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【2020授業風景】理科の授業は白い子ギツネ

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【2020授業風景】理科の授業は白い子ギツネ

リアクション

5.

「瀬蓮ちゃん、そっちはどう?」
 小鳥遊美羽(たかなし・みわ)は一度来た道を戻ると、そこで待っている高原瀬蓮(たかはら・せれん)へ声をかけた。
「ううん、全然見つからないよ」
 と、瀬蓮。美羽からもらった油揚げは出番がないまま終わりそうだ。
「まったく、どこにいるんだろうね?」
 と、美羽。彼女のパートナーであるベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)も残念そうな顔だ。
 アイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)は肩を落とす瀬蓮へ言った。
「まだ時間はあるから、次はあっちを探そう」
 と、橋の向こうを指さす。
 街の賑わいから離れると、狭い路地裏からこちらへ向かって何かが駆けてきた。子ギツネだ!
 瀬蓮と美羽が表情を明るくさせると、何者かに追われている様子の子ギツネは四人の間をものすごい風と共に駆け抜けていく。
「きゃっ!」
 下から吹き上げる風のせいで瀬蓮のスカートがめくれてしまう。アイリスは思わず目を逸らした。
「美羽さん、スカートがっ!」
「わ、分かってるよ! もうなんなの、この風!」
「そ、そうではなくて、あの……」
 と、後ろを指さすベアトリーチェ。そこにはノートに筆を走らせている大佐の姿があった。
「……み、見たわねぇ!」
 はっとする大佐を縛りあげようと駆け出す美羽。その後をベアトリーチェも追い、瀬蓮は風にもめげずに子ギツネを追う。アイリスはどうするか迷ったものの、瀬蓮を追った。

 人気のないところで如月正悟(きさらぎ・しょうご)は地面へと寝転がる。
 子ギツネを探すのにこれだけ多くの人が動いているのなら、自分一人くらい寝ていても変わらないだろう。
 とりあえずそこから見渡せる景色を眺めつつ、正悟は欠伸をした。
 すると、ぴょこっと視界へ幼い少女が入ってきた。
「あ?」
 顔を上げ、上半身を起こす。
「おにーさん、なにしてるの?」
 と、幼女は言う。
「昼寝だよ。一緒にするか?」
 正悟はそう返しながら、彼女の尻に尻尾が生えているのに気付く。噂の子ギツネだ。
「うん、するー」
 と、幼女は欠伸をしながら地面へと横たわる。
「……話に聞いたのとは違うな」
 やや首を傾げながらも、正悟は再び寝転がる。子ギツネだから大人に化けることが出来ないのだろうか。それにしても無防備だ。
「何か企んでるとか?」
「え?」
 目を開けた幼女に、正悟は少し苦笑した。
「いや、近づいてくるなんて、何かしたいことがあるのかと思って」
「……ルビー、なにもしないよ? おひるねはするけど」
「そうか。お昼寝したいのか」
 人間の子どもを相手にしている感覚だ。
「うん。ルビー、おなかいっぱいになって、ねむくなっちゃったの」
 と、両目を閉じる幼女。まあ、いいか、と正悟もひと眠りすることにした。

 ぶわっとスカートをめくられた秋月葵(あきづき・あおい)は、その後を瀬蓮が通り過ぎるのを見て、パートナーへ指示を出した。
「グリちゃん、GO!」
「はいにゃー!」
 イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)は服の下に着たスクール水着を露わに、子ギツネを追いかける。
 ただでさえ追われていたのに、別の人間にも追われることになろうとは予想もしなかった。どうやら選択を間違えてしまったらしい。
 そして追い打ちをかけるように、子ギツネは壁へと突き当たってしまう。――これより先へ行くには、塀を乗り越えなければ。
 悔しそうに頭上を見上げる子ギツネへ、瀬蓮が言う。
「見つけたよ、子ギツネさん! 今捕まえるから、大人しくしてね」
 と、そこへ割って入るイングリット。
「覚悟するにゃー! キツネは虎には勝てないにゃ!」
 じりじりと距離を詰める二人。子ギツネは遠くから奴が来るのを感じて、再び風を巻き起こした。
「きゃあ!」
「イングリットには効かない、にゃ……」
 スカートをめくられても気にしないイングリットだが、強風のおかげで目を開くことができない。
「セレン!」
 追いついたアイリスが瀬蓮のスカートを押さえようとするが、風圧のせいで上手くいかないっ。
「見つけたでござるー!」
 と、やはり目を輝かせて近づいてきたのは椿薫。パンツにときめきながら、薫は子ギツネへ手を伸ばした。
「綺麗なお姉さんが助けを呼んでいるでござる!」
 びくっとする子ギツネを無理やり掴み、塀の外へと投げ込む。――散々追いかけてきたくせに、逃がしてくれた? なんていい奴なんだ!
 途端に風は止んだが……薫は、その場にいた女性陣から様々な意味の籠った視線を向けられた。

 森の中は日陰も多く、涼しかった。切り株に腰かけながら、万願・ミュラホーク(まんがん・みゅらほーく)は女性へ話しかける。
「出来れば、そのキツネは大切に保護して、一匹だけでも良いから誰かに飼ってもらい、平和に暮らさせてやりたいである」
「……そうですか」
 女性は彼からもらった稲荷寿司を一口かじる。
「どんな生き物でも、自由に生きていいと思うのであるよ……綺麗事であるがな」
 と、遠い目をしてみせる。
「でも」
 女性の遮るような言葉に、ミュラホークはそちらを見やる。
「野生で生きるしか、方法がなかったら?」
「……アルビノが野生で生きるのは厳しいであろう。かといって、八森殿に引き渡すとろくでもないことになりそうである」
「人間と共に生きろ、というのですか」
「きっと、キツネを飼いたいと思う人は悪い人間じゃないある。だから――」
 女性がすっと背を向けた。
「どこへ行くのである?」
「……考えたいことがあるのです」
 そして数歩進んでから、立ち止まった。
「稲荷寿司、とてもおいしかった。ありがとう」
 と、森の奥へと歩き出す。
 ミュラホークはその後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。