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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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【蒼空に架ける橋】第2話 愛された記憶

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 伍ノ島へ着いたヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)の興奮は、浮遊島へ来て2日目にしてなお衰える気配を見せなかった。
 むしろ船に乗って雲海を越えて、壱ノ島とはまた違った雰囲気の伍ノ島へ降り立ったことで、さらに意気盛んになっている気がする。
「イエーーー!!! 天空の島!! 天空の――」
「わーっ! ストップストップ!」セリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)が飛んできて、あわてて後ろから口をふさぐ。「駄目だヴァイス、それ以上口にするんじゃない!」
 まったくである。
 しかし何がどう危ないのか、起動してまだ半年も経たない上、歌うこと以外の知識はほとんど基礎的なものしか入っていない機晶姫ラフィエル・アストレア(らふぃえる・あすとれあ)にはさっぱりだ。
「な、何が、駄目、なんです……? セリカさん……」
 突然のセリカの剣幕にびくつき、身を固くしながらも懸命に言葉を押し出す。
 緊張に強張っているラフィエルの様子に、セリカは少々自分の行動が大げさだったかと反省しつつ、ヴァイスを押さえ込んだ手を緩めた。
「いや、何でもない。べつに怒っているわけでもない。だからそんな、固くなるな」
「あ、あの……。ごめんなさい……」
「いや、これも怒っているわけでは。――まいったな」
 今度はうつむいてしまったラフィエルに、セリカはやきもきする。ラフィエルは見かけそのままに無垢で繊細で、まるでガラスでできているかのようで……あまりにヴァイスと勝手が違いすぎて、どう扱えばいいか、こんなふうにためらうことがよくあった。
 どう言えば正確に伝わってくれるのかが分からない。まあそれは、これからおいおいと育っていく距離感なのだろうが……。
 セリカの注意がラフィエルの方に向いているのを見て、ヴァイスは抜き足差し足その場を離れる。
 ヴァイスの動きにセリカが気付いたのは、横から伸びた腕がラフィエルの腕を掴んで引き寄せたときだった。
「セリカなんてほうっておいて、さっさと街に出よーぜ!!」
 腕にはしっかり自分とラフィエル2人分のバッグが握られていた。
 もちろんセリカの分と、重い荷物は放置である。
「ヴァイス! おまえはまた!!」
「あっはっはーーー!! おまえゴチャゴチャうるさいんだよ! いつまでここ(港)にいるつもりだよ! さっさとしないと日が暮れちまうだろ!」
 テンション高く笑うと、ラフィエルの手を掴んだまま出口へ向かって走り出す。
「待てヴァイス! 観光より先にホテルにチェックインだ! 荷物を部屋へ置いてからにしろ!」
「そっちより観光が先! 大丈夫、荷物番はちゃんと山田さんにお願いしてるからっ!」
 山田さんとは、ヴァイスのペットのホエールアヴァターラ・クラフトである。ヴァイスの言いつけどおり、1カ所にまとめられた彼らの荷物の上にちょこんといるが、体長50センチ程度のふわふわ宙に浮くクジラに、はたしてどれほどの荷物番効果があるかは不明だ。当然セリカも信用できない。1時間も経ないうちに、全部だれかに持ち逃げされていると言われる方がよほど納得できた。
 しかしヴァイスはすっかりその気で、
「そんなにしたけりゃおまえ1人でチェックインして、荷物運んどけよ!」
 とか言い出す始末だ。
 はっきり言って、テンション上がりまくって半ば暴走状態なヴァイスをラフィエルと2人だけにはさせられない。がしかし、荷物を置いていくわけにも……。
「あっ、あの……あのっ」
 ぐいぐい自分を引っ張って行こうとするヴァイスと、どうするべきか後ろで苦悩しているセリカを交互に見て、ラフィエルは展開への驚きから覚めきれないまま、うわずった声を発する。
「ヴ、ヴァイスさんっ、セリカさんが困ってらっしゃいます……っ」
「いいからいいから。あいつはいつもあんな感じだから、あれでいいんだよ」
「でもでもっ」
「ラフィエルは行きたくないの? 楽しくない?」
「そんなこと……ないですけど……」
 生まれて初めての旅行で、ヴァイスとセリカと一緒で。連れて行ってもらえると聞かされてから、ずっともう舞い上がってしまって、毎日カレンダーに×印を入れるくらい楽しみにしていた。
「オレも楽しい! ラフィエルと一緒に旅行に行けて!
 ね? 気づいてた? オレたち、初めての体験を一緒にしてるんだぜ? ここが初めての場所だっていうのも、一緒に旅行に来るのも。だから一緒に楽しもう!」
 満面の笑みを浮かべ、心から満足そうに言うヴァイスはラフィエルの目にとてもまぶしく映った。
「……はい! 私、がんばって楽しみます!!」
「ははっ。がんばる必要はないよー」
 ぐっとこぶしをつくって宣言するラフィエルがおかしくて、ヴァイスは吹き出してますます笑う。
 そうこうしているうち、セリカが2人に追いついた。
「あ、おまえもやっぱり来ることにしたのか」
「……荷物は……港の職員に頼んで……ホテルのフロントへ……預けてもらうことにした……」
 全力疾走してきて息を切らしたセリカの上で、ふわふわと山田さんが浮いている。
「お疲れサン。じゃあこれで全力で遊べるな!」
 ヴァイスは意気揚々、鼻歌を歌いながら先頭きって歩き出す。はやる気持ちの表れで、かなり速足だ。その背中を見て「やれやれ」と言いたげについたため息で、ようやく息を整えきれたセリカが身を起こした。すっかり振り回された感があったが、しかしその表情は、やはり今のようなヴァイスを見れることにはれやかだ。
「まったく。いつになく上機嫌だな、あいつは」そして視線をラフィエルに落とす。「さあ俺たちも行くか?」
「はいっ」
 3人は連れ立って伍ノ島の観光へ繰り出した。
 これがラフィエルにとって何もかも始めてであることを知るセリカは、ラフィエルが何の悔いなく楽しめるように脇からフォローを入れつつ気を配り、欲しそうに見つめたお菓子やちょっとしたアクセサリーなどもヴァイスと一緒に購入して、ラフィエルにプレゼントした。
「ありがとうございます! 大切にします!」
 宝石とも呼べないような、小さな石のついた機晶石のペンダントとイヤリングのセットを抱えて、ラフィエルは涙をにじませた目で2人に礼を言う。そして休憩にと腰を下ろした広場のベンチで、もう我慢できないというように立ち上がると、突然歌い始めた。
 楽しくて。
 楽しくて、楽しくて、楽しくて。
 心が舞い上がって、どうしようもなかった。
 その思いが歌となり、自然と体からあふれだして止まらなくなる。
 輝く光のような歌を歌うラフィエルの元に、ムーンキャットSのお月さん、ホエールアヴァターラ・クラフトの山田さん、ペンギンアヴァターラ・ヘルムの平さん、それにシルバーウルフの銀さんが寄って行き、身をすりつけた。
 幸せそうに歌うラフィエルの姿に満足して、ヴァイスとセリカ、それにボディーガード役件荷物持ちでついていた超人猿の超さんは、ベンチで黙って耳を傾けている。しかし、ラフィエルの天使もかくやという歌声に魅了されたのは彼らだけではなかった。
 歌っているラフィエルに気づき、その声に引きつけられた人々が自然と集まってラフィエルの周囲を囲み、惜しみない拍手を送る。なかには――特に子どもたちが――彼女が連れているめずらしい機晶ロボットたちに興味を示す者もいて、「どこで売っているの?」と購入先を知りたがったり、彼らとたわむれだしていた。
「え、ええと……それはですね……彼らは売り物ではなくて――」
「ああ、困ってる困ってる」
 ヴァイスは質問の集中砲火の中心であせり、とまどっているラフィエルの姿にくすくす笑う。
「笑いごとじゃない。彼女は適当にあしらうということを知らない。あれではすぐ疲れて人に酔ってしまいかねないぞ」
「あ、うん。そっか」
 あれはあれで、きっとラフィエルのいい旅の思い出になるだろうと思っていたが、セリカの心配にも一理ある。ヴァイスは腰を浮かせ、セリカとともにラフィエルの救出に向かったのだった。




 壱ノ島のホテルの壁にかかった浮遊島群の絵画を前に、さあ次はどの島へ行こう? と考える。その結果、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は伍ノ島へ渡ることにした。
 特に目的がある旅でなし。強いて上げるとすれば、7000年鎖国状態だった島の文化に興味があり、生活様式等知ることが目的だと言えるだろうが、それはどの島へ行っても叶いそうだ。
 壱、弐、参というように、島の名前の順に回るというのも考えたのだが、やはり伍ノ島太守が殺害されたというのを聞いたことが決め手になった。あと、義姉と慕うフレンディスたちが伍ノ島へ向かうと聞いたことも少なからず判断に影響したのではないかと思う。
「それでは行ってまいります」
「行ってらっしゃい。気をつけて。また夜にでもホテルで会おう」
 シャンバラの賞金稼ぎJJとともに伍ノ島太守の館へ向かうというフレンディスと別れて、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)たちとともに、まずは伍ノ島の中心都市へ向かった。
 水と白壁の壱ノ島とはまた違った雰囲気で都会といった様子の伍ノ島で目に入るものは、ある意味彼らにとってなじみのあるものだった。
 壱ノ島がまるで現代的でなかったというわけではない。ただ、たとえるならば、同じ時代でも国が違う、という感覚だ。壱ノ島はいたる所が緑にあふれ、自然と文化がほどよく調和しているイタリアやスペインの田舎のような感じがあった。伍ノ島はどちらかというとゴツゴツとした堅いイメージがある。地球のロンドンを思わせる、彫刻をほどこされた石や青銅造りの建物が街路に沿って並び、等間隔に配置された街燈や家の区画を囲む鉄柵、門、ドア、出窓などには一種独特の飾りが見られる。
「何かの生き物らしいな……」
 グラキエスは足を止め、鉄柵にはめ込まれた小門に指を這わせた。中央アジアを思わせる文様だ。すべてが平面的で、線が簡素化されていて、自然モチーフの飾り部分も多く、何の生き物かまでは分からない。知っている者からすれば一目瞭然なのかもしれないが。
 人が図案として生物を刻む場合、どんな意味が考えられるだろう……そんなことを考えながら歩いていると、やがて広場のような場所に出た。人通りがあり、放射状に各方面へ道が伸びている。
「この辺りがこの街の中心かな。そろそろどこか店にでも入ろうか。壱ノ島で聞いた話では、伍ノ島の太守はとても秀でた良い人という評判だったようだが、こちらではどうなのか聞いてみたいし」
 壱ノ島を出る前に、昨日の礼も兼ねて訪れた店で食事をしながら仕入れた話を思い出していると、エルデネストが苦笑した。
「やはりそうですか」
「ん?」
「いえ。今回は観光だとおっしゃられていたように思いまして」
「観光だとも。ほら、街をぶらついているじゃないか」
 グラキエスの返答にも、エルデネストの口端に浮かぶ意味深な笑みは薄れない。
「そういうことにしておきましょう。
 万が一の場合の準備は済ませてありますから、その点だけはご安心ください。こうしてこの私がおそばにおります以上、決して昨日のような事態にはなりません」
 グラキエスの狂った魔力を、たとえ一時的にであれ自分は鎮めることができるのだという自負とそして愉悦が感じられる声で、エルデネストは終始微笑を浮かべている。
「ああ。すまないな」
「いいえ。それが私の務めですから礼にはおよびません。――見返りにつきましては今度の件がひと段落したところでゆるりとご相談いたしましょう」
 その瞬間が待ちきれないとの喜びを隠そうともしない。その声、グラキエスを見る瞳に、ゴルガイスは少々目を眇める。エルデネストがその力を行使するときは、グラキエスが苦痛に支配されかかるときだから。
 一方で、ゴルガイスの方は対照的なほど分かりやすく、直線的だ。
「おいグラキエス。調査に熱心なのはいいが、ほどほどにして、体力は温存しておけよ」
 そのもの言いに苦笑しつつ、「分かった」と返そうとしたときだ。
 ゴルガイスを見る町の人たちの様子が少々奇妙なことに気がついた。
 あまりジロジロ見てはいけないとのマナーからか、すぐに目をそらすが、その後もちらちらと盗み見ている者がいるし、ゴルガイスに気づいた最初はめずらしいものを目にしたように表情を輝かせて目を瞠っている。
 嫌悪や恐怖といった感情はうかがえなかったので、声をかけてみることにした。
「すみません。こちらではドラゴニュートはめずらしいのでしょうか」
「えっ? あっ、はい」
 声をかけられた男は、気づかれていたことに少しほおを赤らめたあと、彼らの質問に応じて話をしてくれた。
「ドラゴンはこの島では英雄として語られています。数千年前、ドラゴンへ変態した島のドラゴニュートたちが敢然とオオワタツミに戦いを挑んだのです。3日の間、ドラゴンの吹く炎で空が真っ赤に染まるほど、激しい攻防だったということです。残念ながらドラゴンたちは力尽き、敗北しましたが、そのときドラゴンに切り裂かれた傷は今もオオワタツミの右目に走っているそうです。
 ドラゴニュートの数がとても少なくなったのはその戦いのためだそうです。めったに見ることはできませんが、伍ノ島の民はドラゴンたちへの感謝を今も忘れていません」
 男は周囲を見渡して、鉄柵やドアに入れられた飾りを指さし「これはドラゴンです。魔を祓い、私たちを守ってくれる者として入れます」と言い、そして最後、心打たれたような面持ちでもう一度ゴルガイスを見上げたあと、ふと思い出したように言った。

「その慰霊碑が自然保護区に設置されています。もしよかったら、見に行かれてみてはどうでしょう?」