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リアクション
3.逃避行の終着点
白い壁の、簡素な部屋。
空京のビジネスホテルの一室。ベッドに横たわるのは、機晶姫の白雪。その周りを囲むように、多くの人が見守っている。
「攻撃をしてしまって、本当に、本当に申し訳ないでありますっ! でも、でもスカサハは、お友達だから、間違ったことをしてほしくなくて……止めたのであります」
スカサハ・オイフェウスが謝りつつ、白雪の整備を行う。
白雪は、未だに目を覚ましていない。
「煙が上がってるみたいね。うーん……」
朝野 未沙(あさの・みさ)が、眠ったままの白雪の身体に触れる。
「やっぱり熱を持ってるみたい。パーツ異常かな?」
赤いセミロングの髪を振り、白雪の胸元に手を当てる。指先で突き、揉んでみるが、異常はない。
白雪も眠ったままで、少し眉をひそめた程度だ。
「じゃあ、このへんかな?」
朝野未沙は股関節部分を観察する。白雪のスカートの裾が、ぱっくり切れていた。
「これが、バッサイーンのノコギリの痕ね。ってことは」
裾あたりに手を伸ばすと、冷気が漏れていた。その先に……。
「これは……機晶石! ちょっと傷がついてるみたい」
「なるほど……バッサイーンのノコギリが、服と機晶石を傷つけたから、白雪が追いかけていたというわけか」
「身の危険を感じたのかもしれませんね」
納得した姫神司が頷く。本郷翔も同意した。
「布は、保温効果のあるものです。冷却装置の補助をしていたようですよ」
「煙が出ていたのは、そのためですね」
島村幸が伝える言葉に、グレッグ・マーセラスが微笑む。
「バッサイーンと白雪は、二度と会わせないことにしよう……」
起木保は、がっくりと肩を落とした。
「服は、縫っておくね」
微笑んで朝野未沙が白雪のスカートを縫い始めた。
検査も終わり、真相がわかったことで、暴走を止めに来たメンバーが一人、また一人と去っていく。
「せっかく話をしようと思ったのに……なんで寝てるのよ。しかも、全然起きないし……」
ベッドの傍らに腰をおろし、不満そうに頬を膨らめる芦原 郁乃(あはら・いくの)。
「もう、我慢できない。てやっ!」
彼女は右手を上げ、掌の側面で白雪の頭を叩いた。
「……何ヲすル、子供ガ生意気ナ」
目を白黒させたまま、強制的に目覚めさせられた白雪が呟く。
芦原郁乃の顔が、みるみる赤くなる。
その小柄な体で手近にあった机を持ち上げ、白雪の顔面へ振り下ろす。
「わ、ちょっと君――」
起木保が慌てるが、白雪はむくりと起きあがり、瞳に赤い光を灯した。芦原郁乃を鋭く睨む。
「小さイのニ、力だけハあルのだナ、ちびっコ」
「もっと衝撃を加えないとダメみたいね、この、ポンコツ」
芦原郁乃が白雪を睨み返す。
二人は、立ち上がり、互いに掴みかかった。
女の戦いに、起木保はどうしていいかわからずただ見ているだけ。そこに――。
「いい加減にしなさい!」
パンパン、と弾けるような音。
ハリセンを持った秋月 桃花(あきづき・とうか)が、いつの間にか二人の背後に仁王立ちしていた。
その顔は、普段の優しさをなくした、鬼の形相だった。
「そこに正座なさい。なんで暴れたの。納得いくまで説明なさい」
今度は静かな声で、優しく問いかける。
芦原郁乃も白雪も、従うほかなく、床に正座した。
しかし、応えはない。
「黙っていては分からないですよ。さぁ話してください」
「だって、白雪が目を覚まさないから――」
「目を覚まさないからって、暴力を振るっていいのですか?」
芦原郁乃は、閉口する。
「大体、郁乃様は――」
「暴走の原因は、メンタル面もかかわっているでしょう」
そう言って、横から白雪の前に現れたのは、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)。真面目な顔で、人差し指を立てる。
「俺が、安定させる方法を教えてあげましょう」
こほん、と咳払いした如月正悟は、懐から何かを取り出した。
それは、ピンでつけられる白い猫の耳と、尻尾。
「これです」
「?」
白雪が首を傾げる。
「これを常時着用することで、心の安定が保たれます」
そう言って、如月正悟は白雪に猫耳と尻尾を取りつけた。
「口調や性格もなおしましょう。まずはこの二つをつけている時は、語尾は『〜にゃん』。性格はできる限りお嬢様風に演じましょう」
「……ニャン?」
「そうです。たとえばそうですね……『わたくしは、いちごが大好きなのですにゃん』と言ってみましょう」
「わたくしは、イチゴが大好きなのですニャン」
「素晴らしい! その調子です」
手を叩いて賞賛し、如月正悟はきりっと眉を上げた。
「継続は力なり、です。がんばってネコミミを使いこなせば暴走はしなくなるかもしれません」
その言葉に白雪は真剣に頷いた。
「わかりましたニャン。暴走しないように頑張りますニャン」
「よろしい」
「ちょっと、白雪様、桃花の話を聞いていますか?」
秋月桃花が、白雪の顔を覗き込む。白雪の表情が、こわばる。如月正悟は、こっそりと部屋を抜け出した。
「あ、起きたみたいね!」
続く説教を遮ったのは、リリィ・エルモア(りりぃ・えるもあ)の明るい声。彼女は白雪の前へずんずんとやってくる。
そして、人差し指を立てて彼女の顔を覗き込んだ。
「いいっ、男たちはみんなあなたの体が目的なの!」
「ブッ!!」
噴き出す起木保と、黒脛巾にゃん丸。
「まったく……」
白い眼で、リリィ・エルモアが起木保を見た。
「女の子の身体に火炎放射機とか六連ミサイルポッドとか……。信じらんない!」
「ああ、そっちか……」
変に胸を撫で下ろす、男二人。
「まずは、オシャレ!」
男たちに構わず、びしっと指をさすリリィ・エルモア。
「いい? 白雪。男から『何が欲しい?』って聞かれたらブランド物のお洋服とかバッグとか言うのよ」
「……それは……必要ないかと思いますニャン」
「いらない? じゃ、あたしが貰ってあげるから!」
「それは、リリィ・エルモア……キミが欲しいだけだろう……?」
「変態教師は黙ってて!」
「へ、へんたい……」
返って来た言葉に、起木保が我を失う。
と、ドアをノックする音。スカサハ・オイフェウスが飛びこんできた。
「白雪様! 目を覚ましたのでありますか!」
「スカサハさま……」
「攻撃して、申し訳――」
「大変ご迷惑をおかけしましたニャン」
「白雪様……」
「友達だから、止めようとしてくれたのですニャン? 嬉しかったですニャン」
二人が、笑い合う。
「暴走しないように、気をつけて。スカサハを悲しませないで欲しい」
鬼崎朔が白雪の方に手をやる。白雪は、しっかりと頷いた。
やや離れた位置で、柳尾みわと、彼方蒼が座っていた。彼方蒼は、バッサイーンの修理をしている。
「またガシイィンって、動けるようにしてあげるよ!」
しかし、動かなくなったロボットに興味がなくなったのか、柳尾みわは丸まって小さく寝息を立てていた。
「蒼行くよ」
「みーちゃん、帰ろう」
パートナー達の声に、二人は立ち上がり、部屋を後にした。
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