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第一章 黒薔薇の森へ 1

「あの森は霧のせいもあって昼間でもあまり日が差し込まず、視界が悪い。十分気をつけるんだよ」
 真紅の薔薇のマントを優雅に払ってそう言うと、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)はその場を立ち去った。

 ここは薔薇の学舎。
 エリートの中のエリートを目指し切磋琢磨する少年たちが集う学び舎。
 ルドルフを含むたった13人だけが所属を許されるという「イエニチェリ」を目指す生徒や、試練や課題と聞いては達成せずにはいられないという生徒たちは、それぞれの策を講じて森へ向かう準備を進めていた。


 誰よりも早く森へと踏み込んでいる二人組がいた。
 霧は深く、そろそろ夏だというのに少し肌寒いような気がしてくる。
 それでも北条 御影(ほうじょう・みかげ)は緊張のためか額に汗を浮かべながら周囲を警戒し、先を急いでいた。
「ミッチー、ずいぶん急ぐアルねー」
 のんきな声が御影の後ろから追いかけてくる。三つ編みを揺らしながらついて来ていたちょっと大きなパンダ……のようなもの、パートナーのマルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)である。
 光学迷彩の能力を与えてくれたのはゆる族であるこのマルクスのはずなのに、本人はまったく姿など隠していない。
「……その状態でついて来るな」
 一瞬だけ布を払いのけて現れた御影の整った顔は、怒りで少しだけ紅潮していた。
「我なら心配ないアルよ! 絶対に襲われたりしないアル」
「そういう問題じゃ……っと、静かにしとけ」
 何者かの気配を感じ、御影は再び姿を隠し、さらに物陰に身を潜めた。
 木々の密度も高く、進みにくくはあるが身を隠すにも事欠かなかった。

「あれ、確かこっちで声がしたんだが」
 その場に現れたのは、まだ小学校を出て間もない程度に見える少年だった。しかし薔薇の学舎の制服を身に着けているところを見ると、やはり試練のために森に来た生徒なのだろう。
「せっかくなんだからなるべく大勢で行動すりゃいいものを」
 可愛らしい顔に似合わず少し乱暴に言い捨てるその少年は、藍園 彩(あいぞの・さい)
 恐らく昼夜は関係ないだろうと、端から覚悟ができていたこともあり、個人行動しようとしている生徒たちを集めて、一緒に行動しようと考えていたのだ。
「見失っちゃいました?」
 こちらもまた、小学生ほどの幼い少年が後ろから姿を現した。白田 猿左衛門(しろた・さるざえもん)、やはり制服は薔薇の学舎のものである。
「大勢で行動したほうが、吸血鬼たちも手を出しにくいと思うんですけどね」
 吸血鬼たちが起こす行動というものの内容からも、襲撃があるとしたら一人はぐれた時なのではないか……、彩や猿左衛門はそう考えていたのだ。
「それにしても、新入生の歓迎にしてはえげつない内容ですよね」
 木々から垂れ下がるツタのようなものにも細心の注意を払いながら、黒滝 大晶(くろたき・ひろあき)が二人に追いつく。
 授業の一環ならば仕方ないとは思うものの、待ち受ける危険というのがあまりにも受け入れがたいものだったため、少しでも回避できればと協力することにしたのだった。
「薔薇学のお兄様方って大変なんだね……」
 本来ならば空を飛べるはずの箒を片手に持ち、もう一方の手で大晶の制服の裾を掴むようにして、可愛らしい魔法使いの少年が彩と大晶を交互に見上げて言った。
 イルミンスール魔法学校の制服姿だが、どうやら黒薔薇に非常な興味を持っているようで、集まって森へ入ろうとしていた猿左衛門たちに同行を申し出てきたのだ。
 その少年、ロイ・クレメント(ろい・くれめんと)は始めのうちはその箒に乗っていたのだが、森の奥へと進むうちに木々の間隔は狭くなり、またツタなどに絡みつかれて乗っていられなくなってしまったのだった。
「僕、どうしても黒い薔薇って見てみたいんだけど、怖くなってきちゃった」
 ロイがそう言って甘えるかのように大晶の手を掴もうとしたその時。