リアクション
○ ○ ○ ○ 相談を終えて、皆が帰った後。 ミルミはソファーに座り、うさぎのぬいぐるみを抱きしめながら、ぼーっと考え事をしていた。 「結局ミルミには良くわかんないんだよね。鈴子ちゃんは色々分かってるみたいなんだけど……」 ふうと大きく溜息をつく。 でも別に、解らなくてもいいことはわからないままでもミルミはよかった。 「ミルミお嬢様、お客様です。女性の方ですが、お嬢様のご友人ではない方ですので、門の前でお待ちいただいております」 「ん? 誰だろ」 ラザンに呼ばれて、ミルミはぬいぐるみを抱きしめたまま、玄関へと向かう。 「……!?」 玄関を出て、門へと歩いたミルミは門の前に立つ人物を見て震え上がった。 「鏖殺寺……」 ラザンの腕にしがみついて、後に隠れようとするミルミの背をラザンはそっと押して前へと出させる。 「きちんと話を伺って下さい」 「パラ実D級四天王、ガートルード・ハーレックです」 その女性――パラ実のガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)はミルミにそう名乗った。 「四天王!?」 「大丈夫です。白百合団の副団長もいまやC級四天王ですし」 「そ、そうだった」 ガートルードはC級という言葉に、軽く眉を顰めるも冷静に話し始める。 「今回のそちらの別荘での件ですが、元々は百合園生が人員を募る際、不良をゴミ、害虫扱いしたことに起因します」 「ん? 誰もそんなしてないよ」 「いいえ、私達パラ実の女性達の耳にも、しっかりと入っています。別荘を占拠している社会のクズ共を、始末しようとしているという話が」 「だから、そんなこと言ってないって」 「ミルミ様の別荘のゴミやゴキブリを始末するというご発言が、別荘を占拠していた不良達の耳に入り、どうやら誤解を招いてしまったようですね」 ラザンがそう説明すると、ミルミは目を瞬かせながらこくりと首を振った。 「あ、そっか。ミルミ達は不良が占拠していること、知らなかったんだよ、ホントに。だからそんなこと思ってても言うはずないし」 思っててもという言葉に少しカチンと来たが、ガートルードは軽く頷いて、双方に誤解があったことを認めることにした。 「それでは、百合園側はパラ実を侮辱したわけではないということですね。別荘を占拠していた不良側の勝手な誤解でことが大きくなってしまった、と」 「そういうことみたいだね……。鏖殺寺院の関与もホント誤解だったみただし」 ガートルードとミルミは顔をあわせて、軽く苦笑しあった。 「ではこれで」 「うん、えっと、別荘があった場所は皆で使えるような施設を建てることになったの。パラ実のお姉さん達も来てもいいからね。鏖殺寺院はダメだけど!」 「伝えておきます」 ガートルードは軽く礼をする。 そして、双方謝罪はすることなく別れた。 ヴァイシャリーにある大きな病院にて。 「あ、あのっ」 百合園の七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、水商売風の女性達に勇気を出して声をかけた。 「別荘の解体に参加していた百合園の七瀬と申します。何か、誤解があったようで、あのようなことになってしまい、すみませんでした」 怪我で連れ立って通院しているその女性達はガートルードと共に別荘の戦いに参戦した百合園の歓楽街で働くパラ実生、パラ実卒業生の女性達だった。 「お仕事に支障とか出ているようでしたら、何かお手伝いさせていただきたいと思います。お体の調子が良くなってきたら、皆でお茶会しましょう! 私、お菓子作ったり、お茶入れしますから!」 怖いと思いながらも、歩は精一杯の笑み浮かべ、冷ややかに自分を見つめる女性達に提案していく。 「じゃ、治療費、体で払ってもらおうか」 「いい店紹介してやるよ」 「害虫や社会のゴミと違って、いい値で買ってくれるだろうよ。あははははっ」 女性達は歩の腕をぐいっと引っ張って、病院から連れ出していく。 「痛……っ。お店で働くって……あの、私皆さんのお世話がしたいんです。私も百合園も皆さんと仲良くしたいと思っていますから」 「世間知らずのお嬢様はちったー、裏で苦労すりゃいいんだ」 「この際だから、男の世話も学んでおきな」 「それともそのキレイなお肌にヤキ入れて欲しいか? パラ実生の集会所に連れていってやってもいいんだぜ?」 「あ……っ」 歩は、背を押されて、道路に突き飛ばされ転びかかる。 「おやめ下さい」 駆け寄った人物が、歩の肩を掴んで体を支えた。……ガートルードだった。 「百合園生がパラ実を侮辱したという件ですが、誤解だったようです。ミルミ・ルリマーレン達、百合園生は不良達が別荘を占拠していることを知らず、別荘に巣くっている本物の害虫を駆除するために人を募っていたそうです。誤解をした人々があらぬ噂を流していたようです」 歩の話には耳を傾けなかった女性達も、ガートルードの説明には耳を傾け、誤解が解けてゆく――。 「あ、あの……。ちゃんと誤解を解くためにも、一緒にお茶会を開きませんか?」 歩の言葉に、目を合わせず女性達は険しい顔でしばらく考えた後……。 「飲み会なら考えておいてやるよ、行くぞガートルード」 女性の1人がいい、仲間とガートルードを伴い、そのまま歓楽街の方へと向かっていく。 ガートルードは途中で振り返り、歩に目を向け軽く会釈をする。 歩は深く頭を下げて、皆を見送っていた。 歩が去った後、待合室の席から立ち上がった男はその病院に入院している人物――ミクル・フレイバディの病室へと向かった。 「ここは……いや、まさか?」 男――薔薇学の変熊 仮面(へんくま・かめん)は、周囲を見回しながら眉を顰める。 「それじゃ、これ飾っておいて下さい」 「早い回復を皆願っている」 面会謝絶と書かれた病室の前では、看護士にケイとカナタが色紙とミルミから預かったぬいぐるみを渡していた。 2人が立ち去った後、看護士はその部屋へと入っていく。 開いたドアの中に、眠る人物の顔は見えなかったが……。 ここは、男性部屋のはずだ。 そして、看護士が持っていた患者用の寝間着もまた、男性用のものに見えた。 ミクルのことが気掛かりで事情を訊ね、噂に耳を傾けていた変熊は、ミクルがどうやら怪盗舞士らしき人物が負傷した時間と同時刻に倒れたらしいという噂を耳にしていた。 「認めたくないものだな、若さゆえの過ち……ゲフン! ゲフン!」 咳こみながら、待合室へと戻ることにする。 「くしゅん……むっ! 誰か俺様の噂をしているな?」 ミクルの見舞いに来ただけではなく、変熊は体調を崩してこの病院にやってきたのだ。 席について、咳き込みながら変熊は思いを巡らせる。 (まさかミクルは怪盗舞士の男? 自ら人質になってまで舞士の目的を達しに来ていたのか……) 変熊にも普通の乙女のような反応を示さなかったし、馬に乗せたときも、そういえば胸がなかった。 「変熊さんどうぞ」 「はあ〜い」 看護士に呼ばれた変熊は診察室に入り、診察を受けるために包まっていた毛布をバッと開いた。 ……軽くひと騒動あったが、病院で体を見せるのは当然である。 ということで、病院の食堂でカレーを食べた後、変熊は帰路についたのだった。 ○ ○ ○ ○ 百合園の高務 野々(たかつかさ・のの)は留置場を訪れていた。 受付で、ラリヴルトン家に見習いとして雇われているメイドであることを話し、当主との面会を求めたが……認められなかった。 ただ、事情聴取の為留置場に留まっているレッザ・ラリヴルトンとの面会は認められた。 飾り気のないロビーで、椅子にも腰掛けず待っていると、しばらくしてやつれたような表情のレッザが姿を表した。 彼が犯罪に関与しておらず、白百合団に協力的であったことは取調べ側にも伝わっているようであり、彼には監視もついていなかった。 「ごめん」 「申し訳ありません」 互いに、同時に謝罪の言葉が口から出た。 「キミが謝ることなんて、何一つないのに。迷惑かけてごめんな」 レッザの言葉に野々は首を左右に振って口を開く。 「私は元々、怪盗舞士の情報を得るために、ラルヴルトン家でお世話になっていました。だけれど、動機は不純でも、ラリヴルトン家へ奉仕をしたい、恩に報いたいという気持ちは常に持っていました」 「……わかってるよ。百合園の子がうちにやってきたのは、怪盗の事件がきっかけだからね。ろくに賃金も払えないのに、キミには本当に世話になった。情報を得るためといっても、深く干渉してくることも、家人の部屋に仕事以外で侵入することもなかったし……あ、悪い。少しだけ警戒してた」 苦笑するレッザに、野々はまた首を左右に振る。 「家はどうなるかわからないけど……学校は卒業したいと思ってる」 レッザが力なく言葉を続ける。 ラリヴルトン家の使用人は、全て解雇となりそうだった。 「何もしてあげられなくて、ごめん」 「私は私が奉仕した皆様に笑顔で健やかに過ごしていただく事こそが歓びなのです。私の仕事は『皆様の次へ繋がる』ように奉仕することです。もちろん、レッザ様も旦那様も含まれます。今でもです」 しっかりとそう言って、野々はレッザの瞳を見つめる。 「ですので。ご用命ありましたら、またお呼び下さい」 そして、深く頭を下げた。 「ありがとう。卒業したら、父よりも働いて、俺が家を復興させる。キミを俺の力で雇えるくらいにね」 レッザは野々にそう言って、強い瞳で微かな笑みを浮かべた。 |
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