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食べ物に集う人々

「なんだ、たいしたモンはねぇのかよ」
 たまたま薔薇の学舎近くを通りかかっただけのカーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)は、不満げな声をもらす。
 タダでさえ腹が減っているというのに、これ以上歩きまわされては堪ったもんじゃない。しかし、そんなカーシュの怒りをものともせず、ハルトビート・ファーラミア(はるとびーと・ふぁーらみあ)は冷静に情報を分析していた。
「ご安心ください。こちらに食べ物の反応があることは間違いありません。数多くの反応が見られます」
「とにかくメシだ! ハラに溜るモン寄こせ」
「では、お好み焼きが1番オススメかと……こちらの方角です。しかし、私たちは金銭を所持しておりません」
 荒っぽく歩き続けるカーシュにそう告げるも、気にすることなくハルトビートの差した方向へ進んで行く。
「大丈夫だろ、食い物がそこにあれば」
 とどのつまり、盗みを働くつもりらしい。こういったことはいつものことなので、全力でサポートにまわろうと誓いお好み焼き屋の前に立つ。
 調理場に1人、接客が2人。うち1人は調理場と往復して屋台にどんどんと出来たてが運ばれてくる。
「1人になったときが狙い目だな……いくぞ、ハルトビート」
 商品が詰まれる逆側から、ハルトビートは売り子のユインに話しかける。
「申し訳ありません、列の最後尾はどちらになりますか?」
「えっとね、今はあそこの木の辺りだよ」
「それから、商品というのは……」
 そうして気を逸らしているうちに、カーシュが残っていたお好み焼きや焼きそばを全て抱えて逃走した。
「え、あ! どろぼうっ!!」
 人にぶつかりながらも逃げ足が落ちることはなく、そのスピードでハルトビートも別方向に逃走する。
 その逃走ルートを先読みしたかのように、マントの下、全裸の体を光学迷彩で透明にし風紀委員と見回る変熊 仮面(へんくま・かめん)がカーシュの前に立ちふさがった。
「この薔薇学で悪事を働く、それが何を意味しているのかわかっているのかい?」
 重たそうなマントの代わりに、特撮ヒーローのようなマフラーがなびき、仮面舞踏会のような羽マスクが夏の日差しに輝いている。
「げ、よりにもよって変熊かよ……」
 他の連中なら、手っ取り早く殴りつければそれで終わりだ。しかし、この変熊仮面が相手ではうかつに近寄れないため、それも躊躇われる。
「ふっ、貴様は賢いな。俺様の言わんとしていることが分かるようだ……発情ベアハッグ!!」
「ざけんなッ!」
 間一髪。まさにそのタイミングで変熊仮面の腕から逃れる。
「これは随分と恥ずかしがり屋な子猫だ。薔薇学に踏み入ったって事は、そういう展開を期待してるんだろ?」
 本人は格好付けたつもりだろうが、食べ物につられてやってきたカーシュにとって、それは気持ち悪いことこの上ない。
 無駄に蒸気した頬と、吐息たっぷりの声。先程の怪しげな技に捕まっていたらと思うと、ぞっとする。
 にじり寄ってくる変熊仮面を前に、何か遠距離攻撃出来る手段はないかと考えていると、その2人の間に割って入るようにハルトビートがスパイクバイクで現われた。
「カーシュ様、お乗りください」
「へっ、ペットのクセにやりやがるじゃねぇか」
 逃走手段を確保してきたのを少しばかり褒めてやると、急いでバイクに乗り込む。
「貴様、逃しはしないぞ! ラドゥ様の【愛の献血部屋】に連行だっ!」
「あ、愛の献血部屋だぁ!? ハルトビート、全速力で行けっ!!」
 青ざめた顔になりつつも、折角の戦利品を落とさないようにしっかりと握りしめるが、バイクは全く動こうとしない。
「……申し訳ありません。故障のようです」
「なにぃっ!?」
 これじゃあ、俺が危ねぇ! 罪を問われるならいざ知らず、色んな意味での身の危険に寒気すら感じたカーシュは風紀委員たちに向かっていく。
「てめぇがあの仮面ヤローの相手をしてこい!」
「了解です」
 しかし、すでに混乱しているカーシュが風紀委員の集団に勝てるわけもなかった。
「……ひでぶっ!」
 謎の言葉を残して倒れるカーシュに気を取られた一瞬の隙を狙って、ハルトビートも変熊仮面の一撃をくらう。
「あべし!」
 美しい容姿をして、なぜこんな……と少しの疑問を周囲に抱かせながらも、変熊仮面だけは満面の笑みだ。
「やっと、お楽しみの時間だね?」
「ああ、協力ありがとう。でもここからは風紀委員の仕事だから下がって」
 2人の身柄を拘束する者、これからの処分について相談をしている者と騒ぎを聞きつけた風紀委員や警備スタッフが駆け寄る中、変熊仮面は参加者の誘導・保護部隊にこの場から去るように通告される。
「え、そんな……ルドルフ様っ! ぜひ私を風紀委員に!」
 叫びも虚しく、現場から遠ざけられる変熊仮面。ある意味安全を約束されたカーシュは、パートナーとともにパラ実へ強制送還となった。