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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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【蒼空に架ける橋】 第1話 空から落ちてきた少女

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■第 6 章


 停止した船の乗降口が開かれ、タラップを降りる。
「大丈夫なのですか? JJさん」
「…………揺れない地面につきさえすれば……」
 まだ血の気の戻っていない紙のような肌で、フレンディスに気遣われながら降りるJJ。
 また別の場所では、
「ジョーダン、ジョーダンだったんだってば」
 と両手を合わせて平謝りするアキラと、
「嘘ネ! アキラなんかもう知らないんだカラ!」
 プン! とルシェイメアの頭の上でそっぽを向いているアリスの姿が見える。
 ウァールやセツ、それに彼らと行動をともにすることにした面々も。
 そんななか。
「浮遊島、はじめのいーっぽ!」
 三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)はぴょんっと跳ねるようにタラップの最後の1段を降りて、両足で着地した。直後、ピュッと吹いた風に髪を押さえる。
「やっぱり空の上は風が強いね」
「気をつけないと風邪っぴきになるぞ。風邪が土産なんてシャレにならないからな」
 そう言いながらも、ミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)はさりげなく風が来た側に立って、のぞみの風除けになっている。
 のぞみもそれと察した上で、でもお礼を口にするのは何やらむずがゆくて、気づかないフリで反対にイーっとしてみせた。
「ご心配なく! そんなことにはなりません」
 そして、彼らの来訪を歓迎するように――おそらくその大部分は地上の人間たちへの好奇心からだろう――集まった島民たちの前を通って、露天で販売されているソフトやアイスといった屋台で適当なジュースを買う。通貨はどうかと思ったが、シャンバラのものがそのまま使えた。
「はい、ミカの分」
「どうも」
「さーて、どこ行こっかなー。
 とりあえず、道なりに歩いてみよっか」
 前に伸びる舗装されたレンガ道を、ジュースのストローに口つけながら歩いて行く。
 乗船前にレシェフでもらったパンフレットにあった情報どおり、壱ノ島はとても美しい場所だった。白壁と赤屋根の2階建ての家が、山の斜面に巻きつくゆるやかな螺旋状のレンガ道に沿って連なる。不思議と家屋は山側となる片側だけにあり、向かい側は常に開けていて、そこから下の街並みが見渡せた。そしていつも白い建物ばかりというわけでもなく、ときたま赤壁や青、黄色の壁の家もあったりして、それがアクセントになっていた。赤や青といっても原色のどぎつさはない。くすんでまろやかな色合いをしていて、それが歴史を感じさせる。
「きれーい。ここに住んでたら、毎日お散歩するのがすごく楽しみになりそう」
 素直に称賛を口にして、柵に手をかけて下の様子を見下ろすのぞみの横、トトリを頭上に抱え持った子どもたちがワーっと走ってきて、そのまま柵を飛び越えた。
「え!? ちょっと!?」
 驚くのぞみの前で、子どもたちは器用にトトリの上に上がって、そのままツバメのように滑空していく。周囲の島の人々が驚く様子を見せないところからして、これがここの日常的な風景なのだろう。
 雲間から覗く太陽に照らされてキラキラ輝く町を足下に飛ぶのは、どんな気分だろうか。
 異国なのだと思ってため息をつくのぞみの耳に、かすかにあの船で聞いたカカの鳴き声のようなものが聞こえた。
 音の出所を探して空を仰ぐと、同じようにとなりでミカがそちらを見上げている。
「雲海の魔物ねぇ。あれがヘビだっていうんだから、龍となったらどれだけ大きいんだろうな。想像もつかないぜ」
「島巡りしてる間に見られるといいな」
 そう言って、のぞみはまた歩き出す。道の角を曲がったところで、幅広の川と、そこに浮かぶゴンドラの舳先が見えた。
「あっ、ゴンドラ! ミカ、ゴンドラがあるよ!」
 言うなりタタッと走って、階段を下りる。そこには簡素な船着き場のような所があって、野菜や果物といった、いろんな商品を積んだゴンドラが停まっており、主婦たちを相手に商売をしている。
 じっとその光景を後ろで見守っていると、売り子をしている青年が2人に気づいてにこっと笑った。
「やあ。その格好、きみたち、噂の地上人?」
「そうよ」
 のぞみの返答に、青年はオレンジが積まれたかごからオレンジを2つ取って、のぞみとミカに1つずつ放った。
「壱ノ島へようこそ」
「あ、ありがとう!」
「おいしいと思ったらみんなにそう宣伝してくれるといいよ」
 青年は満面の笑顔で首を振ると、右手のゴンドラが停まっている場所を指さした。
「もし何だったら、あっちでゴンドラに乗れるから行ってみたらどう? ホテルの名前を言えば、連れてってくれるし」
 のぞみはもう一度礼を言うと、教わった場所へさっそく向かった。青年のアドバイスどおりホテルの名前を言うと、船頭はうなずいて、2人が乗れるように場を開けた。
「お手をどうぞ、お嬢サマ」
 先に降りたミカが気取って差し出してくる手に手を乗せて、のぞみもお嬢さまっぽくゴンドラへと移る。
 くすくす笑う2人を乗せて、ゴンドラはゆっくりと川の中央へ向かってすべって行った。




 同じく、坂を上がった先の船着き場で歓迎を受け、もらったオレンジをもぐもぐさせながら南條 託(なんじょう・たく)はゴンドラに乗って川をくだっていた。
 船を降りる際、船員にお勧めのスポットはどこかと訊いたら、真っ先にここを紹介されたのだ。
『わたしの名刺を渡してください。そしたら、一番の船頭が案内してくださいますよ』
 船員は笑って、彼に自分の名刺を渡してきた。それでそのとおりにすると、愛想のいい健康的な美人船頭が現れて、案内を買って出てくれたのだった。
 彼女が操るゴンドラはほとんど揺れがなく、安定して川の中央を流れて行く。そして託に、ここが町でどの辺りなのか、由緒ある建物はどれか、その由来はどういったものか、説明してくれた。
「ここってほんと、きれいな場所だねぇ」
 片側に連なる趣ある建物を見上げて、つくづくと言う託のほめ言葉を受け取って、船頭の女性はうれしそうにほほ笑む。
「すべて太守さまのおかげですわ。もちろん先代の太守さま方も良い方ばかりだったのですが、今のモノ・ヌシさまになられてから、さらにこの島は良くなりました」
「そうなんだ?」
「はい。
 今度の国交回復も、モノ・ヌシさまが率先して何年もほかの太守さま方に働きかけて、ようやく実現されたそうです。ですから島の者たちは、わたしを含めみんな、これはきっと良いことだと思っています」
 本当に心からそう思っているのだというように、その女性は輝く笑顔を託に向けた。それは、この島へ着いてから、自分たちへ向けられる島の人々の面から感じ取れるものと同じだった。
(彼らの期待はずれにならないようにしなくちゃねぇ)
「そういえば、さっきほかの島の太守たちを見たよ。ほかの島もここと同じくらいきれいなの?」
「さあ。どうでしょうか。わたしはこの島から出たことはありませんので。
 ですが、友人から聞いた話ですと、伍ノ島はここと同じか、もう少し良くて、すごしやすくてとてもいい島だそうです。参ノ島は昔、機晶石がよく採掘されたころの名残りで少々機械的だそうですわ。肆ノ島は、伝統的な昔の姿を残している場所が多いそうですから、もしかすると観光客には一番興味深い島かもしれませんね」
「弐ノ島は?」
 託の質問に、女性はためらうような、困ったような間をあけて、慎重に口を開いた。
「あそこへは、あまり行くのはお勧めしませんわ。何も興味をひくような物のない所です。
 それより、肆か伍の島がお客さまにとって楽しめるのではないでしょうか」
「ふぅ〜ん」
 その口調に、何か感じるものはあったが、これ以上突っ込めないものを感じて無難にそこで話を終える。
 やがて船は託が希望したお勧めの店の前に到着した。
「島にはガラス工房がたくさんあって、いくつか名産があるのですが、女性へのお土産でしたらやはりアクセサリーがお勧めです。このお店は地元の女の子に人気があるんです。お値段もお手ごろですしね」
 そこは派手な表看板などはなく、規模も大きくはない個人商店という感じだったが、所狭しという感じで柱や天井からも吊るされた商品はどれも品が良く、統一された雰囲気のある物ばかりだった。
「そうだねぇ……」
 ステンドグラスを思わせる、色ガラスを細い鉄線の枠で囲んだペンダントが並んでいるなかから、託は素朴でかわいらしい物を選んで持ち上げた。手のひらの上で、肌を透かせて色合いを見る。
 きっと、琴乃にはこれが似合うだろう。
「お待たせ〜」
 買ったペンダントをバッグに突っ込みつつゴンドラへと戻る。
(今度は琴乃と一緒に来れるといいな)
 夕方の風をほおに感じながら、そう思った。




 そしてここにもまた、ゴンドラに乗る……いや、立つ者が1人。

「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!」

 強い向かい風を受けてはためく白衣。水面の反射光を受けてきらめく黒ぶち眼鏡。
 腰に両こぶしをあてがい、胸をそらして仁王立ちしながらドクター・ハデス(どくたー・はです)はよく通る声で高笑う。
「ここが浮遊島の玄関口、壱ノ島か! なかなか風光明媚な場所ではないか!」
 彼の声を聞きつけて通りを歩く島民がそちらへ目を向けたが、こういう場面を目撃してきたシャンバラ人たちと反応は同じで、振り返ったりとおり過ぎる際にチラ見をしていく程度で、だれも深刻には受け取っていない。
 ただ1人、彼の行為を深刻に受け止めている者がいたが、それは全く別の意味でだった。
「いや、お客さん、危ないですから座ってください。落ちちゃいますよ……」
 身をかがめた船頭が申し訳なさそうな声と表情で脇から必死に警告するが、もちろんハデスの耳には届いていない。
 ぐらんぐらん揺れるゴンドラなどものともせず、ハデスは続ける。
「カナンの近くにこのような浮遊島があったとはな!!
 ククク、世界征服を企む悪の秘密結社たるもの、そこに島があるなら征服しに乗り込むのは当然!! しかし何事も、まずは敵を知ることから始めよというからな!」
 そしてきちんと座席に座って、ゴンドラに乗る前に屋台のイケメン青年から買ってきていたカットフルーツのセットをもぐもぐ食べているデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)へと向き直る。
「というわけでデメテールよ! おまえが斥候としてまずこの壱ノ島を調査し、われらが浮遊島を征服するために有益な情報を集めてくるのだ!!」
「……えーーー?」
 顔をしかめ、思いっきり嫌そうな声でデメテールはハデスを見上げる。
 逆らいたかったが、ここで文句を言うと100倍になってさらにうっとうしい命令が返ってきそうである。
「はーい。分かりましたぁー」
 ぶちぶち口のなかでこぼしつつ、デメテールはおとなしくハデスに従って、ぴょんとゴンドラから岸に飛び移った。
「はー。まったく、めんどくさいったらないなー」
 階段を上がって通りに出たデメテールは、こんなこともあろうかと連れてきていた特殊作戦部隊員を手招きで呼び寄せ、ハデスからの命令を伝えた。
「というわけで、デメテールの代わりに調査してきてねー」
 デメテールに忠実な特殊作戦部隊員は一礼して離れて行く。
「さあ、これで命令完遂、っと。
 んー、こっちの方からいいにおいがしてくるなー」
 ぷーんと漂ってくる油のにおいにつられて、デメテールは軽くスキップでそちらへ向かう。そして紙袋いっぱいに揚げたての菓子を買って、ほくほく気分で食べ歩いていた。
「んんー、これ、おいしい! 表面カリッカリでなかがやわらかくて。ちょっと肉まんに似てるかなー?」
 揚げて砂糖まぶしてるけど。
 ゴンドラの上でまだ船員ともめているハデスを見て、ハデスにもちょっと分けてあげようかな? と思う。そして通りを渡ろうと駆け出した直後、右手から走ってきた少年とぶつかった。
「いったーーい!」
 デメテールは後ろによろけて尻もちをつく。その手からは紙袋ごと揚げ菓子が飛んでいた。袋の口は開いたままで、揚げ菓子が2つ3つこぼれている。
「痛いのはこっち――って、うお!? もったいねっ!!」
 宙に舞った紙袋と揚げ菓子に、少年が目の色変えて飛びついた。
 紙袋を右手で、揚げ菓子2つを左手でキャッチした少年は、頭からスライディングして道に落ちる寸前だった3つめを口でキャッチする。
「む!?」
 その姿に、ハデスが注目した。
「おねーちゃん、へーき?」
「え? う、うん、ありがと――って、きみが食べてるのかよッ!?」
 もっきゅもっきゅ揚げ菓子を食べている少年を見て、デメテールは思わずツッコミを入れた。
「だーって、オレが受け止めなかったらこれ、地面に落ちて土まみれになって、どっちみちおねーちゃん食べれなかったんじゃん。だったらオレが食べてもいいよね?」
「そっちはともかく、紙袋の方はかえしてよ! デメテールの肉まんなんだからっ!」
「いや、全部食べていいぞ少年」
 ゴンドラからハデスが言った。
「えっ!? あれ、デメテールがお金出して買ったお菓子だよ!?」
 あわててデメテールは抗議したが、ハデスは無視した。
「ほんとにいいの?」
「かまわん。そのかわり、名前を教えてもらおうか」
「そんなんでいいの? オレ、スク・ナ(すく・な)だよ」
「スク・ナか。気に入ったぞ。スク・ナよ、われらオリュンポスと手を組まぬか?」
「オリュンポス? 何それ?」
「ククク。今は分からずともよい。だがもしおまえが望むなら、われわれがその手助けをしてやろう。もちろん代償なしにとは言わんが、それに見合う力をわれらオリュンポスは持っているぞ」
 ハデスからの言葉に、スク・ナは一応考えるように首を傾げた。その間も口いっぱいに菓子をほおばって、もきゅもきゅさせている。1個たいらげて、砂糖のついた手をぺろりとなめた。
「よく分かんないけど、母ちゃんが、知らない人の持ってくる親切話には絶対乗っちゃいけませんって言ってたから。えーと、ゴメンナサイ」
 ぺこっと頭を下げる。
「でも助けてくれるって言ってくれて、ありがとう。
 じゃあオレ、もう行くから! お菓子ありがとうねー!」
 スク・ナはぶんぶん手を振って、あっという間に走り去って行った。
「クク……一度断られたくらいでアッサリあきらめると思うなよ……。
 デメテールよ! あの少年のあとをつけて、情報を仕入れてくるのだ!」
「えー? またぁー?」
「俺の勘が告げている! あの少年には何かあると!
 いいから行ってこい!!」
 特殊作戦部隊員はまだ帰ってきていなかった。今度はデメテールが行くしかない。ぶちぶちこぼしつつも、デメテールはスク・ナのあとを追って行ったのだった。