とはいえ、正子が一度決めたことを覆すのは不可能だった。
「“25号”は役立たずだったが、おぬしなら分校の長として適切に裁量できるだろう。その肩書きは今後も大いに役立つだろうし、遠慮なく活用していけばいい。手当てつきの給料も支給する。ソツないおぬしなら上手くやりくりして生活にも支障をきたさないはずだ。必要なら助手を雇ってもいいし、経費も使っていいぞ」
 正子は破格の条件を提示した。これで断るなら考えがあるぞ、と言わんばかりだ。もちろん、強硬に断っても不興を買うことはなかろうが。
「わ、わかったよ……。そこまで言うんだったら……」
 分校長の自爆で負い目を感じ少し心が弱っていたシリウスは、正子の圧力に押されて頷かざるを得なかった。本当は、シリウスの責任ばかりではないのだが、根が生真面目な彼女は、成り行きとはいえ“25号”をイジってしまったことを後悔していたのだ。
「出来る限りやってみることにするよ」
「よし。いい返事をもらえて、わしも安心した。今から、シリウスが極西分校の校長だ」
 正子は、画面の向こうで軽く拍手して、シリウスの役職就任を歓迎した。
「おおっっ!」
 その場に来ていた分校の生徒たちは、固唾を呑んでパソコン越しのやり取りを見つめていたが、全員が満場一致で賛同してくれた。言い方は悪いが、彼らにとっては分校長は誰でも良かったのだ。ロボットでも務まったのだから、シリウスを拒否する理由はない。彼女の人格と名声を鑑みれば当然の結果だった。しばらく、拍手喝采の渦に包まれる。
「新校長就任おめでとう! 万歳、万歳、万歳!」
「極西分校の次の分校長は、あのシリウス・バイナリスタだ! やったぜ、久々の人間校長だ! 伝達、急げ!」
 何人かが、伝令として走り去って行った。ケータイ端末で情報を流しまくっている生徒もいる。噂は瞬く間に分校内に広がるだろう。もう後戻りはできない。
「いいのだろうか、これで……」
 なし崩し的に決められて、シリウスは唖然とその場に立ち尽くす。
 パラ実の校長をさせられるとか、酷い罰ゲームだ。どうするんだ、これ? 「むしろ好都合だよ、シリウス。これで堂々と桃子を呼び出せるじゃないか」
 サビクも呆れていたが、直ぐに立ち直って言った。
 他校の部外者なら決闘委員会に関わる理由はあまりない。しかし、極西分校の校長なら、校内の出来事は目を光らせるのが当たり前だ。無力なロボット“25号”は操られていただけっぽいが、シリウスが分校長になったからにはそうはいかない。
 赤木桃子は分校の陰の権力者だ。裏の権力に対抗するには表の権力で。分校長なら桃子と渡り合える。
 そうか、そのためかとサビクは画面の向こうの正子を見た。
「馬場先生、ボクたちに敵と戦いやすいようにしてくれたんだね」
「誰と会おうとしていたのかは聞かないが、相手を敵に回すか味方につけるか、それはおぬしら次第だ。シリウスがさらに大きく成長することを期待する」
 まあ頑張れ、と正子は言うと、TV電話画面はぷつりと途切れた。あまりのことに、シリウスはしばらくその場に佇んでいた。
「……とまあ、以上だ。予想外の展開になったね」
 ゲルバッキーがまとめてくれた。
 ありのまま、今起こったことを話すぜ。シリウスが分校に人探しに来ていたら、いつの間にか校長になっていた。何を言っているのか分からないと思うが、僕自身も分からない。特命教師とか決闘とか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。もっと恐ろしいパラ実のなんでもありの超展開の片鱗を味わったぜ……。
「やめてあげて。シリウスのHPはもう0だよ!?」
 サビクは突っ込む。
「分校長先生。しばらくの間よろしくお願いしますね」
 その場にいたパラ実生たちは、意外にもフレンドリーにシリウスを取り囲んだ。彼らは、素直に喜んでいるようだった。
 分校長室は爆発の影響で破壊されて使い物にならなくなっていたが、代わりに新しい部屋に案内する、と分校の生徒は言った。“25号”が自爆した現場も、土木科が直すので問題ないとのこと。
「じゃあ、僕たちが分校内を案内するよ。これでもテリトリーは広いんだ。“25号”とやるはずだった相談もある。しばらくは忙しくなるよ」
 ゲルバッキーは、まだ戸惑いがちなシリウスとサビクを半ば強引に連れて行った。
 さて、どこから手をつけたものか。
 新たな道を踏み出したシリウスたちの活動はこの後も続くのだ。