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リアクション
第3章 遅れた者には福がある?
死龍との戦いは、相手が龍であることを考慮すれば、善戦していると言ってもよかった。
全員多少の傷を負ってはいたが、今のところ致命傷を負う者は1人も出ていない。
近距離攻撃者が多い中、その一端には、スナイパーである小次郎と、剛太郎、健太郎の功績が少なからずあった。剛太郎は機関銃からアサルトカービンに切り替え、健太郎と共に移動しながら中距離攻撃をしかけることで、仲間が離脱したり攻撃をかわす一拍の間を作っている。小銃では巨大な龍の骨を砕いたりすることまではかなわなかったが、うなじの一点に集中し、確実に弾を撃ち込むことで、骨は少しずつ破壊されていく。
そして今また、剛太郎の連射に死龍がそちらを向いた。
自分が死龍から死角の位置となったことに気づいたウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が、すばやくひと息で呼吸を整える。その身を包むヒロイックアサルトがウィングに応えて輝きを増す。
「行く!」
短く言葉を残し、彼はまっすぐ切り込んでいった。
狙うは龍珠を握った右の鉤爪。龍珠さえ切り離してしまえば、死龍は活動を停止する。
「はぁっ!」
岩壁を蹴り、高く跳躍したウィングだったが、しかし次の瞬間。
「うわああああああっ!」
死龍の尾をまともにくらったエヴァルトが、ウィングを巻き添えに岩壁に激突した。
「何をしておるのだ、エヴァルト」
気絶したウィングともども転がり落ちてきたエヴァルトをデーゲンハルトが見下ろす。
「ぅ、うるさいっ! おまえもさっさと攻撃したらどうだっ」
「先からしてはいるんだがね、効果はあまりないようだ」
デーゲンハルトは少し離れた位置で詠唱をしている名も無き 白き詩篇(なもなき・しろきしへん)を見る。
彼女とデーゲンハルトはアシッドミストで酸性攻撃をしかけていたが、死龍の周りで滞留し、攻撃の都度厚さを変える水の層に阻まれ、ミストはそのほとんどが骨に達する前に散ってしまっていた。骨を溶かすには、濃度が足りない。
「大気中から水を分離させられるのだから、できて当然か」
なかなか興味深い、と頷く。
「なーにが当然だ! 1人落ち着いてるんじゃないぞ!」
「落ち着いてなどおらんさ。あれを見ろ」
デーゲンハルトに促され、そちらに目を向ける。そこでは、夜薙 綾香(やなぎ・あやか)とシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が共に詠唱を終えていた。禁じられた言葉によって上乗せされた魔力が漲り、高く掲げられた禁忌の書の一点に集中する。
「みんなー! 一発大きいの行くから、勝手に避けてねーっ」
セラの言葉と同時に2人の放った魔力は風雪を伴うブリザードと化して死龍を襲った。2人と対角位置にいた全員が、あわてて左右に散る。ブリザードは猛威を奮い、死龍を包み込んだかに見えたのだが。
いつからそれは、2人の支配下から離れていたのだろう? 大きく膨らみ、死龍を攻撃しているかに見えたブリザードは、その刹那、2人に向かって吐き出された。
「ええええええーっ????」
そんなばかな!?
魔力を撃ち返されたショックに固まったセラをルイ・フリード(るい・ふりーど)が危ないところで引き倒す。かすった袖口が、瞬間氷結して砕けた。
綾香はさっさと1人避難して、いつの間にかセラの傍らからいなくなってしまっている。
「これならどうだっ!」
御凪 真人(みなぎ・まこと)が炎を導き、ファイアストームとして打ち出した。
死龍が水の壁で受け止めるのは承知の上だった。先からずっと、殆どの魔法攻撃は水の壁によって弾かれてしまっている。
最初のファイアストームは、言うなれば捨石。水蒸発を発生させた所にすかさず彼のパートナー・白がサンダーブラストを放ち、電解させ、そこに2発目のファイアストームを打ち込んで水素を爆発させる――はずだった。
「……っあっ!」
白のサンダーブラストが消えた瞬間、真人の目前でいきなり空気が弾けた。バン! という巨大な音とともに激しい痛みが身を裂き走り、真人は紙人形のように背後へ吹き飛ばされる。
「真人っ?」
意識を失い、全身血にまみれて倒れる真人の姿に白の集中力は途切れ、その瞬間魔力は霧散した。
(……水素じゃ)
閃きのように白の脳裏を真実が走り抜ける。
(あやつめが真人の計画を逆手にとり、水素を操って真人のファイヤーストームにぶつけてきた…!)
「真人ぉーっ!」
「……なんか、大変な事が起きてるみたいよ?」
前方からの強風を受けて、湯島 茜(ゆしま・あかね)は足を止めた。
かすかな地響き、怒声、様々な魔力の影響を受けてざわめく大気、そして……悲鳴。
「まいったな。すっかり遅れてしまって…。まさかこんなに手間取るとは思わなかった」
とは大神 静真(おおがみ・しずま)。裏 伊達文書(うら・だてぶんしょ)はその腕に抱かれて移動している。
彼らは何か情報を得ることはできないかと研究所までカリノ・ベネ教授を訪ねて行っていたのだ。しかし彼女は講演を終えた後の飲み会に出かけていて、居場所を突き止めるのにさらに時間と手間を費やすはめになってしまった。
「あげく、何も得られなかったとは…」
とんだ大失態だ、と河野 信之(かわの・のぶゆき)は首を振る。
居酒屋・狸御殿でカリノは既にベロンベロンに酔っ払っていた。それでもなんとか聞き出そうと努力したのだが、反対に彼らの話を聞いたカリノは興奮し、私も連れて行け、その現場を見たい、と信之に掴みかかってきたのだ。酒の臭いをプンプンさせ、よろけて信之にすがりついた彼女は、完璧酒乱だった。
酒の臭いが移ってとれない執事服にすっかり辟易している信之を見て、1人ユニコーンに乗って移動していたエミリー・グラフトン(えみりー・ぐらふとん)が思い出し笑いをする。
「にしししっ。あれはなかなか見物だったのであります。それだけでも行った価値はあったのであります」
「ばか言ってないで、急ぐわよ、みんな」
茜の言葉で、全員が一斉に駆け出し…………そして数分後、一斉に途方に暮れた。
「――どうするよ、これ」
半壊した小型飛空艇とその上に乗った岩石、そして氷が洞窟の入り口をふさいでいる。
「この真っ赤な小型飛空艇、見覚えあるぜ、兄上。星宮 梓のだ。あいつ、入り口ぶっ壊しやがったんだぜ」
静真に抱かれた裏 伊達文書、通称梵天丸が、言わずもがなのことを言う。
「そしてだれかが氷結した、か」
「なあなあっ。俺が溶かしてやろうか?」
出番がきたとのワクワク感からちょっと得意気な声で梵天丸が提案した時。
「おいあんたら、こんなとこで何ちゃー売ってんねん」
あっけらかんとした声で、4人に声をかける者がいた。
肩に刀を担いだ侍・真龍・椎名(しんりゅう・しいな)が、すぐ先で足踏みしながら4人を見ている。
「死龍と戦わへんのか? あ、あんたら洞窟組か? そらちょお遅かったで。もう入れへんわ。梓がごっつー怒っとって、それ以上ちいっとでも愛機壊したやつはいてもうたるゆうとってん。あんじょう氷んとこだけ溶かさんとごんたしよったら、えらい目みるで」
中に入った者達で、それを知らずに破壊して出てくるのは誰か。考えただけで笑えると、椎名は肩を震わせる。
4人は彼の方言のきつさに少々ついていけてなかったのだが、椎名は構わず一番近い茜の手を掴み、引っ張った。
「けど、ちょうどえーわ。俺だけやと手ぇあまる思うてたんや。ちょおこっちけーや」
「え? ちょっとっ」
「ぅおーいヘイリー、人手追加やでー」
振り払おうとしたが思いのほか力が強く、茜はそのままガンガン引っ張られていく。
「なんて乱暴な。茜さんをどうする気です? 放しなさいっ」
「ちょっと待つであります! 置いていかないでほしいでありますからして!」
慌て気味に茜と椎名の後を追うエミリーと信之。完全に取り残された形で、静真はぽつんと立っていた。
「……どうする? 兄上」
「あれと戦うのは、ちょっとごめんしたいな」
少し離れた所で繰り広げられている死闘を見て、はたしてあの激戦の最中で梵天丸を守りきれるものか、静真には確証がなかった。身一つならここまで迷いはしないが、梵天丸が傷つく可能性のあることは絶対に避けたい。
「兄上、俺ならいいんだぜ? 兄上がしたいことしろよ」
「梵天丸。いい子だね、きみは」
静真が表紙をなでた時。
巨大なエンジン音を響かせて、1台の軍用バイクが茂みを跳び越して現れた。ギュルギュルと音を立てて空転する後輪。暴れ馬となって跳ねるバイクを強引にターンさせる。
「よぉ。何してるんだ? こんな所で」
ゴーグルを押し上げて笑ったのは、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)だった。その視線が横へ流れ、氷でふさがれた入り口で止まる。
「なるほど。こいつのせいで入れないんだな。待ってろ、今あけてやる」
サイドバッグから重厚なガンブレードを取り出した正悟は、銃口を氷結した入り口へと向ける。
「あ、おいっ、おまえ――」
黙れと言わんばかりに本を抱き込む静真の力が強まった。
銃口に光が満ちて、弾丸が発射される。2発、3発と打ち込まれ、氷は砕け散った。――岩も、そして小型飛空艇も巻き添えに。
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何も」
(あーあー。……いいの? 兄上)
(ラッキー)
そ知らぬ顔で、ひょい、とあいた穴をくぐり抜ける。
「死龍に気づかれる前に、ふさいじゃいましょうね」
ご満悦で、静真は氷術を用いて再び入り口をふさいだのだった。
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