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蒼空学園遠泳大会!

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蒼空学園遠泳大会!

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●序章

 大会前夜。
 鷹谷 ベイキ(たかたに・べいき)は、大会でのゴール地点である砂浜にて、トン汁の用意をしていた。
 遠泳による体の疲れや冷えを癒せるように、と思ってのことだ。
「材料費とか学校の運営費で何とかできない? 僕、貧乏だから自前で用意できなくて……」
 予め、大会を運営する学生にそう訊ねたところ、参加者のためならと材料費を出してもらうことが出来た。
 大会への参加は当日受付であるため、どれだけの参加者が集まるかは分からないけれど、ほぼ全員に行き渡るのではないかというほどの量のトン汁が出来そうであった。
 またトン汁を作る傍らで、パートナーのガゼル・ガズン(がぜる・がずん)が、当日【LIFE SAVER】というグループで大会の運営補助を買って出た学生たちに心肺蘇生法のレクチャーを徹底していた。
 砂浜では大会を運営する学生たちが準備をしている。

 大会開幕まで、あと数時間。

***

 澄み渡る青い空、それに浮かぶ白い雲。そして、きらめく海面。
 蒼空学園遠泳大会、当日。天候に恵まれ、参加者の受付を開始していた。

「串焼きにジュース、カキ氷はいかがかねぇ〜?」
「応援、観客のお供に……美味しいよ〜!」
 受付の横のテントでは、袖を肩まで捲り上げたTシャツに頭にタオルを巻いた姿の東條 カガチ(とうじょう・かがち)と、可愛らしいデザインのサマーワンピースに身を包んだ、彼のパートナーである柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)が食べ物を販売している。
 網の上で串に刺されて焼けているのは、鶏肉でも豚肉でも牛肉でも無さそうな、ナゾのイキモノの肉。氷を入れた水を張ったバケツの中で冷やされているのは、これまたナゾのフルーツだ。氷を削る道具の傍に並べられたシロップの色合いは普通に見えるが、味はナゾなのだろうか。
「美味しいよ〜! 見た目と材料に保証はないけど、味だけは保証するよぉ〜!」
 声を張り上げるカガチ。
 そんな様子に受付を済ませた学生たちが、物は試しと買っていく。
「おお、ほんとに美味いな」
「見た目はちょっとアレだけどな……」
 串に刺された肉の様子に引きながらも、一口噛り付いた学生は声を上げた。
 それが引き金となったか、出場前の学生や応援に来た学生、その場に居合わせた海水浴客まで、テントの前に列を作り始めるのであった。

 受付テントの傍の辺りで、【LIFE SAVER】の名の下に集まった学生たちが打ち合わせをしているようだ。
「ファイと真ちゃんの小型飛空挺にそれぞれゴムボートをつけて、1人コースとパートナーコースを巡回するよ!」
 そう言って集まったメンバーが同じくらいの数になるように、それぞれの班長である広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)椎名 真(しいな・まこと)がメンバーを選出していく。
 結果、ファイ班には班長である彼女の他に鈴木 周(すずき・しゅう)レミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)橘 恭司(たちばな・きょうじ)の3人、真班には班長である彼とパートナーの双葉 京子(ふたば・きょうこ)の2人の他にベイキとガゼルの2人が振り分けられた。
 ファイ班はファイリアが飛空挺を運転し、真班は京子が運転することになり、それ以外のメンバーたちはゴムボートへと乗り込む。
 他にも救護班の手伝いをしようと集まった学生たちが居るようなので、その学生たちと分担できるようにどの辺りの海域まで出て行くか話し合ってから、大会開始の合図を前に海へと出向いていく。

「スポーツには水分補給が大事だぜ」
 受付を済ませた大会参加者たちに、バイト先から仕入れてきた『はちみつレモン』を売っているのは瀬島 壮太(せじま・そうた)だ。
 スタートの合図の後は飛空挺に乗って、泳ぐ学生たちの上から売り回るつもりであり、傍には飛空挺を止めている。
「1本ください」
「はいよ」
 声をかけてきた学生に渡したはちみつレモンのボトルの表面には、街頭で配られているようなポケットティッシュの如く、彼のバイト先である店の名前と簡単な地図が書かれた紙が貼り付けてある。
 求める学生がその案内を見てバイト先に客が増え、売り上げが伸びれば、自分の時給も上げてもらえるだろうと考えた結果だ。
「協議中に売る分も残さないといけないよな。これくらいにしておくか」
 用意してきたはちみつレモンを見れば、約3分の1ほど売れたことになる。
 壮太は満足そうに頷いて、残りのはちみつレモンを飛空挺に載せ始めるのであった。

 本当は男であるのだが、女性のフリをしている支倉 遥(はせくら・はるか)は、黒い競泳キャップにスクール水着という姿であった。
 受付を終えた後、スタートを待つ参加者たちの中に、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)を見つけ、近づいていく。
「ちょっ! リコあれ見てみなよやばいって!」
 遥が指差す先には、此度の大会に褌を纏って出場しようと集まった有志たちの姿だ。
「何がやばいのよ?」
 その先に示された男性たちの姿に、一瞬呆気に取られる理子。
「これぞ日本男児の海辺の正装ってやつですね。おや、リコさん? 涎なんて垂らしてそそられちゃいましたか? いやー、お若いですなー」
 そんな理子の様子に、遥がやや大きな声でそう言う。
「高根沢が褌姿にそそられる!?」
「やべ、オレも着替えてくるかっ!?」
 遥の言葉に、周りに居た男子学生たちがざわつき始めた。
「ちょっとっ!?」
 あらぬ誤解を受けたことに気づいた理子は、遥の方を見た。
 既に遥は逃走しようと、じりじりと理子との距離を開けている。
「そ、そそられてなんかないんだからっ! ちょっと、そこ、訂正しなさいよー!」
 理子がそう言いながら、開いた距離を縮めるべく、1歩踏み出す。
「でも、じっと見てたじゃなーいっ!」
「そんなことなーいっ!」
 遥が走り出すと、理子も追いかけるために走り出す。
「行っちゃった……」
 水着の上に白いパーカーを羽織った、遥のパートナー、ベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)は呟く。
「パートナーコースにエントリーしているのだから、それまでには戻ってくるはずよ」
 普段の甲冑姿とは打って変わって、シンプルな競泳用水着に身を包んだ、理子のパートナー、ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)が応えるように言う。
「そうだといいんだけど」
(お弁当のデザートに用意したスイカ温くなっちゃうかも……)
 ジークリンデの言葉にこくんと頷きながら、白熱した様子の追いかけっこに、ベアトリクスはそんなことを思い巡らせるのであった。

「実況担当の方がお休みですかっ!?」
 司会席から応援、あわよくばマイクを借りて、実況をしてしまおうと思っていた仙童 志貴(せんどう・しき)は、声を上げた。
 もともと担当しようとしていた学生が夏風邪を引いてしまい来れなくなった、という話を聞いたのだ。
「では、ぜひ、私に実況をさせてください! 熱い実況は出来かねますが、解説のような感じでさせてもらえれば!」
 願い出る志貴の言葉に、運営スタッフである学生も願ったり叶ったり。
 即OKの返事を貰い、志貴の望みどおり、司会席とマイクの確保に成功したのであった。

 それは、今朝早くのこと。
 兄の知り合いから大量に送られてきた、様々な飲み物。パッケージが破損していたり、缶がへこんでいたりと、まだ飲めるのだけれど、売り物にならない『ワケ有商品』というヤツだ。
 大量に送られてきても一度には飲めない。
 かといって捨てるのも惜しいものがある。
『今度、行われる遠泳大会でライフセイバーを行うのよ。士ちゃんも良かったら参加してね?』
 鳴海 士(なるみ・つかさ)が悩んでいたところ思い出したのは、知り合いのファイリアの言葉であった。
 そうして、士はクーラーボックスに大量の飲み物を詰め込んで、パートナーのフラジール・エデン(ふらじーる・えでん)と共に、遠泳大会が行われるという砂浜に来ていた。
「救護班のテントはここだよね、広瀬ファイリアさんは居るかな?」
 いつでも救護できるよう用意をしている学生たちに訊ねると、既に海に出たと言う。
「仕方ない、配りに行こうか」
「……うん」
 士の言葉に、フラジールは頷く。
 2人はクーラーボックスを抱えたまま、飛空挺に乗り込み、海へと出た。

「レイちゃん!」
 知り合いを探し回っていたレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)へと声をかけてきたのは、朝野 未沙(あさの・みさ)だ。
「レイちゃん、どうかな? この水着」
 そういった未沙が纏うのはリボンの付いたビキニにスカートの水着、黒をメインとした生地で出来ているが白い縁取りと、ホルターというデザインが可愛らしさに、大人っぽさも追加している。
「ああ、いいんじゃないか?」
 大胆とまでは行かないが、目のやり場に困りつつ、レイディスは応えた。

「愛美ちゃん発見!」
 準備運動をしていたアクア・ランフォード(あくあ・らんふぉーど)は、小谷 愛美(こたに・まなみ)を見つけて声を上げた。
「アクアさん、おはよう。1人ということは1人で泳ぐぞコースへの参加ね? お互い頑張ろうね」
「うん、頑張ろうね」
 互いにそう挨拶代わりの励ましを交わして、分かれる。
 アクアは準備運動に一層、力を入れ、開始の刻を待った。

「あれ? 一緒に泳ぐんじゃなかったの? 蒼」
 参加受付のテントではなく、傍の救護班テントに向かうパートナー、龍崎 蒼(りゅうざき・そう)に、虎柄のビキニ水着を可愛く、かつちょっぴりセクシィに着こなしている虎崎 千乃(とらさき・ちの)は不思議そうに首を傾げた。
「俺ら体力に自信あるわけじゃないし、千乃に何かあったら大変だ。今回は皆を助ける役割に徹しようぜ」
 蒼はそう告げて、千乃と共に救護班のテントに近づくと、手伝いを申し出る。
「そうね。今回はお手伝いしようか」
 千乃は納得して、救護班からの説明を受けた。

 もともと体力のないリリアン・プレンティス(りりあん・ぷれんてぃす)は、遠泳大会のビラを見つけて、良い体力作りになるのではないかと思い、申し込むことにした。
 だが、体力もないけれど、泳ぎへの自信が更にないリリアンはパートナーである九条院 晶(くじょういん・あきら)に、パートナーコースに一緒に出てもらうようお願いして、参加していた。
 スタート前に、それぞれ更衣室で水着に着替えてから合流することにした。リリアンが着替えた水着は、この日のためにこっそりと購入していた大胆なデザインの水着だ。
 それを着て更衣室を出ると、先に着替えて待っていた晶が彼女のことを見て、すぐに目を逸らした。
 そのまま、さっさと砂浜の方へと歩いていこうとする。
 リリアンはそんな晶の様子に頬を膨らませた。

「おっしゃ! 出番だマナいくぜっ!」
「……はぁ? 意味わかんないんだけど」
 ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)の言葉に、マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)は怪訝そうな顔をする。
「実はペアで申し込みすでに済ませてます☆」
「はぁぁ?! 私泳げないし! 水着ないよ!?」
 語尾に星をつけてそう告げるベアに対して、ますますマナの表情が期限悪くなっていく。
「大丈夫、水着は持ってきてるんだ。ほらっ着替えていくぜ」
「ベア……あんたね……いいわ! わかった!」
 据わった目で応えたマナはベアが用意してきたという水着を掴んで、更衣室へと向かう。
「10分ぐらいで着替えるから待っててね☆」
「おうよ」
 マナの言葉どおり、ベアは10分ほど待ってから、更衣室のドアを叩く。
「遅いな……開けるぞー?」
 けれど反応がなく、もう少し待ってみるも出てくる様子がない。痺れを切らしたベアは取っ手に手をかけた。
 更衣室の中には誰もおらず、『マナ』と書かれたビニール人形――まだ膨らんでさえいない――がぽつんと置かれているだけである。
「いない?! あのヤロウやりあがった! ……時間がねぇ! 膨らます時間もねぇ! くそっ! やってやる!」
 時計を確認して、時間がギリギリであること確認したベアはその人形を引っつかんで、更衣室を出た。


『本日は蒼空学園遠泳大会にお集まりいただき、ありがとうございます。まもなく、両コース、スタートいたします。エントリーされました学生の皆さんは、スタート地点へお集まりいただきますよう、お願いします』
 砂浜全体に、運営からの放送が響く。
 遠泳大会が今、始まろうとしていた。