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リアクション
3.ドーナツ百個
ツァンダの街を隅から隅まで警戒し、バイクを走らせるものがいた。霧島春美(きりしま・はるみ)のパートナー、超娘子(うるとら・にゃんこ)である。
ふいに遠くから大きな音がし、娘子は振り返った。
三十メートル近い巨大なダンゴムシが建物を破壊しているではないか!
すぐに娘子は携帯電話を取り出した。
「もしもし、春美? ダンゴムシを見つけたわ!」
『知ってる!』
「え?」
ダンゴムシの方を見ると、その上空に春美らしき姿があった。
『街の外に誘導するから、サポートお願い!』
娘子は通話を切ると、すぐにバイクを走らせた。
ダンゴムシの全長は三十メートルくらいだろうか。春美は空飛ぶ箒を全速力で飛ばしながら、ツァンダの外へと向かう。
一方のダンゴムシはというと、春美に向かって攻撃態勢に入っていた。その巨体を丸め、勢いよく踏ん張る。
そして、今にも飛び上がろうとした時――!
ガシィッ
巨大な熊、その名も巨熊イオマンテ(きょぐま・いおまんて)がダンゴムシを止めた!
イオマンテの肩にはパートナーの変熊仮面(へんくま・かめん)が立っている。
「この後はどうするんじゃ!」
「私に任せろ!」
と、変熊は周囲にあるはずのテレビカメラを探した。それらしきレンズを見つけた変熊は、すかさず、
「超娘子ちゃん、見てるー? ピース! ピース!」
と、呑気にカメラへ笑顔を向けるのであった。
その様子を遠くから見ていた娘子は、思わず気が抜けてしまう。
「遊んでないで、早ぉせーや!」
と、イオマンテに怒鳴られ、変熊はダンゴムシへ顔を向けた。
「ああ、そうだったな。貴様! 不法侵入に器物損壊、これ以上好き勝手はさせんぞ!」
変熊に構わず、ダンゴムシはしつこく力で押してくる。
「ご両親に、人様に迷惑かけてはいけませんって言われなかったのか!」
丸まっていてもサイズはでかい。
「おい、そろそろ……っ」
イオマンテが一瞬力を抜いた隙に、ダンゴムシは彼らを押しつぶした。その様子を見守っていた人々――その多くは怖いもの見たさで見ていたわけだが――は、それぞれに溜め息をついた。……ダンゴムシに説教しても意味ないだろ、という声まで聞こえてくる。
「轟雷閃!」
ダンゴムシの注意を引こうと、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が前方に出る。
「ダンゴムシちゃん、こっちよ!」
と、手にした剣を振って存在を示す。
攻撃態勢を解いたダンゴムシは、もそっとアリアへ顔を近づける。
「そう、こっちに来て。もっとこっち……」
と、アリアはじりじりと後ずさる。暴れないように注意しながら、街の外へ誘導するつもりだ。
「きゃっ」
ふいに石に足を取られ、アリアは地面へ尻もちをついてしまう。立ち上がろうとした時、アリアは想定外の恐怖に襲われた。
がばっと大きく口を開けたダンゴムシが、アリアを一気に食べてしまったのだ!
……しかし、ダンゴムシは何か気に入らなかったらしく、器用にアリアを吐き出した。
どさっと地面へ落とされたアリアは、身体がスースーするのを感じてはっとする。
「い、いやあっっっ!」
悲鳴を上げながらアリアは自分の身体を抱きしめた。食べられた時に服が破けてしまったらしく、色白の裸体が露わになっている。
当然のことだが、こんな姿ではもう戦えない。
「エサが欲しければ、追いかけてきなさい!」
と、小型飛空艇を走らせながら、ピクシコラがダンゴムシの目の前を通る。先ほど、八森博士からもらったエサのドーナツをぶらさげての走行だ。
「ナイス、ピクシコラ!」
春美もまた箒を飛ばし、ピクシコラと共に街の外へと向かう。
その頃、恋石冥(れんごく・めい)は地道にダンゴムシの足跡をたどっていた。
途中までは二匹とも同じ道を進んでいたようだが、森を抜けたところで足跡は二手に分かれていた。
「これは、どちらへ行くべきか……」
冥は悩んでいた。
ダンゴムシを街の外へ誘導する春美たちの様子を見て、晴宮由紀(はるみや・ゆき)は自分も協力することを決めた。何故巨大ダンゴムシが現れたのかは知らないが、いつもお世話になっているツァンダの街を守るためなら、労は惜しまない。
街から離れたところでは、志を同じくする者たちが集まっていた。
八森からもらった大量のドーナツを、一輝とそのパートナー、ユリウスプッロ(ゆりうす・ぷっろ)が運びだす。それを開けた空き地の中央に置き、ダンゴムシがやって来るのを待つ作戦だ。
袋から取り出したドーナツを、次々に地面へと置いていく。
カイルアモール(かいる・あもーる)は一つのドーナツを手にとると、じっと見つめた。真ん中に穴が開いた普通のドーナツ。そういえば、こんなこともあろうかといつか購入した毒薬が、確かここに……と、カイルはポケットを探り始めた。
「腹減ったなぁ」
と、ドーナツを地面にばらまきながら、相田なぶら(あいだ・なぶら)は呟いた。
「俺も俺もー」
なぶらへ返事を返したのはウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)だ。なぶらはウィルネストと顔を合わせると、仕事に励む一輝たちの方をちらりと見た。
「食べちゃ駄目かな?」
時刻はすでにランチタイムを過ぎている。
「んー、どうだろ」
言いながら、ウィルネストは近くにあったドーナツを手にとる。一口くらいなら、と口を開けた瞬間、辺りに強風が吹き渡った!
空を駆ける春美とピクシコラだ。
「みんな、準備は良い?」
上空で停止した春美が、地上の一輝らへ声をかける。ドーナツの準備はまだ半分ほど残っていたが、すでにダンゴムシの姿は見えていた。
「ああ! すぐ配置につけ!」
と、一輝。ドーナツを囲むように、それぞれが一定の距離を保って配置へつく。
間もなく到着したダンゴムシは、まず触覚を使ってドーナツを探った。そして辺りが静かなのを感じ取ると、その大きな口でドーナツへかぶりつく。
「今だ!」
一輝が言うより早く、コンラッド・グリシャム(こんらっど・ぐりしゃむ)がダンゴムシへ襲いかかる!
「うおりゃああああ!」
剣型の光条兵器でダンゴムシの足を狙う。エサに夢中になっていたダンゴムシは痛みに耐えきれず、ごろんと横へ倒れた。
「パワーブレス!」
と、コンラッドのパートナー、ステファニア・オールデン(すてふぁにあ・おーるでん)が彼の攻撃力を高める。
コンラッドが再び剣を振り上げるのと同時に、一輝とユリウスも行動を始める。シャープシューターで触覚を狙撃する一輝。別の方向から近づいたユリウスが、ダンゴムシのつぶらな瞳へ剣を突きさす!
「これでどうだ!」
ダンゴムシは、声にならない咆哮を上げた。
怖気づくことなく、果敢に飛び込んでいくなぶら。
ウィルネストが火術を、空からは春美が光術を。地上へ降りたピクシコラもまた、剣を片手に戦闘へ加わる。
何やら騒々しい音がすると思ったら、冥はダンゴムシがフルボッコにされる現場に遭遇した。
「ヒール!」
「スプレーショット!」
「ソニックブレード!」
はっとした冥はすぐに刀を抜き、加勢する。しかし、ダンゴムシはすでに瀕死状態だった。
「ダンゴムシ、見つけたあああ!」
がっと、殻と殻の間へ刀を振り下ろせば、無残な姿の――ダンゴムシの死体が転がる。
冥は気落ちした。大人数で相手にしていたダンゴムシが、自分の一振りで終わってしまった。
一同は勝利を実感していたが、その視線が自然と冥へ集まる。
「……あ、あの……私も協力したい、と思って……」
何か悪いことをした気になり、冥がそう言うと、唐突にステファニアが口を開いた。
「あなた、強いのね!」
「え?」
それは空気を読んだステファニアの、大人びた思いやりだった。
「あなたのおかげよ。ありがとう!」
と、にっこり微笑む。そんなステファニアを見習って、コンラッドも冥へ近寄った。
「彼女の言うとおりです。ありがとう」
「……は、はあ」
「お怪我はありませんか?」
と、主に回復をしていた由紀まで冥へ寄ってくる。何が何だか分からなかったが、とにもかくにも、冥がオイシイところを持っていったことについて、言及される心配はなくなっていた。
「残りのドーナツ、もらってもいいか?」
と、なぶらとウィルネストが袋に入ったままのドーナツを指さす。
「ああ、別にいいけど」
「それでは、我も一つもらうとするか」
と、一輝の返答を聞いたユリウスもドーナツの方へ歩み寄る。
「あー、食っても良いけど、気をつけろよ」
ふいにカイルがそう言って、袋をのぞき見た。
「何で?」
首を傾げる三人へ、カイルは別の袋を開けて見て、言う。
「いや、毒入れたから」
「「毒!?」」
「な、なんてことを……」
「んー、違うな。どうせ罠仕掛けるんだったら、毒盛った方が楽だろうと思ったんだよ」
と、また他の袋を確認する。
「もったいないですね、このドーナツ」
と、由紀は辺りに散らばったドーナツを眺めた。砂まみれになっているものは捨てるとしても、
「やっぱり、綺麗なやつは食べちゃいたいわよね」
春美の言うとおりである。袋に入ったまま残っているドーナツもあるというのに。
「まさか、毒が盛られてたなんて……」
「迂闊には食べられませんね」
呆れ交じりに溜め息する由紀たち。
コンラッドはそんな彼らの様子を見て、パートナーへ尋ねた。
「ステファニア、お腹は空いてないかい?」
「うーん、空いてるけど……ドーナツは嫌ね」
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