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死したる龍との遭遇

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第8章 小石の魔力

「リーレンさ……ふぐっ」
 リーレンの名を連呼しようとしたローゼ・ローランドの口を、慌てて雅人がふさいだ。
「それはもうやめような? イーヴルに気づかれると面倒だし」
「あ、はい…」
「それにしても、リーレンちゃんはどこに行っちゃったんだろうなぁ」
 もう洞窟は殆ど歩き通していた。見覚えのある路も幾つか見かけていて、おそらくもうじき1周して、入り口に戻ってしまうだろうことは見当がついた。
「下に下りてるんじゃないか?」
 途中、合流した正悟が言う。
 もう陽が大分傾いたせいもあって、洞窟の中はすっかり暗くなり、光術なしでは上の路も足元が危ういほどの暗さになってしまっている。下の路など、もう壁と床の区別もつかないほどだろう。
「あんな真っ暗な路を行くかなぁ?」
「……あの様子なら、リーレンさん、行っててもおかしくないと思うけど……どう思う? クー」
「普通の子なら行かないと思うけどね。分からないよ、完全に錯乱してたみたいだし」
 獣のようだったリーレン。彼女に一体何が起きたのか? 彼らには全く想像もつかなかった。
「下にいるのでしたら、今頃国頭さん達が連れて帰ってきているはずです。もう一度回ってみましょう」
 涼介がそう提案した時だった。
「あっ、あれリーレンさんじゃない?」
 レミが、下に向かう路につながる右奥の通路に消える彼女を見つけて声を上げた。
「えっ? リーレンちゅわん? どこどこどこっ?」
「あっち。って周くん、まだ懲りてないの?」
「え〜? 懲りるって何ですかぁ?」
 へっへへ〜〜〜ん。
 スキップ踏みながら、周はリーレンが消えた右奥の通路に飛び込む。
 その先にいたのは朔だった。
 朔と、イーヴルと、リーレン。
 下の路を登ってきたのだろう朔が、容赦なくイーヴルを切り伏せる。これは分かる。だが…。
「おい、やめろっ!」
 朔が、イーヴルのように唸りながら自分に飛び掛ってくるリーレンを排除しようとするのを見て、急いで周が止めに入った。
「何やってんだよ、朔!」
 下から突き上げるようにくり出されたグリントフンガムンガを、見たというより感覚で避ける。服が裂け、頬に火が触れたような痛みが走った。
「周くん?」
「来るな、レミ!」
 返す手で胸を一文字に裂かれかける。その手首を逆手に取り、捻って武器を放させることには成功したが、殴り飛ばされてしまった。
 壁に叩きつけられた痛みに一瞬肺が詰まり、息ができなくなる。
「周くん!」
「来るなって! こいつ、正気じゃねぇ…」
    ギャウッ
 周に集中する朔の隙をついて、リーレンが下から飛びかかる。朔はやすやすと彼女を壁に叩きつけ、喉元を押さえて片手で吊り上げた。
「やめなさい! 殺す気ですかっ」
 涼介が朔の手を掴み、強引に開かせた。リーレンはずるずるとその場に崩れ落ち、動かなくなってしまった。
「彼女をこの場から連れ出して! 早く!」
「あ、ああ」
 涼介の激で動いたのは九久だった。リーレンを抱き上げて、そのまま入り口へダッシュする。
 彼女を無事確保したことにホッとした隙をつかれ、涼介はいきなり頭突きをくらった。緩んだ手から引き抜いて自由になった朔は、涼介のみぞおちに重い蹴りを入れる。
 声もなくその場に崩折れる涼介。
 朔がグリントフンガムンガを拾い上げ、握り直した時、下の路からどやどやと大勢の人間が上がってくる音がした。
「綺人!」
 光術のあかりの下に現れた人物を見て、パッと瀬織の表情が輝く。
 下に下りていた探索チームが、神和 綺人を連れ、朔を追ってきたのだ。
 この人数ではさすがに分が悪いと思ってか、朔は逃走に入った。
「きゃっ…」
 グリントフンガムンガをふるい、前をふさいでいたローゼたちに路を開けさせる。
 静真が何らかの魔法を行使しようとしたのを見て、慌ててエラノールが止めた。
「駄目ですー。朔さんは、手の中の小石に操られてるだけなんですー」
「えっ?」
 氷術をぶつけようとした静真だったが、集中力が途切れて魔力は霧散した。
 朔は外に出るべく、出口に向かっている。それは間違いない。そしてあの先にはリーレンを連れた九久がいて、あの2人では到底彼女の敵にはなり得ない。
「一体何がどうしたっていうんだ?」
 混乱し、よく分からないまま、とにかく行く手をふさごうと試みたクーリッジだったが、グリントフンガムンガを警戒するあまり、まともに朔の肘を受けてしまった。
「きゃっ…!」
 クーリッジを水都達に突き飛ばし、障害とする。
 土壁からボコボコと手を伸ばすイーヴルたちは、なぜか他の者は一切無視して朔にのみ掴みかかろうとする。このまま逃げ切られてしまうかに見えた、その時。
「ていっ!」
 突然曲がり角から足を突き出したクリスの不意打ちに虚を突かれた朔は、足を払われて体勢を崩した。
「おっと」
 すかさず正悟が朔の手首をとり、握り込んだままの左手に手刀を打ち込む。手から飛んだ小石を空中キャッチしようとしたのは、子供姿の梵天丸だった。
「駄目だ、それに触れちゃいけない!」
 小石は雅人により、複数個に撃ち砕かれた。転がった小石の小片は数回明滅した後、力を放出しきったように崩れ、砂と化す。
「おい、大丈夫か?」
 朔からとりあげた武器をひとまずレミに渡した正悟は、腕の中ですっかり脱力しきっている朔の頬をぺちぺちと叩いた。
「うう…」
「正気か?」
 苦しげに呻きながら目を開けた朔の顔をじっと覗き込む。自分を見つめ返すその澄んだ目に、彼女が正気に返ったことを正悟は確信した。
「よし。もう立てるな」
「私は…」
 混乱気味に声を揺らしながらも、朔はどうにか自分の足で立つ。
 自分の様子を遠巻きに伺う仲間達を見て、朔は愕然となった。
「私……私は……覚えています」
 洞窟を歩きながら、何かが言葉にならない声で自分に語りかけていたことを。
 その正体を突き止めたくて、ほの暗く埋もれたところをチリチリと刺激する、炎のような舌をそのままにしていた。
 おまえの望みは全て叶えよう。そそのかす、その声は本当に小さかったから、拒絶するのはたやすいと思った。いつでもできると思っていた。
 過信だ。己の力への過信、そして己の中にある、力を欲する思いの強さへの過信。
「ああ…」
 覚えている。栗達を殴りつけたこと。唯斗に切りつけたこと。もう少しで死なせるところだった。
「自分のしたこと、全部、覚えています……でも、なぜあんなことをしたのか、理解できない…」
 うなだれる朔の頭に、ぽんぽんと、慰めるように手が乗る。それは、唯斗だった。
「もう気にすんな。あれはそういう物だったんだ。
 ほら、見てみろよ。イーヴルたちだってもう姿を消してる。正気に返れて、あいつらは感謝してると思うぜ」
「でも…っ」
「唯斗の言う通りじゃ。操られてしたことにまでおぬしが責任を感じることはない。
 さあ、とにかく出るぞ。女生徒は無事救出できて、作戦は大成功じゃ。これ以上、こんなジメジメした土の中になぞおりとうないわ」
 エクスの心底からの嬉しそうな声が、陽の光のように通路を満たした。


■エピローグ

 結局のところ、小石は砕けてしまったし、死龍は倒されたために、本当にあの小石が死龍の望む物だったのか、あの小石は何なのか、謎のままになってしまった。
 一部の者達からの提案により、洞窟の外に集結した全員で死龍の骨と龍珠を埋めることに決まる。完全に陽が落ちるまで後数分というところだったが、達成感に高揚した彼らの放つ光術は力強く周囲を輝かせていた。
「ちょっと正悟くん〜? キミにぜひとも訊きたいことがあるんだけど〜?」
 ポン、と後ろから肩を叩かれた正悟。ドス黒いオーラを纏った梓が、顔を貸せと後ろを指す。梵天丸を抱いてひょこひょこ遠ざかっていく静真。眠り続けるリーレンの隣で、意識を取り戻した真人は木にもたれたまま、膝で泣き疲れて眠る白をあやしている。
「この龍にも、喜びを感じながら生きた歴史があったんです。もう二度と何者かに操られることなく眠れることを、今は祝いましょう」
 土が被せられた死龍の墓を前に、由宇と詩穂によるレクイエムが流れ始める。
 合掌するルイ。
 仲間の輪の一番外側で、彼女を守るために活躍してくれた狼をねぎらってあげていた栗は、ふと、狼が低く唸り出したのを感じて手を止めた。張り巡らせた彼女の禁猟区に、一瞬、遠くでかすかに何かが触れる。
(まさか…)
 振り仰いだ先、完全に沈み込む寸前の太陽があまりにまぶしくて、すぐに目をつぶる。けれど、太陽を背に、何かが蛇のように身をくねらせて飛んでいくのを見た気がした。
その背に、何者かが乗っているのを見たような…。


 同時刻。空京のとある薬局では。
「もぉーっ、分からずやだなぁ。酸がどうしても必要なんだってば。大きな骨の龍が出てねぇーっ」
「だからお売りできませんって。
 って、お客さん、もう閉店なんですけどねぇ」
 店員とナレディ・リンデンバウム(なれでぃ・りんでんばうむ)との間で、何時間にも渡る不毛な押し問答が続いていた。

担当マスターより

▼担当マスター

寺岡 志乃

▼マスターコメント

皆さん、ご読了いただきまして、ありがとうございました。寺岡です。
わたしの初めての冒険シナリオはいかがでしたでしょうか。
……これはバトルシナリオじゃないか、という気がしないでもないんですが(笑)

まさかまさか死龍が倒されるとは…。
熱いアクションや思いの数々をいただきまして、このような結末となり、今はただ、びっくりしています。
洞窟チームの方も、皆さんわたしの予想以上の働きをしてくださいまして、あのような決着となりました。

わたしはこれを書いている間中、とても楽しく、充実していられたのですが、これをお読みいただきました皆さんも、読んでいて、少しでもそういう気持ちになっていただけていましたなら本当に嬉しいです。

そして、次はちょっと肩の力を抜いて、ラブコメでもしようかと画策中。
もちろんバトル、冒険物もどんどん出していきたいと思っております。
またのご参加をお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします。


※8月11日
 一部表現に誤りがあり、修正をかけさせていただきました。申し訳ありません。
 同じことが起きないよう、気をつけてリアクションを書かせていただきたいと思います。