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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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■第 7 章


 榊 朝斗(さかき・あさと)ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)を伴って、壱ノ島の府立図書館を訪れていた。
 行政府に赴き「浮遊島の歴史について調べたい」と言った彼に、対応に出た職員がここを紹介してくれたのだ。
 そして御空 天泣(みそら・てんきゅう)ラヴィーナ・スミェールチ(らびーな・すみぇーるち)ムハリーリヤ・スミェールチ(むはりーりや・すみぇーるち)、そしてラルウァ 朱鷺(らるうぁ・とき)とも図書館の入り口でばったり顔を合わせ、同じ目的ならと、手分けして参考文献を探すことにした。
「私はこれから港の方へ戻って、船員か漁師の人に雲海の航海技術について訊いてくるわね」
 ルシェンの言葉に朝斗はうなずく。
「お願い。シャンバラやカナンの人たちではこの近辺の雲海を渡ることができなかったのに、どうしてここの人たちは航海できるのか、不思議なんだ」
「私もお手伝いしましょう」
 入口近くで待っていた朱鷺が、2人の会話を聞いて前階段を下りるとルシェンの方へ近寄った。
「船に乗った感じでは、内側はごく普通の大型飛空艇という感じでした。たしかに魔法の気配がうっすらと感じられましたが。あのとき現れた雲海の魔物が船に見向きもしなかった理由として、あれがどう作用しているのか、興味がありますね」
「そうね。行きましょう。大きな港だったから、きっとギルドのようなものがあると思うわ。
 じゃあ朝斗、2時間ほどで戻ってこれると思うから」
「うん。気をつけて」
 2人は連れ立って、港へ続くなだらかな坂道を特に急ぐ様子もなく下って行った。
「あ、じゃあ私は文化、技術とかを調べてみます」
 2人を見送った朝斗の視線が自分の方を向いたのを見て、アイビスが言う。
「1人で大丈夫?」
「ええ。ルシェンたちほど調べるのは難しくないと思いますから。芸能・文化の棚ですね」
 アイビスとしては7000年の永い月日、隔絶していた島だから、カナンやシャンバラとは違った伝統が伝えられてるかもしれないと考えていた。特に、物語とか、歌とか。
(歌で戒めや言い伝えを表した口伝の類いって、結構いろんな地域で見られるし。それを書物に書き写していることも十分考えられるわ)
 自分のした考えに「うん」とうなずき、入口をくぐって中へ入ると早々にみんなと分かれて、それらしい棚を探して天井から吊るされた案内板を頼りに奥へと向かう。
「えーと。じゃあ、御空さん? 行きましょ――」
 くるっと振り向いた朝斗は、直後、彼に名前を呼ばれてびくっと体を震わせた天泣を見て、つられて朝斗の方までびくついてしまった。
 天泣はさささっと後退して、ラヴィーナの後ろに隠れてしまう。
「御空さん……?」
「あー、気にしないで。天ちゃんはほんのちょっと男性恐怖症なだけだから!」
「ほんのちょっと、ですか……?」
 まるで朝斗に暴力でもふるわれたかのように真っ青な顔で震えている天泣を見つめる。ムハリーリヤに、いいコいいコと頭をなでられ、そろそろとこちらの様子をうかがうように伏せていた目を上げた天泣が、自分と視線を合わせた瞬間パッとまた伏せるのを見て、これはかなりの重度だと思った。
(この人にはできるだけ近寄らないようにするのが賢明かな。この人のためにも、僕自身のためにも)
「あの、ここでこうしているのも何ですし、とりあえず探しませんか?」
「……、………、……。……」
 ぼそぼそと天泣がラヴィーナに言う。
「うん。分かったって。天ちゃんは観光とかそっちの棚で、ほかの4島について調べるって」
「では僕は、過去ここで何があったのか、歴史書を調べてみます」
 よかった、別々になりそうだ。ほっとして、朝斗は歴史との項目のついた棚へ向かって歩いて行った。後ろではラヴィーナが
「僕、あのかっこいい魔物について調べてみるね! もっともっと怖い海獣とかいそうだし!」
 と、場所柄も無視して大声で話していた。



 2時間後。
 再び集結した彼らは、それぞれ調べてきたことを報告しあった。
 カナンの船やシャンバラの船が襲撃され、浮遊島の船が襲撃されない理由は、なかった。浮遊島の船も例外なく襲撃されており、年間相当な数の人間が雲海の魔物に食われて犠牲になっているということだった。
「今回の定期便が特別仕様だということです。肆ノ島太守が提供された秘伝の魔物除けの粉と陰陽師たちの呪符によって、大半の雲海の魔物を退けることができているようです」
 朱鷺の報告に、さらにルシェンが補足する。
「残念ながら全部を避けられるわけではないそうよ。でもそういった凶暴な魔物が生息する地域を避けて航路は設定されているから、襲撃の可能性はかなり低いと言っていたわ。100%じゃないのは問題ではないの? って訊いたけど……100%の安全を保証する乗り物がどこにあるんだと言われちゃった」
「そう」
「――なに? 天ちゃん。ああ、うんうん」
 天泣は、やはりラヴィーナの後ろに隠れ、ラヴィーナを介して調べたことを報告する。
「その肆ノ島だけど、術師の島っていうくらい陰陽師が多いんだって。ここってホラ、地理的にカナン人とシャンバラ人の子孫がほとんどだけど、マホロバ人も少ないけどいて、その子孫が肆ノ島に集まっているんだってさ。太守は特に鬼の血が濃いらしいよ。
 で、参ノ島ね。浮遊島の治安を守る役割を負ってるんだって。キンシっていう女性の傭兵たちが各島で治安維持隊の職務についてるそうだよ。そのほかにも工業が発展してる島ならしいよ。
 で、伍ノ島が浮遊島の要だって。スサ・ノ・オさんの子孫の太守さんもいるし、一番安定してて、何もかも豊かな島なんだって。壱ノ島とはまた違った感じで、自然も豊富で美しい都――って、あ、興味出た? ムハ?」
 コクコクコクっと短い間隔でうなずき、ムハリーリヤはうっとりと夢見る表情でほおを上気させる。
「超きれいなお島ー。リーリちゃん、そこ行きたーい。
 ねーねー2人ともー、そのお島行こーよー」
「分かった。分かったから、そでを強く引っ張るな。伸びるだろう」
 ぼそっと天泣にしかりつけられ、ムハリーリヤはさからわずにパッと手を放した。意識の大半はもうその伍ノ島に向いているらしく、ぽややんとした表情で両手でほおを包んでいる。
「最後、弐ノ島ね。ここはーー……へっ? マジ?」ラヴィーナは天泣に訊き返し、天泣がうなずくのを見て、むう、と眉をしかめた。「なーんだ、つまんないの。
 あのね、弐ノ島は行く価値ないって。岩と草以外、なーんにもなし! ハズレ、みそっかすの島。どこの島民も、あそこに行く人はいないんだって。島の人たちも逃げ出すくらいで、年々人口が減っていってて、もう岩だらけの無人の島になってるんじゃないかって言ってる人もいるらしいよ」
「でも、定期便は出る?」
 その疑問に答えたのは朱鷺だ。
 壱ノ島の次は当然弐ノ島だろうと思って、港へ下りたついでに路線の運航時刻をたしかめてきていたのだった。
「一応出るには出ているそうですが、採算が見込めないので近々運休するのではないかとのうわさでしたね」
 次に、アイビスが報告をする。
「この島の一番の特産品はガラスだそうです。細かな細工のアクセサリーとかグラスといったガラス製品をつくる工房が、川に沿っていくつも建っているそうです。交渉すれば見学も許可してくれるみたいですね」
 昔の島の様子を歌った古い歌や伝承の類いもあったが、大量すぎてここで披露することはあきらめた。
「それで、朝斗の方はどうだったんです?」
「……うん」
 朝斗は、あまりに衝撃的すぎて自分でもまだ処理しきれていない内容について、どう報告するか迷った末、コピーしてきた紙をテーブルに広げた。
「僕が説明するより、読んでもらった方が一番分かりやすいと思う」
 『古島記伝――秋津洲伝承』と書かれたそれらには、要約すると以下のようなことが書かれていた。



 はるか、神世の時代とも思える昔、雲海に閉ざされた浮遊島・秋津洲に1人の女神が降臨した。女神の名はアマテラス。女神は、雲海を生み出して秋津洲を支配していた悪龍・オオワタツミを打ち倒し、5つの神器をもってその荒魂を秋津洲の地下深くに封印した。
 オオワタツミが封じられ、雲海が姿を消したことで、島は英気を取り戻した。地上の人々との間に交流が生まれ、秋津洲はますます栄えた。
 やがてアマテラスは地上より1本の幼木を持ち帰り、それを神殿の庭へ植えた。
「此はイザナギなり。秋津洲に繁栄をもたらす樹木なり」
 幼木・イザナギはみるみるうちに成長して、空に届く巨木となり、アマテラスの言葉どおり、秋津洲をさらなる豊かな地へと変えた。人々は感謝し、ますますイザナギとアマテラスを讃えた。
 アマテラスは数千年を生きて、やがて命を終えた。秋津洲は悲しみに包まれたが、アマテラスの跡を継いだ新たな国家神イザナミが人々をその威光によって導き、守った。

 数千年を経て、オオワタツミが復活するまでは。

 残虐非道な者、心にヘビを住まわせた男ヒノ・コが、己が欲のために神器を抜いて、荒魂を解放したのだ。
 荒魂はあっという間にオオワタツミの姿を取り戻し、封印されていた間に蓄えた怨嗟の玉を用いて、かつて以上の力でもって荒れ狂った。
 国家神イザナミ、領主スサ・ノ・オとともに、建御雷を駆って人々はこれに命懸けで対抗した。
 しかしオオワタツミの力はすさまじく、なんとも制しがたく、国家神イザナミは力尽き、この戦によって死亡した。
 オオワタツミの一撃でイザナギは裂け、秋津洲は砕けた。

 オオワタツミは雲海を生み出して、そのなかに己の牙城を構えると、己の眷属である魔物たちをどこからともなく呼び寄せた。
 そして5つに砕けた島で生き残ったわずかな人々に向かい、オオワタツミは言ったのだった。

「ワレガ ウケタ 苦痛ノ数ダケ、キサマタチヲ コロシテヤロウ。
 コノ先 何千年モ キサマタチハ 苦シミヌイテ シネ」


 世界樹イザナギ、国家神イザナミ、そして大勢の人々の命とともに秋津洲は失われた。
 島は再び厚い雲海に閉ざされ、雲海には魔物が跋扈し、人々を襲うようになった。
 島を訪れる者は絶え、地上と島は完全に途絶した。

 すべては、大罪人ヒノ・コにより生み出された悲劇である――。



 読み終えたあと、だれもが無言だった。
 朝斗は銃型HC・Sを取り出し、その情報をすべて記録した。