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悪戯っ子の目に涙!?

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悪戯っ子の目に涙!?

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1.ビュリの家はどこだ

「そうですか。ありがとう」
 村雨 焔(むらさめ・ほむら)は、話をしてくれた町の人に、軽く会釈をしてから歩きだした。痩身をつつむ黒いマントと、後ろ手に縛った長い黒髪が彼のまっすぐな性格をよく表している。
 むかうのは、町の北にある小さな森だ。
 依頼を受けた町で多くの人々に聞き込みを行ったところ、ビュリという魔女は、いつもそちらの方に姿を消すらしい。位置もだいたい特定できそうだ。
 とにかく、そこに行って彼女と会ってみることが大切だ。依頼者である町の人々の意見はこうしていろいろ聞けたものの、それは物事の一面でしかないのだ。そんな視野の狭いことでは、また大切なものを失ってしまうかもしれない。
「あら、そこのあなた。そう。そこの、夜色のマントに身をつつんだ、美しいあなた。あなたのことですわよ」
 小型飛空艇に乗り込もうとしていた村雨は、唐突に声をかけられて瞬間身構えた。見ると、メイド服を着た長身の女性がそこに立っていた。豪奢(ごうしゃ)な縦ロールの金髪をゆらして、村雨を手招きしている。
「わたくしは、ジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)ですわ。あなたも、わたくしと同じように、魔女を捜しているんじゃありませんこと。ちょうどいいですわ、わたくしもその飛空艇に乗せなさい」
「俺でなくちゃいけないのか」
「わたくしは、だいたいの位置は聞き込みで確定しましたのよ。あなたもそうみたいですわよね。だったら、二人で協力すれば、より確実ではありませんこと」
 胡散臭げにこちらを見る村雨に、ジュリエットは言い返した。
 そこへ、運よく、あるいは運悪くだろうか、別の飛空艇がやってきた。鼻歌交じりに運転しているのは、長い黒髪を靡かせた少女、桜華 水都(おうか・みなと)だ。
「ケチくさい男ね。私に歩けとでもおっしゃるの。そのようなことでは、御婦人方にもてませんわよ。━━ああ、そこのあなた、魔女のところまで乗せていってくださらない」
 村雨に言い捨てると、ジュリエットは今度は桜華にむかって声を張りあげた。
「あら、あなたたちも魔女を捜しているの? いいわよ、乗っても。でも、私はまだ魔女がどこにいるのか知らないんだけど……」
「大丈夫。このお兄さんが知っているようですわよ」
「わーい。じゃあ、ついていきます」
 無邪気に言われて、村雨は諦めた。ここで追い払ったとしても、あまり意味はない。それに、人手は多い方が早く魔女を見つけられるだろう。
「勝手にしろ」
 村雨はマントを翻(ひるがえ)して飛空艇に乗り込むと、ジェネレータを始動させた。ふわりと、飛空艇が大地から浮きあがる。
「ああ、待ってー」
 ジュリエットを乗せると、桜華はあわてて村雨の後を追いかけていった。
 そのころ、彼らのむかった森では、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)が、謎の立て札に頭を悩ませていた。なにやら文字らしき物が描いてあるようなのだが、彼にはさっぱり判読ができない。
 実は、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)がビュリを挑発するために書いたルーン文字の立て札なのだが、イルミンスール魔法学校の生徒が書いた物ならばまだしも、薔薇の学舎の生徒である佐々木の書いた物では正確さがかなり怪しい。まして、専門外のレイディスではまったく読むことができなかった。
 まあ、こんな物が読めなくても、レイディスの作戦にとってはまったく支障ないわけだが。ここに潜んで、上空を通りすぎるビュリを待ち伏せしているのだから。ところが、予想に反してなかなかビュリが現れない。
「ああ、外しちまったのかあ。くそう」
 ぼさぼさの銀髪をかきむしりながら、レイディスは叫んだ。
「誰か、そこにいるのか」
 そんな声とともに、草むらをかき分けるようにしてゆっくりと飛空艇が現れた。乗っていた霧島 蒼(きりしま・あお)は男っぽい口調だが、彼女がスレンダーな身体をつつんでいる蒼空学園の制服は、紛れもない女生徒の物だ。
「声がするということは、誰かいるに決まっているであろう。ところで、キミたちは誰だ?」
 別の方向の茂みの中からも、もう一人徒(かち)の女性が現れる。ウエーブがかかった緑の髪にくっついた葉を払いのけたのは、桐生 円(きりゅう・まどか)だ。
 二人とも、ビュリを捜しに、この森へやってきたらしい。
 とはいえ、この三人ともあてがあるわけではなく、とにかく捜しに行けば見つかるだろうぐらいにしか考えていなかった。簡単に考えすぎていた三人が途方に暮れそうになったところへ、村雨たちが通りかかった。
 ビュリかと思ったレイディスが大声で呼びかけたため、奇しくも一同は合流してビュリの住み処へむかうことになった。
 さらに進むと、なにやら煙が見える。
「おおうい、助けてくださ……あれっ? ビュリさんじゃない!?」
 発煙筒の煙で故障したように見せかけた飛空艇のそばで、大声で手を振っていたライ・アインロッド(らい・あいんろっど)は、あてが外れたという感じでうなだれた。こうすれば、ビュリが見つけて助けてくれるだろうから、それをきっかけにしようと思っていたのだ。だが、どうもレイディスと五十歩百歩だったようだ。
「どうかしましたか?」
「いやあ、飛空艇が故障してしまいまして……」
 桜華に訊ねられて、ライは用意していた台詞を答えた。少しばつが悪そうに、短く刈り込んだ銀髪をなで回す。別にここで演技をしなくてもいいのだが、せっかく用意していた台詞なのでもったいなかったというところだ。
「修理するにしてもなあ」
 霧島が困ったように言った。周りを見回しても、機械に強い理数系がいるようには見えない。
「なあに、こういう物は叩けばたいていは直るのじゃ」
「それは、安直ではないのか」
 反射的に桐生が答えてしまってから、一同は今の発言は誰だとあわてて周りを見た。
「どれ、わしがやって見せてやろう、そおれと……」
「ああああ! ストーップ!」
 振り上げた箒を渾身の力を込めて振り下ろそうとしているビュリに、ライが大あわてで叫んだ。身を挺して、故障しているはずの飛空艇を守ろうとする。ライごと飛空艇が粉砕されるかと思われた瞬間、村雨が鞘ごと引き抜いた剣でビュリの箒を受けとめた。
「なぜ邪魔をする!」
「そうですわ。面白そうでしたのに」
 怒るビュリの尻馬に乗るように、ジュリエットが言った。
「ものには限度というものがある」
「限度?」
 村雨の言葉に、ビュリが小首をかしげた。緑色のツインテールが、天秤をかたむけたかのように左右の高さを変える。
「ええと、私はやわなんで、壊れやすいんです。現に、飛空艇なんか壊れちゃってますし。偉大な魔女の一撃なんか食らったら、粉々になっちゃいます」
 ライが、あわてていいわけをした。
「そうなのか?」
 誰にともなく訊ねるビュリに、レイディスたちが思いっきりうなずいて見せた。
「とりあえず、道具があれば直せると思うんですが。そのお、お家の方に何かありませんか?」
 取り繕うように、ライは訊ねた。
「うーん。よく分からないが、わしがそなたたちの役にたつと言うなら、我が家にくればよい。探せば、何かあるじゃろう。なにしろ、偉大な魔女の持ち物じゃからな」
 小さな胸を張るビュリに、村雨は噂という物は結局あてにならないのかと心の中でつぶやいた。
「それにしても、いつからボクたちのそばに……」
「偉大な魔女だからのう」
 桐生のつぶやきに、ビュリがさらにえらそうに答えた。答えになっていない気もするが、彼女にとっては、そこは気を配るべきところではないのだろう。
 ともあれ、ライの飛空艇を他の飛空艇で吊り上げると、一行はビュリの家へとむかったのである。
「ちゃりーん。これで奴らの後をつけていけば、お宝のありかが分かるってもんだぜ」
 地上から空を飛んでいくビュリたちを見あげながら、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)はピエロのような厚化粧を施した顔をほころばせた。隣には、まったく同じ格好をした機晶姫のクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)が立っている。
「分かってるだろうな、ファストナハト。お前は町でうまくやるんだぞ」
「まかせろじゃん。じゃあ、行ってくるじゃん」
 彼のパートナーであるファストナハトは、スパイクバイクに乗ってその場から走り去っていった。それを見送ってから、ナガンはビュリたちを追って森の中を走りだした。