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THE Boiled Void Heart

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THE Boiled Void Heart

リアクション



4.face off/オークの子供達


 壁を走っていた。ナガン ウェルロッド、サレン・シルフィーユ、ラルク・クローディスは重力を無視してひたすらに遺跡を進んでいく。
 壁が特に薄そうな場所は、ラルクのドラゴンアーツで打ち抜いていく。その際に生じたがれきの中に、ナガンが爆薬を仕掛けていく。
 爆薬は、ジョシュアの居室の中の冷蔵庫から拝借したものだ。オークの子供達に持たせるための物の予備らしい。
「ヒィーハァァアア!」
 ナガンは、パラ実改造科所属だ。しかし、何となくジョシュア クロールが火種になりそうな気がしたのでこの世から退場していただくことにしたのだ。
 時間は数分前に遡る。

 ジョシュア クロールは、居室でアップライトピアノの鍵盤を叩いていた。そもそもピアノの調律が狂っているらしく、とても調べとはいえないものが部屋に響いていく。
 黒蠅は、ベッドに腰掛けて編み物をしている。すでに完成した、たくさんの子供サイズのニット帽がきちんと並べられている。
 二人とも、遺跡の中に鳴り響く戦闘音や、ナガンが壁を破壊する音はまったく気にしていないようだった。
 棺の蓋は、そのまま床に投げ出されている。壁に立てかけられた棺の中には、なにも入っていない。
 突然の轟音。
 ラルクの拳に砕かれた破片と埃が、ジョシュアの上に降り注いだ。
「……やぁ、いらっしゃい。お茶でものむかい?」
 ジョシュアは少し咳き込んだあと微笑んで見せた。
「問答無用ジャァ!」
 ナガンの左手がジョシュアの顔面を掴む。そのまま、人間離れした膂力を持つ指が、ジョシュアの顔面を剥いだ。ジョシュアはそのまま床に崩れ落ちる。
「成敗! Good−byeだ! 芥川じゃねぇ! 死にたくなかったらさっさとこの場から逃げな」
 ナガンは、ジョシュアの顔だった物を無造作に床に投げ捨てる。黒蠅は何事もなかったのかのように編み物を続ける。
「あの―、本当に逃げたほうがいいっすよ?」
 サレンは、おずおずと黒蠅に言う。黒蠅は白い指で冷蔵庫の一つを示した。
「爆薬が入っています。よろしければどうぞ」
「恩に着るゼィ!」
 冷蔵庫の中から抱えきれないほどの爆薬を回収すると、ナガンは再び軽身功を使って壁を走ってどこかへと去っていった。
「あの、コンピューターとかないんすか?」
 サレンの言葉に、黒蠅は頭を振る。確かにこの部屋にも、今まで踏破してきた遺跡の中にもコンピューターの類は一切なかった。
「あー……うー……ほんとうに逃げたほうがいいっすよ? ちゃんと忠告したっスよ?」
 サレンは何度も振り向きながら部屋を出て行った。
「済まない。止める間もなかった」
 二人が出ていったあと、ラルクは黒蠅を見下ろしながら呟く。対する黒蠅は、編み物の手を休めて長身のラルクを無言で見上げるばかりだ。
「危険なのでしょう? 早く逃げることをおすすめいたします。あなたが怪我をしたら悲しむ人がいるでしょう」
「あいつは、アンタの恋人じゃないのか」
 黒蠅は、ラルクの言葉に首を傾げるのみだった。
 ラルクは軽く嘆息すると、すでに去っていったナガンたちの後を追って壁を走って去っていった。
「水はもう汲んできたのですか?」
 黒蠅は器用に編み棒を動かしながら、部屋の隅に視線を送る。
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が物陰から姿をあらわす。悠司はジョシュアの元に潜り込み、ここ数日下働きのようなことをしてきた。
 黒蠅が一人きりになる機会をうかがっていたのだ。まさか、突然の侵入者にジョシュアの顔が剥がされるなど予想もしていなかった。しかし、これはチャンスだ。
「――さて」
「この帽子を編み始めた頃からですね」
 悠司は素早く黒蠅の背後に回り込み、その細い首筋に刃物を押し当てる。
「動くな、質問への回答以外喋るな。おーけー?」
「――編み物もだめですか」
 悠司が首筋に当てた刃物に力を込めると、黒蠅は不承不承といった感じで編みかけの帽子を自分の膝の上に置いた。
「質問は二つ」
「アンタ、何モンだ?」
「私たちは……難しいですね。どこから来て、どこに行くのでしょう」
 黒蠅は首を傾げる。
「質問の仕方を変える。アンタ地球人か? それともパラミタ出身か」
「私たちは、地球生まれの地球育ちですよ」
 ということは人間なのか? しかし、この人間離れした雰囲気は何なのだ。一緒にいるだけで息苦しくなってくる。
「ジョシュアの研究についてどう思ってる」
「人が嫌がることをすすんでやる人は、すてきです」
「やあ、ありがとう。照れるなぁ!」
 顔をナガンによって引き剥がされたジョシュアが立っていた。
 皮膚を剥がされ、筋肉の露出したその顔は、理科室の人体模型のようだ。その手には、拳銃が握られている。
「動くな!」
 悠司は黒蠅の首筋に当てたナイフをジョシュアに見えるように動かしてみせる。
 何が起こっているのかわからないが、ジョシュアは実は死んでいなかったらしい。
「っぐ!」
 スタンガンを当てられたかのようだった。悠司はナイフを思わず取り落とす。ナイフを持っていた腕全体がしびれて動かない。
「そのまま逃げるならよし」
 ジョシュアは拳銃を悠司の眉間に向ける。
 悠司は黙ったままめまぐるしく思考を巡らせる。ナイフを持つ腕のしびれはおそらく電撃によるものだ。黒蠅が何かをしたのだろう。
 何の予備動作もなかった。ということはより、強力な攻撃も、瞬時に放てるのではないか。
「……ま、いいさ。アンタ、好き勝手やってるといつか足もと救われるぜ」
 悠司は懐から取りだした煙幕ファンデーションを床にたたきつける。
「好き勝手……か」
 煙幕の中、遠ざかる悠司の足音を聞きながらジョシュアは呟いた。
「あ、そういえば僕の顔その辺に落ちてないかな?」



 キメラの部屋を突破した学生達は、もはや駆け足となって通路を進んでいく。
「トラップ、ないな」
 相沢 洋(あいざわ・ひろし)が通路を駆け抜けながら呟く。遺跡にありがちなトラップは、一度も遭遇していない。例外を挙げるとすれば、あのキメラくらいか。
「きっと油断した頃に何か仕掛けてくるのですわ。洋さま」
 乃木坂 みと(のぎさか・みと)はパートナーのきっちり三歩後に続きながら言う。疾走しながら話しているのに、二人ともまったく息切れした様子がない。シャンバラ教導団での厳しい訓練がものを言っているのだろうか。
「またドア――」
 月森 刹夜(つきもり・せつや)は前方のドアを見つめて速度をゆるめる。
「セツヤ、走りなさい!」
 刹夜の背中の上からベルセリア・シェローティア(べるせりあ・しぇろーてぃあ)の声が飛ぶ。彼女はパートナーを鍛えるため、心を鬼にして背中に負ぶわれているのだ。
「えぇい!」
 刹夜は半ば以上やけになり再び速度を増す。その勢いのままドアを蹴飛ばす。
(ヘタしたら膝を打撲するな)
 そんな考えがふと脳裏を走るが、すでに襲い。
 刹夜は自分の膝が壊れる予感に身を固くする。
 ドアは派手な音を立てて吹き飛んだ。見た目よりもかなり華奢な作りのドアだったようだ。
「ジョシュア クロール!」
 ドアの向こうには、ジョシュア クロールと黒蠅が立っていた。それを遮るように、オークの子供達が立ちはだかる。オークの子供達は、なぜか皆おそろいのニット帽を被っている。
 おそろいのニット帽を被ったオークの子供達も不思議だが、先ほどのキメラのいた部屋よりさらに広い部屋の右手側の壁が鏡張りになっているのが気になる。
 鏡の壁にオークの子供達が映り込んで、実際以上にオークの子供達がそこにいるように見えてしまう。
「シリウス、私が前に」
 リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が光り輝く刀身を持つ大剣型光条兵器『オルタナティヴ7』を構える。斬りたい物だけを斬る能力を持つ光条兵器で、オークの子供達の持つ爆弾だけを斬るつもりのようだ。
「リーブラ、頼むぞ」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、リーブラの背後でいつでもヒールを掛けられるように準備する。
 オークの子供達は、ポケットがたくさん付いたベストを着させられている。そのポケット一つ一つは大きく膨らんでいる。おそらく、その中に爆薬が詰められているのだろう。
「おい、お前! これ以上好き勝手にさせないからな」
 シリウス・バイナリスタはジョシュアに人差し指を突きつけて宣言する。
「そうかい。じゃあ、おいで」
 ジョシュアはまるで吐き気を押さえるかのように片手で顔を覆っている。
「黒蠅、僕の顔はどんな具合かな?」
 ジョシュアはゆっくりと自分の顔から手を離す。
「すてきです。私たちの領主」
「くっついたか、よかった」
 ジョシュアは両手を広げ、一礼する。
「グランギニョールへようこそ。残虐劇か、それともこけおどしか……」
 顔を上げたジョシュアの口元にはナイフで切り取ったような笑みが張り付いている。
「さあ、試してみよう!」
「ゆきなさい、子供達」
 黒蠅が、呟く。その声に応じて、オークの子供達が一斉に駆け出す。
「っく……抑えきれない!」
 リーブラ・オルタナティヴは、必死にオルタナティヴ7を振るうが、あまりの数の多さに次第に押されていく。
 子供達は抱きつくまでは爆弾を爆発させないように教えられているのか、まだ一人も自爆していない。
「シーリル、いくぞ」
 国頭 武尊も光条兵器を手に前に出る。培った破壊工作の知識で、爆弾だけを的確に撃ち抜いていく。
 オークとはいえ子供だ。修羅場をくぐり抜けてきた学生達は難なく爆弾だけを無力化していく。
「セツヤ、あなたの剣技、思う存分に振るいなさい!」
「応ッ!」
 刹夜はベルセリアの胸から刀型の光条兵器『蒼の逆月』を引抜き、オークの子供達の爆弾だけを切り裂いていく。
 しかし、爆弾だけを無力化してもオークの子供達自体は健在だ。そのまま刹夜たちに抱きついてくる。いくら子供といえど、多数のオークに抱きつかれれば動きは次第に制限されてくる。
 安芸宮 和輝(あきみや・かずき)もまた、光条兵器でオークの子供達の爆弾だけを破壊していく。爆発物などに関する専門的な知識がないために、多少手こずっている。
 和輝のパートナーであるクレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)は、オークの子供達の数に押されそうになる和輝をパワーブレスで援護する。
 安芸宮 稔(あきみや・みのる)は爆弾を解除されたあとも和輝にまとわりつくオークの子供をなんとか引き離す。普通に戦うのなら楽な相手でも、武器を震えないとなると途端にやりにくくなる。
「……殴りたくないな」
 赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)もまた、光条兵器を手にオークの子供達の爆弾を破壊していく。しがみつこうとするオークの子供達をふりほどきながら、めまぐるしく立ち位置を変える。
「フォローするわ」
 クコ・赤嶺(くこ・あかみね)がしびれ粉をオークの子供達に振りかけていく。
 二人はまるで踊るように連携しつつ次々と爆弾とオークの子供達を無力化していく。
「子供達は夢を見る時間だよ!」
 コレット・パームラズの歌声が響く。その歌を聞く者を眠りに誘う『子守歌』だ。
 優しい歌声に、子供達の内数人が眠りに落ちる。
「一輝オヤブン! 子供たちを」
 一輝はコレットの言葉に頷きながらも、黒蠅とジョシュアの動きを警戒する。今のところ、二人は『まったくなにもしていない』。それが一輝を警戒させるのだ。
「当然、私もそういう役目になりますのね」
 ローザ・セントレスはぼやきながらも眠りに落ちたオークの子供を持ち上げる。彼女らはオークの子供達を一人でも多くこの場から助け出すという目的がある。
「メッ!」
 シーリルが、手にした忘却の槍の石突きで床を激しく突きながら、オークの子供達を睨みつける。オークの子供達の幾人かはそんな彼女の姿を見て硬直する。シーリルの『適者生存』の効果だ。
 オークの子供達の半数以上が、無力化された。
 黒蠅は無骨な旧式の携帯電話のような物を取りだした。おそらくは爆弾の遠隔起爆装置だろう
「させるかっ!」
 一輝は足もとにあった石ころを拾い上げ、黒蠅に投げつける。一輝の放った石つぶては、狙い違わず黒蠅の手の中の遠隔起爆装置に命中する。
「持っていると思ったぜ!」
 それにしても、と一輝は思う。こんな石ころ、さっきはあっただろうか。
「道に迷ったけど、俺参上!」
 崩壊した壁の向こうには、姫宮 和希が両手を組んで仁王立ちしていた。軽身功を使って一気に先行したはいいが、迷子になっていたらしい。
「ジョシュア クロール! 、ドーヅェ事件や今回は生徒会の差し金か!?」
「さあ?……強いて言うならこれでも教育者だから、世界征服とか世界滅亡とかそういうのはちょっとね」
「どの口が!」
 和希は足を踏みならす。ジョシュアは顎に人差し指を当て、少し思案してから答える。
「……オークは知的生命体って思ってないから」
 和希はふとめまいを感じた。怒りのあまり気が遠くなる。悪を憎んで人を憎まず。和希のモットーの一つだが、それを放り投げ出したくなる。
「それでも、ジョシュア! アンタを更正させてやるからな!」
 和希の言葉に、ジョシュアは顔をほころばせる。
「そうだね、そうできたら、本当にすてきだ」
 ジョシュアの手には、小型の拳銃が握られている。
 ごく無造作な手つきで、ジョシュアは続けざまに引き金を引く。
「あ……ぁ」
 和希の口から、吐息とも、詠嘆とも付かぬ声が漏れる。
 床に真っ赤な血が広がる。
 地面に倒れたのは、オークの子供達であった。
 背後から撃たれたオークの子供達は悲鳴すらあげずに倒れ、そのまま動かない。小口径の拳銃から発射された弾丸は、身体を貫通することなく、内臓に重大なダメージを及ぼす。
「改めて自己紹介を。我が名はジョシュア クロール。我は残虐非道を持って任じる。趣味は、他人を後ろから撃つこと――おっと、オークは人間じゃなかったかな?」
 ジョシュアは拳銃を鏡張りの壁へと向ける。
「これが本当の幕開けだ」
 拳銃からはじき出された弾丸は、鏡の壁を砕いた。
 鏡の壁は、複雑に光を反射させながら、まるでスローモーションのようにゆっくりと落下していった。