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リアクション
秋月 葵(あきづき・あおい)とエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は、わき目も振らずにアリアの行方を追っていた。
何しろ、葵の気合の入れ方は、そもそも格好からして違う。
百合園制服にトレンチコート、片手には虫眼鏡。
ちなみに、この虫眼鏡はセンター街に入ってから半日たった今でも一度も使用していない。
そんな葵をとてもかわいく思って、エレンディラは邪魔をせずにおとなしく葵について回っていた。
ギャルの生態を追うのに一生懸命で、ゴミ置き場に躓きそうになったときもさりげなく方向転換してあげたり、ツインテールに宣伝用風船が絡まって、でもそれに気づかず突進する葵を引き止めずに器用に解いてあげたり。
「神守杉あげはよ! 彼女がキーマンだわ!」
葵は瞳をきらきらさせながらエレンディラを見上げた。
そのときエレンディラは、長い葵の髪の毛の先にくっついたハンバーガーの包み紙をはがしていた。
また葵の突撃が始まった。
恐るべき集中力、猪突猛進な葵の前に立ちはだかる障害物はさりげなくエレンディラが片付ける。このコンビネーションを前に、あげはの行方などあっという間であった。
「こんにちは、あなたが神守杉あげはちゃんね!」
相手のもりもりに盛り上がった髪やきらびやか過ぎてまぶしい目元などに怖気ずくことなくというより気づくこともなく、葵は率直に声をかけた。
「うん、そう。で、なに?」
喜びを顔いっぱいであらわしながら、葵は続けた。
「アリアって子しらないかなぁ?」
「ああ、知ってるよ、この子ね」
長すぎて妙なカーブを描きつつあるあげはの爪の先には、いかにもお嬢様といった様子のアリアがいた。
「あなたがアリアちゃんね!」
葵は満面の笑みを浮かべてアリアの腕をとった。
葵はアリアに出会ったら言うべきことをちゃんと考えてあったし、それはエレンディラで演習済みである。
「はじめまして、あたしは秋月 葵っていうの。彼女はエレンディラよ」
自己紹介も手短に。
「逃げてるだけだと何の解決にもならないよ。戻ってバローザさんと話てみては?」
まるでアリアの目の中に入っていきたいとでもいうように熱心に見つめて、葵はアリアの返事を待った。
アリアは前置きもなくずけっと言い放った葵にあっけにとられたが、やがてその驚きを自分の中で解決して頷いた。
「ええ、逃げているだけではだめだと、私も思ったところですわ」
「わかってくれて嬉しい!」
葵はアリアの手をぎゅっと握り締め、アリアちゃんに会えてよかったと微笑んでぴょこんとお辞儀をした。
「さ、エレンディラ、帰るよ!」
これには、エレンディラを含め、一同目を丸くした。
葵は満足の笑みを浮かべてエレンディラの手を握ってスキップでもしかねない様子でその場を離れた。
エレンディラは葵にキスしたい気持ちでいっぱいになったのだった。
鳥丘 ヨル(とりおか・よる)とカティ・レイ(かてぃ・れい)は、葵たちがアリアから離れるのを見計らってからアリアに近づいた。
「物事はそんな単純じゃないよ!」
ヨルはアリアの手を掴んで言った。
アリアは突然のことに驚いたようだったが、ヨルの真剣な眼差しに気をとられたようだった。
「家出をしたんだってね、ボクも家がいやでいやで何度も家出したから、その気持ちがわかるんだよ!」
「アリアは自立を目指しているの?」
カティの問いに、アリアは言葉を詰まらせた。
「そこまで……そこまで真剣に考えたことがないんですの」
「でも、おうちに戻ったらきっと、もっと真剣に考える時間がなくなるよ」
ヨルが畳み掛けるように続ける。
「家出をしたときの気持ちをどうか、思い出して。それで、まだ家出を続けたいのならば、ボクら手伝うよ。さしあたって、キマクに行くことをお勧めする!」
アリアはしばし考えたが、首を振って答えた。
「いいえ、私考えましたの。家から離れていればいいっていう問題ではないということを」
ヨルは予想外の言葉に押し黙ったが、やがて言った。
「そうか、それならば、ボクたちが止める筋合いはないね。でも、もしまた家出がしたくなったら、ボクたちのことを思い出してね」
アリアは二人に微笑みかけた。
「ありがとうございます、そのお気持ち、本当に嬉しいですわ」
ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は自分では完璧にギャルファッションに身を包めたと思っていた。しかし、センター街のギャルファッションショップを見て回るうちにもっと奥の深いものだと気づいた。
そんなときに出会ったのが短めのスカートを小粋に着こなしたレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)とすでに小麦色に日焼けしたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)である。
三人できゃっきゃとギャルショップで盛り上がっていたところ、ギャルを体現したとも言える並外れたファッションの少女を発見した。
タワーのようにそびえたつ髪型は誰よりも目立ち、その目元の煌きは夜闇をも照らすかのよう。
「あの、ボクたちにファッション指南をしてください!」
思い余ったレキがあげはにそう伝えると、あげはは驚きもせず笑った。
「なんか、今日は面白いことがいっぱいおきるぅー」
あげはは遠慮もせず三人の姿を上からしたまで見回した挙句、にやりとした。
「てか、あんたたちアリアなんかと同じ感じでしょー」
「え、アリア?」
ファッションに浮かれていた三人だが、アリアの名前に我に返った。
本来の自分たちの目的を思い出したのだ。
「わ、あげはさん、アリアさんのこと知ってるんだ! あたしたち、アリアさんを探しに来て、で、郷に入れば郷に従えってことで」
「ゴウがゴウ???」
「あ、いや、ギャルになっちゃったほうがいろいろと聞きやすいかなぁって」
「ああ、アリアならそこにいるじゃんよ」
あげはは顎でショップの奥にいた少女を示した。
ギャルの中に紛れていながら、まったくギャル擦れしていないアリアの姿があった。
ギャルちっくな格好になって浮かれていた自分たちを少しばかり恥ずかしく思いながら、アリアに話しかける。
「もしよかったら、話をしましょうか」
ヴェルチェはアリアの肩に手を置いてショップの外に促した。
アリアは意外にも素直に外に出る。
「あなたたちは、お父様から言われて私を探しにきた方々ですね」
思いつめたように握り締めた両手を見つめていたが、アリアはやがて顔を上げてきっぱりといった。
「私もお話がしたいです。逃げているばかりではだめ……あなたたちとならば色々とお話ができそうですわ。私のお勧めの喫茶店にいきましょう」
「ホットケーキを4つ」
アリアは迷うことなくウェイトレスにそう告げた。
今までの喧騒とも違う、落ち着いた雰囲気の喫茶店に、ヴェルチェたちは安心感を覚えた。
「皆様にはご迷惑をおかけしましたわ。こんな大事になっているとは思いもしなかった」
アリアはうつむき加減にそう告げた。
「キミのお父さんはとってもキミのことを心配しているよ。まずは戻ったほうがいい」
レキは親身にそういって身を乗り出したが、その際に盛りすぎた髪の一部が崩壊した。
「でも、アリアさん自身に悩みがあるんだったら、それが解決しないとまた同じことの繰り返しになっちゃうよ。それ、もしよかったら話してよ。相談に乗るよ」
ミルディアはやや肌がぴりぴりし始めたような気がしたが、よく考えると怖いので無視をした。
「悩みといえば、お稽古事が多すぎて、息が詰まってしまって、指示されるがままに動くことによって、自分が本当に何をしたいのかがわからなくなってしまったこと……でも、ここで何日か過ごしてみて、このもやもやが消えることはなかった、相変わらず何をしたいのかがわからないんですの。それはたぶん、逃げているから……指示されるがままに動くことも逃げることも結局は一緒なんですわ、窮屈なことにかわりはないんですの」
アリアは顔を上げて決意したようにしっかりとした口調で続けた。
「私、今すぐにでも戻ります。とりあえず逃げるのはやめます。お父様と話し合いますわ」
レキとミルディアはそれがいい、と頷いたが、ヴェルチェは違った。
「……たとえアリアちゃんが変わったとしても、アナクロ親父が変わらなければ結局同じことよ、息が詰まってしまうに違いないわ」
急にヴェルチェは立ち上がった。
「アリアちゃんが会う前に、私が一言言ってくるわ、互いに変わらないとだめなんだってこと」
喫茶店の違う卓に、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)がいた。
センター街を歩き回ることに力尽きた千代は、センター街らしからぬ喫茶店に興味を持ち、それからだいぶ長いこと紫煙をくゆらせつつ時間をつぶしていたのだ。
そんな矢先にアリアたちが店に入ってきたので、少し驚きつつ雲行きを見守っていたのだった。
「アリア君」
アリアたちの卓に体を向けながら、千代は声をかけた。
「色々とお話は伺いました。ひとつ、かなり年上のお姉さんのお話もなんとなく聞いてはくれませんか」
アリアは素直にうなずいた。
今日は様々な人に声をかけられるのは仕方がないと悟っていたのだ。
「富豪の跡継ぎである一人娘には、贅沢な生活を与えられる反面、高貴なる立場としての取得しなければならない技能、持たなければならない心構え、将来守らなけ ればならない家名というものがあるんです」
煙を吐き出し、アリアに問いかける。
「それはわかって?」
「ええ」
「これが無ければ将来、あほな放蕩娘になってしまう。今は窮屈かもしれないけれど、必ず将来親の暖かい愛情に気付くようになるはずです」
千代は胸元を探って、煙草の箱を出したが、中身がないと気づいてくしゃりと潰した。
「私もアリアくらいの年のころは、お稽古、受験勉強と親からの小言がうるさく思えたけれど、やっぱり当時の親くらいの年齢になると、言いたかったことは分かるし、 あれが親の愛だったんだなっと思えるんです」
千代は煙草を灰皿に押し付けて消すと、座ってはいたが、アリアのほうに身を乗り出して、少女の瞳を見据えた。「こんな意見もあるんだってこと、頭の片隅においておいても損じゃないです」
千代はアリアに微笑みかけた。
喫茶店は不思議な静寂に包まれた。
「おいしいホットケーキでした……と」
やがて帽子をとってアリアのほうに軽く会釈しながら喫茶店を出て行ったのは、恭司だった。
彼は半日近く喫茶店にいたことになる。
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